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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 前
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第十三章 接吻(くちづけ) 1.いのちの歪み

 若者は苦しみに悶えていました。彼らは触れてはならないものに触れていました。オグという怪物でした。彼らは禁じられている地下に臨み、そこで、かの魔物と出会ったのです。しかし、地下世界は子供たちの目には隠されていました。

 ハリトがオグに触れ自分の中に知られざる情動の存在を感じたからといって、一体それが悪であっても、否定されるものでしょうか。いかなる応えをそこで受けても、人生はなおも続いて、生活は依然としてあり続けます。大抵の人間はそれはそれとして、生きているものでした。悪は人間の一部なのですから、それを呑み込んで、互いに認め合ってもやっていけるのです。認められないことこそ、最も悪なのかもしれません。

 そして悪は破滅を望みます。認められない、悪は自ら。それこそ、最上の至福であるとする概念がもしあるとしたら、尋常の生活では分からないところで、それは生き生きとするのでしょう。人間はその誘惑に負けてしまいます。悪と断罪したからといって、なくなるものなどありません。

 あるいはピオテラのような人間にはそれは無縁かもしれません。彼女は物静かな人生を望みました。誰もが悪に近いというわけでもありません。ただ、近しい人間は、いつもその力を側に感じて、いらいらとし続けることもありました。悪に囚われているというのに、気がつかない人間もいました。例えば、訳知らず人の噂を振り撒く者、子供に人生訓を垂れようとして自分の中に押さえつけた感情を暴発してしまう者、誰かから受けた恨みつらみを大事な孫に話してしまう者…。相手に或る危機を用意しているにもかかわらず、彼らはそんなことに躊躇しません。ですが、それもまた人間の一面に他なりません。断罪はたやすく、それでいて人同士はいつも常に共に生きていなくてはなりません。

 深い哲学などなしても有効であることは稀です。生活や人間はいつも側にあるのです。それならば、前に進む他ないのでしょうか。生きながら考え、考えて生きて。時に思考を停止しても、人生と向き合っているのであれば。光は、先に臨めるのでしょうか。


 クロウルダは、下の街に、縦横無尽に洞窟の通路を掘っていました。それは彼らがかの悪魔を監視しやすくするためでした。あの神殿から、必要な儀式は始められましたが、そうでない時は、逐一漏らさずにオグの様子を書き留めて、彼に適う一番有効な方策をいつも練っていたのです。彼らの後、この地を支配した海賊どもは、そうした洞穴を改良して都合よく利用していました。ですが、大きな破壊後の怪物は動きも鈍くなり棲家から出不精になっていましたが、鼓が轟く時、洞穴を這いずっていました。この三百年の間、魔物は徐々に力を取り戻し、滅びの都にも行くようになりました。そこで、怪物は死霊たちと出会いました。遭遇してはいけない組み合わせでした。オグは、巨大な悪は、その古さたるや新しい人間の歴史以上でしたから、一万年は優に生きておりました。不滅の魔物は、己の中にいる凶悪な意思どもに、ある一つの方向性をかざしました。魔物は、それまで無数の人々の心を取り込み、自分の中で慰み続けました。おのずから悪魔を育てなければならなかったのです。彼らは仲間を欲しがりました。誰よりも彼らは寂しがり屋でした。独りよがりの快楽は、その宿命を自ら設定していますが、相手を壊さずにいられない快感は、次々に、さらなる刺激を欲し、その仲間を増やしていきました。こがね色の黄金に触れた者は自分の内部にこれほどの魅惑的な感情があっただろうかと思うように、悪に触れた者は、先行する恐怖を差し置いて自分の正義を全うすべきだと考えました。悪とは強い生命力だからです。その真髄は、まさにエアロスでした。

 悪からかけ離れた者は、保守しか考えなかったでしょう。まして、それを隠すだけの者なら、焦がれながら、身を引き離すこともできません。オグは、悪の意思たちにこう働きかけていました。己を解放するのだ。すべてを委ねよ。そうすれば、ほら、無限の可能性が拓けるだろう…?彼がそう持ち掛けるのは人間の悪意にだけです。生命力は、悪にだけあるものではありません。

 ですが、一万年も生きて、オグは彼自身の働きに疑問を抱くようになりました。彼に意識はありません。しかしその全体が、そのように動き始めたのです。結果、まったく新しい一つの方向性が示されました。それは、テオルドと同じ感覚でした。いいえ、テオルドはかの悪魔に喰われてしまったのです。その意思は、まさにオグです。僕は…この町を、破壊しなければならないだろう。そう彼は思いました。なぜなら、彼の身体はイラの怨念によって練り上げられた苦痛の悪神であって、彼のふるさとの欺瞞と囚われを暴き出すも、五弁花の蔦の絡まるあの壁のように、この町は生命を果てしなくがんじがらめにしていたからです。悪もそれと同様でした。それは純粋な命の力のように思えて、実はありとあらゆる存在を不純な意思で統率していたのです。悪とは破壊であり、その破壊は、快楽であると同時にある反抗でした。幼い抵抗でした。受け入れざるものを、純粋な動機で、打ち壊そうとするものでした。保守も命の力なのです。そちらは受け入れる力、と言ったらいいでしょうか。または、いかなるものからも影響を受けない不変を貫く、意固地な力と。

