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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 後
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第十九章 オグを追って 4.夢と破壊

 彼女は風邪を引いてしまい、数日寝込みました。またそれまでの疲れが一度に出た様子でした。ですが、それがはたして療養になったかというと、彼女は立て続けにまた印象深い夢を見て、それにうなされる始末でした。風邪を引くと、感覚が敏感になり、うつろな状態になりながら、幻も見えてしまうことがあります。しかし彼女の見る幻影は、すべて意味を持つものでした。

 彼女は、いつのまにか自分の見るものがどんなものであれ、それと向き合えるようになっていました。新しく見た夢は、とても原画的な夢でした。彼女はそれを、オルドピスの指導者と、クロウルダの長にも聞いてもらうことにしました。なぜなら、その夢がこれからのオグの追跡に強く関わっているものだと、彼女自身、確信していたからでした。

「よろしい。我々もあなたの見た夢に興味がある。あなたの直感を、信じましょう」

 トルムオにも促され、夢の話は表舞台を獲得しました。

「夢の中で、私は霧の中にいました。濃霧といえるミルク色の眼前を、かき分けかき分け、私は歩いていきました。そして、緑の芝の生えた小島を見つけて、その上に立ちました。狭い谷底の、川のど真ん中でした。太陽が、ちょうど頭上に現れて、谷底を照らしてくれました。その太陽に、黒いしみがついて、しみはどんどん広がっていって、やがてお日さまを翳らせて、ああ、人の顔に、なりました。私も知っている人間の顔です。苦しみに満ちた表情で、いつかこの街を壊してやると言っていました。この街とは、あの町でしょう。私のふるさとの…

 私に弟はいませんが、別の夢では二つ歳の離れた兄弟がいました。彼は、私を愛してくれて、私も彼を愛していました。でも、私はそこでは病弱で、自由に外に出られない体でした。私は、弟から貞操を奪い、がんじがらめの愛に没入しました。ところが、弟はその家で相続権のある人間だったために、嫌でも私と離れる運命でした。私は彼に頼みました。彼の手で、自分を殺してくれと。彼は、手ずから私を殺し、その苦痛のために自害しました。私が殺したのです。自分をも、彼をも。なぜか、その時の私の名前を覚えています。キャロセル、キャロセルと呼ばれました。

 別の夢で、私は曖昧な魔物の群れに追いかけられていました。霧が、形を成したような、でも、粘土のようにぐにゃぐにゃしていて、暗闇のようによく見えないものでした。あてどなく私は逃げ惑い、大きな穴に落ちて、再び地上に帰ってきたとき、私は操り人形になっていました。体中が冷たくて、心臓の音が聞こえないのです。私は人を一人殺し、生まれ育った村を後にしました。それで私は人々から信頼を失うことをよく知っていた。それでも『お前はよくやった』と、誰かが私を褒めました。

 私は人を食べる夢も見ました。原初的な文化では、人肉を食べる風習があったようですが、それのようでした。きっと、食べていた相手は打ち倒した敵だったと思うのですが、敵の肉を喰らうとその力が自分に入る、と思い込んでいたのですね。実際、その夢では敵だった者の体に宿ったパワーを間違いなく食べている気がした。けれど、同時にただ空腹だったから貪るように食っていた、とも感じられたのです。自分たち以外は、皆獣や家畜と同様ですから。

 ある夢では、私は良妻でした。しかし、夫は帰らぬ人になっていました。私はひどく視力が弱ってしまって、その薬を買うために夫は出て行ったきり、消息を絶ってしまったのです。でも私は彼の帰りを信じました。いつまでも、いつまでも、新しい人が私に結婚を申し込んできても、やり過ごして、六十余年やもめでいました。私は化石のようになりました。岩のように口を閉ざして、殻に閉じ籠もったのです。…」

 自分の見た夢を打ち明けながら、イアリオは寒気がするのを我慢しました。それらの夢を見た時は、印象深かっただけでした。でも、口にすると、それらが恐ろしい物語を紡ぐようで、体がばらばらになるのを感じました。

