第十八章 夢とフィマの決断 1.予言
死は嫌だという認識は、どこから生まれたのでしょうか。死は、明らかに生の延長にあるものなのに、それは黄金のような変化であるのに。本来はもしかしたら祝福されるべきものかもしれません。長寿天命を全うしたらということではなくて、それが、いかなる形でも。生は喜び、そして死は悲しみというなら。誕生こそ祝福され、死は哀悼するものといえど。なぜならそれをも含んで生が確立するのです。
唐突な死も、理不尽な死も、野ざらしの死も、もし、命が転生するならば、繰り返しの誕生は、その以前の死によって行われる現象だとすれば。
人間として最も難しい行為は、その祝福だとしても。
「この四ヶ月間、私は、よく読みました。主に私のふるさとの周囲の歴史をですが、私の町にある資料よりもっと昔のことが書かれた、興味深い一冊も。クロウルダのことが書かれたものも、読みました。それで、今、自分のいる位置がどのように定められているのか、にわかに判ったような気がします。元々歴史は好きなのですが、それが、自分と同一に重ねられるように認識したのはほとんど初めてです。今まで、それは単に好きな科目で、自分の想像を豊かにする物語でした。でも、それは、実は人間の営みに他なりません」
イアリオはトルムオを前に自分の調べ物の進捗を報告しました。この国の最高賢者は目を細め、彼女の言葉の中身を確かめるようにイアリオをじっと見つめました。
細い鐘の音が鳴り響きました。
「それで」
トルムオは長髭を少し動かして言いました。
「あなたの経験は、私たちに伝えられますか?」
「いいえ」
イアリオははっきりと答えました。
「私がこれまで理解したのは、私のふるさとがどのような環境の下にあったかで、私が予感するこれからのことは、まだ判りません。ですが、その未来まで含めて言葉にしなければならないでしょう。
それで、もし、理解が足りないとすればいよいよオグについてだと思うのです。私はその資料を要望します。私が拝見した書物の中で、多少はそれについて触れている記述もありましたが、伝説のような扱いになっていて、今もいる者のようには書かれていませんでしたね」
「そのとおりです。オグは、大量の人間の悪だとはいえ、それを自覚できる力のある人間などほとんどいませんから。
あの中に前世たるかつての自分の犯した罪が眠っているものだと、誰が想像できるでしょうか。しかし、彼を追ってきたクロウルダという種族は、罪深い歴史を背負っています。彼らは最近自分たちの研究をまとめる本を出しました。それは今も漸進的に書き加えられている最中ですが、模写も含めた三冊あるうちの一冊を、あなたに託しましょう。最新の情報もあなたに届けられるようにしましょう。
オルドピスは、おそらく遠い祖先にクロウルダの血を持っていると思われるあなたが、この問題を、違った角度から解釈してくれるものだと思っています。そこに果たして解決はないかもしれませんが。しかしあなた方の歴史は変わるのでしょう。カーテンは開かれるのです。
そこにあるものは、元々が私たち皆のものです。歴史とは、うず高い過去の積算、そして現在から見える、かつての我々の姿です。あの魔物は、単に人々の生活を破壊するためだけに生きているのではない。人々の、根源を遡っている者だから、その足跡を追うことは、我々自身の過去を調べることにもなるのです。そういった意味で、あなたの体験は非常に由々しい。オグに追われるとは、自分の過去に追われること。そう、ハオスは言っていました。
あなたの体験は、私たちともつながるのです。私たちは、あの魔物を、いにしえの記憶を司る神でもあると考えています。実際、オグは、奉られたことがあります。クロウルダがするようにではなくて、厖大な記憶の所持者、または守護者として、あるいは戦神として。力ある者を、神として味方にすれば、たちまち強者になれますからね。あの悪の力は純粋に「力」なのです。人間の破壊的欲望を増強して、うまくいけば敵を皆殺しにできる。当然、代償はあるものの、当座の力を求めてしまう人間の心は、抑えるべくして抑えられるものでしょうか?人間は、うまくこの力と付き合ってきたといえるでしょう。どんな人間にも具わっているのです。悪は親友、原始的な、技なのです。
