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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第一部
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第二章 侵入者たち 4.いざなわれる暗闇

「まあほとんど()()()だけ、といったところか。無理はない。でも、ぞくぞくしただろう、皆?この地下の街にいったい何があるのか、奇妙で、不気味で、恐ろしいかもしれないけれど、僕たちの手でそれを解明していくんだ」

 ラベルの言葉に、少年たちは興奮した気持ちで目を輝かせました。彼の弁舌は秀逸で、人の心をうまく掴んでいました。

「慎重に、慎重にだぞ。でも、時には大胆さも必要さ。皆、いいかい?僕たちはまた、あの暗闇に踊りこむ。さっきみたいに、二人一組でだ。そして、今度は僕が鐘を鳴らす。大丈夫、ちゃんと日陰にいて注意するさ。サカルダと、テオラにもいてもらおう。ところで皆、火種はあるかい?」

 彼は一人一人に再度火種を配りました。ぱちぱちとはぜる炎はまた喜び燃え上がったように見えました。そのとき、ピロットがカムサロスを連れてきましたが、一番年少の彼はぐずぐずとしていました。大工の息子ヨルンドが、鋭い目で彼を見ました。片手に金属製ののみを握って、手の中で引っくり返したり、つまんだりしました。

 テオラはラベルに寄り添い、一緒にいまだ怯えの残ったままのサカルダを看病する風体をとりました。そんな彼女の様子を見て、アツタオロは仲良しの少女に耳打ちをしました。噂好きの少女二人は、時々そのようにして、隠れてぼそぼそと話をするのです。リーダーのラベルは坂の上に上がり、遠くはるかに太陽を見上げ、日陰の中に戻ってくると、サカルダを座らせ、自分はそのそばに立ちました。イアリオは地下の壁際に身を寄せ、さっさと中に入りたいもんだと舌打ちをしました。すると、一人するりと脇を抜けて、暗がりへ向かう影を見ました。ヨルンドがのみを持って、昨日打った壁を調べ始めたのです。彼は鼻歌を歌っていました。そして、ある壁の前で得意げにのみを振りかざすと、そっとレンガにあてがい、こんこんと鳴らし出しました。彼の帯には小さなハンマーが挟んでありました。

 彼の出す響きに子供たちが集まってきました。何をしているのかと皆でヨルンドを見守っていますと、彼ののみの先が、ぼろりと崩れて穴を開けました。どよめきが起こり、何人かは拍手を送りました。

「おい、いいのか?勝手に穴なんか開けて」ヤーガットの兄がどぎまぎして言いました。

「ここにある壁は、脆いのとそうじゃないのとがあって、ほとんど交互になっているのさ。なぜそうなったのか、気にならない?」

 ヤーガットの兄はぶるぶると首を振りました。彼には度胸のないところがあって、弟の神経質なハムザス=ヤーガットなどは、そんな兄を軽蔑するきらいがありました。

「この家、ひょっとしたらまだ誰かのものかもしれないだろ?壁がどうのという問題じゃないだろう!」

「ああ、また兄貴の臆病風が始まった!」ハムザスが彼をからかいました。「度胸がないんなら、俺たちについてくるなよ、兄貴!」

「そうだよ、もうここは俺たちの国なんだぜ?我らの領土、我らの王国、それに秘密の住処さあ!」

 元気よく言ったのは医師を親に持つマットでした。「そうだ、そうだ!」あとから、女の子たちが同乗しました。テラ・ト・ガルの合唱が始まりました。だが、じっとその様子を見ているイアリオだけ、おかしな気分でした。ヨルンドは壁に穴を開けただけでしたが、それ以外にも、勿論彼はそれ以上のことを何もしていなかったのですが、その穴から何か這い出てくるような、特別なことをしたように彼女には感ぜられました。

