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私は、ある地方の教会へと向かう馬車に乗っていた。車窓の外には王都の大邸宅ばかりが建ち並ぶ風景とはかけ離れた、ゆるやかな丘陵と森林、のどかな農地という光景が広がっている。同じ風景ばかりが続くのに飽き飽きして背もたれに背中を預け、そっと目を閉じた。
婚約の儀が終わった数日後、あの司教の所業に関わった関係者数名が処罰を受けた。
罪状は、国家規模の儀式である婚約の儀の場を、体調不良で不安定になるとわかっていた私の力で混乱に至らしめようとしたこと。
また司教が私に渡した薬と水には興奮を促す作用のある薬草の成分が含まれていたと判明し、あの司教の罪は特に重いとされた。
司教は神聖力を封じる腕輪をつけられた後、国の炭鉱での労役を命じられて教会を去った。
ただ、私も多少なり処罰の対象となり、地方の教会への巡礼を言い渡された。
「いくら上司である司教に儀式に出るように強要されたとはいえ、君は自分の力の恐ろしさを理解しているはずだ。薬を飲んで体調を整えて儀式に出るくらいなら、儀式前に私の部屋を訪ねて、体調不良を伝えることはできた筈だ。それをしなかったという事は、司教の目論見を手助けしたと判断されてもおかしくない。」
教皇様の厳しい口調とその処遇にやや不服ではあったが、ちょうどよい頃合いでもあった。
教会で地位を上げる為には、数年間、地方の教会への巡礼という名の修行をする必要がある。
いくら次期教皇候補とはいえ、それは避けられない。
第一王子の婚約者となった公爵令嬢にして、聖女マデリーン・スカーレット。
教会内の書庫にある書物で調べたところ、かつて聖女が王子と結婚したことがあるという記載があった。
つまり彼女が聖女だと国に知らせてしまえば、2人を婚約破棄させるどころか、聖女と王子が婚約とは素晴らしいともてはやされ、国と教会とが結束して結婚まで推し進めてしまうのは想像に難くない。どうにかして、2人を婚約破棄させなくてはならない。
彼女を手に入れる為には、早々に教会内で自由に動ける高い地位がいる。彼女が成人をして婚姻をしてしてしまう前に、動かなればならない。
私は国内で数多ある教会の中でも、とある領地の教会への巡礼を希望した。それは、スカーレット公爵領の教会のうちの1つ。聖女マデリーンが洗礼を受けた筈の教会だ。
夜明け前に国教会より出立し、ようやく教会に到着したのはちょうど夕食前。
教会の食堂に、教会の管理者である司祭はもちろんのこと、この教会で働く者は修道士や修道女、下働きを含めた全員が集められ、私を迎え入れてくれた。
正直朝早くからほとんど休みなしの強行軍だったのではやく休みたい気持ちでいっぱいだった。しかし今後のためを思い、わずらわしいという気持ちを押し殺した。
食堂にいる面々は、不思議と皆一様に緊張しているように表情が硬かった。
国教会から来た者を迎え入れる為にこの場を作ったという割には、歓迎のムードというには程遠いやや重い空気がそこにあった。
私は自分の相貌が美しいが為に、近寄りがたい雰囲気がもともとある。そこにちょっと人好きのする笑顔を浮かべて親しみのわくような態度をとれば、人はすぐに騙されて私に好感を抱くことを知っていた。
これは王都の治療院で奉仕作業をしていた時の経験から得たもの。
「王都の国教会より参りました。国教会で長年働いてはおりましたが、こちらでは新参者です。慣れるまで不手際があるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。」
長旅の疲れをものともせず、自分を迎え入れてくれたことを心から喜ぶ若者を演じて、胸に手を当ててはにかんでみせる。すると食堂にいた全員の空気がふわっと、柔らかくなるのを感じた。
まずまずの感触にほくそ笑む。
後は率先して仕事をこなし、人の輪に入り会話を増やしてお人好しである姿を演じた。
