第十章 ピロットの行方 3.シュベルとエンナル
もし、ゴミ街に地面の穴が空いているのだとしたら、それはどこでしょう。そこは岩盤の固いしっかりした地面でした。しかし、昔の街の人々は焚き上がる炎の煙を追い出すべく洞窟街から上へ何本か穴を空けていました。そうした掘削した通気口が、下への入り口になっている所がありました。シャム爺をはじめ人々はまずそこを調べましたが、異常は見つかりませんでした。
夜の人影は以前より増しているように感じられました。大人たちは彼らを放っておき、監視の目怠らずで一網打尽にするつもりでしたが、それでも飛影たちは捕まらず、どこへ向かうのかもわかりませんでした。
ところが、シャム爺はある日、自分が寝床にした空き家の一角に見知らぬ扉が開いているのを見つけました。その奥は、人工的にくり抜いた真四角の狭い廊下になっていて、すぐに行き止まりになりました。そうした穴はあちこちにあって、それほど奥行きはなく、何かを保存するためのもののようでしたが、それにしても古いものではなくつい最近空けられたもののようでした。
でも、それらの穴が地下都市への出入り口になっていることはありませんでした。穴のある空き家付近に張り込んで人影を待っても、誰も訪れることもありません。じりじりした気分が町人たちを襲いました。彼らは相手が子供たちだとわかっていながら、手が出せず、むしろ自分たちが監視されているのではという心地になりました。我々が待ち伏せしていることも相手にはわかっているのではないか…?そんな恐れが出始めたある日、人々は長い廊下を発見しました。今は使われなくなった倉にその入り口はあって、どんな穴よりも手入れが行き届いていました。奥へ入ってみると、むっとした臭気が鼻を突き、ひんやりした空気が漂いました。しかし、地下へ下りるべき縦穴は通じておらず、ただ行き止まりになって、枝分かれもない一本道でした。これ以上の不自然な穴はなく、どこかに隠し扉でもないだろうかと色々調べても、それらしい痕跡はまったく見つからず、いい加減人々は諦めました。
ところが、その日から夜中に走り回る影は著しく減りました。そして、やがて見当たらなくなりました。やはりあの横穴が彼らの秘密につながっていると思われましたが、人影もなくなり、ついにその詳細を知ることはできなくなったようでした。この案件はすでに評議会にも提出されていました。議会の判断は今でもこの現象を深刻に捉えていました。人々は依然監視の目は怠らずしばらく様子を見てみることにしました。
一人の少年が彼らの網に引っかかりました。名前をシュベルといいました。彼はひどいだみ声の持ち主で、聞き取りづらい発音をしました。
「どうしてその子が捕まったの?」
イアリオがシャム爺に尋ねました。
「夕方にな、あの横穴の中でごそごそしていたんじゃよ。どうも連中は我々が見張りの目を光らせる夜は活動を停止して、日中にその用事を済ませていたらしいなあ」
「頭のいいこと。やっぱり、こちらの行動は読まれていたわけね」
「いたずらにおいては子供らが大人の頭を飛び越えるさ」
シュベルは取調べを受けて、こう話したといいます。
「ああ、確かに僕らはつまらないことをしていたよ。つまらないこと、くだらないことさ。僕らはゲームをしていたんだ。誰が、一番最初に捕まるか、てね。結局僕だったわけだけど。これでゲームは終わりです。それだけかって?勿論そうだよ。まあ宝物の取り合いみたいなのはしたけれど、ただ遊んでいただけだよ、僕たちは」
「でもね、十年前の事件は知っているよ。子供たちがいなくなったんでしょ?海のどこかか、山のどこかに。十三人は無事だったけれど、二人だけ消えてしまった。なぜそんなことが起きたんだろうね。思うに僕たちも、勝手に壁に穴なんか掘って、その中に宝物を隠していたけれども、それは悪いことだって誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。早く見つかりたかったのかもしれない」
