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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 前
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第十三章 接吻(くちづけ) 3.漸進する覚悟

 レーゼはちらと大人しく寝息を立ててそばにいるハリトの様子を窺いました。あれから、あちらの家族にはいたく信頼されて、彼は彼女の寝室にいてもいいようになりましたから、もう男としては、このまま相手を娶るしかないような気がしていました。実際そうなのでしょう。彼だってそれに近いことを、ハリトが倒れてしまってから、自分に誓いました。

 ですが、それでいいのでしょうか?彼には引っかかるものがありました。本当に彼の意思でそう決めたかどうか、判らない気がしたのです。こうして良い、俺は選んだんだ、そう彼は思い込もうとして、何度も幾度も枕元の彼女の頬を見つめるも、自分の出した決断は色を定めず、何か、別の方向を示唆していました。

 彼は非常にいけないことをしている気分がしました。どうして、でしょう。これは彼の意思で、彼女の望んだことでもありました。両者は一致しており、ほのぼのと、この安らいだ空間を提供しているのではないでしょうか?彼は、この時間に安らいでいないとでもいうのでしょうか?それは、あの天女たちの文言が、いまだ消化されていないから…?本当にこの町は壊れてしまうのでしょうか。その兆しや、現れなど、彼には感じませんでした。いいえ、意識に上っては来なかったのです。感じてはいました。そうでなければ、不思議な焦燥はイアリオに続き彼も覚えてはいません。そして、この感覚は彼らだけのものではありません。イアリオと一緒に地下の冒険を繰り広げた、テオラやアツタオロ、他の面々も、同じ気持ちを共有していました。不気味な沈黙が町を支配しているのだと彼らは判りました。沈黙しているのは、地下に閉じ込めた、あの意思たちでした。彼らが、今にも暴れ出そうとしている予感を、イアリオたちは敏感に捉えていたのです。

 だとすれば、自ずと、自らがなさねばならないことに従順に従うようになるものです。そうでなければ、慌てふためくだけでした。彼らは、地下のあらましを知り、その暗い闇をも目撃していました。自分の心の中に、そういったものがあるのだということを、身を持って知ることができました。そうであれば、慌ててしまうということはなくて、ただ自分が、一体何をしなければならないかだけを見つめられたのでした。

 ならば、彼の感じ方は、何を示しているのでしょうか?彼は一体何を気にしているのでしょうか。ざわざわとしています。何かを見逃していたのです。彼は自分に正直ではありませんでした。彼の情熱が、誤った道筋を選んでいたとしても、それは若さゆえ、許されることでした。しかし、時間は一刻一刻減少し続けていて、とりもなおさず、疑いは晴れることを望んでいました。これは罪人の心情でした。無辜の罪状を作られて喘ぐ人々の意識でした。ですが、罪は無辜ではなかったのです。

 彼もまた、オグに犯されてしまったハリトの意識に触れていたのです。それを通して出くわしていたのは、自分の、ざわめく悪の意思でした。

 同じ晩、イアリオは頬杖をついて、ほうと空を眺めていました。彼女はハオスに直接「オルドピスに行かれるといい」などと言われました。なぜそんなことを言われたのかと、今思えば不信なことでしたが、あの時すでにオグに喰われていたであろう彼との会話は生きていた彼とのやり取りとは違って、どこか、異常なるが正常なる交感をしていました。

 彼女は固く自分を抱き締めました。「オルドピスに行かれるといい」その言葉を言われ、どう自分が受け取るべきか。それは、明らかな自殺行為でした。しかし、彼女はこのままでは天女の宣告もこれから起きるべきことも、皆知ることはできないと判っていました。これから、何かが起きることは確かでした。イアリオは否応ないその感覚に襲われながら、今自分がすべきことを必死で考えていました。それは、もうあの街を調べることではありませんでした。これ以上の探索は無意味でした。自分の生まれた故郷の中にも、何か意味や手段を見出すことはもう望まれない。彼女は自分が絞られ、破壊されて、跡残さずに消え入ってしまう玩具か古雑巾の心地でした。ただ震撼する心地に頭が締められていく一方でした。彼女は、自分はここで生活していくにはほとんど体が絶望的になってしまっているかもしれないと思いました。

 教室の中の子供たちの笑顔も、自分を慕ってくれるハリトやレーゼの存在も、ついに、薄らいできていました。ですが、彼女は自分がなすべきことをまさに知っていく最中でした。衝動は体内深くにあり、まだ隠されていました。何かから出なければ気づかないことが世界にはあります。ですが、知らなければならないことがあるなら、それは、深層からその体を動かしている、意識や意思とは違う、無意識の意志なのです。

