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 周囲の空気が私に同情的なものになり、代わりにマーヴィンとノエルに向かう視線が冷たいものに変化していく。

 マーヴィンはまさかの事実に冷や汗をかき、厚顔無恥にも救いを求めて悲哀の面持ちで私を見てきた。


 いくら側近に騙されたとはいえ、謝罪もなく助けを求めるような視線を向けられても困る。

 きちんと調査すれば私が仮面舞踏会に参加していなかったと分かるはずだ。

 私に似た容姿の女性がその場にいたとして、声を掛けるなりして仮面を外させれば、それが私ではないとわかった筈だ。

 けれど私が仮面舞踏会に参加していると聞いて、1人で確認できないからとノエルと共に行ったくらいだ。声を掛けて本人かと確認するなんて芸当は、小心者の彼にはできなかっただろう。


 今までの婚約者のままの私であったら、その場をとりなしてフォローするくらいはしてあげていた。その私を婚約破棄まですると言い渡した癖に、まだ私に助けを求めてくる彼の態度に怒りが沸々と湧いてくる。



「側近すらまともに管理出来ぬとは、なんと愚かな。」



 突如として、低くそれでいて鋭利で威厳のある声がその場に響き渡る。すると我々を囲うようにできていた人垣に隙間ができ、その間をドレスの裾を翻し優雅に歩いてくる一人の女性がいた。王太后陛下だ。

 人垣が一斉に、王太后陛下に向かって頭を下げる。

 私と兄もそれに倣うように、直ぐ様、王太后陛下に向かってカーテシーをする。



「先ほどまでのそなたらがしていた話は些細聞いている。マデリーン、孫のマーヴィンが迷惑をかけましたね。」


「い、いえ、王太后陛下が謝罪なさることではございません。」



 王太后陛下の優しい目つきと慈しむ温かな言葉に胸が熱くなる。

 そもそもの原因である二人は、なぜこの場に王太后陛下が訪れたのか状況が理解できないといった様子で、私と王太后陛下へと視線を行きつ戻りつさせている。

 私もまさか王太后陛下が夜会に来るとは思っていなかったので動揺はしていたけれど、不遜にマーヴィンに微笑んでみせる。



「王太后陛下、命令通り、捕獲しました。」



 何かを引きずる音と共に兵士数人が人垣を掻き分けてやってくると、兵士が我々の前に3人の男を無様に床に転がしてみせる。男達は両手を後ろ手で荒縄でしっかりと縛られていた。その男達の顔に私は見覚えがあった。

 全員、マーヴィンの側近をしている高位の家柄の者達で、マーヴィンと共に生徒会のメンバーでもあった。



「この会場に側近達も参加すると情報を得ていたから、捕まえるよう手配しておいたのよ。」



 床に転がった3人は慌てて身を起こすが、王太后陛下にきつく睨まれ、蛇に睨まれた蛙のように小さくなる。



「スカーレット公爵家より、5ヶ月程前から、マーヴィンがノエルという聖女見習いの娘と懇意の関係にあると報告があがっていた。その調査をする最中、この者らが何やら不穏な動きをしているのは把握していた。公爵夫妻にはある程度調査状況の報告はしていたが、動きを悟られぬために、子どもたちには知らせぬようにしてもらっていた。すまない。」



 王太后陛下の改めての謝罪に、慌てて頭を振る。



「先ほども申しましたが、王太后陛下が謝罪なさることではございません。」



 そう告げて、本当なら謝罪すべきマーヴィンの方に視線を差し向ければ、マーヴィンは両手をすり合わせてもじもじとし、何といえばいいのかわからないのか口を開けたり閉じたりを繰り返している。

 王太后陛下によって家族で招かれた夕食会で、マーヴィンとノエルの関係を報告し、調査を約束してくれていた。その後、私には何の情報も入らなかったけれど、両親には大丈夫だとだけ言われていたから安心していた。

 今日の夜会について事前に両親に、婚約破棄されそうとまでは言わなかったけれど、マーヴィンが何か動きそうな気がすると軽く伝えてはいた。それがまさか王太后陛下自らが動いてくださるとは思わなかった。



「この3人は、マーヴィンの護衛兵士達に金を渡し、マーヴィンと聖女見習いの仲が親密であることを上層部である王族に報告が行かないように言い含めていたようだ。諜報員として新たな護衛兵士を差し向けたところ発覚した。」



