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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 後
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第十七章 大図書館にて 2.史料と青年

 ここに来る途中に、イアリオはニクトから彼への気持ちが窺える話を聞いていました。少女はその渾名の花のようにぴょんぴょん飛びながら彼女に話をしました。

「これから行く、シフルドの図書館はもうほとんど本を読み尽くしちゃってね、それを自慢したら、私の今のお父さんになる人が…あのヒヒジジイがね、『それはよくやった。で、それでお前は満足かね?』と訊くの。『ほとんど満足よ。』と私が言ったら、『じゃあ私との養子縁組はこれで解散でよいな?もうここにいる必要はどこにもないのだろうから。田舎に帰ってよい。』だって!何よそんな言い方!て思ったけれど、あとで、私の兄にあたるフィマっていう人が、諭してくれたの。『勿論、満足してもいいけれども、だからって自慢するほどのことじゃないな。我々は、どの国にいると思うかい?書物は知恵だが、利用するのは国民だ。お前は一体何を利用したことがあるかい?折角付けた知恵や知識を、本当に扱えるようになって初めて満足が生まれるはずだな。本は、友だが、自分は、友とどう付き合っていくべきか。これを考えて初めて一人前だな。』なるほどと思った。ヒヒジジイは皮肉なことしか言わないの。いつも私を試す感じの、嫌な言葉を掛けてくるわ!でも、兄は優しくて、いつも私を慰めたり、元気付けたり、励ましてくれるの」

「お兄さんのこと、大好きなのね」

「うーん…」

 ニクトは悩む素振りを見せました。

「そうかもしれないけど、あんまりそう言いたくないかも。微妙。だって、歳の差すごく離れているし、あっちはこっちを手なずけるのがうまいんだもの。兄だから…妹だから、そんな風に付き合ってもらっているとは思えないの。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だから、尊敬はしているけれど、それ以上じゃないね」

「本当?」

 少女はどう答えるべきか迷いました。

「例えば、こんなことがあったの。私が夜な夜な部屋を抜け出して、街へ繰り出して人間観察していたことがあったの。だって面白いんだもの!昼間、あれだけにぎやかで騒がしかったのに、夜もまだ同じようににぎやかで結構うるさいんだよ?子どもは寝る時間、よくそう言うけれど、夜中にはしゃぐ大人たちの顔は、なんだか普段は見せたことのない顔になっている気がしてね。一時期はまって、そうしているうちに、誰かがいつも私の後をつけてきているのに気が付いたの。おかしな監視者!帽子を目深に被って誰だか判らないようにしているのよ。それでいて格好はほんとおしゃれで、夜に着る絹の肩掛けを前に結んでいて見るからにお忍びの貴族のようだったの。でも、とても周りから目立たなくて、私は気持ち悪かった。こっそり抜け出しているという自信はあったから、まさか人攫いがこの街にいるとは思わなかったけれど、それでも狙いは私だってはっきりわかっていたから、どうにかしてその目の先から逃げよう逃げようと思ったの。そしたら、急に私に近づいてきて、逃げ場のない角に追い詰められて、身を固めたら、聞き覚えのある声で、

『おや?どうした?こんな時こそご自慢の知識で、窮地を脱してみるものだぞ、ニクト?』

 私はすぐに、フィマだったとわかった。安心したけど、出し抜かれた気もした。きっとトルムオが私の夜遊びに気付いて、わざわざ彼をお目付けに付けたんだと考えたの。そうなると、ずっと、自分はあのヒヒジジイの手の上で泳いでた、てことになるから、私はすごく嫌な気分になって、ぶすっとしていた。そしたら、

『お嬢さんがお金も無しに夜な夜な街に繰り出して、何が面白いんだろうね。こんなことは感心しないから、これで終わりだよ、ニクト。さて、僕と一緒に夜の楽しみを味わいに行ってみるのもいいけれど、そんなことをしたら僕の外聞が好くなくなってしまうから、やめておこう。このお金で、今から言う所のお店に行ってごらん。きっとニクトの好きなものがずらりと並んでいるから、好きな物を買うことだ。だがね、約束だよ、成人もしていないうちは、真夜中の活動はこれきりだと』

