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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 前
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第十二章 オグ 2.自己の受容

 イアリオとハリトとレーゼの三人は、それから何度も繰り返し地下に潜る機会を得ました。彼らは使用人宅の先の洞窟も、不思議な男ハオスと遭遇した地下道も、慎重に、少しずつ調査を進めていきました。あれから、ハオスはつと帰途についたとイアリオは議会から報告を受けました。彼女はついにこの機会に彼に尋ねることができませんでした。ですが、また、チャンスは訪れるだろうと前向きに受け止めました。彼女は他の二人と知識を共有しつつ、徐々に徐々に地下の都の更に奥の深みに足を踏み入れていきました。

 さて、イアリオはかつての十五人の仲間たちを集めて思い出を語り合いたいと考えていました。あれから十年以上たちました。その準備ができただろうと思ったのでした。彼女はマットや、テオルドに声を掛けていました。しかし、二人とも色好い返事を寄越しませんでした。それぞれ事情があり、難しいと答えたのです。テオルドはともかく、マットは、本当に医師としての勤めが忙しくて、そんな余裕はないということでした。しかし、マットはイアリオの心情をよく理解していました。他の全員が揃うようであれば、自分も行かなくてはならないと呟いていました。

 そこで、イアリオは他の仲間たちの様子も見て回りました。まず、ヤーガット兄弟は弟がその家業を継いでいました。彼は、怪我して引退してしまった兄の役目を必死で努めこなそうとしていました。兄のロムンカは、西区の丘地の、総合住宅にいました。そこは、障碍を背負った者やはぐれもの、身寄りない老人たちが住んでいました。彼は、一生をもう守られ、挑戦の潰えた身に落ちたかのようでしたが、しかし、飛ぶように、自由に生きていました。この町において、用いられざる者はいません。老人たちも何事か役割を与えられていました。それを選ぶことができないだけでした。彼は、漁業の網を直す作業をさせられていました。ですが、その網を触っていると、自分もまた川のほとりに立ち、仲間たちと一緒に魚を誘い追い込む気分になりました。彼は比較的、嬉々としてその作業に打ち込んでいました。彼は結婚ができませんでしたが、それも運命と受け入れて、しなやかに己の事情を生きていたのでした。

 彼と話して、イアリオは随分元気をもらいました。そして、彼にはあの事件を持ち出すことができませんでした。町の中で適切に生きているロムンカと比べて、程遠い生き方を選択していると自分を感じたからでした。

 彼と話したことは大きく、彼女はこれまでの目論見がうまくいくはずはないと気づき始めました。それぞれがそれぞれに生きていて当たり前なのです。いくら町の事情を変えようと望んだところで、自分はやはり町の起こりから、その継続する体制からよほどはみ出した概念を持っているのだと思わずにはいられなかったのです。彼女は自分を愚か者かもしれないとも感じるようになりました。彼女はこの町を愛していました。面倒を見る多くの子供たちは可愛がって余りありました。その子供たちがこれからも暮らしていく場所こそ、この町なのです。彼女はいつしか孤独を非常に深めていきました。しかしあの白霊たちと出会った事実はずっと彼女を追いかけていました。それが、言い知れぬ焦燥を絶えず運んでいました。

 また時間が過ぎていきました。季節が巡り、夏から、秋へ、そして冬に変化しました。一年が終わろうとする頃、町では成人の儀が執り行なわれました。レーゼにとって、真に町人となるための儀式が、用意され整えられたのです。空は冴え冴えとしていました。空気が乾き、潮の風も、見てはいけないとされる海から、冬にふさわしい冷気を運んできました。温暖なこの地にも葉が枯れ落ちる枝がありました。山ひだの樅は、ばらばらと実を落として、眠りの支度に入ろうとしていました。夜は、煌々とした灯火が新成人たちをいざないました。地面の下へ入ることのできる入り口の正面へ、彼らはやって来て、そこであの物語を聴くのです。

 レーゼは三百年前の出来事のほとんどをイアリオから聞いていましたが、このような儀式の最中ですと、なぜ町の人間すべてがかつて自分たちの先祖がなした行いを悔いて、憂えて、防ごうとしているかがよくわかりました。新成人たちは火の輪をくぐり、評議会の総長から勾玉に似た曲がった玉の首飾りを受け取り、水の中で禊をして、さっぱりした衣服に袖を通し、木の席に促されました。祝辞があり、それに続いて一人一人名前が呼び出され、さらにその両親の名前を呼ばれ、改めて、町から彼らに個々の命名が授けられました。こうして個人同士が交わすのとは違う、町が執り行なう名渡しの儀式がなされるのです。六年前、イアリオは新成人となったこの時、嫌悪感を自分に覚えていましたが、それは初めて抱くものでした。町人として生きる準備が彼女の中に整っていないからでした。そのいたたまれない気持ちは現在の彼女にもまだ居残っているのですが、レーゼもそれと同じ気分を味わいました。彼は、柳の葉のように鋭く剥いた目を周囲に向けました。夜闇の中で、同級生たちは一様に神妙な顔でした。彼だけが、前もってこの国のあらましを知っていました。彼一人がただこの場にじっとしておれないような心境でした。レーゼは密かに息を吸い込みました。ぱちぱちと爆ぜる灯火の焔がこちらを胸焦がそうとしているように感じ、彼はしかめっ面をしました。妖しげな儀式の雰囲気は、神秘的な影響を彼らに及ぼし、そこで新成人たる心構えが出来てくるのですが、彼だけ冷静で、気持ちが冷めて、周囲が見えていました。

