第十九章 オグを追って 1.悪の行方
一年がもう経ちました。イアリオがこの国へ来て、その調べ物は順調でした。トラエルの町の周辺の歴史もオグについても、書物からできるかぎりの知識は得ることができました。さて、それが町を出る時に彼女が知りたかったことのすべてかというと、今は、その知りたかったことの先に、心に沈殿するものがありました。頭に入れるだけの知識はもう十分かもしれません。これ以上はどのみち入ってはこないでしょう。ですが、それらはこれから起きるだろう現象の、彼女が予期したものの説明にはなっていませんでした。あの町で散々背中をせっついた、言い知れぬ焦りはまだ続いていました。あの町にいる時ほど、圧倒的ではなくなったにしろ。何かまだすることがあるのです。
レーゼたちと約束した期日はあと二年の後でした。彼女は命を賭けてここに来ていましたが、まだその命を賭け足りない様子でした。首をもたげるものがありました。それは彼女の中で一年をかけて沈んできたもの、沈んだ底から、じわじわと持ち上がってくるものでした。雨後の芳醇な大地の匂いのように、大海原の強い波音のように。今まで、悪の主人であるオグに虐げられてきた集落は、数え切れないほどにありました。しかし、歴史上それと共に滅亡されてきた町が、つまり主人と共に消滅していった、あまりに巨大な魔法が掛かった時空が三つありました。ドルチエスト、マガド、クエボラといった町でした。それらは各々が特徴を持った滅び方をしました。ドルチエストは、町の半壊と共に、地面が陥没してオグの住処だった穴が埋め立てられました。マガドは、津波を受けて滅びました。クエボラは、町の外の大きな岩が、軒並み滑り落ちてきて、人々を悉く押し潰しました。それだけでは天災と思われるこうした被害をオグによるものと断定できるのは、その天災だけによるものではない人々の死が異様だからでした。
マガドでは、人々の体はどこか必ず骨が折られていました。津波の衝撃によるものだとは判別ができないその骨折の仕方は、折られ方が一定でした。検証すると、それは人が関節技を決めた跡でした。どうやら互いに肉体を交錯し、異常な力をかけて、骨を折り合ったようなのでした。
クエボラではその遺骸は互い違いに男女が重なりうなだれ合っていました。人々は団子になり、その上に無数の大岩が襲いかかったのでした。血は夥しく地面に撒き散らされ、黒々と土を変色させていました。まるで集団でその大岩の圧力を受け止めるために、彼らは待ち構えていたようでしたが、後でその在り様を見れば、積み上がった岩石の下のそれはなんとも奇妙でおぞましい結末を迎えた死体の群集でした。
ドルチエストでは、死骸は耳から汚泥を垂れ流していました。髪はむしりとられ、その髪を手に握る死体もあって、お互いがお互いに何か奇妙なことをしていた跡を見つけることができました。クロウルダの記述にはこうあります。町の人々はどんどん不健康になっていった。僧侶たちは自分たちの祈りを押し進めるために、自分たち以外にも、禁欲を押しつけてきた。まるで壮大な祈りの玉をこしらえて、未知の扉にそれをぶつけ、壊し開かんとするようだった。半壊し陥没したその町の、周囲は今もとある宗教の勢力が支配していましたが、その僧侶たちはいまだに禁欲を自らに課していました。そして、滅びる前のドルチエストには教団の僧侶や一般の人々に混じるように、クロウルダたちも住んでいました。その町はクロウルダの手によって一から建てられたのではなく、彼らの追ってきたオグがそこに棲みついたことが分かったので、あとから彼らが住むようになったのです。そのおかげで、オグによって町はいかに滅びたのかが、他の町より詳細に記されていました。
また、彼らに特有の霊の交信の技術を使って彼らにしか知りえないような情報も、得ていました。つまり、「人柱」の手段を用いることによって。ドルチエスト、マガド、クエボラにおいて、彼らはその仲間を殺し、あえて霊界に送り込んできたのです。彼らはそこにオグの片鱗を見つけ出しました。そこにあったものは、彼ら自身が美しき蒼き都にて、オグと共に消滅するまではいかなかった滅びを経験した後の、霊の交信によっても見つけられてきたものでした。それは、夕闇の中の星のように淡く光り、こちらをじっと眺め見つめていました。その寂しげな光の中に、人々の意識が黒く渦を巻いていました。自我のない、思いも不安定な、ただそこに浮遊して取り憑くべきものを待ち望んでいる。なおかつ言葉を言い澱む唇のように、いつまでも振れて揺れ続ける。
霊には種類がありました。一人きりで、そこに漂うものもいれば、他のものと一緒になっているものも。彼らが見たオグの残滓は、消滅せずにこの世に取り残されてしまった、オグからも切り離された、無残な焼け跡でした。
オグは、その消滅の後にそれ自身が滅びたことを確認されていました。移動の跡なく、分裂し殖えることも、限りなく小さくなることもなかったと、かの三町の廃墟を訪ね調査したクロウルダたちは認定しています。しかしもしそれを死と言えれば、彼の死の成り行きが、これまでに克明に観察されたことはありません。ドルチエストのクロウルダたちも、当時自らの感情に振り回されてしまい、他の者たちと同じように為すすべなく魔物の餌食になったのです。しかし彼らはその時も従来のように彼を慰める儀式を行っていました。彼の傍に居て、彼の身じろぎに耳を傾けて、人身御供もしていました。ですが彼が自らを消し飛ばそうとした時、クロウルダたちはドルチエストの人々のように禁欲の欲を刺激されました。それは、自我こそ自分の中に溢れさせるべきとすることでした。自分の中には自分自身だけがあるようにしたのでした。外側から入り込んでくる、他者の意識の一切を拒み、我が思いだけをこの身に宿らせようとすることでした。
