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うちのメイドはフェンリルライダー

うちのメイドはフェンリルライダー

作者: 瀬嵐しるん


とある王国の端の端。そこには鬱蒼と茂る森がある。


森の中には一軒の小さなツリーハウスがあった。

大木と共生するように建てられたそれは、普通の建物ならば三階ぐらいの高さ。

しかし、入り口に至るための階段は無く、梯子もロープも見当たらない。



「なんという気の利かない家だ!」


木の下まで来て文句を言うのは、豪華なローブに身を包んだ三十くらいの男。


「あんれ? お客さんけ?」


そこへ現れたのは、膝下丈のメイド服を着た二十歳前の娘。

腕にかけたバスケットには、森のベリーやキノコが山盛りだ。


「貴様、この家のメイドか?」


「んだ。あんたは誰だ?」


「メイドごときに名乗る名は無い。さっさと私を家の中へ案内しろ!」


「名乗んねえなら、案内なんぞできねえべ」


「屁理屈を言うな。

この魔法使いのローブが目に入らんのか?

これは、王家に認められた一級の魔法使いにだけ許されたローブなのだぞ」


「客の恰好なんぞ、ご主人は気にしないべ。

人間は中身が大事だっていつも言ってらっしゃる。

名乗る気がねえなら、オラは取り次がねえ。

さっさと帰るんだな」


「なんたる侮辱。メイドごときに、ここまで言われるとは。

よし、目に物見せてくれるわ!」


豪華なローブの魔法使いは、大きく手を広げると腕を怪しく回して魔法を練り上げる。

バチバチゴウゴウと不気味な音を立てるそれは、どんどん大きく成長し、嵐のように周りを巻き込もうとした。


「これくらいでよかろう。

あいつの家ごと、消し去ってくれるわ!」


「おめ、なにしてくれんだ!?」


魔法使いの手を離れた魔力の塊は、猛スピードでメイドに迫る。


しかし、ぶつかる直前に、それは白い巨大なモノによって弾かれた。


「弾かれた、だと?」


魔力を弾き、メイドを庇うように立ちふさがるのは巨大なフェンリル。


「あれ? フェンちゃん。もう具合は大丈夫け?」


「クン、クゥーン」


フェンリルはメイドに甘え声を出したかと思えば、魔法使いを振り返って睨みつける。


「先ほど、私が森に入るのを邪魔したフェンリルか。

もう一度、痛い目にあいたいようだな」


「おめ、今なんつった?

さっき、森の中で怪我の手当てさしたけんど、原因はおめか?

ご主人様の大事なペットのフェンちゃんに、なにしてくれたって?」


「フン。あんな間抜けのペットだから、強大な力があっても使いこなせないのだ。

今からでも遅くない。私のペットとして鍛えてやろう」


「フェンちゃんは、この素直さが可愛いんだ!

