第十九章 オグを追って 5.底知れぬ破滅
もし、母親は自分の子供を産んでから、また、新しいその人の人生が始まるのだとすれば。一体、何が、体をつくり、心をつくっていくのでしょうか。人と共に歩む人生、人と共に離れ離れになる人生を経て、自分の体は、どうなっていくのでしょうか。ただ生まれ交わっていく存在の響音は。打ち捨てられた錆だらけの剣器。破壊の跡は、その時に起きたことの波紋を現在に伝えてきました。かつて、そこにいた人間の。母の胎内から生まれた胎児たちの。母から離れて、暮らしてきた人々の。彼らの波紋は、陽炎のように浮遊していました。遠い過去のそうした景色は、今起きつつある新たな波紋と同じでした。イアリオの持つそれと、響き合っていたのです。そしてそれは、別段彼女の町だけでこれから起こりうることではなかったのです。
彼女の脳裏に、墓丘で出会った天女の相貌が浮かびました。名前を、確かヴォーゼといいました。彼女はなぜか、その相手をいとおしく思いました。何をあちらは伝えてきたのか、それを探る旅をしていたのですが、あちらはそれを伝えずにはいられなかったと言いました。目の前の現象は、すべて共鳴の結晶かもしれません。自分と他者との。彼女は息苦しくなりました。遥か遠い過去と今がつながる交点に、自分がいることをひたすら感じて。しかし、その感傷は、彼女が再び地下都市に入った時に、覚えたものと一緒でした。なぜ今までこの場所を供養する者がいなかったのかという…。
訪れた森の中に、また村の残骸がありました。野ざらしの骨たちは、上を向いて、しきりに泣いているようでした。骨たちは皆、同じ場所に固まっていました。そして、そこには桶や、針刺しや、手包丁や、器なども集まっていました。クロウルダによると、この村の人々は毒を食らったようで、その方法は水に混ぜたり、金属の先端などに付けたりして、様々な形で互いに与え合ったということです。毒は、即効性のあるものではなく、村人には毒と認識されていなかったものでした。つまり、神秘性のある、ご利益の深い液体でした。クロウルダは渋い顔でこの有様を見ていました。
大昔の彼らが自民族に行った粛清は、すべてのクロウルダ人に薬を盛ることによって行われました。純潔以外は(あるいはその薬の薬効に耐えうる身体以外は)命を落とすようにしたのです。そして、その薬の効き目は、彼らが崩壊した時強められました。より純潔を選別するために。
森の中の村人たちは、彼らと同じようなことをしました。そして、助かった者はいませんでした。彼らの中に、笑い声を上げる者がいました。クロウルダのここで人柱となった霊はその声を聞きました。自らが為したことの、おかしさに、気づいた者の嘲笑を。その笑いは、イアリオのふるさとでもかつて叫ばれていました。オグはこういった村を渡り歩きました。
彼の通過した場所で、人々は己の悪に呑まれ、身を破滅させて、浮かばれない死霊となりました。ある村では、壊れた笛が、強張った骨の手元にありました。その人は音楽が好きだったのでしょう。でもその笛の口には毒が塗られていました。誰もが誰かを憎む権利があるとすれば、それはいつ弾けるか、判りませんでした。オグは、そうした憎む感情を逆撫でにする、人間悪を刺激します。やってもいいことと悪いことの判断は、彼の前ではつきません。ただ衝動が人間を襲うのです。それは、生命の最も根深い感覚なのかもしれません。ある町では、骨に幾重にも刃が突き刺さっていました。皆が彼を破壊したのです。たった一人の人間を襲う悪意は、時に束になることがあります。その町では、たった一人を犠牲にしてその悪意は終わりませんでした。次々に、犠牲となる者を探さねば、彼らの深い憎しみは解消されませんでした。彼らは被支配階級の人々でした。他国から攻められ、権利の悉くを奪われたのです。渦巻く憎悪は、オグによって刺激されました。それは、彼らの義憤や抵抗の意思へつながらず、自らの弱さを目指しました。自分たちに生まれた弱々しい者を、体の不自由な者たちを、こぞって攻撃しました。しかしどんな人間も皆弱点を持っているものです。
彼らはそれを攻撃しました。滅びるまで。
別の町で、イアリオは笑い合う彫刻を見ました。石の形はまあるくて、二人の子供が、微笑ましく向き合っていました。その辺りに細かい骨が散乱していました。餓死した人々の骨でした。ここにいた人々は永遠の平安を誓いました。彼らにとって永遠の平安は現実にはありませんでした。祈りの中にありました。祈りと願いの彼方にしか平和はないようでした。
イアリオはこれらのような滅亡の跡すべてに、身も心も皆共鳴しました。彼女は、厖大な情報の洪水を浴び、すっかり顔つきを変えてしまいました。無口になり、ひたすら目をぎらぎら輝かせるようになりました。
オグの足跡は、人間の人間に生まれてきたことによる痛々しい記憶を、ひたすらに訴えてきました。それらが全部、彼女の故郷のあらましを、また、行く末を、示していました。彼女はこうした病的な絶望の跡の、子孫でした。そうした病的な絶望を、理解することのできる人間でした。悉く絶望は、彼女に訴えかけました。自分を、見てくれと。自分を、慰めてくれと。およそ芸術は、言葉は、色と形象は、音楽は、人によって見出されるそれらは、何のためにあるのでしょうか。
いいえ、絶望とは、見つけ出されるためにあるのです。実際に起きたことは、皆昇華されるためにあるのです。
世界中に礼をします。その先に、相手がいました。明確な自分自身と、二つ一つになるような。命の手はないがしろにされて、今片手を振りほどいています。その時、追い続ける魔物が増えました。




