第十五章 オルドピスへの道 5.交易の町
さて、城壁の内側の川の両側には幅を取った道があり、その周囲にはたくさんの家屋が立ち並んでいました。看板やら色の付いた軒先やらが目立ち、様々な店がずっと続いていました。城門から入って、旅人をまず迎えたのは、こうした、交通の要衝ならではの光景でした。ここは交易都市というだけあって、様々な物産が、軒下に所狭しと並べられているだけでなく、道路にも、地べたに大風呂敷を広げた旅の商人が、威勢のいい声で商売に精を出していました。喧しい声音が飛び交い、彼女は、門中の馬の待機所から町中へ入った瞬間にくらりとしました。威勢のいいのは結構ですが、何しろ初めての外国の町で、これだけ商売っ気に溢れる町並みも見たことがなかったので、人々の、厚かましいほどの呼び込みに、気圧されてしまったのです。また彼女は、人々の服装にもかまびすしいものを感じました。彼らは色とりどりの服を着ていました。彼女の町では目立たない色の服を着ていましたから、こんなに、赤に黄色にブルーまで、およそ衣服に合ってないような強烈な色彩が、人々の胸と腰とに散らばっていては、くらくらするのも当たり前でした。彼らは森の端で出会ったオルドピスの研究者たちのように、四角くきっぱりと断ち切った袖周りと裾周りの上衣に、丈の短い二股の穿き物を穿いていましたが、下着はなく、ふくらはぎも腹回りもむき出しでした。マズグズたち森の民ほどではないにしても、イアリオのふるさとからしたら、襦袢を着ていない分十分に露出のある出で立ちでした。その小さめの衣装に、あまり余白なく原色が溢れていたのです。あの森にも原色は多方に健在でしたが、それを思い出させるような、半ばぞっとするほどの色合いに、彼女は感じられました。
彼らはまた、靴を履いていました。靴は、わらじに近くて、むき出しの素足に革底にくくりつけられた紐を巻きつけていました。それもまた原色に取られて、彼女の町の人々よりも褐色に焼けた肌の脚に、ミスマッチを超えた奇妙なマッチングを見せていました。イアリオは自分の地味目な衣装が目立たなくてほっとしました。ですが、見るからに地元の人間でもなく、商品を求めてはるばる来た感じの旅人でもない彼女を、軒下の人々は一目は見るものの、すぐにぷいと他の方を向いてしまいました。これには彼女はちょっと感心しませんでした。人々は、自分にとって関係ある相手しか、相手にしないとでもいった様子でした。
イアリオは兵士長に連れられて町を歩いていきました。彼の上官が待っているというのです。しかし町の方々がけたたましいので、彼女は彼に一言も質問ができませんでした。おとなしくついていくと、前方に、商人たちの人だかりができていました。「泥棒だ!泥棒だ!」と、人々は言っています。その中に、人ごみにも紛れずひときわ高く兜の先が剣のように突き出した、甲冑の戦士がいました。イアリオはこの戦士の雰囲気にどきりとしました。彼女を連れてきた兵士長もたくましい体つきでしたが、この戦士はもっと、歴戦の勇士の風格が表れていたのです。
しばらくして、人だかりが解散しました。どうやら事件は収まったようで、容疑者と見られる男は、地面に這いつくばりひたすら許しを請うていました。彼は、この町の人間と思しき服装をしていましたが、顔つきは、この辺りにいない外国人のようでした。目は吊り上がり、頬はこけて、いかにも不摂生な食事をしてきたように見えます。
「見た目で疑われるとは運のないことだが、本当にしてしまったのであれば揺るぎない罪がお前を襲うことになる」
兜に顔をすっぽりと覆われた風格ある戦士が言いました。男は身を竦ませました。
「オルドピスはお前の村を豊かにしたはずだ。開拓は滞りなく進み、皆暮らしは豊かになったと聞いている。もしまだ帰られるつてがあるなら、帰りなさい。不運にも我々の侵略で、借り出されたいくさで傷ついたとしても、これは傲慢かもしれないが、悉く敗戦した国民に知恵という贈り物をしているのだから。ただし、そうでなくば処刑がお前を待っている」
