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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 前
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第十一章 ハオス 7.神話

「ところで、まあ俺たちに関係あるかわからないけど、少し奇妙な話を聞いたんだ。しゃべってもいい?」

 レーゼが出し抜けに言いました。

「その話、短い?」

「そんなに長くはないさ。ハリトは、もう洞窟探索の計画を立てたくてしょうがないわけだけど、ちょっとこっちの話にも付き合ってくれないか」

 彼の態度は、どうしてもこの場で話さなければならないという感じではありませんでした。しかし、イアリオは耳に留めました。ハリトは落ち着きなさげにそわそわしました。

「どうぞ」

「…実は、あの後、親父の仕事についていった時にさ、おかしなもの見つけたんだよ。こう、凍っていてさ、鉱物のようなものなんだけど、銀色なんだ。親父に見せたら『これはフュージだ。銀に近い金属で、とても貴重だが、我々の技術では加工の難しい貴金属だ。普通はうんと深層にあるものなんだが、稀に地上に突出する。』親父は山の技術者ではないからそれ以上のことはわからなかった。でも気になって、工夫たちにも訊いたら、『それは縁起の悪い代物で、地面の上で見つかればいいが、山の中で見つけちゃならない。』と言ったんだ。もう一度尋ねたら、『かつてそいつを持って工夫仲間が深い坑道から出てきたことがあるが、そいつは数日のうちに死んじまったからな。奴はずっと行方不明で、見つかった時は、ひどい空腹でやつれちまったんだよ。それでも奴は代物を手放さなかった。まるで魅入られたようで、それを見つけたから、穴から出られなくなったんだとよ。銀色のフュージは蠱惑的な悪魔めいた光をしていて、空腹よりも腹を満たしていたというんだが、それは闇の中で見つけたからさ。それは暗がりで見ると最も輝くというからな。』本当に奇妙な話だった。坑道は洞窟じゃない、俺たちが人工的に空けた穴だけど、もしかして、これから探検に行ってそいつに出会うかもしれないと思って」

「いいこと聞いたわ。ありがとう」

 イアリオは一瞥もしない答え方をしました。レーゼは話をやめましたが、隣にいるハリトの反応を見てみますと、今の話を聞いて、ちょっと興奮しているようでした。

「いいえ、今の話、大事ね…何か引っかかるところがあるわね。ハリト、そんなに洞窟の奥に関心を持っちゃ駄目よ?私たちは、安全に行くんだから。あそこに行こうとしている時点で、もう安全ではないにしろ、フュージに囚われた人のようになってしまうわ」

「俺も同感だ。そうならんように、今ここで注意してやったのに」

「大丈夫、大丈夫!だって二人ともいるんだもの。さあ、探検の計画を立てようよ!」

 イアリオは仕方ないな、といった息のつき方をしましたが、レーゼは心配そうに相手を見つめました。三人はまたハオスと会ったあの地下道へ行くか、それともかねてよりの目的だった使用人宅の洞窟へ行くか、相談しました。結論は、使用人宅の洞窟の方へ向かうことにしました。ハオスにはいつか色々と尋ねるつもりですが、その前に街やそのさらに地下の事を自分たち自身が詳しく知っておくべきと思ったのです。彼よりも自分たちの方が明らかに情報不足だったからです。彼にまた質問しても、前のようにあしらわれるのが関の山でしょうから。

「彼は、ここで起きつつある現象は、我々の知識を超えていると言ったわ。彼にもどうやらわからないことがあるらしい。でも彼は、わからないことは私たちではなく議会に訊くでしょう。私たちも議会に尋ねたら早い問題もあるかもしれない。でも何でもそんな風にはできないわ。自分たちで調べた方が、効率の良い場合だってある。何より、私たちはこのメンバーで独自に調査しようとしているんだからね。味は、人それぞれで違うものだわ。人の味覚は、比べることができない。何を言いたいかというと、こっちの知りたいことを相手から聞き出すには、こっちも相応の情報を持っていなければならないということ」

「味?」

「相手好みの調味料を、色々揃えねばならないってことさ」

 レーゼにフォローされて、イアリオは舌を出しました。今の喩えは、あまり良くないと自分で思っていたのです。

「でもその前に、私からもしゃべりたいことがあるのだけど。いいかしら?」

「行く前に?」

「ええ。時間が来たから今日は解散するけど、探索の前に、私に少し時間を頂戴?」


 後日、彼らはいつもの穴から地下へ潜る前に、東の市場から少し離れた、誰もいない空き地へやって来ました。建物に囲まれたその一角には奇妙なオブジェが座り、万年影をつくっていました。オブジェは北の山地の麓にいる狩人を象ったもので、いつからここにいるのかわからない石像でした。

 イアリオはその像を撫でました。石の狩人は脚や腕が実物よりも短めに彫られ、ずんぐりしていました。槍を持ち、盾を構えています。しかし、顔は無く指も分かれていませんでした。まるでその石が人を真似て、このようなポーズを取っているようでした。

