第十七章 大図書館にて 7.大国と手を結ぶまで
町の人々はこのような日のために普段から訓練を怠りませんでした。未曾有の亡びから約三十年が経って、なんとか人口は増えたものの、明らかに戦争などに耐えうる国力は存在しませんでした。彼らは閉ざされた土地に引き篭もり、可能な限りのゲリラ戦法を取らざるをえないことをよく解っていました。想定される侵略者は彼ら以外の者たちすべてなのです。
とはいえ、亡びが訪れてから、彼らはまずその土地で畑を掘り起こし種を撒き、自給自足の生活ができるようにならなければ、黄金を守り、隠し通すなぞできないことでした。彼らは種を求めました。穀物の備蓄は都にあれど種子はその手にありませんでした。そして農耕に従事した人間などいませんでしたから、まずは必死で知識を共有するようになりました。手がかりは都に残されていた書物の中になければならないと、生き抜くためのすべを各人協働して文字に習いました。役に立つ書物はありました。
彼らは陸伝いに種を手に入れる必要のあることを知りました。もっとも海への出入り口は自らの手で塞いでしまったのですから。北方に聳える山脈の西端に構える峠から、内陸の町に彼らは穀物やさまざまな野菜と果物の種子を求め出て、帰ることができました。馬や牛、豚など家畜類はそもそも海賊の時代以前からその土地にはいて、放牧するための牧場も牧草も、町から東側の山脈に至るまで、広々と開けていました。また牧夫は海賊時代にも戦士時代にも雇われていましたので、獣肉の確保の心配はいりませんでした。漁のできる人材もいましたが、彼らは海の釣り師であって、川漁の専門家ではありませんでした。とはいえ網漁の心得があったので、川魚は岸の隅や岩の下に隠れることを知ったあとは、集団での追い込み漁の指揮を執り新しい食物の確保に成功しました。
農作業が軌道に乗るまで彼らは時間がかかりました。ですが彼らが切り拓いた土地は土壌豊かな穀倉地でした。以後三百年間ほとんど飢えることのない食物を提供できるほどでしたので、もし彼らの方針が変わって外国と交易などができたとしたら、小富をその町に蓄えることができたでしょう。ですがそれはせず、余るようになった食物は、彼らの小さな町を多少は潤す回り金となったのです。さて、食べる物の心配のなくなった町の人々は、まず人口を増やす要請に駆られました。複婚を制度化し、医師、特に産婆医の補充を目指しました。医師はもとから割と十分いました。彼らこそ亡びの前後に冷静な意思決定を継続できたからです。とはいえ、彼らは岩窟の中という、空気の籠もる不健康な場所で生活していたので、身体はあまり丈夫ではありませんでした。生まれてくる子供も、初期は長生きできませんでした。
それでも徐々に人口を増やすことができ、彼らは次のステップを踏むことにしました。十分な戦力の増強と、町を守り切る戦略の構築を目指して、町を挙げた取り組みを行いました。大量に残存した武器を彼らは地下から表に上げて、蔵に保存していましたが、戦いの得意な人間は町に皆無と言ってよく、どのように残された武器を取り扱っていいか彼らには分かりませんでした。ですから今の彼らに扱うことのできる武器をつくり出すことを彼らは考えました。勿論、残存するもので彼らは訓練をしていましたが、侵攻を想定し対外戦を勝ち抜くために鍛えられた戦士用の武具はとにかく大きく、敵の刃先のかすらない射程を持つものがほとんどでしたので、市街地などでの防衛戦のための取り回しの良い武器は少なく、それも曲がっていたり柄の握りが特殊だったりと素直に扱えるものではありませんでした。そこで、彼らは炉を造り、武具を溶かして再利用することにしました。亡びた都にもたくさんの工房があって機能はしましたが、煙が出ては海から見えますので、東の山際に、海岸線からは隠れる場所に石炉は造られました。亡びを生き延びた人々の中で鍛冶師と石工は最も割合を占めていました。もとい、戦士の国になってから都にいる人間で最も多いのはその二種の職業の人々でした。