「おい、いいから中はどうなってるんだよ?」

「そうだ、松明を寄越せ!穴をもっと広げて確認するんだ!」

 数人がその作業に取りかかりました。やがて、ハムザス=ヤーガットとマットが穴の向こうに灯を入れました。すると、そこにはたくさんの紙切れが床に落ちており、ほこりの積もった家具が腐って倒れていました。家の内部はがらんとしており、物言わぬ石塀がうろうろと火にかざされて鬱陶しいぞと二人に訴えました。

 少年二人は互いを小突き合いながらやっと体を起こして穴から抜けました。

「どうなってた?」

「紙みたいなものがたくさん落ちていた」

「他に?」

「うーん…」

 二人はうなりました。思ったほどではなかったことを、ここで告げてもなんにもならないとわかった顔でした。そこで、ラベルは提案をしました。彼はいつのまにか皆に混じって彼らの様子を見ていましたが、サカルダの看病はテオラに任せたのです。

「この家の入り口を探さないか?無けりゃもう一度、穴をもっと広げてそこから入ってしまおう」

 彼の声掛けに子供たちは動き出しました。一人の子供が、塚のように盛り上がった土石の上に小さな木戸があるのを皆に知らせました。かがんだ大人がやっと入れるサイズの入り口です。

「やあ、ちょうどいいじゃないか。ここから中の様子を見てみよう。カムサロス!エジゲマ!」

 ラベルは少しむすっとした顔のままのカムサロスを呼びました。

「お前に探索隊の先鋒を任命してやる。一番始めにお前がこの中の様子を見てくるんだ。機嫌を直せよ!慎重に、慎重にだぞ、わかっているな?」

 カムサロスは目を輝かせて彼の言葉にうなずきました。少年は、役割を任命されるとたちまちに大人の顔つきになりました。心配して来たテオラが少年に灯を持たせてやりました。勿論、サカルダもそのあとについてきています。これから慎重なイベントが行われようとしているのに、彼女たちだけのけものとはやりきれません。テオラはカムサロスにいろいろとアドバイスをしてやり、少年を狭い木戸に送り込みました。

「行ってくるよ」

 カムサロスは小さな体をさらにかがめ、扉を開けて中に入りました。もわっとした澱んだ空気が彼の顔に当たり、鬱陶しそうに眉をしかめました。三百年間侵されたことのない領域に足を踏み入れ、するするとくぐりました。テオラとラベルが心配そうに入り口から彼の背中を見つめました。

 散乱した家具や陶器の残骸が物言わぬほこりの中に沈黙しています。少年は炎にぼうっと浮かび上がる家屋の雰囲気に身を竦ませました。彼は、紙切れがたくさん散らばっているのに気づいて、それに火を近づけてはならないと松明を持つ腕を上げました。

 するとともしびが天井を明るく照らし、彼の影を亡霊のように映しました。カムサロスはびくりとして、そちらを見ましたが、自分の影だとわかりほっとしました。彼は少しずつ奥に進みました。「大丈夫?何かある?」心配そうなテオラの声が背中から掛かりますが、無言で台所のようなスペースを抜け、隣の部屋を覗きました。

「エジゲマ!エジゲマ!」

 木戸からピロットとラベルの声がしました。カムサロスは一度その声にこたえようとして後ろを振り向き、そこで大変なものを見つけました。人の死骸が、石の水槽の上に寝そべっていたのです。

 しかし彼は何も言いませんでした。叫び声が出かけたのをのどに押し込み、その骸骨の様子をよく観察しようと松明を近づけました。しゃれこうべの喉元に、小さな看板がかけられています。よく見ようとしてひざを水槽の縁に乗り上げ、骸骨の肩に手をかけ、彼は火をもっと近づけました。黒々とした穴は沈黙したまま彼をじっと見つめています。カムサロスは死体の視線を間近に感じながら、看板に書かれた文字を読もうとしました。けれど、どうやら古い文字だったので、読むことができませんでした。

