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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 後
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第十六章 学術都市 3.大宮殿へ

 花開いた学問の都は、計算し尽くされた感のある美麗さを、街行く人々に見せてくれました。その壁も配置も、道路の延びる角度も形も全部が彼らの成果なのでしょう。上から覗けば立派な幾何学の模様だった都市は、中に入れば直線は曲線と交じり合い、芸術は何らかの狙いをもって、目の中に飛び込んできました。住民の服装はコパ・デ・コパで見たものよりもより肌が露出していました。腹回りの面積が増えて、二股のパンツも膝上までからげ上げていたのです。二の腕や肩も出ていて、イアリオは目が回りそうでした。この都はコパ・デ・コパや彼女の町よりももっと温暖な気候なのでこうなのですが、森の民よりは控えめだとはいえ、慣れるのに時間がかかりそうでした。彼女の周りをガードする兵士たちも鎧をはずせば同様の出立ちでしたが、胸当てや膝当て、それに小手などを装着しているために彼女が恥ずかしくなるほどではありませんでした。都の地面には砂が撒かれていました。そして、コパ・デ・コパ同様彼らは草履に近い靴を履いていました。街の人々は背丈は彼女と同じくらいですが、より幅広の骨格を具えて、脚太でした。そして大抵が彼女のふるさとより色黒でしたが、中にはびっくりするほど透き通るような白さの人間もいました。また明らかに地元の住民でない形姿の者も多くいました。彼女は人種というものを意識したことはないものの、彼女の町は元々は海賊が連れてきた奴隷たちの集団でしたので、一つの民族とはいえない様々な顔と容姿が見られました。ですが、この国の都で彼女から見ても驚くような姿の者たちを目にした時、イアリオは彼らがどこでどのように育ったのか、自分のあらゆる歴史や地理学の知識を総動員しても分からず、興味をそそられました。

 人々の服の色は、やはり原色が多く、見慣れぬうちは目に痛いものでしたが、コパ・デ・コパと比べてみると決してあれほど派手ではなく、実際は黄色が基調の都のレンガの壁面に溶け込むような、この街に合った素晴らしい配色でした。高い建物の上から見ればその色は地面にも溶けていきます。行儀良く整列して見える緑色の野草は、地下に配備した石筒の水道の真上に根を垂らし、水の行方を、砂葺きの道路に示していました。広い十字路の中央に必ずある噴水は日を背にすれば、七色のカーテンをこしらえてくれました。この国の都の設計者がつくった、これほど神経が細かく行き届いた街並みは、間違いなく、訪れた外国人たちを驚かせ、このような高い技術を持っている彼らを尊敬させ、あるいは妬ましく思わせました。この国を欲しがるよう唆せもすれば、仲良くなるよう努力もさせたのです。

 ところがイアリオは、どうしてこんなに進んだ発展した技術を持った国が、自分の小さな小さな町を、大事な友人のように扱ってくれるのか、疑わしく思えました。レーゼがあの町に造りたいといった、人工のオアシスはいくつもここに見られます。街の、中心部へ行けば行くほど、イアリオは自分が窮屈になっていく気がしました。彼女がここまで来て確かめたかったのは、オグというまるで正体の分からない怪物のいる彼女の町が、一体どんな風に変わっていってしまうのかということでした。しかし、彼女が今いるこの大都市の方が、よく分からない怪物に思えました。彼女に向かって協力すると約束した者が傍にいて連れ添っていますが、ついた嘘がどこまで通用するのか、脱出する機会はどこで訪れるのか、そればかりが彼女の頭の片隅で繰り返されるようになりました。