彼らは女子供でも使える武器をつくり出し、特に森の中や市街で急襲できる、急峻な山でも振り回せるほどの長さを持った、細身の剣を量産しました。また鏃を大量に生産し、木製の弓を相当確保しようとしました。これもまた残されたものは大型のものばかりで、超射程であり、幅を取りました。彼らは弓術に関しては町から北、あるいは北東の森林に棲む原住の民に教えを請いました。森の中で獣を撃つための弓こそ彼らの戦略に合うものでした。
こうして彼らの力に見合う軍備に見通しを付け、訓練を施し、防衛網の策定を完了したのは亡びよりおよそ二十五年が経った頃でした。それまで亡国の管領が偵察を送ってきたり、小隊を編成してきたりしたのを曲がりなりにも中途半端な装備で彼らは撃退に成功しました。その時の相手は敵性ではなかったので、だまし討ちには丁度いい勢力ではありましたが、どのようにして町を守ったらいいか、そのシミュレーションとしてはまったく良い経験になったのです。
そして、デラルクト=ムルース率いる海賊たちとの戦いとなります。ムルースたちはまんまと敵の策に呑まれました。数の上では圧倒的に無勢である町人たちに、陸上の戦いの経験値の無い者たちはだまし討たれ、相手がいかなる姿で戦っているのか見ることなく、背を向けて逃走したのでした。手痛い打撃を被った親玉のムルースは、敵の大きさをここに知りました。みるみる力を失った彼は、後事を子孫に託しましたが、恨み忘れず、再び黄金を目指すならばもっと周到に準備しもっと裏をかくようにせよと言い残しました。
やがて、故国に残した黄金とその時代を忘れられないかつての大海賊の形見は、再びトラエルの町とまみえます。なんと七十年かけて、彼らは都につながる穴を山の下に開けました。そこから、黄金を車で運ぼうとしたのです。大胆不敵なこの作戦は、デラルクトの子孫が行い、彼の三代下のジグルドがその貫通に立ち会いました。彼らに連綿と続く故郷への執着は、まさに岩をも通す一念となり、亡都より東の山系から伸びた穴は、地面の下さえ通り、直接地下の都につながりました。都まで貫いたその穴こそ、ハリトとレーゼがイアリオ抜きで地下に降り、彼らが初めてオグに遭遇した、地下都市の東地区の壁際の水溜りでした。そこでオグに触れたハリトは気を逸し、目覚めて自分を甲斐甲斐しく看護していたレーゼを激しく誘惑したのです。
ジグルドは手押し車を都に持ち込み、部下を長々と穴蔵に配置して、黄金を迅速に外に運ぶ手段を整えました。ところが、町はこの異変に素早く気付きました。亡びから百年が経ち、町の人間による地下街の見回りは頻繁には行われなくなり、定期的にも月に一回程度になっていました。ジグルドがそこに穴を通したのは定期点検の狭間の期間でした。にもかかわらず、虫の知らせが町人の誰の心にも届きました。人々は地下に見回りを立てて、密かに活動する海賊どもの動きを素早く捉えることができたのです。外敵は排泄されることになりました。人々は地下に水の道を造り、海からの水を引き入れることにしたのです。その工事は敵に気取られぬように行われました。海賊たちの行動パターンを速やかに把握したのち、彼らはわざと地下都市に盛大に明かりを灯しました。東地区の一角だけに町人の大勢を引き入れ、あたかも眠りに就いていた街が起き出したように見せかけました。当然、敵の空けた穴にはまったく気づかないふりをします。その間に瞬く間に工事を終えて、夜が訪れると、一夜前のように明かりをなくし、海賊たちを待ち構えました。黄金の荷役や、穴の入り口に引き上げた手押し車にそれを載せる役目の男たちなどが、夜の間にぞろぞろとやって来るのを彼らは確認しました。賊たちの長ジグルドは穴の中の人づてに街の様子を窺っていました。彼はどれほど時間をかけてこの盗みを成功させればいいかと考えました。穴は目立たぬ所に空けることができました。賊共は計算してその場所に至ったのではなく、ほとんど偶然で都の隅に到達ができたのですが、夜のうちに出入り口を貫通させると偵察を都中に放つも、その近辺で黄金の塊が積み上げられているのを発見したのです。手押し車はすでに穴口まで運ばれ、早速偵察員らは早土産としてその塊の一つを持ち出していました。ただ、街に人の気配がその時になかったこと、また海側は暗く月の光も見えなかったことに、彼らは異常さを感じていました。どれほどふるさとを確かめればいいか、黄金を盗み出すのを優先させるべきかを、首領は決断しなければなりませんでした。
