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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 後
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第十四章 北の森 6.少年と村人

 イアリオは気を取り直して、ついでにバッグの中身を確認して、起伏と木の根とがうねうねと続く森林の奥へ一人で歩き始めました。すると、チチチチ、高い声で鳴く見たことのない鳥を木の隙間に見つけました。まるで虻のように巧みに飛んで、長くてへらのような嘴を突き出していました。およそ鳥らしくないなと思って、イアリオは彼にハチドリと名前を付けてみました。本当にそのような名前の鳥がいるとは知らず、急にそうしてみたくなったのです。ですがこの名前も、付けてみれば、鳥はずっと昔からそんな名前だった気がしました。大木を、藪を、灌木を押し分け避けて、曲がりくねりながらひた歩いていくと、また背後で、がさごそ、がさごそと物音がしました。しかし、彼女は放っておきました。もしも肉食獣が彼女を食べようとずっと前から追いかけてきていたとして、イアリオにはもう仮にも食べられる覚悟がありました。ここで人生が終わりならそれでいいのです。彼女は潔い気分になっていました。

 背後のがさごそした物音は、けれどそんなに危機感を煽る足音ではないようでした。もし彼女をつけ狙う者がいるとすれば、それはずっと狡猾で奸智に富んだ生き物で、無闇に音など出さないでしょう。まして、さっきのバクがそうした危険を彼女の周囲に残したまま退散したとは考えにくいことでした。物音はわざと出されているようでした。早くこちらに気づかないかと言っているような、不躾な騒音でした。ですから放っておくのに越したことはないと、わざと無視することもできたのでした。もしかしたら、あの甲虫に襲われそうになった時に、自分を注意した誰かなのかもしれないと、イアリオは見通しをつけていました。よく足音を聞いていると、まあ確かに人間が出しているもののような気がします。彼女はなんだかこの下手っぴな追跡者が可愛く思われてきました。彼は、恥ずかしがり屋なのでしょうか。

 そうこうしているうちに、ついに追っ手が前に回り込み、行く手に立ち塞がりました。

「止まれ!」

 目の前に現われたのは少年でした。彼女は彼の行った言葉が「止まれ」だと分かりました。ここで一つ、注意しておくことがあります。彼女の町は、三百年間ほとんど他の国と交渉のない歴史を歩んできました。それならば彼らの言語は周囲諸国と異なったものにならざるをえませんでした。言語は常に変化しているのですから。しかし、彼女の町の人々はオルドピスから言語的な指導を受けてきました。評議員たちがその言葉の教育を受けて、上意下達で、町人の最新の言語感覚を養ってきたのです。それは、先の二人組の盗賊の件でもそうでしたが、相手の言葉がわからなければ、自国の存亡にも支障が生じると考えられたからでした。町の人々は、自分たちが所持する時代遅れの武具などもずっと変えずにいては、守る力もなくなるとはっきり認めていました。そこで、オルドピスと手を組んだという歴史的な事情があったのです。

 少年は黒っぽい顔をしていました。特徴的な大きな目は、きらきらと輝き、まるで穢れを知らぬようでした。髪はゴワゴワとしていて、黒く、筋のある首がなんとも幼く可愛らしく見えました。少年は袋と槍を持っていました。少年は怖い目をして彼女に相対しました。彼の名前はマズグズといいました。彼は言いました。

「これからどこに行く?答えろ!」

「ああ、あなた、オルドピス人なの?すごく嬉しいわ!」

 イアリオがこう言ったのは、世界が統一された言語ではないと知っているためでした。…その森に住む民族は元々彼女が理解できる言葉とは違う言語を話していました。ここにはオルドピスという強かな国が仕組んだ、壮大な計画がありました。かの国は、すべての民族が同一の言葉を発しなければならないと考えていました。森の民族はオルドピスから介入を受けて、徐々に徐々にその言語構造を変えられていったのです。このことはこの物語の中ではあまり取り上げるべき話ではないのですが、世界にとっては非常に重要でした。言葉の世界統一は、学問を国の力として標榜する国家としては、一つの大きな意思が世界を支配する可能性を展くために、志向するべき手段なのでした。「この世界は分割されているのだ」とは、かの国のいつかの大臣の言です。「それは不幸なのだよ。人間が自ら望んだことであれ、幸福は見えざるものへと変貌してしまったのだから。」


「これからどこに行く?答えろ!」と言った褐色肌の少年の呼び掛けに、イアリオは両手を差し出して喜びを露わにしましたが、少年は、かの国の名前を聞いて顔をしかめました。