 それでも次第に高揚した気分は彼をも襲いました。周りの大人たちと、そして先祖と、同じ苦悩と歴史を共有し、この町を守らなくてはならないという使命が彼に与えられたのですが、そのなんとも言い難い心地はかつて味わったことがありませんでした。これが、町の人間になるということでした。彼は不思議な気分で儀式を終えました。確かに、自分は変わり、よりこの土地になじんだ気がしたのですが、それは、彼の徹底された自己には何とも耐え難いことを突きつけられているようにも捉えられました。彼の考え、思いは彼だけのものでしたのに、周りと幾分それを共有しなければならないのです。例外は認められないという束縛があるのです。

 後日、再び三人は集まり、彼は、こうした個人的な感想は詳しく明かさずに、成人の儀がどんなものだったか二人に話しました。来年は、ハリトが受けるのです。ハリトは洞窟探検を計画した時のように、興奮して興味深く彼の話を聞きました。

「まあ、凄かったよ。確かに、自分が生まれ変わったような感じだな」

 彼は落ち着いた調子で言いました。儀式から数日がたって、その時に味わった奇妙な奇怪な感触は、すごすごと彼のものになっていきました。まあ、こんなものだったんだろうというところに、儀式の経験は落ち着いてきたのです。

 とにかくこれで、もう彼は一人前の町人でした。三人が集うのはより難しくなってきました。それでも地下道の調査は進んで、少なくとも資料の地図に書き写されている部分を隈なく彼らは歩きましたが、ハオスの言っていた湖はいまだ発見できませんでした。洞窟の方も探索が進み、慎重な侵入は地図の新しい書き込みをより複雑にしていきました。彼らは割と要領よく調査できていたのです。しかし、そうなるほどに、イアリオの焦燥はだんだん膨らんでいきました。町の資料だけでは、うろうろと暗い廊下を進むだけでは明らかに情報が少ないのです。オグについても、クロウルダについても、ほとんど知るべき知識は得られていない感がしました。町の管理下にある禁書に手を出したとしても、そこに書いてある事柄はなんとなく予想がつき、あの天女どもの言葉をすべて解読するのにはおそらくまったく足りないでしょう。彼女は、頬に手をあてて考え込みました。

 いつしか、イアリオは資料に向き合うにしろ地面の下に向かうにしろ、このまま暗い地下を覗き込んでいるだけなら、いつまでも天女の文言は確かめられないという気持ちになりました。それならば、どうにかあんな宣告など忘れてしまえばよかったのですが、そうした望みは、もう希望できません。なぜなら、否応なしにあの言葉の群れは、悲しみと痛みを抱えて空から下へと落ちて降りてきていたのです。彼女は、エアロスという神様の名前とともにそのメッセージを受け取っていました。そのメッセージは絶対でした。いくら幻でも、そのように断言しても、夢とは違う絶対的な、壁に掲げられるような木版と同じ存在の確かさを確固として持っていました。木版は粘土板や石版とは違って、この町では強固な決定事項だけを彫り記すことのできる宣言書だったのです。彫る、つまり、刻み込むのです。心と目と、人々の中に。

 彼女にはもう刻まれていたのです。まるでトラウマのように。そしてその文言は、さらに、彼女をしていずこかへ動かそうとしていました。

 彼女に深まる孤独な思いは、町の内側に、安息を見つけ出せませんでした。しかし、彼らは決して外に出てはいけませんでした。黄金が外部に漏れることを何よりも恐れていたからでした。一度たりとそんなことを望めば、永遠の罰が待っていました。それほどの悔やみと衝撃を彼らは長年受け継いできました。

 だからこそ逆に、町の外側を望むような人物もその町の人間としてごく自然に現れてきました。勿論その者は、罪を問われ、処刑かもしくは終身の檻の中に閉じ込められましたが、その人は外に焦がれたというよりも、どうしてもいてもたってもいられない衝動に突き動かされたのです。未来が見えれば、この町とこの住人のまったく望みのない行く末はある者には暗澹たる気分だけをもたらしたでしょう。現在が見えれば、お互いの力関係を計算しながら、何とも打算的な人生しか我々は送れないのだと気が付いたでしょう。過去は、常に、動かずにそこにありました。そうして見れば、人々は一体、何によってこの町を守ろうとしているか、その償いと自責の念はどこに向いていたものか。その臆病な、その閉ざされた、非常に由々しい不治の病が、ずっと足を引っ張るばかりだということは、改めて言語化する必要もないほどに明瞭でした。絶望などは気が付かなければやり過ごすことができました。しかし、それは実はいつもこの町では日常にへばりつくように蠢き、どこかで、力を発揮しようとしたのです。今まで、かの町に外側の世界を臨んだ人間がどれほどいたか、数えれば実はきりがありませんでした。彼らは悉く刑に処され、また、町から出て行くのを諦めさせられていたのです。

 彼女は(ということは、無意識ではあるにしても、町人すべてが)この感覚の歴史を背負っていました。ですが、うたうように、現実は変化していきます。心の中で、確実に。そうしてつまり、彼女の中で、次第に自分の背負うものが明確になってきたのです。

 落ち着いた、机の上にお茶を注いだコップを置いた生活の午後のほっとした時間に、イアリオは、子供たちを考え、レーゼとハリトを考え、自分の両親を考えて、こんな風に思いました。もしかしたら、私たちは、この一瞬の光のような幸せの気分に、いつもおぞましさや焦りを感じていたのではないかしら?私たちが、犯しかねない、先祖たちの過ちを地面の下に敷き、そのような自分たちのもう一つの仮面を、側でいつも持て余していたから!彼女はこうした結論に達しました。そして、イアリオは、ついに町と唯一の交流関係を結ぶ相手国、ハオスの地下への訪問の手はずを整えた、オルドピスという国の姿を思い描くようになりました。

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