彼の言葉はあまり要領を得ませんでした。話をまとめれば、各人が空けた穴に置物を置いて、それを探し出すゲームをしていたようなのです。舞台としてゴミ街を選んだのは人目につきにくいから、迷路のようでスリルがあるから、だそうです。ゲームが終わる条件は誰かがシャム爺に捕まるまででした。毎夜、彼らはこうして遊んでいたと言いました。
シュベルは地面の下の都のことをほのめかしたりしませんでした。純粋に地上で遊んでいたようで、いくら訊いても、洞窟や黄金の話題は出てきませんでした。
「何か変ね。誰かにそう言わされたみたい」
「そんな素振りはなかったようだが」
「シャム爺は取り調べに立ち会っていたんだよね。彼の様子はいたって普通だった?」
「まあ、冷静だったな。いずれ捕まることはわかっていた雰囲気だったが。憂鬱そうではあった」
それは勝手に穴掘りをした罪の意識からでしょうか。それにしても、こんな遊びのためにあの真四角の立派な廊下は造られるものか、彼女にはわかりませんでした。
でも、これで問題は解決されました。シュベルに続いてゲームの仲間たちが次々、評議会に出頭して来ました。皆十七歳以下の子供たちで、およそ二十人ほどでした。彼らは謹慎も命じられず、ただ空けてしまった穴を元に戻すだけで許されることになりました。
「それでおしまい?」
レーゼがハリトと一緒にイアリオの家を訪ね、彼女に訊きました。
「私の見たものは、遊びなんか超えていた気がするけど…」
「でも、黄金都市への道なんかはなかったわ。洞窟にも通じていなかった」
「黄金も連中は持っていなかった。まあ、それは別にどこかに隠している可能性はあるかもしれないけれど」
「私の聞いたことが嘘だったのかなあ。黄金もそう見えただけだった?でもそれでも話はつながるんだよね。ゲームの仲間に誘うためにそうしていたならさ…」
「やりすぎの感はあるけどね」
それにしても、ハリトが耳にした話とどうも食い違います。ハリトが聞き間違いをしていたというなら、それまでのことでしたが。
「イアリオはどう思うの?」
「言い訳にしてはあちらの都合にいいような気がする。子供らしい遊びだと主張して、他のことを隠しているような。裏読みすれば、大人側に、これ以上は自分たちの領域だからあんまり踏み込むな、て注意している気もするね…でも、どうだろう。同世代として、ハリトやレーゼはどう感じている?」
「イアリオの言うとおりならば、まだ連中は悪いことを隠している、てことになるね。俺は、その読み方もある気がします」
「私は自分の聞いたことに自信がなくなったよ…」
「もしシュベルが彼らにとって必要な嘘をついているなら、何のためだろう?私たちが考えるべきことは二つあるわ。一つは、これが一番大事なことで、彼らは地下の黄金都市へ行っていたかどうか。もう一つはシュベルたちはただ彼の言うように遊んでいただけだったか」
「それは、どちらも奴が嘘をついていた場合?」
「そう。彼らが滅亡都市へ行ってなくとも、もっと悪いことをしていた可能性はあるから。でね、もし彼が本当のことを言っていた場合でも、同じことが言えるの」
「えっなんで?」
「彼が仲間たちと言った通りゲームをしていたとしても、下に潜っていなかったかどうかは確かめていないからよ。そのゲームと地下への潜入は関係がないことだってあるでしょ?」
「つまり、どちらにしてもってことか」
イアリオは頷きました。
「だから引っかかるの。彼が、十年前の事件を知っている、て言ったことが。なんでわざわざその言葉を挟んだか?あの事件は私たちだけが、テラ・ト・ガルだけが真相を知っている。他の子供たちに何があったか漏らしたことはないし、固くそれは禁じられていた。大人からも漏れることはないでしょう。シュベルの説明も曖昧、私たちは海や山のどこかに行ったんじゃないし、消えたのは一人だけ。でも…もしどこかで、曖昧にも彼がその話を聞いていて、地下都市のことを知っていたんじゃなくてその事件を持ち出したとしたら、その気分は、私はわかる気がするの。後ろめたいことを隠しながら、でも悪いことの魅力に惹かれていくのって、どうしようもないからね」
