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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 後
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第十五章 オルドピスへの道 4.砦と黒馬

 鈍色黒く、雲が空に横たわりました。マズグズは彼女がオルドピス人に連れられて彼らのキャンプから出立する前に、もう自分の村へ戻っていました。兵士長は、現在のキャンプから彼女を近くの兵の駐屯地へ迎えると言いました。

「少なくともここよりは休める場所です。そこから、馬であなたをコパ・デ・コパまで送り届けようと思います」

「コパ・デ・コパ?」

「ええ。大陸のほぼ中央にある、交易都市です」

「ところで、あなたは…私の町を、トラエル?とか言いましたが、そのように呼ばれていたのですか」

「ああ、あなたはふるさとを、名を付けていらっしゃらなかったのですか?」

 イアリオは沈黙しました。兵隊たちは彼女に三人付き、その前後を囲みながらいよいよ木もまばらになった森の中をずんずん歩いていきました。その歩みは、彼女に歩調を合わせた調子ではなく、むしろ、何かに追い立てられるようにせわしい歩みでした。しかしイアリオは苦にしませんでした。森の中は、もう彼女の方が歩き慣れている感じで、男共の勝手知ったる道の歩き方よりも、いささか速いくらいなのでした。勿論、男性に後れを取らない運動神経の彼女ですから、驚くことではありません。誰が一人であの険しい山脈の道無き道を乗り越えて行こうとするものでしょうか。男性たちは彼女に遠慮しながら、足取りを進めて行くことも十分考えましたが、決して追い立てられるようにせわしくない彼女の歩みの方がずっと速いので、彼らが追い立てられたのでした。

 森を出てすぐの所に、彼らの建てた二十棟ほどの平屋根の木板の小屋が並んでいるのが見えました。そこを取り囲む胸の高さまである壁は、野ざらし石が上手に綺麗に積み上げられていて、清潔感がありました。厩舎とトイレとが小屋とは別に併設されていて、食堂は幔幕が張られていました。その晩はここに宿泊しました。イアリオは兵士たちの振舞いでしし肉と魚と、香菜のスープをいただきました。ぶつ切り肉と、厚手の葉肉のスープは、歯ごたえがありました。おいしかったのですが、男手の料理らしく、味わうより腹を満たす食事でした。イアリオは十分に腹を満たし、ついたてで仕切られた間取りの寝室に案内されて、そこで眠りました。朝起きると、兵士たちが互いに呼び合い、野戦の訓練をしていました。彼らの声で、イアリオは目を覚ましたのです。彼らの武器は、主に槍と剣と弓でしたが、途方もなく大きな鉄鉈を数人で持ち、回転しながら敵にアタックしていくような珍しい攻撃も練習していました。軍馬がいななき、前脚を蹴り上げて、ジャンプする訓練もしていました。「そらっそらっ!」その乗り手と馬の呼吸はいまいち合っていないようで、苦しげに大量の息を吐き出す黒毛の馬が、何かを訴える目を彼女に向けました。彼女はその目の意図を汲み取りました。

(うまくいかないのだよ、か。どっちがうまくいかないのかしら。馬の方?人間の方?それとも今の時間が原因かな?)

 ヒヒーンと一声高くいなないて、黒馬は乗り手と共に、野原を一直線に突っ切りました。どうやら、人間も軍馬もこのままじゃ埒が明かないとみるや、思いっ切り原っぱを駆け巡って、鬱憤を晴らそうとしたようでした。ですが、帰ってくると、なぜか彼らは喧嘩をしました。乗り手はまだ若く、十八歳ぐらいに見えました。

「速過ぎるんだよ、お前は。危うく振り落とされるところだったじゃないか!」

(だったら別の馬にでも乗ればいいんだよ。俺はここにいる馬の中じゃ一番速いんだ。選んだのはお前なんだから、もちっと俺の速さに慣れてくれよ)

 イアリオはその馬の気持ちからしたらこんな感じだろうと見えました。彼女は、兵士から馬で次の町まで送り届けられると聞いていましたが、自分が馬に乗って行くつもりでしたから、厩舎に入り、どの馬が自分に割り当てられるのだろうと見ているところでした。そこに、彼らが入ってきて、黒毛の馬と再びばったり目を合わせたのです。

