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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 前
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第十章 ピロットの行方 5.癒し難き闇

「どきどきする。本当に、ここは、地下なんだね?」

「見ろよ、あの近くの天井。濡れている。きっと上の地面から滲みこんだ雨だぜ」

「じめじめしてさ、海賊なんかがここを造ったって信じられないね」

「そこが海賊らしさだと私は思うわよ。他の人たちが考えられないことを彼らはしたがるらしいから。それに、ぎらぎらした太陽の真下にずっといれば、少しは地面の下に潜ってみたいと思うかもしれない」

「でもそれが本当のことなんだよな。物語の中じゃ、連中は海が好きで好きで、それが元で身を破滅させるって話なんだけどな」

 彼らの町では海や山の向こうに憧れを持つことのないよううんざりするような物語を聞かせていました。彼らの世界観は歪んでいました。小説の中ではどんな願望も、ささいで慎ましいものを除けば皆必ず悲劇が待ち構えているのでした。大きすぎる欲望は周囲を巻き込み破滅させる。彼らにとって海賊の話はそのような性質を持っていました。ですが、事実は小説よりも奇なりは勿論のことで、イアリオは、教師としての感覚から、二人にこのような実地の経験をしてもらったことを、嬉しく感じました。

 三人がなぜここに降りてきたかというと、それはあの天女たちの言葉を確かめるためでした。イアリオも、ハルロスの日記を発見して以来の潜入でしたから、前より幾分か亡びの都は違って見えました。ハルロスの愛した、特別な国は、なぜか彼女の先祖の霊たちの言葉によって、汚されたように見えました。彼女は確か霊たちを慰めるためにあの墓丘に祈りに行ったのです。しかし、これは、どうしたことでしょうか。まるでここにいるはずの無数の亡霊が、成仏するのを拒んでいるような気がしました。

(まだいると思われる苦しんでいる霊魂は、実は、この街を愛して去りがたいのかしら…)

 それこそ、我々が忌み嫌いながらも離れることのできないように…?でも、確かに私たちは彼らの叫びを聞いている。いい加減地上に戻りたいという死者たちの希望の、本当のところを。そうではないのか?だがあの光たちは言った。「希望は絶望、我々は学んだ。」「絶望はふるさとへ。希望もふるさとへ。」何だ?あの言葉…。光の集合が言った、未知の連言は…?イアリオの中で、言葉のピースがつらなり確かな絵柄をつくろうとしました。それらの中にはイアリオが過去から現在まで体験してきたことのすべてを含んでいました。最近の出来事も、シャム爺やシュベル、エンナルのことも、カチカチと何かの枠組みに収まる気がしました。イアリオは急に胸が苦しくなりました。あの、白い光と天女の霊たちが立ち去った後の気分によく似ていました。

「イアリオ、大丈夫?」

「前に来た時と感じが違うわ。あれから色んなことがあったのだもの。それも仕方ないわね」

 闇が、眼前に暗く広がっています。目をいくら凝らしても見えないものたちが今います。それは、確かにこちら側をじっと眺め、隙あれば、こちらを取り込もうとしているようでした。相手はいったい誰でしょう?いにしえの怨霊たち、寂しい死者たち、それとも伝説にある魔の怪物でしょうか?いずれにしても、以前の感じ方から大分変わって、この街が全体危険なものに満ち満ちていることが感じられました。

「悔しいけれど、あの天女の言った言葉の意味が、なんとなくわかってしまう気がするわ。破滅の街か…懐かしいわ。けれど、どうしようもないの。彼がここでいなくなってしまったことは。希望と絶望は同時に私を襲ってきた。彼と、名渡しの儀式をした直後に彼は行方不明になってしまったから」

