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 夜会の場は騒然としており、このままここで話していては更に騒ぎが大きくなるのは明白だ。

 自分が聖女に認定されたり、黒幕がロベルトと判明したり、何やら裏で画策していた大司教様等、情報量が多すぎて正直のところ頭が混乱していた。

 気が張り詰めていたのか、ピリピリと電気が走るような頭痛がする。人目の多いここではなく、どこか落ち着いた場所に移動したい。


 2回、私が多くの人の前で断罪されたこの場所で、マーヴィンとノエルの2人を辱めることができた。潮目が変わったのだ。それだけで十分、留飲は下がった。


 私が兄に目配せすると、その心情を察した兄が、ロベルト達の移動を手配して戻ってきた王太后陛下に申し出てくれた。



「陛下、どこか王宮の一室をお借りできませんか?」


「そうね……場を変えましょう。」



 王太后陛下は周囲に視線を送り、こみかみをぐりぐりと押さえて息を吐くと、侍女を呼んで何かを伝えた後、先導するように歩き出した。私と兄もそれに続こうとすると、



「マ……マデリーン……。」



 声を震わせたマーヴィンがおずおずと私の方に手を伸ばして来たのを一瞥し、それを無視して兄の手を取った。

 マーヴィンは肩を落とすと、その服の袖をすかさず掴んだノエルの手を振り払った。あんなに睦み合っていたというのに、あまりの変わりように、私は幻滅した。

 私のことを切り捨ててノエルの手を取り、婚約破棄までしようとしたというのに。ロベルトの仕出かしたことを知り、私が何一つマーヴィンを裏切っていないと知ってようやく自分の置かれた立場に気づき、保身のためにノエルにすげない態度をとれるようなその程度の男だったのだ。

 その程度の小さな男を恋い慕っていたのだと思うと、その恋心を持っていた記憶すら唾棄すべき事と焼却して捨て去りたい。



 王太后陛下の采配で用意された部屋は、夜会の休憩室のうちの1つだった。

 他の招待客がまかり間違って入らないように、部屋の前に警護の兵士が配置される。



 長方形の長テーブルを囲うように、3人掛けのソファーが2つ、豪奢なチェアが2つ用意されていた。豪奢なチェア2つはどう考えても王太后陛下用と大司教様用なのだけれど、3人掛けのソファーの私の右隣に兄が、何故か大司教様が私の左隣に当たり前のように座った。そちらを見れば何か問題でもといいたげな笑顔を浮かべる大司教様に、何も言えず前方に視線を戻す。

 私の真正面のソファーでは、マーヴィンとノエルが座って小さくなっている。

 王太后陛下は勿論、豪奢なチェアの1つに座った。



 王宮侍女が温かい紅茶をサーブしてくれたので、ほっと一息つくことができた。問題は何も解決していないけれど、身体が温まったことで頭痛がわずかに和らいだ気がする。

 ただし目の前の2人には紅茶すら与えられていない。

 目の前の2人はソファの端と端に座り、ノエルの方はチラチラとマーヴィンに視線を向けるが、マーヴィンはノエルの方を見ることもなく、ただ膝の上に拳を置き下を向いている。

 その距離感に明確な心の距離が感じられた。

 重苦しい空気がこの部屋の空間を包んでいるけれど、その空気の矛先は私ではないので、紅茶のおかげもあって幾分と落ち着いていられた。


 そんな中、最初に話を切り出したのは、大司教様だった。王太后陛下に膝を向け、深々と頭を下げる。



「王太后陛下、改めて我が管理下にあった娘がご迷惑をおかけしたことを謝罪いたします。聖女見習いノエルの処罰は、教会から下すのがよろしいかと存じますが、許可をいただきたく。」



 大司教様のお声に、王太后陛下が頷く。次に大司教様が私と兄の方に膝を向ける。



「聖女様、ならびにその兄上殿にも、我が管理下の娘の所業を深く謝罪いたします。ノエルに与える処罰は、教会が定めてもよろしいでしょうか?」



 聖女様……と呼ばれるのには慣れず違和感はあるが、王太后陛下が是というなら、こちらから否を訴えるつもりはない。

 王太后同様に、私も兄も大司教様の言葉に頷く。

 大司教様は両方から許可を得ると、ノエルを見据え口角をあげてみせた。



「ノエル、聖女見習いの修練を疎かにして、王太子殿下と過ごすのはたいそう愉快で心地よい日々だったことでしょうね。」



 チクチクと刺す言葉に、ノエルは更に身を縮め、大司教様に視線を向けることもできず顔色を青くさせている。

 不思議だった。夜会会場で美丈夫の兄が目の前に立った時は傍にマーヴィンがいるというのに惚けた表情を浮かべていたのに対し、兄よりも更に美しい容姿の大司教様を前にしても、魅入るどころか恐ろしいモノを前にしているような態度でいることに。

