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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 後
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第十五章 オルドピスへの道 1.森の生き物

 村人たちとしては、彼らの村近くに、ヒマバクのヨグが見たこともない服装をした女をその背に乗せて連れてきたことは、まったく恐ろしく畏れ多いことでした。ヨグの真意がまるでわからないゆえに、また、あまりに女が堂々とした姿でいてかつ鋭い眼差しを湛えていたので、隣人以上のもてなしで供して迎え入れざるをえなかったのです。一方で少年マズグズは、甲虫に襲われた彼女に「危ない!」と呼び掛けた時こそ、ヨグの探索を少し中断してこの森で見かけた珍しい恰好の女をよく観察している最中で、彼女が森から逃げ出そうとして山際に駆けていった姿も見ています。ところが、そこにヨグが現れ、彼女をその背中に乗せていく光景を見て、彼はまったく混乱してしまいました。どうすればいいか分からず、しかし当初探していたヨグから目を離すこともできず、その後を追うしかありませんでした。ヨグが、彼女を降ろして行ってしまった時、彼はどちらを追うべきか迷いましたが、その迷いが、彼女のあとを下手くそな追跡音を立てながらついてくることになったのです。彼は自然にイアリオのあとを追いました。ヨグこそまた探せば見つかったでしょうし、女性は、さっきは本当に危ない目に遭っていたのです。

 ところで、イアリオが向かわなければいけないオルドピスという国は、森の人々にとって現在最上の懸念でした。それで、この懸案についてこの女性が、もしかしたら新しい何かの変革をもたしてくれるかもしれないなどと彼らは感じました。まして彼女はヨグに連れて来られたのです。彼らはかの国に何用かと彼女に問えませんでした。神やその代理と思われる相手に、きちんとした手順を踏まえた言葉なくして尋ねることは彼らにとって禁忌だったのです。森の人々は、自分たちを神意の受け皿として考えています。彼らは森と共に生きていました。ですから、彼らの総意は森の総意であるべきだと、考えられていました。

 彼らは無言のうちに己の定められた運命を知覚する能力に優れていました。彼らにとって、発達した人間のわざは、恐ろしいものでした。敵は身近に作られるのであり、例えば人間の生み出す炎は、すべてを燃やし尽くして跡形もなくすような、魔の力に溢れていたのです。森の民の生き方は自然主義と言えるものでした。人間が自然と共生する方法を、試行錯誤しながら見つけていく生き方ではそれはありませんでした。むしろ、完全に自然そのものに自らを委ねようとするものだからです。それでも森の中で住居を構えて暮らす以上、何らかの形で彼ら自身が森に影響を及ぼしながら生きているはずなのですが、森に向かってこうべを垂れて暮らす姿勢なのでした。

 森の人々は、彼らの生き方に純粋でした。こうした生活に魅了されて、様々な社会から逸脱して森の中に分け入る人間が、この何千年もの長い間にも少なからずい続けました。あのオルドピスにいた若者もそうでした。しかし逆に、この生活から出て行く者もいました。それはひょっとしたらイアリオのように、その生き方の中にどうしようもないものを見出して堪えられなくなった者たちだったかもしれません。困難に至った時彼らが行えるすべは祈りでした。それが一向に効果ないと感じた者たちは、多分出て行くしかないのでしょう。祈りは生活を確かにします。でも、それだけではないのですから。