 ですから、街周りの散歩も終えて再び乗り込んだ馬車が彼女を乗せてそのまま大宮殿の広場の真ん中を進んでいく時、イアリオは喉にむかつきを覚えました。いざこの国の首長との面会の場で、どこまで流暢に自分は必然的な言葉を選び出していくのか、リハーサルを心の中で試しましたが、とてもとても時間が足りないと感じたのです。彼女は重い気分で広場を通り過ぎ、小宮殿の入り口である馬車ごと通れる細木のアーチをくぐりました。人工的に植えられゆるやかにこうべを垂れた幾本もの立ち木が、隣同士交差し合いながら上に伸び、反対側のものと道の真上で手を結んでいたのです。この小宮殿は元は王族の住んでいたものを、来賓用の宿泊施設として改装していました。警護は何重も敷かれていて、見回りの兵士の多さにすっかりイアリオは意気消沈してしまいました。つまり、もはや、翌日はトスクレアに案内されるままにこの国の指導者に会わなければならない、ということなのです。彼女は嘘をつき続けることを選びましたが、今の今まで姿をくらませる機会もずっと窺っていました。ついに後者は訪れないことを悟り、まったく騙す準備も整わぬまま、翌朝を待たねばならないことになりました。


 翌朝も昨日と同じ晴天が晴れ渡り、浮かんだ雲はどことなく足早に走っていきました。上空は風が強く、都の西側の縁もその風を浴びていましたが、盆地につくられた都市においてはそれは和らいでいました。イアリオは再度馬車に乗せられました。そして大宮殿へと向かいました。小宮殿も大宮殿も、土台に巨石を敷き、上方はレンガ造りでしたが、小宮殿は一階部分が、大宮殿は一階と二階が、四角く切り出された巨石を積み上げていました。そのずしんとした灰色の威容は漆喰などで覆われてはおらず、表面はぴかぴかに磨かれていました。彼女を乗せた輿は大宮殿の広場を折れ、王宮に向かう巨大な石門の下をくぐっていきました。階段の下で馬が止まりました。彼女は否応にもその体の中心に太い芯があることを意識しました。それは、これからいかなる艱難辛苦に臨むのかまったく想像ができない分、体の方がそれに堪える用意をしたのです。もはや悩んでいてもしょうがない!と、イアリオはなおもふらふらとし続ける気持ちを打ち切ろうとしました。ともかくも、堂々としていなければならないのです。自分は使者だと偽り続けるために。けれど、嘘はついてしまったのだから、その後始末はつけることになることもある。私の罪が暴かれるのなら、それを贖おう。そうした覚悟は持とう。…彼女は、大国の思わぬ待遇に呑まれ、気圧されていました。それで彼女の意識は、自分の弱みを目指して突き進みもしました。ですが、結局は、イアリオは彼女の町を出て行く時と同じ、あの冒険のはじまりに戻りました。

 石段を昇ると、押し開けられた鉄の扉が、彼女を出迎えました。門扉には柔らかなビロードの織物が上から提げられていて無骨な鉄の色合いを隠し、色彩豊かな入り口を(かたど)っていました。イアリオはその門の上の巨石の梁に、金色の縁取りをされた蛇のような生き物が、とぐろを巻いてじっとこちらを見つめている、彫り物を見つけました。

「あれは?」

「ご存知ないですか?ペルモットという、神話に出てくる蛇神です。大地は海の上に浮かび、その大地の下の海底に棲むとされる巨大な生き物です。幾度かの大津波を引き起こした張本人でありながら、心に慈悲を持ち、雨という慈雨を降らせもします。我々の守り神です」

 ペルモットは彼女も知っていました。大海の水を司る古代の神で、彼女の町の先祖たち、滅びの都の住人たちこそその信者でした。特に海賊の成り上がり者たちには、重要な怪神だったのです。今では(海神こそ三百年前の滅びを何かと結びつけてくれるような働きはしてくれませんでしたから)海から遠のいたためもあって、町にはペルモットの社も立てていませんが、彼らの祭りの中に、かつての信仰の面影があります。豊穣祭には、蛇のとぐろに見立てた味付け縄が、炎の前に据えられるのです。