 王太后陛下はなげかわしいと、額に手を当てる。

 2度の夢で、王家はてっきりマーヴィンを庇って、2人が逢瀬をしていても見て見ぬふりをして2人の関係を助長しているのだとばかり思っていた。すべては側近3人の差し金だと知り、ふつふつと沸き上がる怒りに拳を握りしめて堪える。

 王太后陛下の報告を聞き、マーヴィンはまったく気づいていなかったようで、目を見開いて床に座る3人の側近を凝視した。



「なんてことを。ドレスのことといい、なぜそのようなことを……。」



 マーヴィンの小さく嘆くような声に、同情する者はいない。



「そのようなこと?それをマーヴィン殿下が言える立場ですか?」    



 未だ謝罪もなく、ただの被害者のような立場でいることに、側近たちの行動も相まって、悲しみと憤りで頭が痛くなる。マーヴィンの婚約者であったことすら恥ずかしい。

 真実をしっかりと確かめもせず、側近の言葉を鵜呑みにして私を断罪しようとしたのに、被害者ぶって欲しくはない。

 私の怒りに満ちた表情を一瞬だけ見たマーヴィンは、私を直視できずに俯いてしまう。

 その唇がゆっくりと開かれたところで、新たな来客が現れて話が中断された。



「すみません。お話中失礼いたします。」



 再び人垣がさっと広がり、新たな人物が我々のもとへと歩を進めてきた。その男の存在に、私の目は釘付けになった。

 長い青銀髪を肩のあたりで束ね、紫水晶のように美しい瞳をしたあの男だった。ただ着ているのは真っ白な法衣で、まるで神官のような出で立ち。

 その容貌の美しさに夜会に参加している女性陣はおろか男性までもが魅入ってしまっている。

 その男に視線を向けると、男は私に向かって意味ありげに微笑んでみせた。

 一度しか会ったことがない男だけれど、何故この場にあの男がやってきたのか理解できず、正直、頭の中は混乱していた。



「ああ、よく来てくださいましたね。」



 王太后陛下が手を差し出して迎える。王太后陛下が丁寧な応対をするのを見る限り、ただ者ではないのがわかる。



「王太后陛下、このお方は?」



 私と同じように、王太后陛下が迎え入れた男が誰なのか兄も気になったようだ。

 兄の質問に王太后陛下の後ろに控えていた紫水晶の瞳の男が、スッと前へと進みでた。



「このお方は国教会の大司教様です。聖女見習いが関わっていると報告したところ、詳しく話を聞きたいとおっしゃったので、この場に招待したのよ。」



 王太后陛下の説明に、話を聞いていた周囲のざわつきが大きくなる。

 私もまさか学園の庭で会った男がこの国の大司教様とは思わず、口元に手を当てて絶句した。



「ご紹介にあずかりました。普段は教会の奥で仕事をしており、国を挙げての儀式以外で表に出ることはありません……が、私の管理下にある娘がご迷惑をおかけしたと聞いてかけつけました。ノエルに代わり、謝罪させてください。」



 紫水晶の瞳の男、もとい大司教様が私に向かって深々と頭を下げる。

 大司教とは国教会でも上位の立場であり、教会関係者でなければ、王族でもなければおいそれとお会いできる立場ではない。

 そんな人が学園の中庭にいて、私に話しかけてきていたなんて、誰が思うだろうか。

 大司教様の謝罪に、ノエルが顔色を真っ青にして、もう消えてしまいたいと言いたげな悲壮感漂う表情を浮かべて、小さな身体を震わせている。



「大司教……様?」



 後ろ手に手を縛られて床に座っていた3人のうちの1人が、呆けた顔で大司教様を見上げて、急に声を上げた。その表情がパアッと明るくなり、光明を得たとばかりにそれが陶酔の表情に変化していく。

 確かマーヴィンの側近、ザカリー侯爵家子息のロベルトだ。



「大司教様!国教会の大司教様ならおわかりいただける筈です。王太子であられるマーヴィン殿下に添い遂げるのは、聖女となられるノエル様が一番良いのです。そうは思いませんか?」



 国教会の広める宗教を信じる者の中には、心酔しすぎておかしくなる者もいると聞く。

 手を後ろで縛られているので、床にうつ伏せになり這いながら顔だけ上げて大司教様へと近づき、(こいねが)うその姿は、狂信者のそれだった。その様が恐ろしく見え寒気がし、兄と共に一歩後ろに下がる。