「お前、オルドピスに用事か」

 その警戒するような口調と表情に、イアリオの顔も言葉も停止しました。少年はむっつりとしたまま押し黙り、どうするつもりかと考えたようですが、すぐに、「ついて来い」と言いました。

 この辺りは、どうやらオルドピスの領土ではないようでした。彼はどうもかの国のことを嫌悪しているようでした。なぜかはわかりませんが、それならなるべく自分は口を噤んでいた方が良いと彼女には思われました。彼は、草で編んだ腰蓑をつけて、首輪と腕輪をしており、むき出しの胸に肌色がかった白い模様を描いていました。一本線と小さな丸が三つ、単純な絵柄ですが、力強く迫力がありました。そしてまた、森の住民であることを否が応でも表していました。ですが、少年のその恰好を見て彼女は何だか恥ずかしくなりました。肌を露出したファッションというものは彼女の町にはありません。素肌を相手に見せることの意味は、やはり同姓の親しい付き合いかまたは好いた相手との交流を思わせるのです。イアリオは前を行く少年の背中にピロットの面影を乗せました。そうすると釣り合いが取れて見えましたが、どうもまだ夢幻の合間を彷徨っている感覚になりました。少年の迷い無く前を進んでいく姿は、彼がどれほどこの森を知っているかを表していました。先に立って彼女を連れて行く様子は自分が何かを代表しているのだという態度に見えました。そういえばピロットは個人プレイしかしないような性格だったけれど、そんな彼でもこうした後ろ姿を見られたかもしれないなと、イアリオは思ってみました。

「アピタ!」

 少年は突然、イアリオの知らない言葉で叫びました。すると、どんどんと、棒か何かで地面を突く音が行く手から鳴らされました。

「今行く!」

 茂みを一分け掻くと、そこに、目の高さほどの細い木の藪に取り囲まれた村が不意に出現しました。イアリオは垣越しにその住居を見ましたが、家は草で覆われていてどれも円錐形でした。彼女は少年とともに壁垣を回り、その途切れる門へと進みました。中を覗くと、家々は村の真ん中の大きな岩を中心に同心円状にたくさん建てられていました。

 続々と彼女たちの前に、村人たちが集まってきました。皆、女性たちも、少年と同じように、腰蓑を付けてむき出しの胸に白いペイントをあしらっていました。そこには赤ん坊を抱いた母親と、その娘たちがたくさんいました。男は少なくみられましたが、それは狩りに出掛けているからでした。老人が進み出ました。一人、二人、三人と、老人たちは村人たちの前に出ると、イアリオの形姿を確かめるように、指を出して、彼女の輪郭と服装とを追う仕草をしました。

「これはこれは」

「ヒマバクを追ってきて、この人間を見つけた。ヨグが優しくしたから、ここに連れてきた!」

 少年は声を張り上げました。しかしイアリオはその声をよく聞くと、彼の言葉は理解できるも、自分の町とはイントネーションが大分違うことに気づきました。町の人々は語尾と語頭をスラーで(滑らかに)つなぐ癖があったのに対し、彼のは一音一音のアクセントがはっきりとしていて、彼女の耳にはたどたどしく聞こえました。それはこの蒸し暑いジャングルの中で意思を疎通し合うのに、はっきりした口調が求められたからかもしれません。それに、森の人々はやや巻き舌でした。

 イアリオは、今自分の運命がこの村人たちに握られているとはっきりとわかりました。どうしてあのバクは、この村にも辿り着かないあのような半端な所で降ろしたのか、それはまだ判らないことでしたが、こうなっては仕方がないと思いました。

「ヨグは神獣の息子だ。確かに、この村へ来るのにふさわしい。マズグズ、よくやった!」

 ヨグ、とはあのバクの名前でしょうか。村人は拍手して少年を褒め称えました。マズグズはイアリオをその場に残し、彼らの中へ入りました。すると、少年は周囲に混じり、たちまち目立たなくなりました。

「さて御客人、ようこそ我が村へ。言葉は大丈夫かな?」

「ええ、大丈夫です。この村は、オルドピスからまだ遠いのでしょうか」

 オルドピス…!村人たちがざわりとしました。

「かの国への用か」

「ええ。でなければ、クロウルダという民族に、会う用事があります。ご存じないですか?」

 彼女に話しかけた老人が首を振りました。二重の意味が存在しました。

「何用かと問うことはすまい。お客には早速我らがもてなしを受けてもらうことにする。何しろ、ヨグが懇意の者であるから!」

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