空気は柔らかくなったとはいえ、まだ近寄りがたいのか遠巻きに眺めていたような職員達も、私がお高く止まった様子もなく、むしろ国教会でもしていたからと下働きと一緒になって雑用まで笑顔でこなしている姿を見せると、徐々に私に心を開いてくれるようになっていった。
「国教会から人が来るって聞いてたから、てっきりお硬い役人みたいな人が来るのかと思ってた。」
「俺は貴族意識が高い嫌なやつがくるかと思った。」
「前に来たやつがそんなやつだったからなぁ。」
くだけた調子で過去に来た人間の不平不満をいう人々に、同調してみせる。不満に同調すれば、人は勝手に仲間意識を持つ。
「それは大変でしたね。確かに国教会では身分をかさに着て嫌な態度を取る人を、私はたくさん見てきました。あちらでは私物を奪われそうになったり、上司に目をつけられて体調が悪いのに無理矢理働くことを強要されたこともあります。それでも、今では反面教師になっています。」
嫌なことを思い出したように顔を俯きがちにして、悲しげな笑みを浮かべる演技をすれば、皆が私に同情してくれた。
わざわざ自分の魅了の力を使うまでもなく、私を信用してくれた。
ただ1人を除いて。
「失礼します。お茶をお持ちしました。」
管理者である司祭の執務室。
地方とはいえど、国教会にある自分の執務室とあまり変わり映えのない、数多の書籍の並んだ壁一面の本棚と大きな明かり取りの窓を背にした執務机。自分の部屋と大きく違うのは、壁に女神を模した絵画と共に、棚の上に女神像が置かれていること。
教会入りした当初は、女性の絵や像があるだけで『エラーラ』とのトラウマを刺激され、恐怖で身動きがとれなくなった。だから教皇様の手配で私の部屋からそれらは撤去された。
今ではもう過去のことと割り切って気にしなくなるまでには落ち着いたが、部屋に置く気にはなれないので撤去したままになっている。
そんな執務室で司祭は執務机に向かい、仕事をしているところだった。
この司祭は事前調査によると、神聖力を上げる修練を行なっているものの成果がでず、長年、司祭以上の地位になれぬまま初老となってしまった男だった。
その程度の神聖力で教会の管理者になれたのは、実務に対して実直であることが認められた証拠ではあるが、何年も国教会へと移動願いを出しても受理されずに悔しい思いをしていると、行きつけの食事処で漏らしていると情報があがっている。
あと、最近、随分と羽振りが良くなったようだとも。
「ああ、ありがとうございます。けれど、同じ司祭という立場ですし、お茶くみなんて仕事を国教会から来られた貴方がする必要はないんですよ。」
司祭は私に笑顔を向けているけれど、その視線からはこちらを推し量るような剣呑な空気を僅かばかりに感じる。それに気付いていないふりをして、仕事の邪魔にならない場所を探して、机に紅茶の入ったカップを置く。
「いえいえ。同じ教会の階位とはいえ、ただの司祭と、教会の管理を任されている司祭とは、立場も責任もは雲泥の差ですから。」
私が謙遜すると、彼のペンを握る拳にぐっと力がこもる。謙遜しているようでいて、彼の心を揺さぶるために煽ったのだから、当たり前の反応といえる。司祭も、私が自分の上を行く教皇候補であることは知っているだろう。そんな相手に謙遜されたところで、上に行きたいのに行けない司祭からしたら、腹が立つことこの上ない存在であることは間違いない。
「さぁ、仕事に根を詰め過ぎるのはお体に悪いですから、休憩なさってください。」
「終わらせてしまいたい書類の確認があるので、もう少ししてから休憩させてもらいます。」
私は休憩時間に紅茶を毎日のように運んでいたが、彼が私の前でその紅茶を飲んでいるところを見たことがない。
私のことをひどく警戒しているようにも見える。そんな風に警戒していると、隠し事がありますよと言っているようなものなのに。
『司祭様は、洗礼の儀式で使われる水晶が納められた箱の鍵を肌見放さず持ち歩くんですよ。大事な物ではありますけど、心配性ですよね。』
