第十一章 ハオス 6.進む事態
「あれが天女の言っていた言葉の現われかい?」
煙突から地上に出て、日の光を浴びられる場所で三人は休憩をしました。風が、彼らの素肌を撫でました。今度はちゃんと大地を吹いてくる自然の風です。
「さあ、どうだか」
イアリオは立腹していました。自分たちの探索を見知らぬ人間に止められて、その人間も気に入らないからでした。
「相当、怒ってるな」
「ああ、もう!」
彼女は縮れた髪の毛をがしがしと擦りました。まるで男のような仕草にハリトもレーゼも驚いてしまいました。
「納得がいかない。もやもやするわ。そして、吐き気がする。あの悪霊といい、変な男といい!」
「イアリオ、あれは、やっぱり悪霊だったの?」
「そうじゃない?あそこに顔がへばりついていたわ。苦しそうな、辛そうな表情!穴のように黒かった!あれが、私たちの御先祖様、ね。やっぱり…お墓参りを、しないなんて考えられなくなってきたわ」
「でも、それは白いもやを追ってきていた。ハオスの言うことを信じれば、そっちは悪霊じゃない亡者らしいけど。いいや、正しく言えば、あいつらはハオスから逃げたのか」
「その両方かもしれないよ。でもわからない。ああ、わからないわね!」
イアリオがまた頭を掻きむしりました。
「評議会に問い合わせた方がいいかしら?私に連絡はなかったわ。あのハオスが来ているなんて。でも、オグだか何だかに詳しいらしい彼に、直接色々聞いた方がいいでしょうね」
「ところでさ、オグって何なの?私、あの場所で初めて聞いたけど、ハオスの説明だけじゃよくわかんないよ」
ハリトが尋ねました。イアリオは、自分の知識の範囲ですぐ彼女に答えようとしましたが、レーゼが違うことを言いました。
「あんな奴がいるなんて、俺たちの、白い町の中でだけ起きていることではない、てことなのか?」
レーゼの疑問は、天女の言葉が、かの都と上の町についてだけを言っていたのではないのか、という意味でした。
イアリオは頭を抱えました。
「どうして、私に連絡がなかったんだろう?あんな奴が来ているなら、あれと同様、下に向かっている私があれと出会う場合は、考えられるはずでしょ…?」
イアリオは早速議会に問いただしました。しかし、議会は彼女に連絡を付けたはずだと言いました。ハオスについてはその帰還する日もわからないということでした。
議会からイアリオに言伝をもらった連絡役には、テオルドの息がかかっていました。テオルドは、クロウルダの正体や、ハオスが試みていることも皆知っていました。彼はハオスとイアリオを会わせまいとしましたが、悪の意図が失敗することもまたあることでした。
彼にとってイアリオは彼の(悪の)領域に収まらないようなところがありました。あの白光の言を彼女も聞いたとはいえ、まさか都のさらに奥の洞窟や地下道までやって来るとは、彼も思いもよらなかったのです。ピロットのことだけにかまけているように見えていた同級生が、それを克服して、さらに今起きつつあることを調べようとしているのは、テオルドに亀裂のような意外さを覚えさせました。
しかし彼は議会からの言伝を阻んだ以外のことを、彼女には何もしませんでした。もっと別の事柄にも注意する必要があったのです。滅びの都の魍魎たちにも、ハオスやイアリオたちの他に地下に来ている人間たちにも、彼は気を配り、何か自分にとって不都合が起きないか気をつけなければならなかったのです。エンナルやシュベルら子供たちが地下に降りている現場を、テオルドは見ていました。彼らが誰かの指示で動いているのも知っていました。
彼の壮大な計画を進めるには、慎重に、事を見極めていく必要があったのです。
それから三日たって、三人はまた一堂に会しました。ハリトがむずむずとした気持ちを抑え切れない顔つきで、レーゼにもたれかかってやって来ました。
「どうしたの?」
「こいつ、オグの話が聞けなくて、悶々していたんだよ。ハリトは気難しいから」
「それはごめんね。今日は話せるわ。あの時は、私も頭がごっちゃごちゃしていたの」
「じゃあさ、探検は、このまま続けるの?」
「そうね…でも、あの悪霊たちに出会って、どれだけあそこが危険なのかって、また確認したね。ハオスに会う必要があることは確かだけれど、それもよく考えなければならない」
「あたしは行くよ。まだ謎は何も解明されていないじゃない!折角の手がかりを、追いかけなくてどうするのさ?」
「ハリト、元気ねえ。おっかなくないの?」
「全然。へっちゃらです」
ハリトはこうして言うものの、彼女は実はまったく別のことを恐れていました。このまま、もしかしたら三人での探索が終了になってしまうのではないかとわけもなく思い込んだのです。
彼女は三人でこうして集まったり、話をしたりする時間に望外の嬉しさを感じていたのです。こうなるまでは、ハリトは単独で行動することが多く、自分が何かを人と共同で行っているという感覚がありませんでした。その感覚がないだけで、実際は周りの子供たちを巻き込んで色々な遊びを開発していたのですか、そんな中も彼女は自尊心あるままに、傍若無人だったのです。
彼女はそれまでとまったく違う人間関係を今持っていました。彼女の言葉と、実際の感情には、食い違いがありました。
「ハリトがいると、心強いわ。ええ、いいわ。その通り!何がハオスだ、悪霊だ、滅亡だ。こうなったらとことんあの街を調べ尽くしてやるわよ!」
これは正直なイアリオの気持ちでした。ですが、実は何か言明できない焦りが、そう言わせてもいました。その焦りはどこから来るのでしょう。イアリオはまだ、自分に降りかかっている事の性質の、本当のところをよくわかっていませんでした。ただすべきことは理解していたのです。
「どちらにしても…天女たちの宣告を、検討しなきゃならない。なぜ滅びるのだろう。もう一度?そう、この町は一度破滅を味わった。彼女はどうしてあんな宣告をしたんだろうね。『行き過ぎたがゆえに、取り戻す必要がある』なんても言ったわ。
それよりも、ハリトに答えなくちゃいけないか。オグはね、ハルロスの日記に書いてある内容によれば、古代の人々の悪意の塊だというの…」
イアリオは手元の日記を参照しながら、ハリトに説明してあげました。しかし、イアリオはこの悪魔の呼び名を何度も口で繰り返して、その名前はハルロスの記帳で初めて知ったとは思えない気がしました。どこか、その音韻が、怪物の本質的な性質をそのまま象っているように感じたからかもしれません。
「そういえば私は、この悪魔について、何も頓着していなかったわ。だって、ハルロスだって伝説のように描いているもの。でも、あの天女も言ったし、あのハオスも呟いた。何かぞわぞわするね。でもどうすればいいのか、よく判らないわ」
「ハオスに任せるべきだろう?彼は専門家らしいから。少なくとも、オグについてはね」
「でも、やっぱり私たちも知らないと、予言が本当はどうなんだかわかりゃしないよ」
「その通りだね。もう一度、彼に会うべきだわ」
そう言い切った時、イアリオの中で、一つの単語が浮かび上がりました。エアロスという語です。
彼女は、もう少し二人に説明しておかなければいけないことがあると思いました。