 紹介されたお店は、私でも食べられるもののある高級な料理店だった。それはトルムオも頼んでいない彼のさりげない計らい、みたいなものだったの。それ以来…えっとね…彼は、立派だなあって。よく私のこと見てくれているんだな、て思ってきたよ?」

 イアリオの目には、金髪の少女は恋する乙女に見えました。フィマという彼女の兄の、豊かな胸の鼓動が、少女の身を包んでいることがよく感じられたのです。彼らは実の兄妹ではないので、実に健全な感情を抱いていたのです。だから、兄を好き、という表現は正しくなかったのでしょう。

 少女の好きな、容姿端麗な男性は、薄暗い影の中からこちらを指して近づいてきました。彼は、長袖にぶかぶかのチョッキを着ている民族衣装のトラエルの町の者を、にこやかに迎えました。

「ええと、ルイーズ=イアリオ様で…目的の本は、こちらにございます」

 フィマは申請書と目録に目を通しながら、机の下から分厚い書物を出しました。しかしここは薄暗いので彼女からは題名がよく見えませんでした。そこに書かれている文字は、イアリオでも苦労せずに判るもののはずでした。文字も言葉も、時代が経てば変わっていくものですが、オルドピスから指導されて、トラエルの町では折々に修正がなされていたからです。しかし、あまりに目が慣れないので、彼女はフィマに本の名前を読み上げてもらいました。

「こちらは『歴史書・題は無し』、そしてこちらは、『古代からの滅亡』ですね?」

 フィマは、目を上げて暗い中彼女の顔を確認しました。司書たちはこの環境に慣れていますから、人物も、本も誤ることなく確かめられました。彼の目が、ぎらりと光りました。イアリオはそんな視線を感じることなく、書物を取り上げて、題名を改めました。

「確かに…そう読めますね。よかった、自信がなかったから。他の国の本なんて、初めて見るものだから」

 彼女がそう言ったのは、首都や首都に来るまでに見かけた街並みの看板や、商品などに書かれていた文字らしきものが、今までちゃんと読めなかったからでした。それは彼女にとってどれも知っているはずの文字でしたが、彼女の目についたのは多くが飾り文字で、またオルドピスには書体も数種あったのです。彼女はほっとしました。なお本が読めなかったら一大事だったからです。

 そんな彼女を、彼は、次第に両目を大きく開かせ、じっと、食い入るように見つめました。彼のそうした変化にいち早く気付いたのはニクトでした。そして、彼のその反応の意味も、少女の中では明確に形作られました。

「ですが、もう一冊、実は注文したい本があるのです。民族史の、『放浪する海洋の民』という本です。こちらにありますか?」

「あ、ああ、すみませんがもう一度おっしゃってください」

 イアリオはまた欲しい本の題名を言いました。前二冊は、トルムオが彼女に紹介した書物です。イアリオはトルムオの前を辞してから、翌日たっぷり一日の休息を取って、その日に大賢者から手書きの紹介状をいただきました。彼女に必要、もしくは手助けとなる本と、それらの本に関して講義を受けられる先生の名前が付されていました。彼女は連絡役の兵士を通じて前もって図書館に二冊の本を注文していました。彼女は本を読むことには慣れていますし、歴史の教師もしていましたから、自分に順番に必要な資料は何かすぐに判りました。最初に参照したかった二つの資料は、彼女の町の周囲の歴史に関したものでしたが、翌朝になって、その他にクロウルダについて直接書かれたものがほしいと思ったのです。そのクロウルダについての本は、トルムオからの紹介状には載っていませんでした。

 それこそ、彼らには直接首都で会って話ができたはずですし、その方がより豊かな情報も得ることができたでしょうが、今は、自分のペースで少しずつ進みたい気持ちに彼女はなっていました。あの静謐な執務室の内側で明らかにされた、トラエルの町を出てきた者を包む存在の重みは、じかに、体ごと心ごと彼女を抱えていました。彼女は、あの町で抱いていた焦燥と同じものを、まだここでも感じていました。そして、それを捉えなければいけない義務を負いました。ですが、北の険しい山脈を越え、その先の森で陥ったその焦燥のままの速さで駆け抜けていくことは禁じられ、時間を、惜しまず、ゆっくりと使う、あの森で出会ったヒマバクとの緩やかな歩調のほどの態勢が、自分自身に望まれていました。