ただし、オグは、人間のそうした行い自体を記憶して、その行いを繰り返しています。悪の、プログラムというものがあるのです。クロウルダは、それに怯える民族です。現在に生きる人間の前に、以前の自分が犯した罪が立ち現れる、そうしたことがあることを、彼らはよく知っています。悪は過去を繰り返し、それ自身の肥やしにします。その痛みはその親玉たるオグに吸収されるのです。そうしてオグはもっと巨大になるのです。
怪物は嵐を起こします。この世で実際に三度あったオグによる破滅は、大量の人間を消しました。我々が分かっていることは、その消滅は、オグに唆された人々が自ら望んだということ、過去と現在の人々の欲求が響き合い、大きな共鳴となってかの扉を開き、その向こう側へ渡って行ったのです」
トルムオの話は、まさに、彼女に手渡されたクロウルダの研究書を綺麗にまとめたものでした。
「さても、人間は疑い深く、昔から、互いを牽制し合って生きてきたところがある。それが唯一の時代を生き延びる性格の支配者だとしてだ。人間は、愛する必要以上に恐れを大事にした。怖がって、取締りをした。これが僕たちのいる町のその姿だった。悪に目覚め、悪に怯え、それを封印することで、保つことのできる知恵と技を磨いた。三百年、この町はもったね」
テオルドは誰に語るともなくそう呟きました。彼は、町から北にあるあの墓丘に来ていました。
「でもいい加減、壊さなければ。この町は一体何を望んでいるのか?沈黙ではない、保持されることでもない。ずっとこのまま、飼い殺しのように生きてい続けることではない。死ぬことと生きることだ。つまり、変化だ。何が大事か?僕たちが生きていたという実際、しかし自分たちが為したことに恐れを持ったという歴史だ。それは自分たちが目覚めてしまったことに対して、どんな礼儀をもって接するかということと、昔の人々へどのような感謝を抱くかということだ。そういったことはすべて、現在の僕たちを形作っているものだから」
墓丘に突き立った萎れた看板を見て、彼は笑いました。
「響くのは大地の鼓動だ。この町は破滅を迎えようとしている。オグだけじゃないよ。それを望んでいるのはオグだけじゃない。僕たちの悪は、自らなくなることを願っている、それは自分がそのような存在だと常にいつもつらいからね。僕たちは、悪の器だ。器は広がり、塩水を含み、嵐に遭って、縮こまる。まるで下の街のように。悪は、僕たちの源だ。そこにある。ずっといつも、そこにある。
世界中に、僕は礼をするよ。だって僕たちは、何に生かされている?自分だけかい?自分だけが自分を生かしているものだろうか?僕たちが悪の器だとしたら、僕たちは、皆兄弟だろう?誰が誰を怯える?誰が誰と共謀する?そんなこと、実際にあるのだとしても、僕たちは、この世に生まれてしっかりと手を握り合って生きている。そのような関係でね。でも別に逃げてもいい。どんなことを捨ててもいい。みんなやめていい。けれど、なくならないのは、悪ではなくて、罪でもなくて、その反対に、逆に、今まで自分の糧となったすべての事実と内容だからね。
この町は、そうなるために、オグを手放すんだ。自分の悪を、回帰させるんだ。それを自分のものとするために。初めからそうだったように。それは誰のものでもないんだよ。それは自分のために生まれてきたものだから。僕には子どもがいる…残念ながら、奥さんがいて、一つになって、生まれてきた息子がいる。しかし、僕の中に、立派な悪がいる。なら、僕の子供にも、それはいる。僕の奥さんにもそれがいる。それぞれの悪はその人の中で威力を発揮する。その人のためにね。悪は命を超えない。それは命から現れてくるからだ。まるで悪は命を助くる。それは命の現象だから。もしかしたらこれから起きる命の破壊は、そのために、起きるのかもしれない。人が人を殺す時、人は人を助けてもいるんだ。なぜならそれは、生命を、縦に深く掘るということだから」