 大司教様の言葉は続く。



「ノエルはパーター子爵家の血を持ちながらも庶子のため受け入れてもらえず、貧乏な平民生活をしていたそうですね。けれど選定で聖女見習いとして認められたことで教会でもてはやされた。側仕えもつけられ、食事も与えられる衣装も、待遇は平民時代とは比べられないほどの良い暮らしをしていましたね。王太子殿下に妃として迎え入れられれば、更に良い暮らしを出来るのではないかと、無謀な夢でも見ましたか。聖女見習いでいるだけでも幸福であったものを、欲望に塗れてなんと醜いことか……。」



 大司教様の表情はニコニコとして口調も穏やかだがその言葉の棘は鋭利で、顔が綺麗なだけにかなりキツイものになっている。その言葉の余波を受けて、マーヴィンまでが顔色を悪くしている。

 ノエルの唇が震え、顔が次第に下がっていく。



「ノエル、顔を上げなさい。」


「ひっ……はい!」



 名を強く呼ばれてビクッと身体をはねさせ、ノエルは慌てて顔をあげる。その顔は強張り、泣きそうに表情を歪めている。

 大司教様の手厳しい態度から、ノエルが大司教様を恐れている理由の一端を見せられた気がした。



「ノエルには2つの選択肢を与えます。」



 大司教様が2本の指を立ててノエルに見せる。



「1つは聖女見習いの身分を捨て、ただの平民として生きること。平民になるとしても、働き口は斡旋しますよ。元は聖女見習いとして教会に受け入れた存在ですしね。もう1つは戒律の厳しい北東の教会で修道女として働くこと。どちらか選びなさい。」



 2つの選択肢のどちらも、聖女見習いとして良い暮らしをしていたノエルからしたら、苦渋の選択だ。ただの平民となるか教会の修道女になるか。待遇や立場がガラリと変わる。修道女として教会に残ったとて、聖女見習い時代のようには扱ってもらえない。慣れぬ場所にある厳格な教会で修道女になるよりは、平民として生きる方がはるかに自由があるのは間違いない。ノエルも同じように考えたのだろう。

 この場で決めろという考える暇を与えない圧力に、ノエルは屈した。



「平民を……選びます。」


「そうですか。ではそのように手配しましょう。生活の基盤を整えるのにしばらく生活できるだけの資金は用意します。」



 粛々と受け入れるノエルに、大司教様が追い打ちをかける。



「王太子殿下に目をかけてもらえているからと、王太子妃になったら待遇を良くしてほしいと貴族達から与えられた宝飾品は没収しますね。勿論、いつか聖女になるかもと期待した貴族からいただいた貴金属もいりませんよね。だっていらないでしょう?平民になるんですから、身につける場もありませんし。あ、一応、ノエルからの教会への寄進ということにしておきますので、いつかお亡くなりになられた際に、主神たる女神様から与えられる待遇は良いかもしれませんね。」



 つまりノエルは、その立場を利用して貴族達から賄賂を受け取っていたと。

 その所業に王太后陛下は眉をひそめ、マーヴィンも不快感をあらわにして表情を歪めた。

 ノエルを早口で追い詰めていく大司教様の顔は良いことをしてあげたと愉しげで、ノエルの顔から血の気がひいて青から白に変化していく。



「与えられると思っていた見返りがないことを知れば、貴族達は何をするでしょうね。まぁ、教会所属の修道女として生きるのであればまだ私の管理下なので助けることは可能でしたが……平民となることを選んだので仕方ありませんよね?」



 完全な後出しだ。

 今更、やっぱり修道女になりますとは言えない空気を醸され、ノエルは両手で顔を覆いとうとう泣き出した。自分がしたことの結果が返ってきただけなので、しらけた空気が周囲を満たす。