それは、かつてクロウルダたち自身が自ら身を滅ぼした時に従順になった感情と、実はまるで同じものでした。粛清をし、純潔さを保とうとする、人種の身の保全にすべてを振り切ったあの思想と。つまりは同族であれ他者に濁りを発見し、いかに小さく他愛の無い濁りであっても、許さない思想と。彼らは、滅亡の憂き目に遭った時、オグに唆される原因となったその態度まで、その後反省をして昇華してきていませんでした。…ドルチエストにいた彼らは、クロウルダ以外の、周りの者たちと同じように禁欲を自らに望むようになりましたが、それはだんだんとかつて犯した凄絶な粛清の向こう側まで行き着き、ついには、自らの粛清、までを望んでしまったのです。
彼らは、オグと共に自分自身も亡んでしまえば、と思いました。オグこそ彼らの前世だと分かっていたからでした。そして、彼らの使命感を、オグの監視者としての自責の念を、増大してしまいました。もしかしたら少なからずドルチエスト滅亡の前に、このような考えを持つ者はクロウルダの中にいたかもしれません。しかしそれでは彼らが彼を監視し、世界を救うことなどできませんから、監視集団としては取り上げられない思想でした。ところがその根は、彼が死を望む時、厖大な生長を遂げて、神官たる役目も打ち捨てて生から逃げる彼の結末に身を添うこととなったのです。
オグと共に、真に身を滅ぼした彼らは、それでもこの世に魂の欠片を残しました。あとからこの地にやって来た同士たちに、死後の霊界から、彼らに分かるかぎり何が起こったのかを伝えました。クロウルダたちは、このようにドルチエストで滅んだ身内と、マガド、クエボラで人柱になって身を捧げ、オグの残り火を見た者たちから、消滅前、消滅後のオグについての情報を集めました。そして、彼は一体どのような理由でどこへ消え去ったかの検証を行いました。また、ここに学問の国オルドピスの見地も加わりました。そして、人々と共に消滅した彼は、どうやら大いなる扉を開こうとしたようだ、と判りました。その扉は、レトラスという、まるで大河のような人の霊の流れへ、人魂が回帰するときに現れました。人は死後、自然にその扉を開けて、霊たちの流れに混じり溶け合って、そののちに再び生まれ変わるのだと、考えられていたのです。
「さてもこの町の歴史はどのあたりから始まったのだろう。あのクロウルダが建ててから?もしくは海賊が乗っ取ってから?」
テオルドは、町の北側を守る高い峰を仰ぎながら、口の中でもごもごとそう言いました。
「人類の歴史はずっと昔からあるのだとしたら、僕たちの歴史もそうとはいえないか。僕たちの民族が抱える課題が、この歴史に影響を与える唯一のものだとはどうしても言えないだろう。だったら、一概に誰かのせいにしたり、これこそ原因だと調べられるかね?そうではない。唯一わかることは、自分がどうここに関わってきたか、それが微力たりといえ、どう力を与えたかということだね。それは、滅びの最中にはわからなくても、ずっと後になって、わかることだろう。願い事がかなうなんて、本当に素晴らしいことさ。本当にすごいことさ。でも、それが叶えられた力は一体どこから来たんだろうね。それに人生はそれで終わるはずがないんだから、その後の人生は何によって規定されるのか。人生はつつがなく続いていく。だったら、どうしてもっと迷わないんだろう。
どうしてもっと不思議だと感じないのだろう。迷いや不思議はあちらからやって来る。僕たちを、がんじがらめにして。そうして解かれていく。一体何が、僕たちを規定しているか」
彼は、誰に言うのでもなく呟きました。ただ自分のその言葉が、これから何か形作るような気がしました。言うことで、彼の思考が前に進んだからです。言わなければ、言う手前の何かは、心の中でずっと出口のない迷路を彷徨うような振舞いを見せるのです。
「それは物語なのではないだろうか。どのようにして僕たちは自分のことを知るのかといえば。僕たちはこの方法でしか自分を知ることはできないのではないか。あの事件が起きたからとか、こうした心情が働いたからとか、そんなことはごくごく一部だ。全部の世界がまるごと動く。自分はそのどこにいる?ここにいる。ここにいるとは一体何だ?今言った言葉を少し前に捉えたということだ。そしてその前に言った言葉もそのさらに少し前に、と。
僕は無限の要素から成り立っている。だったら、僕という現象は、ずっと苦しみに満ちたもので、さらにずっと多い幸福にも満ちている。なぜなら、誕生は死を超えるから。死は生を支配するけど、その次の生は死を克服するから。人間が繰り返し生まれていることが本当なら、そこに、物語の意味がある。なぜなら、それは、人が人を理解する形だから。無限の言葉の羅列をそのまま肯定するからだ。物語には意味がある。永遠の時間の現象を、それはそのまま映すんだ」