 死ぬまでに一体人は何を得にこの世界へ生まれてきたのか。その挑戦が、彼女を恐ろしく支えていました。

 彼女はまだ気づいていないことが、湖のほとりで、待っていました。今はその姿を隠しているものの、それは、いずれ彼女の前に現れようとして、じっと、密かに沈んでいました。待つということは、苦痛でしたが、それは、甘んじて苦しみを受ける必要がありました。オグは、待っていたのです。本当に、彼女が、彼女自身をさらけ出すのを。

 イアリオは大事なものを隠していました。それは、ピロットの喪失で、あたかも逃げ出したかに思えましたが、実は、そうではなかったのです。何より大切にしなければならないものが、今、その体の中にあったのです。いいえ、取り戻さなければなりませんでした。彼女は誰かを好きになれたのです。

 出て行かねば還れません。変わることはできません。人生が螺旋というなら、ゆっくりと回って、

 いつしか、少しだけ登っているのです。環状の螺旋を描いて、それが、本当の循環でした。

 レーゼはその日夢を見ました。巨大な巨大な渦の中に、自分が呑み込まれてしまう情景でした。彼は夜中目が覚めて、嫌な汗が全身を濡らしていることに気がつきました。彼の太い腕は、石運びの手伝いで鍛えたものでしたが、その腕は、ハリトではなく、何もない眼前に運ばれて、彼を茫然とさせました。イアリオもその日夢を見ました。その夢は、どこか見知らぬ場所にいて、周りをぐるりと見渡している景色した。彼女は集合する道路の中心にいました。そこは大きな都市の中のようでしたが、誰もいず、さんさんと太陽が降り注ぎ、赤レンガの建物の壁を洗いました。彼女は目の前に巨大な図書館を見ました。巨人のように居座る厖大な数の本を揃えた館が、彼女に、本を貸してあげようかと囁きました。彼女は頷きました。ハオスが図書館から出てきて、彼女に、黒表紙の日記帳を渡しました。彼女は叫び声を上げました。

 あの街はオルドピスかもしれない、と目覚めた彼女は思いました。ふと彼女は、見知らぬ土地に憧れを抱きました。しかし、その感情は、持ってはいけないものでした。


 イアリオは、一人で真夜中に北の墓丘にやってきました。誰も連れて来てはいませんでした。その夜は新月ではなく、細い弦月が銀色に空にかかっていました。彼女は、自分の思いを確かめに来たのです。この場所で、空に祈って、先祖が彼の無事を聞き届けてくれた十二歳の晩をイアリオは思い出しました。今、もし、仮に町の外に出ることを、ここで願って、夜空にいる星になった先祖たちが聞いてくれるだろうか?イアリオは空を見上げて、そのような気持ちにふけりました。すると、流れ星が光って、こちら側に落ちてきたように見えました。

 私は出て行く?この町から?何のために?そうしなければいけない理由は何だろう。

 そうしなければならない。なぜなら、どうしてそうしなければいけないのか、わからないから。

 何を考えているのかしら、私は。ああ。

 私は──自分のことも、きっと、何もわかっていない。

 どうしたらいい?彼女は繰り返し考えました。彼女は胸を膨らませました。一体、あの星々が先祖の魂だと誰が考えたのか、と思いました。それはまやかしに見えました。一向に、天から自分の抱いた疑問への答えは返って来ないように感じたからです。彼女は大きく息を吐き出しました。また、正面に流れ星が光りました。自分はそれを決めなければならないのではないか?イアリオは、そう感じました。何かからの反応を、待つのではなく、どこからか答えが、湧いてくるのも待つのでなく。今、ここで。

 レーゼも言っていた。ここで願うのは、夢ではないって。はっきりした目標を、宣言するためだって。

 彼女はその時、私はまだ、この町でやるべきことがあるのではないか、と思いました。おそらく今決めることができないのは、今、決める時ではないから。もしただちに町外へ出て行くことになるのなら、そのための準備の何もかもを、今すぐにやろうとするはずだから。私はまだそうすることはできない。もう少し、子供たちの面倒を見て、それから行くのかもしれない。

 彼女は墓丘から下りました。その後、彼女はハオスの件を議会に尋ねました。またしても、彼女には連絡が行ったはずだという返事を聞きました。イアリオは一瞬戦慄が走りました。何者かがこちらを監視している目を感じたからでした。それは、彼女が夜の墓参りをしたり地下に潜ったりすることを嫌悪した輩の仕業でしょうか?もうあの噂は耳にすることはなくなりましたが。彼女は急にテオルドの目を思い出しました。その普段のもの暗い感じとは違う、強烈な、真っ赤に燃え滾る火の色をして、まるで恐ろしい魔獣のごとき相貌になっている彼の目を。

 そんな目は見たことがありません。イアリオはおかしな気分を振り払いました。そして、どくどくと鳴る心臓を上から押さえつけました。

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