彼らは街に人が溢れ出したのを見て穴へと引っ込みましたが、それが自分たちへの反応かどうか確かめられませんでした。なんらかの不自然さをジグルトは認識しましたが、貫通した穴を見つけられることが最も目的の失敗につながることでした。そして、目的ははっきりしていました。彼らは奪われた故郷を攻め落とすことなどまったく考えていませんでした。できることは彼らをそこまで凋落させた者たちに一矢のみ報いることでした。元々彼らのものだった金を再び彼らの手に戻すこと。その盗みの成功の程度こそ復讐の成否が決められるのです。彼らはできるだけ黄金を盗み出すことを一念に置きました。街の明かりが消える夜、黒い装束に身を包んだ明らかな盗賊は、小さく燻る灯を掲げて街中に金を探し求め、見つけ出したものは片っ端から穴蔵へと持ち運びました。町の人々はこれを暗闇で監視し、しばらく彼らを泳がせて、海水を引き入れる水道の栓を引き抜きました。ちなみに、地下街の方々に黄金の塊があったのは、亡びの日に支配者たる戦士が自滅の戦争を起こした際に、市民たちも黄金の取り合いをしたからでした。生き延びた人々はそれをそのままにしておきました。触れるのも吐き気を催すものだったからです。
海水は穴の中で作業していた者共をあっという間に溺れさせました。穴の位置は町側の人間にとっても好都合でした。都の拡張のために削られた岩窟は、港付近こそ海水面よりかさ上げしていましたが、その向こうは落ち窪むようにやや下降していたのです。そのようにして掘り下げることで、できうるかぎり地面の上に出ないように空間を広げていったのです。その一方で街の中心部は盛り上がり、権威付けされていて、秘密の海の出入り口をその下に隠していました。ピロットが小舟で脱出したのはその出入り口でした。海賊たちの空けた穴は、海水面よりも下に位置しました。水の道さえ渡せば、彼らは水没しました。
水の刑に処せられず、街側に居残った賊は皆捕縛され、彼らの企てを洗いざらい白状させるまで生かされました。このようにしてまた失敗したにもかかわらず、それからも海賊の子孫は幾度もかの都に入ろうと試みました。ですが悉く排除され続け、長い年月が経ちました。三百年も過ぎると、彼らを突き動かしてきた復讐の怨念もだんだんと薄れていきました。十二歳のピロットとテオルドが出会った、ハビデル=トアロという盗賊が、少女の頃遭遇した海賊の端くれも、血の怨念にくたびれその支配から逃れようとするほどに。
史上の事実はこのようなものでした。ジグルド=ムルースが彼らの一族によって掘削していた穴を貫通しようとした年代、今からおよそ二百年前には、トラエルの町の東山脈以東はすでにオルドピスの管轄化にありました。オルドピスはムルース一味の残党を捕縛していました。そこで彼らの記録に詳しく一党の顛末が描かれることとなったのですが、黄金にまつわる件は伏せられました。イアリオは、地下の街に侵入した郎党の名前も目的も知っていましたから、記録された町の外における彼らの行く末は、軽い想像だけで補えました。
その上で彼女は彼らの足跡を反芻し、じっくりと考察する破目になりました。それは、ある海賊一族の物語というより、あの町に関わる者たちの一つの結末に思えたのです。元々、町の人間は地下に溜められた黄金を用いて繁栄など考えていませんでした。それは、いかにもある兵器のように、巨大な戦力と同等のものでした。そこに蓄えられ過ぎているために、猛烈な幻想をもたらすこととなる、ひどい覚醒剤と一緒のものだったのです。
海賊も、彼ら町人も、その力の正体をよく知っていました。その力の結果を分かっていました。海賊の方がその利用する方法をよりよく知っていたでしょう。彼らがそれを奪ってきたのですから。そして、そのままそれは彼らの力の象徴ともなりました。