イアリオは沈んだ顔をしました。
「彼が反省しているのはわかるの。嘘はついているかもしれないけれど、彼は自分のしたことは判っているわ。苦しみが感じられるの。彼の言い分には。まあ、十年前の事件と聞いて、私自身に引き付け過ぎちゃっているけれどね。いずれにしても、果たして彼らが滅びの都に侵入していたかどうかは確かめようがない。この件は、忘れた方がいいかもしれないね」
ところが後日、シャム爺がまたイアリオを訪ねてきました。
「どうしたの!こんなに西の町の管理人さんは、外出が多いのかしら?」
「皮肉は結構。大切なことなんだよ。これ以上、危険な目にお前さんを遭わせたくないと思ってな。イアリオの墓参りを知っている人間がいるぞ。彼らは、もしかしたらお前さんの本当の目的を知っているかもしれん。もう地下に入ったりするのはやめてくれんか。それでなくとも、醜聞が立とうとしているのだよ」
「私に、醜聞?へえ、有名になったもんね。それこそ好都合、皆に私の意見を聞いてもらえる恰好の機会かもね」
「やめてくれないか。わしだっている。わしは、お前さんのしていることが心苦しいのだよ。自分自身を責められるようでな。伝統の否定は皆の否定だ。あの街は、存続するべきで、我々が守り続ける、この生活の上にすべての人生は成り立っているのだから」
「そのために…色々な犠牲も支払っているわね」
「その通りだ。皆が知っていることだよ。だから、そんな当たり前の事実をかき乱したりする行いは是非にも謹んでおかなくては」
イアリオは心配してくれるシャム爺の気持ちはわかるつもりでしたが、彼女の条件は自分の身の安全にはありませんでした。ピロットがいなくなったこと自体、問われるべき事柄でした。
「わかったわ。墓参りはやめる。でも違った形で、同じことをするつもりではいます。時間をかけて、ゆっくりと、皆の意識を変えていくわ」
これでは答えになっていませんでしたが、どうにも彼女の意識は変えられないと知ったシャム爺は、悲しげな表情をしました。
「ところで…もう一つ本題がある。シュベルの状態が思わしくないようなのだよ。あれから、彼は職業見習いの大工として働いてはいるが、様子がおかしい。ずっと何か思い詰めている雰囲気で、自殺をほのめかす言葉も仲間に掛けているようなのだが。お前さん、教師だろ?彼にどんなことが効果あるものか、ちょっと様子を見て教えてもらえんか?」
「…シャム爺は、西町において緊急の時に馳せ参じて、物事の解決を促す役目、だったよね?シュベルは今、その緊急事態になっているということなの?」
「昨日の今日のことではあるが、奴と知り合いの少年たちも、同じようなことを言っていたのだよ。皆で、同じ感情を抱えているようなのだが、誰一人として前向きになれないらしい。わしにはわからん。近くの教師や親方たちにも言ってみたんだがな。特に、仕事の差し支えになることもよくあって、良薬が見つからんのだよ。わしたちは困っている」
「最近、職に就いたばかりの若者が暴れている、ていうね。彼らも何か、その状態に似ているところがあるように思う。虚ろで、焦点が合わなくて、何かに急かされて、不安になっている感じだった。その中に私の教えた子もいたんで、様子を見てきたの。私が来ると、彼は元気になったって言ってたけど、どうも誰かに甘えたがっていたみたい。わからない。彼らの心の世界に何が起きているか。まあ若者は将来が不安でいっぱいになることがよくあるわ。シュベルたちも、その予備軍になっているとしたら、少しだけ様子を見に行ってもいいかもしれない」
そういうわけで、彼女はシャム爺に連れられ、シュベルが仕事をしている現場の近くにやって来ました。イアリオはハリトもそこに連れてきていました。ハリトが夜に見た少年が彼であるかどうかを、照会に来たのでした。「ひどいだみ声じゃなかったかもしれないけど、目立つ声をしていた」からでした。