 彼は看板を骸骨の首からはずしました。そうして紙切れと家具のかけらが散らばる床を、そうっと抜け出しました。

「カムサロス!」

 少年は得意げに戦利品を掲げて見せびらかしました。「こんなものがあったよ!」彼は叫びました。

「石の上にね、人間の死体が寝ていてね、そこに掛けられていたんだ。首のまわりに、こんな風にして…」

 彼は自分の首に看板の鎖を巻きつけ説明しました。しかし、彼の思ったような反応が見られず、きょとんとしました。誰もが青ざめていました。

「死体…?人間の死体だって…?」

 皆はカムサロスを遠ざけるように体を逸らしました。

「そうだ。そうだよ。見捨てられた街だもの。人の死体があったっておかしくないよ」

 テオラがぼそりと漏らしました。血気盛んだった子供たちは、一斉にその血の気を失い、互いの顔を見つめ合いました。彼らの頭上に広がっています。大きく、巨大な圧倒的な闇が。彼らはそちらを見るまいとして、つい首を上げました。聞こえてこないはずの音が、聞こえてくるようでした。日の元に現れてこないはずのものが、そこにありました。彼らは同時に息を止めました。狂気を含んだ恐ろしさが、こちらを襲うかのように感じられました。

 小さな少年は看板を下ろして、そんな全員の顔を茫然と眺めました。ピロットが彼の後ろに立ち、彼の手から看板を奪いました。

「あれ?この字、なんか変だぜ。見たことない」

 ピロットは顔をしかめながらその文字を皆に見せました。少女たちや臆病な少年たちはまるでそこに呪いの文言が書かれているように見つめましたが、司書の息子のカルロス=テオルドは興味ありげにそれを見て言いました。

「昔の文字だ。月明かりに照らされた秘密、この時、薔薇の花は咲いて散り…」

「なんだって。テオルド、読めるのか!」

 ピロットが興奮して言いました。

「赤い光は炎となって燃え、この身を焼き焦がした。そう書いてある」

 しんとした空気が皆の間に漂いました。耐え切れなくなったイアリオが、彼に訊きました。

「何、それ?どうした意味なの、わかる?」

「わからない。詩の一節なのかな。でも僕は、こんな詩読んだことないし…」

「それがなぜ、骸骨の首にかかっていたりしたの?」

「僕に聞かれてもわからないよ」

 テオルドは暗い眼差しを上げて彼女を見ました。本の虫の彼は、普段から俯き加減に首を傾けていました。少し目を上げると、顔の影が眼にかかっていますので、どうしても暗い表情に見えるのです。イアリオは言葉どうり彼の発見はここまでだということがわかりました。

「ともかく、この看板が掛けられていたという死体を確認してみないか?エジゲマ、よくやったぞ。これはお手柄だ。皆よくわかってるよ」

 ラベルがようやく彼をねぎらいました。少年はぱっと笑い、ピロットの影に隠れてその脚に抱きつきました。

「探索隊の先鋒はこのように任務を成功させたぞ。皆、怖がる気持ちはわかるが、僕たちの探索をここでやめにしてもいいのかい?なぜ滅びたのか、どうして死体は石の上に置かれたか、そしてテオルドが言っていた!この街には黄金があるのだと。退くのは簡単だ。挑戦するのは何事も難しい。簡単な方を選ぶというならそうしよう。けれど、その瞬間、テラ・ト・ガルはおしまい、もう二度とこの場所に踏み込むことはない。僕たちの絆もおしまい、すべて夢の中だ。皆忘れてしまおう」

 彼の言葉には誰もが言う言葉を持っていませんでした。皆わかりきっていたのです。これは退くことのままならない探検だと。一度知ってしまった秘密は、ずっと彼らの心を焦がすことでしょうから、耐えられなくなったとしても、地下への入り口が閉ざされれば何も知ることはできません。それこそ一番耐え難いことだと全員が感じていました。

「どうする?退くか、行くか?僕が行くなら、まずカムサロスの見つけた死体を確かめるね。それからあとを考えようとするのだが」

「私、賛成する。この街、想像以上の秘密がありそう。もうあとには退けないよ。それに、死んだ人がどうなっているのか確認してみないと、これから探索するにしたって、どれくらい危険があるのかわからないでしょ」