しかし、たくさんの黄金はただの象徴でした。量といい質といい、それはそこにあるだけでした。人がそれを掘り出すまで、山の中にあり、川底にあり、人がそれに価値を見出し、奪い合いをするまでになったもので、人しかその価値を知らないのです。人間にしかその魅惑は効かないものでした。
「まるで、ムルースは自らの力を自ら失っていったかのよう」
イアリオは、自分でもよく分からないことを呟きました。
「それが望みだった…?いや、変なことを言っているな。でも、彼らの意志はよく理解できるな。…理解でき過ぎるくらいに」
彼女は言語化できませんでしたが、ムルースの血統は、黄金の醸す強烈な誘惑から結果解放されました。誘惑というより、魂のくびきから。そのように彼らの歴史を読み解きはじめたイアリオは、彼らの結末が町に関わる者の一つの未来だったというだけでなく、彼女の町そのものが向かっている歴史の一つの姿なのではないだろうかと、疑うようになったのでした。
さて、町の人々を襲った脅威はこれだけではありませんでした。彼らの土地は、かつて海賊たちを栄えさせたように、海の交通の要衝でありました。まだ海を巡る戦いは続いていました。とは言っても、かつて繁栄した海賊の力は著しく後退し、新興国による海戦がトラエルの町の近辺でも繰り広げられるということになります。海賊どもは、いまだにそこを戦士たちが支配していると思い込んでいたので、ジグルドの代になってもずっとその海岸線には近寄らずにいました。しかし百年も経てば、いい加減、沈黙を続けるかつての強国の話など聞かなくなっています。新しく誕生した海洋国家は、新しい港の開発を望みました。それにとても都合のいい場所が、町のあるかの土地でした。しかし、見た目にも絶壁が上陸を阻み、暗礁も入り組み隠れていたので、到底港など建設できないとも思われてきました。
ですが、ある時、船からクレーンに吊り下げられた石矢が放たれて、人工の外壁を打ち壊してしまいました。船長などが鬱憤晴らしに部下にそう命令したのでしょう。そこにある岩壁はカモフラージュだと暴かれてしまったのです。
船長は国王に申し出、この土地を攻め落とす許可を得ました。暗礁は埋め立てれば湾を建設できます。しかしそのための土石は海上からでは輸送ができません。彼らは陸路からトラエルへ攻め込もうとしました。それも海賊のように、陸戦に不慣れな者たちに任せたのではなく、傭兵も入れて、本格的な戦争を挑みました。しかし、幾度もそこから外敵が追い払われたように、彼らもまた猛烈な反撃に遭い、退治され追い返されてしまいました。
ですが、この襲撃の時、町の人間は相当な危機を覚えました。彼らには未知の武器が、攻め寄せる敵方に使われていたのです。例えば、形状がぐねぐねとうねり裂傷を与えやすくした剣だったり、治療の方法のない毒が塗られた刃や穂先などを、敵は携えていました。また爆発するように火を飛ばす箱を見たのも初めてでした。
彼らは、果たして未来永劫この場所を、自分たちで守り続けられるのかと思いました。そして、このままひっそりと暮らしていていいのか、と迷いました。
そこでいよいよと登場してくるのが、かの大国のオルドピスです。実は、それまでオルドピスは何度も人を彼らに送っていました。けれど、使者も敵も区別なく町人たちは殺し続けてきました。外部の助力など請おうとは思っていなかった町ですが、しかしはじめてここに、そのかたくなな態度に風穴が開きました。
彼らと大国は、この時最初の面識を交わしたわけではありません。テオルドの先祖であり、黒表紙の日記の著者ハルロスの父親である、大戦士と名高かったムジクンド=テオルドの治世から、かの国とは深い交流を持っていました。とはいってもまだオルドピスは国々が合併して誕生していず、のちにその一地方となる国との交流でしたが。ムジクンドは、当時から内政や学問に精力を注いでいた、内陸の国に政治を学ぼうとしていたのです。ところが、栄光輝く大戦士の国も、その懸念であった内政の綻びによって滅亡しました。
オルドピスは、かの国を殊更に深く気にかけていました。国同士が近いという地理的条件はもとよりも、まったく内情が知られていなかったからです。使者も殺されては打つ手がありませんが、それでも大国は繰り返し幾度も手紙を矢に括って彼らに撃ち込みました。彼らの亡びから、百五十年が経ちました。