「気味が悪くない、この像?」

「だから、いつも人気がないのよ。ごめんね、この辺りでひそひそ話ができる所って、ここしかなかったものだから」

 イアリオは一旦、頭を下げました。はらりと縮れ毛が首元から顔の横に垂れ下がりました。そのままじっとして、頭を上げた時、彼女の眼は曲がることのない強固な意志を湛えていました。

「ここまで来るのに、長かったわ。私の中だけで行われていることだったけど、やっぱり、どうしても言葉が響くの。いいえ、どんな話も、どんな現象も、頭の中で整理されていく。まだわからないことはたくさんあるけど、わたしの中で一つの方向を示すのよ。ピロットのこと、シュベルのこと、それに地下のこと、あの天女のこと、シャム爺の話、母の話、テオルドの言葉、あなたたちと出会ったことも。方向はわかるの。一体どっちを指しているか、それははっきりとしている。でも私の中で整理したくなかった。わからないままでいたかったわ」

「それは、何?イアリオがピロットや幽霊たちを供養することじゃないの?」

「ええ、そうじゃないわ。そうしようとしたら、あの白霊たちが出てきたでしょ?でなければ現れて来ないわ。私に必要なのは知ることなのよ。いくらでも苦しんでも、そうしなければならないのは解ったわ」

「どういうこと?」

 イアリオは自嘲気味に笑いました。

「奪われたものは取り戻さなければならない。確かなものは手に入れなくてはならない。己の行いが、結果を生み出し、かの者の行く末を決めていく。いかなることになろうとも、異常なる気持ちになったとしても。運命は過酷だが、受け入れるだけの強さが人にはある。かの者の犯した罪は、いかにも償われる。いかに望もうが、拒もうが。

 …今言ったこと、断片的で、何だかよくわからないでしょ?でも、これはある伝説の中で語られたことなの。この世の中には宗教というものがあって、あなたたちも習ったと思うけど、神様や精霊や怪物など、目に見えない者たち、見たことのない者たちを信ずる習慣があるわ。信者らは、その信仰の中で生活を行っているの。彼らにとって、神様たちがいることが、自分たちの生活を守っているように感じられている。私たちにはそんな習慣はないからよく理解できないと思う。目に見えない者を信じるなんて、そうそうできることではないからね。いい?でも信仰は、大きな一つの物語の中で、生きるようなことなんだよ。神様がいるという理解が、人の助けになるの。どんな物事にも事件にも、神様の影響を見られるから。そして、説明ができるから。人は、何だか判らないものを見ると途端に苦しくなったり、不安になったりする。安心させるの、神様の存在は。そして、信者たちにはなくてはならない存在になる。それなくしては生きていけなくなるくらい、恐ろしい、怖い存在にもなる。

 ふるさとは、子供時代を過ごした場所のことだけれど、心のふるさとにそれは成り得るの。母親のようだといえばそう、父親のようだといえばそう、いずれにしても、ふるさとは今の自分を成り立たせているものの源だと言えるね。神や霊や怪物は、皆そんな要素を持っている。だから、人は、それを信じられるんだ。自分のふるさとをそれの中に見出すんだ。大きな山も、滔々と流れる川も、太い幹の樹も、広々とした湖も、人間にとって印象深いものは、彼らにとって信仰の対象だ。その中に、神や怪物も見る。自分の位置づけを、その中に見つけ出す。

 エアロスの伝説というものがあるわ。それは、そういったことを伝えているの。エアロスの伝説、これは、神話がなぜ生まれたか、どうして人は神を信仰するようになったかを、人間の物語にしているお話なの。私はまるで、その伝説を、今生きているような感覚なの。それは、あの天女と出会った瞬間、頭の中に閃いたわ。そして、白い光たちがいなくなって、私は確信をした。どうにも抗えない、拒めない、逃げられない、これはさだめだって」

 イアリオは額に風邪っぽい熱を感じました。鼻の奥がつんと閉じて、軽く痛みを覚えました。感覚…それは、人間が世界を知覚する、大事な要素です。

「エアロスは、風神様の名前なの。破壊と滅亡を司る、恐ろしい存在で、実は、どの宗教の神話にも出てくるの。名前が変わっている場合がほとんどだけれど、宗教の中で、それは崇め奉られた神であったり、巨人であったり、また敵として捉えた悪魔だったりしている。どちらにしても、無視できない相手と言うべきね。エアロスは、古い古い神なの。だって、どの神話にも現れるなら、どの神話よりも、成立は古かったと考えられるでしょ?彼にはイピリスという対になる神様がいた。一応『彼』と言っておくけど、これには諸説ある。エアロスが女性で、イピリスが男性であることもある。どちらにしても、彼らが対になるから男性・女性を当てはめているだけね。で、イピリスは雷神様の名前で、司るのは創造そして再生の力だった。ほら、風と雷の関係を考えてごらん?風は、暴風となるとすべてを粉々に壊してしまうよね。ところが雷の落ちるような激しい雨の後は、実りが豊かになるわ。風が嵐を呼び、稲妻が実を実らせる。二つは一つ、一蓮托生だ。どちらか、片方だけということはない」

 イアリオは言葉を置いて、それぞれの反応を見ました。歴史の教師としての知識を用いた軽い授業でしたので、まるで教室でそれを行っているように、教える癖が表れたのでした。

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