 どちらが本当の善であり本当の悪であるかは言えません。受け入れぬことこそ実は惨いことでした。しかし、それも人間の業でした。

 いずれにしても、自分という存在を作り出した我が町に、テオルドは限界を感じました。そして、破壊を望みました。オグは、それ自身を作り上げた人という業そのものに、いい加減うんざりするようになりました。彼も己の身の破滅を望むようになったのです。彼はふるさとに帰りたくなりました。悪にとってのふるさととは、つまり、生まれ変わることです。彼の中の力強い生命は、一万年の時を過ぎて、老いて、磨耗しました。それでも己の役割を変えられませんでした。彼はいまだに人間を唆していたのです。シュベルや、エンナルや、ハリトたちを…。

 老いたる魔物は、その生を終わりに近づけたく思いました。そんな折、彼は死霊たちと出会いました。死霊たちも同じことを考えていました。彼らは、光を望んでいたのです。死霊という役目は彼らの子孫によって延長されました。彼らは恐れられ、閉じ込められて、無明の絶望を彷徨わせられたのです。何が一体本当に正しいことなのでしょうか。しかし、実際に起きたことは。こうしたことに、目を背けるか、必死になって受け入れようとするか、イアリオはどちらの立場にもなりました。彼女は受け入れがたいものを、どうしようか悩みました。天女の宣告を、感受性の鋭い彼女は、町の代表として痛切に実感していたのです。

 思えば結論は早くてもいいものでした。それは、クロウルダの弁にもあるように、オグは、かつての人々の悪だからです。その中に、もし前世があるならば、イアリオのものもありました。そして、前世はどこまでも追ってくるものでした。振り切れるはずもないのです。新しい魂は、自分だけでなく、他の人たちにも変わっているのですから。無明の只中を歩く意思たちと、オグとの出会い、それは、自分たちの破滅こそ望みました。すなわち、広大で(びょう)々たる新しい誕生です。

 死霊たちは、星空の彼方の先祖たちに慰められてはいなかったのでしょうか。北の丘の小山なる墓は、そのために建てられていました。イアリオは幾度もそこに足を運び、死者たちを慰めました。その声は聞き届けられていないのでしょうか。いいえ、彼らはイアリオに危害を加えていませんでした。彼女の純粋な思惑はよく理解をしていました。彼女を奪えば、誰が彼らのことを思ってくれたでしょうか。怨霊は、恨み晴らさねば消えてしまうものの、最も欲しい存在は、自分の理解者でした。(しかしイラは違いました。彼女はハルロスの思いをイアリオに託すも、それによってまだ上の町の破滅を望んでいました。)星の彼方におわし、地上にやって来る彼らの祖先は、彼らを見守る存在でした。あの白き霊たちでした。しかし、その守護霊たちは山の上で溜まっていました。思い遺して去り難く、ゆえに地上に留まっていたのです。それは、決して循環に従順な作法ではありませんでした。循環するべき魂が、この世に噛み付いていたのです。

 本当に循環する霊ならば、人々の中に宿り、安らぐでしょう。生まれ変わりは自然に行われ、敢えて地上に思いは遺さないでしょう。それが天国に還るということだからです。いまだに死ぬ前の世界に執着をしているから、還るに還り方を忘れてしまったのです。彼らは確かに生きている者たちを、そして死んだ者たちを、守っていたかもしれません。ですが、自らみたいに、後塵の者たちの変わりゆく力を信じていなかったのです。彼らは憐れな守護者でした。実は、生者たちもこぞって、彼らの力を頼みにしていたから守ろうともしていたのです。黄金都市の死霊どもと同じく、彼らもまた、生者たちのこの世を彷徨している、囚われ人なのでした。

 滑らかな肌が、初めて女を知りました。こうなることだとは、本人も納得した上ですが、それよりも、快楽の方がいや勝りました。ハリトは複雑な悦楽を感じていました。レーゼに抱かれたとはいえ、それが愛しい相手だとはいえ、相手にしていたのは、実は、イアリオでした。彼女は奪ったのでした。それは女の勘が伝える、レーゼの思い人だったからです。彼女は興奮していました。でも、目的を果たして、しばらくは、本当に大人しくなりました。レーゼはそんな彼女を鬱陶しいと言ったのですが、今はそんなことはどうでもよくなりました。溢れるばかりの野性的な慕情は、遂に、歪んだ居場所を見つけたのです。彼女がそれを手に入れたのです。

 愛情が、彼から、注がれているにもかかわらず。

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