「ではノエルへの処罰は決まりましたので、この場をお返しします。王太后陛下。」



 満足気な顔で、大司教様が王太后陛下へ視線を向ける。その顔は断捨離ができたと、すっきりと晴れ晴れしい表情であった。

 その場には嗚咽を漏らすノエルの声だけがしている。

 ノエルへの処遇に王太后陛下も納得したのか、否とは言わなかった。



「聖女見習いへの処罰はそれで良いでしょう。ではマーヴィンに聞きます。」



 誰もノエルの泣き声は気にもとめず、次はマーヴィンの番である。



「側近に騙されたとはいえ、あなたはは裏取りをせず、夜会という多くの人目のある場を利用した上で、罪もないマデリーンの立場を貶めた。何か申し開きはありますか?」



 マーヴィンは一度視線を私へと向けた後、下を向いて頭を振った。



「何も……申し開きはございません。」


「では、マーヴィンへの処罰を伝えます。深く思慮せず確認もせず側近の言葉を鵜呑みにするということは、傀儡となる可能性もある危険なこと。そのような者が国を主導する立場になるのは恐ろしいことである。よってあなたから王位継承権と王太子の身分を剥奪する。尚、貴方への申し渡しは我が息子である国王陛下より一任されているので、私の言葉は国王陛下のお言葉と思いなさい。」



 王太后陛下よる沙汰に、マーヴィンが勢いよく顔を上げる。



「そんな!僕は一人息子です。他に誰が王になれると………まさか………従兄弟の……。」



 喋っている最中にある事を思い出したのか、マーヴィンの言葉が途切れ途切れになり、その身体はわなわなと震えだす。

 王太子妃教育を受ける際、王室に関する国の法律『王室典範』を勉強させられたから、マーヴィンが会話の途中で何を思い出したのか、私にはわかった。

 王室典範にはこう記されている。

 もし現王にそれを継ぐ子がいない場合、継承権はその兄弟、あるいはその子へと受け継がれる。

 王弟殿下は現王と年齢も近い上、王子時代に王弟派の勢力を抑える為に王位継承権を返上して公爵となっているので、王位を継ぐつもりはないだろう。

 王位を継ぐとすればその息子である従兄弟になる。如何せん、王弟殿下には息子が二人いるため、後継も問題ない。



「ではマデリーンとの婚約は……?」


「自分で破棄すると多くの人の前で宣言したでしょう。マデリーン、貴方はマーヴィンとの婚約を継続したいかしら?」



 王太后陛下に即座に私は頭を振り、冷たい一瞥をマーヴィンへと向ける。



「罪もない私を貶めたとわかっていながらも、未だ謝罪もないマーヴィン殿下と、婚約を継続などしたくありません。それに、5ヶ月も前に王室にはスカーレット公爵家より婚約解消を申し出ております。後はマーヴィン殿下よりサインをいただくだけです。それなのに王室とスカーレット公爵家との集まりに殿下は参加せず、ノエルと楽しく仮面舞踏会で過ごされていたみたいですね?」



 マーヴィンは何度も行われた公爵家との食事会への参加要請を無下にして、出かけてばかりいた。その頃には私がマーヴィンから貰ったドレスを着て仮面舞踏会に参加していたとばかり思っていたのかもしれないが、それにしても婚約者やその家族への対応を軽視しすぎていた。

 どうせ小心者のマーヴィンのことだから、浮気をしていたことを後ろめたいと思っていたから、合わせる顔がなかったのだろう。

 思い当たる節がありすぎたのか、マーヴィンは唇を苦しげに噛み締めた後、今一度拳を強く握りしめると私の方に身を乗り出した。



「ごめん……こんなこと言える立場ではないのはわかっているけれど……もう一度、チャンスをくれないか?ほら、ロベルトも言っただろう?僕の結婚相手は聖女がふさわしいって。」



 マーヴィンの額には汗が浮かび、その表情は必死だった。

 そのとんでもない発言に、泣いていたはずのノエルが唖然とした顔でマーヴィンを見遣る。

 あわよくば聖女の婚約者という立場を利用すれば、王太子に返り咲けるのではないか……なんて邪な思いが透けて見えた。

 私の心は凍りつき、汚物を見るような視線を向けた後、そっぽを向いた。



「もう、遅いです。貴方は私にふさわしくありません。」



 夜会の会場でマーヴィンに言われた言葉をそのまま返すと、マーヴィンは項垂れた。

 画して、処罰は執行された。

 ノエルは平民へ、マーヴィンは王太子から継承権のない王子へ。そして私はというと_______________。

大司教様が楽しそうで何よりです。

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