 ところでオルドピスは内陸の国でした。河からも恵みの水は受けているとはいえ、ペルモットを愛する国としては珍しい土地柄でした。彼らの意志は、その国名に刻まれているように、不断の努力と試行錯誤が強いられるものでしたが、その努力の矛先は遠く過去をも見据えていました。過去からの体験の反省こそが新しい経験と技術をもたらしてくれると固く信じ込んでいたのです。そこで、彼らはこの世界を何度も襲い反故にしてきた強大な壊滅現象…大海嘯の産み手である、蛇の神の力を、畏れることで自らに強く引きつけたのでした。破壊と生誕の奥深い象徴であるその水こそ、学問が隣り合わせの必然的な運命であると、彼らには感じられたのです。しかし、イアリオにはペルモットの名前はエアロスやイピリスほどの、さだめの力を感じませんでした。それはオルドピスの人々が、自分の運命を左右するのは、自分の意識であるという確信を胸に、その神を信仰していたからかもしれません。刻苦勉励を奨励し、おちこぼれは自らの責任という考えは彼らに広く存在しました。それは一方で個人の我欲の強さをいかにも表し、周辺国や、国民の中でもちらほら現れる森人となることを希望する者たちに、ある種の胡散臭さときな臭さを嗅ぎ取らせる匂いを発していました。その、苦しみの切磋琢磨こそが、現在の彼らの生の充実に他なりませんが。

 破滅と誕生をその渾身に漲らせる淡い水の神を上にして、イアリオは門をくぐり、宮殿の大広間へと進みました。赤い絨毯がまっすぐ伸びて、向こうの階段に続いています。獅子や、龍や、複数の動物を合わせたような見たことも想像したこともない生物が、床石の上に大小に三列並ぶ真紅の織物に穿たれています。これははたして学問の国に似つかわしい意匠なのかと、イアリオは思いました。もしかしたらどんな空想も未知も足元にひれ伏そうとする心意気を、見せつけているのかとも思いましたが、そうではありませんでした。ペルモットの像を宮の門上に上げるほどなのですから、彼らが未知に対して常に尊上の念を持ち続けるという、その意思の表れだったのです。

 宮殿の外壁は石造りでしたが、内装は木と石が組み合わさり、柔らかくも荘重かつ威厳ある風格が具わっていました。これは小宮殿も同じでしたが、大宮殿のつるりとした木の柱には、オルドピスにおいて敬虔と知恵を言い表す色である紫の線が、いくつも彫り刻まれていました。それはいくつもの文字が重ねられていたのですが、そのデザインは直線から構成されたつむじ風のように見えました。刻まれた言葉は、まさに彼らの国名である、平和と秩序を言い指す古来の言い方でした。(「オルダル」「ピスト」という単語を組み合わせて彼らはその国名にしています。しかし古代では「平和」と「秩序」は意味の分かれた言葉ではなく、「リザレクタ」と言えば両方の意味を含みました。柱に書かれたのはこの名前で、直線ばかりの古い文字で彫刻されました。)

 一人の騎士が、門内から彼女を迎えました。王宮は彼が案内するとして、トスクレアの付き添いはここまでとなりました。トスクレアは、胸に拳を当てて敬礼の意思を表示すると、颯爽と翻り、門を下りていきました。イアリオの服装は、トラエルの町を出てきたばかりのものでした。あちこちがかすれ、擦り切れ、とても、きちんとした来殿者の装いではありませんが、それでも、身体はまっすぐな視線とすっと伸びた背筋とを具え、然るべき遣使の雰囲気を纏いました。イアリオは、殿内のここで、彼らの指導者に会う前に自分の身の上を明かすべきかと考えてみました。これほどの対応をされながら、偽りの姿勢を保ったまま話し合いなどできないと感じたのです。しかし、そうするのは話がいざどちらに流れるかを見極めてからだと思いました。自分の私事が問題にされるのか、それともあの町の現状をこそ本当にこの国は知りたがっていて、私事など問題にはならないのか。彼女はまだ、こんなにも丁寧に接してくれる訳を詳しくかの国から伺ってはいないのです。この親切に報いるには、こちらも適切な態度が必要だと、彼女は思いました。