 そしてまた、クロウルダについていえば、ハオスが来るよりずっと以前に、あの町の地下の都が滅びるよりも前に、その都の前身に彼らはいました。来たるべき破滅に向き合うということは…畢竟、彼らについても学ばねばならないのです。彼らの存在は、実はずっとトラエルの町の民に近いものでした。なぜなら、彼らの子孫も、町の民にはいたからです。

 彼らに、すぐにもその歴史を直接訊くのではなく、イアリオはすべての勉強を書物から出発しようとしました。自分自身を捉えるために、まずは、整理する必要があったのです。

「もう一度、おっしゃってください」

 目録を調べるフィマが、少し震える声でまた彼女に頼みました。三度、イアリオは同じ本の題名を伝えました。

「放浪する、海洋の民…と…すみませんが、我がシフルドの館にはございません。他の館にあるかどうか、これから調べますので、お時間をいただけますか?ああ、その場所でいいのです。そこにいらしてください。蝋燭が爪の分溶けるほどお待たせはしませんから…」

 彼は、司書らしい迅速な動きで、木机に別の目録を引っ張り出して、ぱらぱらとページをめくりました。三つの図書館には、それぞれに重ならない本が収められているわけではありませんでした。互いに重複するものもあり、館ごとに、図書の色合いがあるかといえば違いました。一月ごとにそれぞれの目録は枚数を増やしました。複写本はできるだけ増やすように奨励されていて、新刊も、いずれはどの館でも手に入れられるようにされましたが、まだこの館にはないという本は多数あったのです。

「あちらにはあるようです。コルマエルの図書館に。そこに、依頼状を書いておきましょうか?ああ、いいえ、自分が行きましょう。行って、取ってきます。すぐにでも」

 フィマはあせあせと机から身を乗り出して言いました。何をそんなに慌てるのかと、イアリオは首を傾げました。彼女の目の光が、正面の男性を再び虜にしました。彼は何事か知らず額に汗を滲ませていました。

「任せてください、あなたは特別なお客さんだと聞いていますから、決して必要以上にお待たせすることはありません。廊下でお待ちになってください。でなければ、近くの街路のベンチでお座りになっていてください。お疲れにならないように。きっと探しますから。待っていてくださいますね?」

 青年は念を押して、強く相手を見つめると、木机を回り込もうとしました。彼の瞳はらんらんと燃えて、実に率直に疑いのない気持ちを表していました。イアリオもすぐに彼の心に気づきました。ですが、それはなかなか困ったことでした。彼女は、彼のために笑顔を作って、彼の気持ちこそ有難いものの、という、困惑した表情を浮かべました。

「ニクトのお兄さん、とても嬉しいのだけれど、依頼状で十分です。私は初めてここに来たばかりですから、別の図書館に行ってみるのも、興味深いのです」

 しかし彼は一言も耳に入れませんでした。

「まあ、まあ、あなたがここから去るのならば、私はとても失礼なことをしてしまったと反省しなければなりません。どうかここにいてください、そして私を待っていてください!お願いしますよ!」

「フィマ!どうして…」

「ニクトはどうか彼女を見ていてくれないか!お前が付き添ってきたんだろう?失礼のないように、その人を休ませる場所へと連れて行ってくれ!僕はこの仕事をすぐにやらなきゃならないのだから!」

 彼は颯爽と机を飛び越して、一目散に出入り口を指して走りました。背後から何度も声が掛けられましたが、うきうきした感情にすっかり身を委ね、すべての言葉を上の空にして、彼のすべきことだけを思っていました。

「フィマ!館内はばたばたとしてはならんぞう!」

 青年は手を一本上に上げて、挨拶の代わりでしょうか、どたばたと行ってしまいました。

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