私と打ち解けて話してくれるようになった修道士が、何の気なしに話してくれた会話。
10歳といううら若い年齢にして、既に私と同レベルの神聖力を持ちながら、洗礼の儀式で神聖力があることを認められなかった聖女マデリーン。
それにはこの教会で使われた水晶に何か問題があるのではないかと思い、調査の為に巡礼先としてこの教会をえらんだ。
どうにかして洗礼の儀式で使う水晶を調べたかったが、水晶が納められている箱には鍵がかかっていて中を改めることはできなかった。
自分の儀式以外で水晶を見たことがないので見てみたいのだと話すと、親しくなった修道士が軽い気持ちで教えてくれた情報だった。
「あーーめんどくさい。」
運んでいる紅茶に睡眠薬を入れていたが、素知らぬ顔をして紅茶のカップを回収しに部屋を訪ねても、特段変わった様子もなかった。どうやら飲むふりをして捨てているらしい。
私はよほど信用されていないようだ。
最初は正攻法で心を開かせ、水晶を見せてほしいとお願いしようとしていた。けれど正直、頑なにこちらに心を開こうとする様子を見せない司祭に苛ついていた。
睡眠薬入りの紅茶を飲ませて鍵を奪おうと考えていたが、飲もうとしないのなら手段を選んでいられない。
「めんどくさい?」
私が舌打ちしながら発した言葉に、視線を書類へと落としていた司祭が顔を上げる。怪訝な表情を浮かべる司祭につかつかと歩み寄ると、そのあごに手をかけてぐいと自分の方へと視線を向けさせた。
「何をする!やめろ!!」
私の乱暴な狼藉に、司祭は目を剥いて抵抗しようとペンを持っていた手からペンを投げ捨て、私の胸ぐらを掴んできた。それにかまわず、私は続ける。
あぁ、めんどうなことなどせず、最初からこうしていればよかった。
「一体なに……を……。」
「水晶の入っている箱の鍵を渡せ。」
瞳に力を込めると、司祭のまぶたが重くなったように半目になり、私の瞳を直視して口角を緩ませた。
「どうぞご自由に……。」
司祭は鍵を長めのチェーンにつけてネックレスのようにして服の内側に隠していたようで、すぐさまチェーンを首から外すと、恭しく私に頭を下げてそれを差し出した。
まるで神へ献上する捧げ物のように。
あまり込める力を強くすると、かつてのエラーラのように狂ったように私を求める廃人になってしまうようで、加減が必要だった。
「お前はここで何事もなかったように仕事をしろ。」
「はい。わかりました。」
込める力をコントロールすれば、こちらの意のままになる人形にできる。
国営の監獄に行き、死を前にして己の罪を神に告白して赦しを得たいという罪人の相手を率先してすることで、時間をかけてこの力をコントロールする術を得た。相手は罪人なので、どうなろうと後腐れはない。
この司祭はわざと私が処罰を受けてこちらに飛ばされて来るということを全職員に「内緒ですよ。」なんて言って浸透させていたそうだ。
道理で最初に私が来た時に、まったく歓迎ムードでなかったわけだ。
此処に来るのは罪人だと思わされていたのだろうから。
早々に管理人室を出ると、水晶の入った箱が安置された宝物庫を訪れた。
宝物庫の鍵は事前に手に入れていたので、私を邪魔するものはもう何もない。
箱の鍵穴に鍵を入れて回せば、カチリという軽い金属の音がする。鍵を差したまま箱を開ければ、見覚えのある透明な玉が、紫色の光沢のある薄い布の上に鎮座していた。
指紋が付くのもかまわず手に取る。
本来なら、力を持つものが手に取れば白い光を放つ。初めて洗礼を受ける者であれば、身体に流れる力が強ければ強い程、身体に熱が巡る感覚がある……筈だ。
手のひらサイズのそれを握りしめても何も起こることはなく、ただ室内の明かりと逆さまになった私の姿が映り込むだけだった。
「なるほど、偽物か。」
よろしければ、評価をお願い致します。
ちなみに大司教に、倫理観なんて望んではだめです。望みのものを得るのに手段を選びません。