 大司教様は片眉をあげ、どこか興味深そうにその様を見下ろす。

 大司教様の返事がないので、ロベルトは今度はマーヴィンの方へと(すが)った。



「マーヴィン殿下、聖女という貴重な存在ですよ!マーヴィン殿下の代に同年代の聖女見習いが現れた。それはマーヴィン殿下が王太子として教会と手を取り、教会と共に力を合わせて(まつりごと)を行っていくべきだと神が言っておられるのです!殿下の隣には聖女がふさわしいのです!」



 その姿は、気持ち悪いという一言に尽きた。

 マーヴィンもロベルトの様に恐怖を覚えたのか、ノエルと共に後ろに退こうとする。それでもロベルトはマーヴィンを追い、更に続ける。



「それなのに、ただ貴族としての地位が高いだけの小娘が婚約者になった。だから私は殿下のためを思って!」



 あまりにも自分勝手な言い分に言葉も出ない。この物言いからも、3人の側近のうち一番の首謀者はロベルトで間違いないだろう。

 黙ったまま事の次第を見守っていた大司教様だが、ロベルトの前へと行くと、少し腰を折って語りかけた。



「ノエルが聖女になる筈だから、ノエルがマーヴィン殿下にふさわしいと、そうおっしゃるのですね?」



 どこか楽しそうな笑顔を浮かべる大司教様のその様は、あの学園の中庭での姿を思わせた。瞳をキラキラとさせ、高揚した口ぶりをしていたあの時の。



「はい!わかっていただけますか?」



 大司教様が自分の思いに同調してくれたと、声を弾ませて破顔するロベルト。しかしそんなロベルトを前に大司教様は頭を振ると、ズボンのポケットから小さな水晶を取り出してみせた。



「マデリーン様、少し失礼します。」



 大司教様はロベルトの前を横切ると、まっすぐに私のもとに向かってきた。そして恭しく私の手をとると、その手のひらに水晶を置いてみせた。

 途端、眩い光が辺りを包む。水晶は七色の美しい光を放ち、大司教様が私の手から水晶を取り上げると、すぐにその光が消えてしまった。



「ああ、やはり。殿下との婚約式でお見かけしたときから、多大な神聖力をお持ちだと思っておりました。それほどの方が、なぜ選別の水晶が反応しなかったのか調べておりました。すると、とある教会の選別の水晶が偽物のガラス玉とすり替えられていることがわかったのです。そして私が今使った物は、聖女見習いの選別の水晶ではなく、聖女見習いの中から、聖女様を選別するための水晶です。」



 そのまま大司教様が、私にあの中庭でのように演技がかった礼をする。



「次代の聖女様、お会い出来て光栄です。」



 大司教様は、私にだけ見えるようにウィンクして見せた。

 その言葉に周囲の人々からわっと歓声があがる。



「マデリーンが、聖女……!?」



 王太后陛下、兄、マーヴィンの3人の言葉が揃う。

 私も同じように驚いているので無理もない。

 大司教様の言葉に、ロベルトは私を見て大げさに見えるほどおののいて見せた。



「まさか、そんな……。」



 ロベルトは、今度は手のひらを返して私に縋ろうとすらした。



「これは何かの間違いなのです。私の家は聖女見習いとなる者を多く輩出した家系で、大変信心深い家系で。そんな私に見知らぬ1人の男が甘い声をかけてきたのです。その男は長い前髪で顔を隠したメガネの学生で……マーヴィン殿下に添い遂げるのは聖女であるべきだと!だから私もその意見に同調し、ノエル様が最適だとばかり……!悪いのはその男なのです!」



 私に擦り寄ろうとしたロベルトの前に、大司教様が立ち塞がる。



「王太后陛下、この場では話が終わらないでしょう。ひとまず、騒ぎの元となったこの者たちを牢にいれるべきでは?」



 大司教様の言葉を受けて、王太后陛下が兵士に指示をして3人の側近達を会場から連れ出すように命じる。

 長い前髪で顔を隠したメガネの学生なんて、私に思いつく相手は………。

 王太后陛下が指示をだしている間、大司教様が私の方に振り返り、またこれ見よがしにウィンクして見せた。


続きます。

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