 二人の子供たちは黙って彼女を見つめました。尊敬する人がその人だけの場所で、心を痛め、辛そうにしているのを自分のことのように彼らは思いました。

「行ってみましょう。この街を見て回らなきゃ、私の祈りで目覚めた彼らの言葉のわけも、もっと深く理解できないわ」

 三人は街を南に向かって進みました。街の中心部に最も高い塔があり、そこから全体を眺められるからでした。暗闇は背後に回り込み、退路を断つような仕草をしました。生きている人間は闇のご馳走でした。言わずもがな、そこの住民たちは、一斉に彼らに目を注ぎ、隙あれば主人の暗黒より先に食べようとするのです。しかし、暗闇の毒はなかなか彼らに打ち込むことはできないように思われました。というのも、イアリオは、一人でここに来ているにもかかわらず何度も無事脱出しおおせていたのです。

 彼等は塔に登り地下都市を見下ろして構造と広さを認識しました。この街がほとんど岩窟を削ってできたものとは信じ難い広さでした。天井はあくまで高く、おそらく上部から下へと掘り下げていったのでしょうが、どのような労力を用意してそれを行ったかは、想像するだに恐ろしいことに思えました。海賊が奴隷を引き連れて施工させたのでしょうから、その仕事で亡くなった人々の怨恨も、もしかしたらまだ残っているかもしれないと感じられました。ハリトは塔から見下ろして街の南側にみすぼらしい木組みの小屋の立ち並ぶ一帯を見出しました。岸に沿って延々と続く奴隷用のバラックでした。この街はいかほどの罪を犯してきたものか…!そうイアリオは思いました。ハルロスはここを愛していましたが、彼女は彼の気持ちに理解を寄せるも、他の一人一人の人間はどう思っていたか。兵士でなかった者たちこそ欲望に駆られて暴れ回るに足る扱いを受けていたはずで、それを考えない限り、自分が死者たちを供養し続けて何事か果たすことはありえないと思いました。ですがそれにしても、彼女が考えていたように、今生きている人間が、彼らを敬うようになって、たとえ敬意の籠もった供養をしても何年も何年もかけて死者たちを成仏させ終えることなどできるものでしょうか。イアリオは、もし必要ならばお墓の新設も考えていましたが、眼下に潜む魍魎たちは、彼女の意見などに耳も貸さない気がしました。ハルロスは、本当に正しい感覚を持った人間だっただろうか…と、彼女は思ってしまいました。彼の愛情は本物でも、彼の愛があった時代に街は破滅したのならば、私にいくら誠愛があったとしても吹き飛んでしまうにちがいない。

 それに三百年の歴史は大木のように育っていて、容易には切り倒せない太さでした。イアリオは窒息しそうでした。彼女が願って望んだことは、悉く無効にされ、彼女自身、屍となって風雨に晒された骨と皮ばかりの姿になってしまう気がしました。目の前に横たわっているのは、そうしたずっと変わらない実際なのでした。不気味な地下都市は、人間の本性と、その行く末とを、皆が引き起こしたものの残骸の象りを、厳然として、現象させていました。流されたはずの血液は風化してしまい、そこにあるのは空しさと、言い知れぬ後悔と、怒りと、絶望でした。

「この場所で、彼は…」

 ピロットが脳裏によぎり、彼女は唇を噛みました。彼女にはどうすることもできませんでした。彼がこの街でいなくなったとしたら、元から彼は、まるでこの街の住人であるような気がしました。いいえ私も、私たちも、死んだら天国へ行くのではなく、もしかしたらここへやって来て、暗い地下都市に繋ぎ止められるんじゃないか?

 三人は奴隷バラックの辺りに歩いていきました。岸は、岩組みが乗っかかり、亡霊のような岩壁を支えていました。古代の人々はここから石を積み重ねたのです。その岩壁に、わずかな隙間から外の光を見出せました。何者からもここに古代都市があることを隠す、恐ろしい努力の末に完成された石垣の手前に、奴隷たちの住んでいた小屋の木組みは立ち並び、冷たく青く光っていました。その物寂しい様子に、ハリトはすっかり息を詰まらせました。

「俺たちの町にもこうした区画はあるけれど、まるで段違いだな。本当にここに住んでいたんだろうか、もしかしたら俺の、御先祖様は?」

 そう言ってレーゼは首を振りました。

「上の町には相互扶助の組織があるわ。レーゼの言っているのは丘地の上部の保護地区のことでしょうが、奴隷であれ、働けなくなってしまった人々であれ、人間であることは保証されているものの、自由のない身分の人たちがいるね。でも彼らは彼らにしかできないことをしている。最低でも生きていく余裕を、生活をできるようにしているわ」