「彼ね。へえ、確かに聞き取りづらい変な声だね。様子は…そうね。やっぱりシャム爺の言う通り、手に仕事がつかない感じね。危なっかしいわ」
「あっ」とハリトが叫びました。シュベルと話をしていた男子を見て指差しました。
「あいつだ」
もう一人はエンナルという青年でした。彼は見習いではなく今年正職に就いたばかりの新成人でした。彼は非常に特徴的な目をしていました。ぎらぎらとしていて、左右が吊り上がり、横に伸びていたのです。顔面は黒っぽく野性的で、隆々とした筋骨は決して大工仕事で鍛えられた風ではありませんでした。一方シュベルは色白で顔色が悪く、痩せ型でした。筋肉は付いていてひ弱ではありませんが、理性的で文人の顔でした。
「あのエンナルも、自殺なんかほのめかしていたりするのかしら?」
「あいつは健康そのものだがな。だがハリトの話だと、彼がシュベルたちを誘っていたというのかい?」
ハリトは頷きを返しました。
「そうなるとあまり確かめようがないな。遊びは二十人が出頭してきたところで終了したらしいしなあ。滅んだ街も、改めて調査したが、子供らの足跡は見つからなかったというし。本当に、奴らは地上でゲームをしていただけだったようだが、それにしてもあの様子だから、何とかしたいものと思っとるんだ」
シャム爺はあちこちにいる少年たちを指差しました。シュベルのように、思い詰めた茫然とした顔面の数は、四つありました。しかし、エンナルが仕事の合間に一人一人に声を掛けているようで、彼らはその言葉にはしっかりと答えるように努めていました。こうしてみると若者たちの世話を一番よくしているのは彼で、何があったか知りませんが様子のおかしい少年らを、気に掛けて元気付けているようでした。
「彼の力を借りるのが一番いいんじゃない?みんなで少年たちの面倒をみることが大事だと思うわ」
「彼に訊いて、少年たちの現状を教えてもらうか。そうしてみるか!彼らの遊びがおしまいになっただけでどうしてあの様子になるのか、皆目わからんからな」
それはイアリオも同感です。事情があまりによくわかりません。子供たちは不安でいっぱいの表情をしていますが、その原因は、単に未来に対する怯えなどではないと感じられるのです。しかし、何に思い詰めているのか、彼女は面会した教え子にも訊くことができませんでしたが、同世代に話せる人間がいるのならば、彼に任せた方がいいと思われました。
こうして子供たちが地下に迷い込んでいるのではという不安は、彼女の中からなくなりました。そこで、いよいよイアリオはハリトとレーゼを連れてあの街に行く計画を立て始めました。しかし、彼女はこのことを自分一人で決めていいものかと疑いました。あの白い光たちの現象、まったく不可思議な事物に遭遇したためにつながった三人でしたが、天女が示唆した地下都市のそして白き町の予言が一体どんな意味を持つのか。子供の二人はうずうずしていましたが、やはりイアリオ自身も経験したとおり、そこは子供の身の丈では相当に深い傷跡を負いかねない、危ない暗闇の支配する土地でした。まして、半年前に(そして現在、)せっかく解決した問題を自ら復活させるようなことなのです。彼女は、もしシュベルたちのことがなかったらこのように悩まなかったでしょう。二人と交わした約束事を反故にするようなことを考えたりしません。
けれど、彼女の心配は本物でした。ピロットに向かって依然残っている感情は、彼女自身の大きな課題となって、今も巨大になっていたのです。彼女は母親に相談しました。母親は、いつものように頷き、彼女の言うことをじっと聞き、彼女のしたい本当の意志を尋ねました。彼女は、もうちょっと悩みたいと言い、計画は進めるけれども、納得するまで考え続けたいと答えました。また、彼女は医者のマットも訪ねました。子供たちの精神的な事情を伺うという目的もあったのですが、その時は心の病の話で持ち切りになってしまい、計画のことは話せずじまいでした。もう一人とイアリオは相談していました。ものはついでと言いますが、またシャム爺の意見を仰ぐことにしたのです。