「この国へ来てから、自分は滅多に夢は見ないのですが、その数が多くなっていきました。故郷を離れると、こうなるものなんでしょうか。私は、夢を見るたび体が熱くなりました。何かが私の中で変わっていき、それをそうした形で、体験していたようでした。まだこの国へ来て一年強ですが、勉強はここでできることはもうほとんどしたように感じます。本をいっぱい読みました。私の国と、あなたの国との関係、その周辺の歴史を丹念に調べていって、またオグの資料を読み漁って、自分が出来てくる成長の過程を読んでいるような気がしました。知識は私のものになるべきものは私のものになったでしょう。だから、これからはクロウルダのように、私もオグの遍歴を足を運んで調べてみたいのです…」

 トルムオとニングはイアリオの申し出を受け入れ、彼女の出立の日取りを決めました。その従者に、クロウルダの者と、オルドピスの者と、護衛としてロンドとその配下の者が充てられました。彼女について来る人数は始め六人でしたが、出立直前に、また旅の途中で、何人か増えていきました。


 旅先でも彼女は夢を見ました。印象に強く残ったあれらの夢の続きもあれば、もっと違うのもありました。

「私の大好きな人間が、私から離れていった。私はかまどでパンを焼いていた。ある日、かつての恋人が私の所へ来て、私から子供を奪っていった。これは俺の子供だ、と言いながら。私は連れ去られるままに、何もできなかった。二度と子供には会えなかった」

「隣に座る私の伴侶が、くるくると違う顔になった。私は驚いて彼を突き飛ばした。そうしたら相手はもぬけの殻だった。私は人形を相手にしゃべっていたのだ。いや、顔は元通りになり、私の愛する人間にその体も戻った。私は彼を正面から眺めて、一体、それまで自分は彼の何を見ていたのか知らんと考えた。私は自分の気持ちも判らなかったのだ」

「隣人同士がいさかいを起こしている。私はそれに巻き込まれてしまい、ナイフ飛び交う戦場をただ頭を抱えてやり過ごそうとしていた。一方でパン焼き釜は共同で使うものだと主張し、一方でそれは個人のものだと言い張った。社会のための個人か、個人のための社会かという言い争いだった。互いにお互いをよく理解しようなどとは思わなかった。争いはエスカレートし、憎悪ばかりが募り、果ては殺し合いまでになった。相手を排除すればいいと両者とも思ったのだった。彼らのいる共同体は真っ二つに分かれ、殲滅をし合い、そして誰もがいなくなった」

 まるで、その夢たちは子供の頃聞いた、テオルドの母親の話のようでした。イアリオは体中を毒で侵されている気がしました。でもその毒は、他から注入されたのではありませんでした。自分で自分に打っているようでした。しかしその夢たちは(先の夢たちも)、彼女が今までの何某かの経験から、無意識に引き出した要素を象っていたかもしれません。暗い地下を抱えるあの町にずっと潜在するものを、引き出したものかもしれません。

 でもそれなら、自分のものでもある。私が子供たちにも伝えてきたものの中に、そうしたものもあるかもしれない。そんな風に彼女は考えました。彼女は夢の内容が自分とは切っても切り離せないもののように思え、そうした自分が、他の誰かと関わった時に体中を流れる毒は、相手に決して届かないものかどうか、分からないと思いました。