 彼女の申し出に、兵士たちはびっくりしました。

「まさかお乗りになられるとは。では私たちがあなたを前に抱えてなくとも大丈夫ですね?」

「その方が危ないでしょう?違いますか?」

 彼女に乗る馬を選ばせてくれるということで、イアリオはあの黒毛馬を選択しました。彼が走っているところを見たから大丈夫だと言って彼女は周りを説き伏せました。

「なんとなく、お前の心はわかる気がするわ。だから、大丈夫ね」

 嬉しそうに鳴いたのは引き締まった馬体のその黒馬でした。

 森の周囲は乾燥したサバンナでした。延々と続く原っぱはどこまでも茶色で、大声を出せば地平線まで届きそうでした。しかし、残念なのは昨日から変わらない天気でした。どんよりと曇って、大空の真下を気持ち良く駆け抜けることは願えませんでした。ですが、飛ぶように地面を駆けていく駿馬に乗ったイアリオは、こんなに速いものに乗ったことがないので、思わず歓声を上げてしまうくらいに喜びました。彼女に追いつこうとする他の兵士たちは大変でした。彼らは鎧を着ていますから、その分ハンデがあったのです。バハッバハッと息を吐く彼らの馬たちは、羨ましげに前方の黒毛馬を眺めました。イアリオは速度を落として、彼らを待ちました。一人で行っては、彼らの町まで到着できませんから。でも、もしかしたら今は、彼女はまったく自由の子女であったかもしれません。あの町の秘密を明かさなければ、彼女はどんな人間にもなれたでしょう。兵士たちを引き離して、身の上を隠しながら、まったく新しい生活を形作っていけるような見知らぬ土地へ行ってしまっても。故郷は世界の端へ遠ざけて。そんな可能性を黒毛馬の馬上でふと思い描き、イアリオは首を振りました。それでも彼女は彼女でした。どこかの物語のように、檻のような箱入り生活から自由を手にした、高貴な淑女の理由などいりません。彼女は一介の市民に他ならず、そこまで異形な逃亡を企てたのではないのです。しかしふるさとの境界を越えた奔放な魂は、彼女自身もあっけに取られるくらいな、想像と空想を可能にしたのでした。

 兵士たちとくつわを並べて行くと、いずれ、川が見えてきました。雲間に光が射しました。イアリオの黒馬は、一声いななき、彼女に、平原の前方奥に建物の集合が見えてきたことを知らせました。

「あそこがコパ・デ・コパです」

 銀色の胸当ての兵士長が言いました。雲間から抜け出した光は、やや翳って、赤色を帯びていました。もうすぐ夕暮れが訪れる頃でした。


 コパ・デ・コパは、「真ん中の真ん中」という意味の言葉です。文字通り、大陸のほぼ真ん中にあって、交通の要衝地であり、オルドピスが彼らの領土の北側に向かって軍を送るべく大きな駐屯地がありました。町の西側は、川沿いの肥沃な土地にのぞむ畑がびっしりと続いており、旅人を迎える街道は、その両側に肘丈ほどの石が並べられてあり、田畑の上を縫っていました。他にもいくつか道が舗装されて、軍隊が通るべき軍用道路も方々に走っていました。イアリオたちは川のそばを走りました。川は大きくうねって、豊かな水を湛えており、しんしんと東に向かって流れていました。木立が散らばって、鳥が一本の木にたくさん居座っていました。空気は乾燥しているものの、水の匂いが混じり始め、土も、耕されている分湿っており、ここがどれだけ人間の住むのに適した場所かを表しています。イアリオはまるで故郷に帰ってきたかのような印象を受けました。彼女のトラエルの町の北側に伸びる農地も、水の多い豊穣な土を持っていて、その土の匂いによく似た匂いが、かしこから漂ってきたからです。

 近づいてくる城壁は町の西の門でした。ここは堅牢な砦でもあるので、田畑を守る農家の藁葺きの質素な家々の向こうに、彼らを守る、無骨な建造物が姿を現しました。町は、北側を小高い丘に守られていましたが、その丘は、川に面した南側をくり抜くように大きく削られており、ほとんど絶壁となっていて、西向きに張り出した城壁の続きとなっていました。道の周りの畑は、熟れた瓜が葉陰から顔を見せ、農家の家々から漂ってくる様々な香ばしい匂いが、あちこちから近寄ってきて彼女の鼻腔を突付きました。料理上手な主婦たちが、家から遠い場所までお腹を空かせる効果覿面の香りを寄越して、いつまでも遊んでいる子供たちを呼んでいたのです。暮れなずむ田畑にあって、何ともほっとする空気が流れていました。

 川は、城門の下を直接通っていました。城壁は煉瓦を積み上げ、二階建ての建物ほどの高さにして厚みがあり、ぐるっと中町の西と南と東を取り囲んでいました。その上にさらに櫓が乗っていて、近づくと錚々たる佇まいに見えました。互い違いに配置された褐色の煉瓦は美しく、西日に当たってきらきらと光りました。それはまるで黄金色に輝いて西から来たる者を出迎えました。イアリオは、馬たちが通るべき小門に兵士たちと共に案内されて、城壁の中に造られた馬屋に入りました。そこで、すでに親しくなった黒毛の君を、優しく撫でて、返しました。彼は片目を瞑り、ブルンと唸って、彼女を送り出しました。まるで、今の旅路はきっとうまくいくはずだとでも言ったかのように。

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