「まあ勿論、あなたは反対するだろうけど」
もう一度彼の侘び住まいにお邪魔して、皆まで説明して、イアリオは言いました。老人は憤慨した目をしていましたが、半ば諦めたような、彼女を信頼する視線も寄せていました。
「お前さんらしいか、それが」
老人は溜息をつきました。
「でもそれがいいらしい。世界を変えるのは若者だという。老いたるは変革の旗手にもなれんのだ。やりたいだけやるがいい」
「許してくれるの?」
「お前さんを信頼しているからな。わしは、もう、初めて見たときから惚れてしまっているのだよ!ルイーズ=イアリオの心骨にな。まったく心に骨のある子だよ。その揺るぎなさ、わしにいくらかあればなあ、いくつか叶えたい夢もあったよ」
シャム爺は昔懐かしむ目をして床石を見ました。
「お前さんを見るとわしはぞわぞわしてたまらんよ。失われた過去をいくらか取り戻したいという気持ちになる。それは自分の望みではない。未来を変えたいとは望むべきことじゃないのだ。諦めた方が都合がつく。だがそれは、自分を許していないからなのだ。わしはいろんなことを望んだよ。そのうちのいくつか、確かに叶ったはずなんだがなあ。それを忘れ、お前さんに、もうこれ以上自分の心をかき乱さないでほしいと頼んだ。そうしたことにちがいない。わしは自分に拘った。わし自身の拘りが、皆の希望であると思い込んだ。そうしたことにちがいない」
「私はそうは思わないわよ?結局、みんなあの街に囚われているのよ。滅びの都に、そこで起きたことに、ずっと前から自分たちの恐ろしさとしてね。オグという化け物がいるわ。あの街の下に、さらに洞窟があってね。そこにいるらしいの。古い資料に載っていたわ。まだそんな怪物がそこにいるかどうか、それはわからないけれど、なんでもオグは、人間の悪意の集合体だって。オグに触れると、人はおかしくなって、自分のしたい一番の悪を犯そうとするんだって。私たちは、自分の意思で過ちを犯しているわけではないんだわ。何かに唆されて、それでやってしまうことだってある。私たちは、私たちの犯した罪を憎んだ。あの厖大な自殺行為を隠してしまって、自分たちから遠ざけようとした。でも結局離れられなかった。捨て切れていなかった。そうしたことなのよ。私たちは一蓮托生、何をしても、どんな罰を下しても、一緒に生きていることに変わりないわ」
俯いた老人の目に涙が光りました。
「それはそうだ。そうしたことじゃ。逃れられん、運命だ。繰り返すまでもない。ああ、つぶさに自分の人生を見れば、まったくわかりうることだ。でも我らの真下にあの暗黒空間があるということは、認識が正しくても、それを犯そうとする諸力がいつも自分の側にあるということか…」
おじいさんは、ぐったりとうな垂れ、苦しそうにしました。イアリオは、ハリトとレーゼをあの場所に連れて行く相談だけで良かったのですが、シャム爺の抱えていた誰にも言わなかったものの考えをこうして色々と聞くことになったのでした。
さて、エンナルは言われた通り同世代たちの抱える問題を話してくれました。何か特別な不安があるというのではなく、漠然とした取り込むような恐怖があるようだと、彼は説明しました。処方箋はあるかという問いに、それはないと答えました。
「ですが、大丈夫だと思いますよ。一時的なものですから。誰にだってあるでしょう。そんな、一時の気持ちに煩わされることって」
エンナルはよく通る甲高い声で言いました。彼はその立派な体格のためか多くの人から信頼を置かれていました。人々は彼の言うことを信じて、皆で少年たちを見守る態度は保って、様子を見続けることにしました。いいえ、それは、エンナルが人前で見せた行いから判断しただけでした。彼は、もしハリトの見た通りだとすれば、昼と夜で、別々の顔を持っている可能性がありました。彼らはそこに注意しませんでした。ハリトも、別段彼に注目はしませんでした。