 彼女の相貌は、この旅を通じて変わっていきました。まるで男性のような、険しさと頑なさとが合わさった、柔和さの無い深い孤独を湛えるものへと。

 彼女にとっては、誰かを愛することと、この旅路は同じだったかもしれません。彼女はオルドピスの首都を出てから片時も故郷のレーゼの顔を頭の中から離しませんでした。出発の日だけ、首都で世話になった学者や研究者、メイドたちや兵士らに、また可愛らしいニクトやフィマに、別れの挨拶をして回る時はそうではありませんでしたが。(フィマは、少しの間の休暇を利用して、この時に都に帰ってきていました。)彼女は旅の途中自分のそばにずっとロンドを置きました。彼は彼女に忠実な盾となりました。オグの食い荒らしたと思われる史跡を巡る中、そこにはまだ盗賊や悪漢たちが塒として利用している所もあって、彼女らは彼らの襲撃を受けることもありました。しかし、まったく彼とその部下は対応に慣れたもので、オルドピスの兵士と協力して悉く撃退しました。イアリオもまた、戦いで活躍することがありました。元々彼女は父親から、早朝の日課として武道の手ほどきを受けていました。子供の頃、ピロットと鬼ごっこのような喧嘩をした時、彼女は少年ピロットの体を投げたりすっ飛ばしたりする体術を使っていましたが、それは父親に教えられたものでした。

 彼女は盗賊を、その時のように投げ飛ばしたのです。これにはロンドたちも、拍手喝采でした。しかし、オグに滅ぼされた史跡を見た時の彼女の動揺は、盗賊のように易々と退治はできませんでした。訪れた町村の跡は、草木に覆われ、うらぶれるままでしたが、人間が破壊した痕跡が、はっきりと残っていました。火に焼けて、あるいは大槌によって壊され、いかに小さな村でもその痕は、途方もなく穏やかでない狂った惨状を残し物語りました。剣もありました。鍬もありました。鋭く尖った(やじり)もありました。あちらこちらに朽ちたそれが落ちていました。もし戦火がそこを訪れ、戦によって壊されたのだとしたら、鈍色に光るそれは村じゅうにあるものではないでしょう。集落の入り口か、砦となる所に、あるいは防衛の中心となるところに集まるもののはずです。それは、村じゅうに広く散らばり、村じゅうで争いがあったことを指し示していたのです。

 底知れぬ冷気が住居跡を漂っていました。イアリオは足元から冷え冷えした空気を感じましたが、その空気は、以前知ったものでした。あの街で、地下都市で。彼女は何か、集落が口を開けて、その犬歯を訪問者に見せびらかしているように思えました。その損壊の痕は、悲哀とか移ろいゆく時の流れとかを伝えず、訪れる者を脅かしました。ロンドたちは、彼女の反応を見つめました。彼らは繰り返しこのような現場に来ていたので、今更驚くことはありませんが、彼女は、皆に見つめられているのをわかりながら、ぶるぶると全身を震わせ、膝から崩れてしまいました。あの悪が、蔓延ると、こうしたことが起きたのです。

 喘ぎながら、イアリオはレーゼを呼びました。呼んでも仕方ないと思いながら、それでも心に念じました。すると、傍らにいるロンドの匂いに気づきました。ロンドは体臭で彼女の体を包んでくれました。それで彼女はほっとしました。しかし落ち着いて、滅びた住居跡に目を廻らすと、これが、自分のことのごとく思われました。そんなはずがありません。そんなはずはないのですが、人間の歴史の底の底から見上げれば、ひょっとしたらどんなことも昔も今も同じように繰り返していたかもしれないのです。彼女は前世というものを信じていたわけではありません。ですが、クロウルダや、オルドピスの学者などからそのような概念を聞いていました。オグには、あらゆる人間の前世の犯した悪が、同居していると…

 滅びた集落の、その滅びの理由と人々の阿鼻叫喚は、すべて悪に吸い込まれたのでしょう。そのように現場でクロウルダたちは説明しました。まるで夢と同じようだ、と彼女は感じました。あれらの夢とこの史跡は、同じように見えました。彼女は何かを正しく思い出せないように感じました。このような遺跡を何遍も見ていくうちに、幾度も幾度も通過していくうちに、何かを思い出せないことが分かっていったのです。

 彼女の内側にあった焦燥は、日に日に増していきました。それは、トラエルの町にいた時から継続していたものでしたが、オグを巡る旅の瞬間瞬間で、焦燥は爆発的に巨大になりました。

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