町の方でも「オルドピス」という国の名はよく知られるようになりました。ただ、彼らは戦士時代にその国と自分たちは手を結んでいたことを覚えていて、よほどのことがなければ相手にしない態度を取り続けていました。しかし彼らは使者をやむなく葬っているところがありました。もはやそれは伝統の態度となりつつあり、自分たちの黄金を守るために、自分たち以外の人間は排斥するしかなかったのです。…ですが、彼らはよくよく考えてみなければならないことに気がつきました。実は自分たちが相当進退窮まっていたのです。海洋国と、オルドピスと、両国に同時にも攻め込まれうる可能性があったのです。そして、両国とも彼らが未知の武器をまだまだ持っているかもしれないということになれば…。もし一方と手を組むことができれば、一方は退けられるかもしれません。
ですが、彼らの黄金は、その瞬間から彼らのものではなくなってしまうでしょう。オルドピスは一貫して柔軟な姿勢を取り続けていました。オルドピスは町の内政不干渉を、そして、町とオルドピスとの間の関わり方の一切を、町の側から調整できる、と約束してきました。
町はついにその姿勢に折れ、かの国と手を結ぶことにしましたが、表向きは完全な鎖国を継続しました。オルドピスからの使者だけが唯一町を訪れることができ、それ以外の人間はまた引き入れては縊り殺していました。しかしその気になれば、かの国は大挙して黄金都市を我が物にできたはずでした。人口の差と装備の差は歴然で、かの町の内実を知れば知るほど、その弱点を突くのは難しくなくなっていったのです。そうしなかったのは、大国のエゴイズムによるところでした。つまり、学者国家は一つの町の行く末を見守ることで、その研究の欲を満たそうと努めたのです。またいつでも利用できる黄金宝物が自国の足下にないことも、隠し金庫を持つようなもので彼らを利することでした。
彼らがいかにトラエルの町と付き合おうとしていたか、現在の大国の指導者トルムオから、歴史書を紐解き終えたのちに、イアリオは詳しく伝え聞きました。というのも、もはやかの町への関わりの主題は彼らにとってオグに変わり、その他にある秘密は彼女にこそ明かされる必要があったからです。
それは残酷な宣言でもありました。イアリオは、オルドピスはオグの危険性に鑑みて、町を見殺しにする可能性もあることを、共に伝達されたのです。
オルドピスにとってオグがかの滅亡都市に潜んでいると判ってから、彼らの歴史学、民俗学、政治学等からいくらでも観察欲を満たすことのできた、いつでも攻め込まれ黄金を剥奪されうる、真実はみじめでどちらにしろ悲惨な未来が待ち受けている町は、大国さえ及び腰とならずにはいられない人間悪の集合が眠る、常に監視を怠ってはならない町へと変わりました。彼らはトラエルの町に対する外交の方針を、町に伝えぬ間に変更しました。それはしかし彼らにとって町は観察の対象であることは変わらないことでした。
黄金の都の亡びから三百年、すでに、町の周囲は広く大国の管轄化にありました。これも町の人々は知らないことでした。ところで、大国には世界でも最新鋭の装備がありました。彼らによって、周りの国々は技術をコントロールされるくらいになっていました。オルドピスほどに危険な国はありません。知恵は力以上に支配をもたらすものです。彼らの外交力は、トラエルの町一帯の海域、陸域から、他の国を遠ざけるほどの圧力がありました。山脈の北に広がる森に住む人々はともかく、その周辺とは皆同盟を結び、互いの領地交換などの手段を講じて、すっかりトラエルの町の周りは彼らの領土となっていたのです。黄金都市を隠し通す秘密裏の画策はまったく完全でした。町の人々は、そうとは知らず外敵に怯える必要はなくなったのです。
「トラエル」という名前はオルドピスが勝手に付けたもので、町人はそのような名前で自分たちが呼称されていることを知りません。その名の意味は現代語にはなく、古語にありました。咲くことのない花、しかし世界の原初に一度だけ咲いたことがあるとされる、古い物語にある花の名前でした。