 大壁に、大きな上向きの鉤が付けられ、そこに旗が下ろされていました。金銀の細い線が様々な角度に引かれていて、敷物にあった生物の生き生きとした曲線ではなく何か象徴的な、でも確かに訴えかける、魔術的な模様が見えました。殿内は明るく灯火がかがられ、揺らめく炎はちりちりと空気を燃やしながら清楚に立ち昇っています。広間には鎧に身を包んだ兵士が見回りに歩いていて、貴族のような派手な衣装の人間もいましたが複数壁際に固まって何か囁いていました。その貴族たちはオルドピスの人間ではなく、外国人のようでした。彼女は紅の絨毯の奥に重厚に居座る広い階段の、その脇に連れられて行きました。そこから折れ曲がり、何階にも突き抜けた吹き抜けの下の幅広の廊下を、音もなく通っていきました。彼女は靴を履いていないのです。石の廊下を彼らも草履でしゅっしゅっと小さな音を立てるほどでしたが、イアリオの裸足は、平たい床も噛みました。彼女の珍しい服装に目を留め誰が来たのだろうと振り返る者は、学者や、貴族や、民間の医者などがいましたが、彼らは陳情を持って来るも、それがいかにこの国では実現不可能かということを説明され終わってきた者たちですから、きっとこの新しい来訪者の要望書も、破棄されるに違いないと意地悪い笑みを浮かべました。

 大廊下は光を包み、柱の隙間から取り入れた光線は、柔らかい色合いの壁に響き、音楽を奏でました。光だけでなく、どこからか本物の音楽も聞こえました。ずっと遠くから、しかも上から、弦楽器の演奏が鳴っていました。爪弾く音色がどこまでも美しく、金色に聞こえました。今にもどこからか踊り子たちがやって来てもいいような、抑揚があり、それでいてノーブルな、まったく王宮にふさわしい水の飛沫のようにきらめく音楽でした。

 オルドピスの指導者、最高責任者は、碩学の博士であり、学者の頂点に君臨する者でした。彼のいる執務室の前まで来て、イアリオは兵士に中へ入るように促されました。紫の縁取りの堅い扉が開いて、中に入ると、彼女は、水の岩場に迷い込んだ気がしました。部屋の左右には黒曜石でつくられた麗しい涼やかな水の流れがあり、そこに小さな観賞用の草花が様々に彩りを添えて、執務室を沈黙で守っていたのです。その真ん中には来客用の銀のテーブルがしつらえられて、透明な椅子が数脚きちんと間を空けて控えていました。ガラス作りのその椅子の角には銀色の花びらがちゅんちゅんと控えめに散っていました。

「ようこそ」

 部屋の奥に、薄い紫色のローブをまとった、年老いた人間がいました。重そうな石の机が、執務室の一番奥側にあって、その後ろ側に、彼は控えていました。何重にも重ねられた紙の束が石机に数列並んでいて、ペンと、ペン立てと、真っ白い紙がその横に載っていました。さらにその背後には分厚い本棚が数棹、壁に取り付けられていました。その本棚の隙間には、枝垂れた薄紫の鈴生りの花が、花瓶からふるふるとこぼれていました。イアリオは高揚した気持ちも抱えながらここまで来たのですが、清涼な空気漂うこの部屋の雰囲気にくるまれ、すっかり心が落ち着いてしまいました。彼女は軽く、目の前の老人に会釈をしました。そして、目を上げると、老人の深い色の瞳が、彼女の顔を撫でつけた気がしました。その瞬間、彼女は自分の目を曇らせました。

 向こうにこちらの心の中を洗いざらい探られてしまう感じがしたのです。碩学の国長(くにおさ)は、人心の把握も長けている、心の学問の使い手でもありました。

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