 マズグズとともに、彼女は色彩に溢れた森林をまた歩みました。昨日はその圧倒的な景色に目の方が驚きすぎていたかもしれません。聞いた覚えのない音が、今日は聞こえていました。それはたくさんの鳥たちと、森とが、きいきいと軋んで互いに意見を交換し合っているような音でした。中でも目立ってぺちゃくちゃとおしゃべりをしているのはルリコウチョウと呼ばれる鳥で、この動物もまた神獣の子供とされていました。青い翼に金色の尾を垂れ下げ、綺麗で美しく、天敵はいません。しかし、この神の鳥も不慮の事故で命を落とすことがあります。バクの場合は蟻に食べられますが、ルリコウチョウは花に食べられるのです。この森の花は、イアリオも遭遇したように危険で、肉食のものが多数います。聖鳥を食べる花とは、無数の花弁を携えた植物で、ちょうど紫陽花をお椀型に返したような形をしていました。真っ赤に燃える唇を思わせるほど赤色に染まったその花は、オルドピスの書物にも勿論載っています。名は、テイシコウ、つまり、紅の歯が獲物を掴むと、丁になるという意味です。(瑠璃煌鳥、丁歯紅は、オルドピスで分類されている名前を、さらに漢語に翻訳したもの)でした。森の人々は、それぞれを「マク・ハ・ル」、「ラルバ」と発音していました。ヒマバクにも「ジスパ」という元来の呼び方がありましたが、その名前は儀式用語となりつつあり、森の民も普通は前者の呼び名を用いていました。)テイシコウのお椀に開いた花弁は獲物を取り込むとひしゃげて頭が平らになります。そこに、滅多にはないことですが金色の尾がぴょこんと伸びていることがありました。花弁を開くと、そこに青い鳥が見つかるのです。テイシコウは人間にとって身近な花で、薬をつくるのに重宝しました。人に害はなく、その花弁の形で虫や鳥を誘い込む花でした。そのごく一般的な花に、聖鳥であるルリコウチョウが食べられたとすれば、彼らにとってたいそうな意味がこの現象には存すると感じられました。聖なるほど美しいその鳥は、身重になると地面に穴を空けてそこに産卵の用意をしましたが、それはその美のために人のように大量の業を背負っているから、枝の上などには巣を作れないのだと森の民から見做されていたのです。その鳥は不幸な鳥で、その美と引き換えるかのように、死に様は腐食しとても醜くなるまで地面の上に晒されました。彼らの死が、もし花の中にあれば、土の上の死以上の、必然に襲われたように、森を信仰する民からは捉えられたのです。彼らの美しさは、喰らわれる運命の美しさだという風に。

 美しかったものが時を経て醜い姿を晒すようになることはいかにも自然でしたが、別の生き物に喰らわれれば、その業こそさらなる巡りが訪れ、駆逐されずにより必然の運命をもたらしたのだと受け取ったのです。このように森の住民にとって、森に起こる不可思議に見える現象は、神の御業だと捉えるにふさわしい感覚を様々に刺激しました。ですが、そのルリコウチョウの死がテイシコウの養分となり彼らの病を癒す薬にもなることまでは、彼らのその感覚に及んでいませんでした。またイアリオの耳には、ジャングルに響く命の音は、躍動感に満ち溢れるも忌々しく聞こえました。彼女は決してこの森が嫌いではありません。ただ、死滅したふるさとのしんとした静寂を聞き慣れた耳には、その無音に等しく、森の音は捉えられたのです。どちらも異様で真実で、どちらも命を奏でているのでした。

 この場所に、オグはなくともヨグはいました。

 イアリオは森の人々の村から出て行く際、村人たちから三つの贈り物を貰いました。一つは小石のペンダントで、丁寧に空けられた水色の石の穴に、カラフルな紐が通っていました。いま一つは木の束で、不思議な香りを放つものですが、これは虫除けになるようでした。最後の一つは、テイシコウから採れる薬でした。若芽の根元を乾燥したもので、煎じると鮮やかな赤色に変化します。よく水に溶かして使用すると、肌の荒れを防ぎ、飲めば病気の予後を楽にします。鼻の頭に乗せて眠ると、ぐっすりと眠れるそうです。気付けにもなり、普通に食べ物に混ぜて食しても健康にいいと言われました。この花が食す美鳥を含んだ動物たちのエキスは体の根元の方に働き掛けるようです。決して特定の病を治すものではなく、体の調子を整える効用があるのです。

 それこそ、人間の体の美の部分でもありました。そこは、自ら、自分を治す力に満ちているのです。

 イアリオは、テイシコウの薬を鼻で嗅ぎました。すると、腐臭がありました。やや匂うほどで、そんなに強烈ではありませんが、何か腐ったものであれば、それこそ、薬効があったりするものです。特に、体に食するものにおいては。

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