「でも、貧しいだろ?貧しさは払い切れないだろ?一生あのまま生活していくんだろ?」

「あら、そうしては駄目?」

 イアリオがレーゼを見つめて訊きました。

「…何の可能性もないだろ、そんなの」

「可能性が、価値のあることというわけではないのよ。何を成したかというだけでもない。可能性と結果は、一つの現象だわ」

「じゃあ彼らのどこがいいんだよ?俺は、ずっとそのことを考えていたぜ。なぜ町に汚らしい住民がいて、連中がずっと保護されているかってね。保護なんて必要か?人生に失敗した奴らだろ?それがなぜ…」

「身分も取り外された、この建物の中にいた、奴隷たちになってしまった方がずっとふさわしいかな?」

「そこまでは言っていない。生き方の責任は自分一人が背負うもので、誰かが保護するなんて、俺はうまく考えられないんだ」

「いい?自分の身の上を受け入れるのも人生の一つのかたちだよ。それが保護されるようなかたちでもね、決して情けないことじゃない。生きている事実が保証されるべきだわ。どうしても蔑んでしまえば彼らの価値もわからない。自分と同じ、母親の胎内から生まれてきたというのにねえ。幼い頃は、身分や障碍のあるなしで友達になるかどうかを決めたかしら?同じことと違うこと、両面あって人は生きている。互いに同じ場所で」

「やはり俺は、納得がいかないな」

「…まあ、あなたの気持ちもよくわかるよ。教師としては、人間を軽蔑するなと教えられるけれど、人としては、どちらとも言えないな」

 ハリトは生真面目な顔をしてイアリオを見つめていました。いったいこの女性の中にはどんな心が潜んでいて、どんな思考が巡っているのか、確かめるように見ていました。三人はバラックから離れて、入江までやってきました。水底には岩が沈められてその上に岸から続く岩壁が延びています。海の中の岩組みは地上ほど密にする必要はなかったので、岸辺には水がチャプチャプとたゆたって、所々が濡れていました。港は大きな船が三隻ほど収容できる広さでした。ただし、この人工の岩壁の囲いの外側にぐっと伸びた岩礁があり、昔の港湾はそこも含めると優に十二隻もの軍艦を納められるほどの広大さでした。子供の二人は不思議そうに入り江の上に並ばれた巨大な岩の群れを見上げました。本当に人力でこの壁を造り上げることができたの?といった風に。

「何か感じる?」

 イアリオは少し教師然とした心持で尋ねました。

「圧倒的…でも、イアリオの話によると、みんな恐怖に煽られて建造したんだよね。国が滅びたのを外から見つからないように」

「そして黄金を外に漏らさないために。黄金は人間の心をそこまで刺激してしまったから」

「そうね。私も度々ここへ来て、そんな空想をするのだけれど、大事なのは、そうして死んでいった人たちを私たちは慰めてきただろうか、ということだと思うの。町の教えでは、黄金に触れてはならない。強い欲望に唆されてはいけない。これは、子供たちにも教えていることだわ。この街の存在を知らなくてもね。でも、」

 イアリオは岩壁に近づき、目でさするように眺めました。

「当時の恐怖を、克服しがたいものだとしても、私たちが、徐々に徐々にでいいから小さくすることはできないかしらね?」

 三百年前と今とがつながります。彼らの祖先が囚われてしまった狂気と怒号と、深い喪失を、今いる女性が撫でておとなしくなるよう、その喉を、背中を掻いています。

「前に言ったわよね。シャム爺が、私が墓参りに行くところを見ている人たちがいるって、教えてくれた。まだまだ上の町は囚われが強いわ。お墓巡りは断念せざるをえなくなった。私は違った方法でそれと同じことをしようと思っているけれど、そのやり方も、ここで見つけてみようと思うの」

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