おめみてーな失礼な奴には、この子の良さはわからねんだよ」


言うが早いか、メイドはフェンリルに飛び乗る。


「フェンちゃん、こんな腐った奴、ご主人様に会わせらんねえ。

二人で始末すっぺ!」


「ウオオン」


メイドの指示で飛び回るフェンリル。

速すぎて魔法使いはついて行けない。


「クソ! 単純思考のフェンリルだけなら簡単に倒せたのに。

メイドのくせに、魔獣を操るとは。ふざけたやつだ」


「おめに言われたくねえ。そろそろ、止めといくべ」


「ウォンウォン!」


止めと言いながら、動きを止めたメイドとフェンリル。


「ただの負け惜しみか?」


挑発する魔法使いだが、頭上からする不穏な物音に天を仰ぐと……


「な、なんだとー!?」


最初に自分がフェンリルに放った魔力の塊が、真っすぐ落ちて来る。

しかしそれは、自分の上ではなく、傍らの木を直撃した。


「あ、危ないところだった……うげっ!」


ホッとしたのも束の間。

木は大きく裂け、太い枝が魔法使いを下敷きにする。


「しばらくそこで反省しろ」


そう言いながら、メイドはエプロンのポケットから出した鍋つかみのミトンで魔法使いの両手をひとまとめに拘束した。


「これで魔力も練れねえべ」



「なんだか騒がしいねえ」


その時、ツリーハウスのドアが開き、ラフな格好の、やはり三十くらいの男が出て来る。

風魔法をまとうと、滑らかに地面まで降りて来た。


「ご主人様、申し訳ねえべ。

不審者がいたもんで、フェンちゃんと成敗したとこだ」


「それは、ご苦労だったね。

おや? なんだか見覚えのある顔だ」


「わ、私のことはうろ覚えか?」


「ああ、そうだ、思い出した。

魔法学園時代、なにかとつっかかってきた同級生だ」


「そうだ、私はお前のせいで万年二位に甘んじていた。

王国の魔法使いとして首席合格で採用されたと思えば、お前は試験すら受けていなかった。

万年首席だったお前に、いつかは引導を渡さねばと今日まで修行を重ねたのだ。

それなのに、こんなメイドと犬っころにいいようにあしらわれるとは」


「しかも、止めは自分で放った魔力、と。

あはは、相変わらず詰めが甘い。

執念の矛先が間違ってるよ」


「うるさい! お前に何がわかる」


「うん、わからないし、わかりたくもない。

そして、これ以上、君の顔も見たくない。

君は今後、この森は出禁。覚えておいてね。

じゃあ、さよなら」


ラフな格好の男が軽く指を回すと、木の下の魔法使いは姿を消した。


「ご主人様、もう少しとっちめてやらなくて、よかったんけ?」


「あいつが煩いから、王都での就職を止めたんだ。

もっとも、この森に引き籠っていたほうが好きな研究が出来たから、それでよかったんだけどね」


「そうけ。

あ、いっけね。あいつの手にミトン被せたままだった」


「それはもったいなかったねえ。

君の手作りのミトンは、とてもよく出来ていた」


「仕方ねえ。また古布で作るべ」


「うん、そうだね。過ぎたことは忘れよう」


「んだ。せっかく、森で大収穫もあったし、さっさとジャムとキノコ煮こさえるべ」


「ベリージャムか。楽しみだ」


「ウォン!」



二人と一匹の森の生活は、とてもうまく行っていた。


森の魔法使いは学園を出た後、森の奥に引き籠って研究論文を書き上げ、王立の研究機関に売りつけていた。

全ては研究機関の功績になるため、個人の名前が出されることは無く、口止め料が含まれて報酬も悪くない。

そうして貯めた金で、今では森一帯の所有者になった。


メイドは何でも出来て能力的には申し分ないのだが、どうしても田舎訛りが抜けない。

それで、王都の貴族屋敷をクビになってしまい、困っていたところを森の魔法使いが拾った。


人懐こく、大人しいのに、能力と大きさのせいで怖がられ、街中に出ていけないフェンリルもこの森に居つくようになった。



倒れた木を魔法で薪にしながら、森の魔法使いは考えていた。

ここでの暮らしは、最初は一人きりで、たまに寂しさも感じたが、今ではにぎやかだ。


ただ最近、働き者のメイドが健康なお色気を垂れ流しにしている気がする。

彼女は、自分に対してあまりにも無防備だ。

十歳も年齢が違うのだから、大人の態度で接するのだが、いかんせん深い森の奥で二人きり。

いつかはふと、一線を越えてしまうのではないかという心配がある。

いや、もちろん、そうなったらちゃんと責任はとるつもりだが、万一、彼女に少しもその気が無かったら、と思うと……。



一方、メイドは少し離れた場所で、ベリーとキノコの下ごしらえをしていた。


「フェンちゃん、ありがとな。

本当はおめ、小っちゃくなって家にも入れるのに、オラに気い遣ってくれてんだべ?

だども、ご主人様はその気は無さそうだ。

オラは、雇ってもらって以来、ず~っと、お慕いしてっけどもな。

恥ずかしっぺ~」


「ウォンウォン!」


「ん~? もうちっと頑張れってか~?

フェンちゃんがそう言うなら、もうちっと粘ってみっかな~」


翌朝、メイドのスカートが1センチ短くなっていたが、果たして森の魔法使いは、そこに気付くかどうか……





ここでのフェンリルは魔獣です。

メイドの訛りは、頭に浮かんだままを書いています。


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ええなぁ~
がんばれフェンちゃん! 魔法使いとメイドの恋の行方は君にかかっている!
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