戦士の言葉に男はぎらっとした疑り深い視線を向けました。その眼差しは単に盗賊に堕した不運な元戦士の瞳の色ではないようでした。
「どちらがいいかといえば、」
彼は、かすりつけた声でしゃべりました。
「限りない破壊だった。誇りは生きる目的にすべてを費やすことができた。あんたは確かに二者択一の選択肢を俺に与えてくれた。生きる望みはあるのだ。それには、感謝しなければならないだろうな。だが、だが…!これほどの屈辱があるだろうか?」
「この者を城門の外に連れて行け。もし、また入ることがあればその時は遠慮なく刑に処せよ。この者の人相を各地に伝えろ。再び罪を犯せばただちに重罪に処するように」
一人の兵士が伝令に走りました。もう一人の兵士は、男を連れて、その場を立ち去りました。彼らの上官は指示を済ませると、付近にいた商人や、農作物を売りに来た農家の人間に、今年の売り上げの調子や、作付けの様子などを聞いて回りました。
「売り上げが伸びたのは結構ですが、如何せん、この辺りの作物は出来が不出来だというのです」
「なぜだ」
「天候の不具合です。ですから、我々商人は良くても、農家の方々はどうでしょうね」
「まったくです。他の産地から来るものに負けているのですから。何でも金額に変えられてしまう世の中です。私たちのものは、私たちが食う限りのものです。それで十分ではあるのですが」
「目の前を通る金銀宝石を買えるだけのお金は持てずにいるのです。我々との不平等を若干感じているらしいのですが、それは我々としても困ります。何しろ、コパ・デ・コパと隣町、その隣町の間しか、商売は許されていないんですからね」
「ふむ」
この国では、商売や職業は非常に制限されていました。自由な選択というものはなく、基本的にどれも世襲制であり、耕し作物を育てられる農地や商売に行ける領界は個々人によって定められていました。学問の国は、ルール作りに則り、人々の生活を制限しながら、その名どおりの秩序だった平和な国づくりをずっと目指していたのです。(オルドピスは彼らの呼び方でもこの音のとおりですが、「order」「peace」それぞれの言葉の意味を含んでいました。)
「了解した。何事か考えよう。しかし何事も、最低限の良さというものがある。商人と農家とでは、勿論私たち兵隊とも、暮らしの違いはあって当然だ。だがそれぞれに誇りがあるのだ。先ほどの盗賊の言ではないがな。お互いにそれを諒解し合い、尊重しなければならない」
「解っています」
商人と農民は同時にそう言いました。上官は頷き、彼らを解放しました。その戦士の横顔を、その時イアリオは初めて見ることができました。ずっと彼の背後から、様子を窺っていたのです。彼女を連れた兵士長は、明らかに彼に用事がありましたが、今の仕事の邪魔をしてはならないと、ずっと遠慮していたのです。
「トスクレア殿、こちらです!」
上官が彼女を振り向きました。イアリオは驚きました。その兜の下に彼女の見たことのないあまりに整った美貌が現れたのです。それは感激してしまうほどの美しさで、兜からは黄金色の長髪が左右にはみ出、その間に気高く、雄々しい、厳めしさがありながらも柔和さも湛えた顔がありました。すっと長い鷲鼻は彼女の故郷にもない鼻立ちですが、ややこけた頬や鋭い目と絶妙に調和していますし、髭痕は、品の良さを強調していました。彼女より十、あるいは二十は年上でしょうか、深い色の目と瞳は、いくつもの真実をそこに映してきただろう疲労と確信とが、混ざって、彼自身の誇りに還元されていました。まるで王子様のような顔立ちでした。その引き締まった体躯と立派な装束とを合わせ見れば、そのように言っても、彼の身分を知らぬ者なら誰も疑わないでしょう。
「このご婦人が、イアリオ殿です。かの町から、いらっしゃいました」
「ようこそ、わが国へ」
トスクレアはそう言って手を差し出しました。銀色の篭手から伸びたその手は、厚く、ぬくもりに満ちた大きな手でした。