 テオラが静かに言いました。しかし、いざその目で死体を見るとなると、誰もが尻込みして譲り合いました。そこで、結局ラベルとテオラ、それにピロットとイアリオが、木戸から入っていくことになりました。

「どこだ?」

「ほら、壁つきの水槽の上」

 カムサロスが表からナビゲートして、四人はその死骸を目の当たりにしました。しんとした埃まみれの家の中に、赤々と揺れる炎に照らされて白い骨格をあらわにした白骨の死体は、不安をかきたて、予想だにしないものがふらふらと宙を飛んでいるような空想を可能にしました。テオラはびくっとしてラベルの背後に隠れ、彼の腕を取りました。イアリオはピロットの手首をぎゅっと掴みました。それを、ピロットは鬱陶しげに払おうとしましたが、彼女を一瞥しただけで放っておきました。ラベルはテオラをなだめると、骨に近づき、詳しく様子を調べました。

「この人、女性みたいだね」

「ほんと?」

「ほら、骨格がそうだ。骨盤が広くて男より肩幅が狭い。あおむけに寝ている…誰かがここに運んだのかな?一人でこの上にずっと寝続けたというのは、発想としてないな…」

 イアリオは、自分がいつのまにかピロットの手を握っているのに気づいて、慌てて放しました。彼女は素知らぬふりをして家屋のあちこちを眺めましたが、そばで、彼の鼻息が午前中のように荒くなっていることに気がつきました。しゅうしゅうと、蒸気機関のように。彼は虚ろな眼差しを空に向けていました。彼は古代の亡霊にとりつかれていました。


 一組の男女が、三百年前、その水槽の下で交わっていました。男はその後女を殺して水槽に上げました。男は女の奴隷で、日ごろ彼女に恨みを持っていました。彼が、そのようにして殺人を犯したのは、人々が兵士たちの支配に反乱した日、その同時刻でした。彼は熱に浮かされていました。街の人間は、身分立場にかかわらず、その時皆自由になったのです。解き放たれたのです。自由に黄金を奪う権利を誰もが欲し、それが叶えられたのです。しかし、黄金が指し示すものは、一概に黄金そのものだとはいえませんでした。日ごろの欲望の吐き出し口に、人々が選んだものはさまざまだったのです。

 ピロットに取り憑いた悪霊は、この男でした。男は背後を振り返り、血だらけになってあおむけに眠る女のところを、まるで祭壇のようだと思いました。異常な興奮が突き上げ、彼が外へ躍り出てみますと、誰もが彼と同じような面持ちでいました。これから、かの国の大なる自殺が始められようとしていたのです。老若男女関係なく、皆が等しい、強欲の渦に呑まれ、男にとりつかれたピロットの意識もそこに紛れ込みました。

「ピロット…?ピロット!」

 何回かイアリオに名前を呼ばれ、彼ははっとしました。そのとき、白い影が、ふわりと彼の頭から抜け出てきました。それを見て、イアリオは頭上の太陽が真っ白い光を放ち混乱させる、あのあかりにそっくりかもしれないと思いました。彼の魅力的な黒目が元に戻り、イアリオはほっとしました。そして、どうしてこの街は彼に奇妙な様子をもたらすのだろうと訝しがりました。

 今回の探索はここで終了でした。遊びに入った地下都市で、まさか人の遺骸に出くわすとは誰もが思いませんでしたが、各人収穫はあったような顔をしていました。恐ろしさが、興味となり、さらに深く潜ってこの世界を調べてみたいと思うようになったのでした。こうして子供たちはさらに地下の奥へといざなわれていくのですが、そうして出会った最大の悲劇は、彼らの理解など追いつかない大惨事へとつながるのです。しかし、このときはその片鱗に触れてただ彼女だけが予感したにすぎませんでした。

 ルイーズ=イアリオは、この十年後、再び地下に潜ってハルロス=テオルドの書き残した日記を手にします。彼女だけが、暗闇の中に潜む者達の想念を感じ取ることができたのでした。

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