第九章 北の墓丘 3.力強い同志
目を開けると、年下の二つの顔がありました。彼女はそんなに長い間、眠っていませんでした。
「どうしてだろう」
イアリオは呟きました。
「昔の自分に、ずっと会ってた気がしたわ」
そう言って、彼女は焦点を二人に移しました。見覚えのある顔の方は、最近、生徒たちがその行方を聞きに来た少女でした。
「あら、ハリト。どうしたの?友達に、リーダーは失格だなんて言われてたよ。随分勝手に振舞っていたんだね。まあ、いいけど」
ハリトは、目を大きく見広げて、呼吸を止めました。
「なんで、そのことを?」
「子供たちが私のところへ聞きに来たのよ。あなたのいる場所、どこだか知らないか、てね」
ハリトは頬を紅潮させました。少女は、元々他人の意見など気にしなかったタイプのはずでしたが。イアリオはじっくりと少女を眺めて言いました。
「どうしたの、ハリト?」
「あの、先生は…」
ハリトは言葉を切りました。十五歳の少女はうつむきました。どうやら、まともにイアリオの顔を見られないようです。ハリトは、同級生や友達からリーダー失格だと言われたところで決して動じません。彼女は自分の思うがままに動くのが信条ですから、人の噂や自分の失敗などを顧慮しません。ですが、イアリオの生徒になってからは、彼女の前では、思ってもみない感情が溢れることがありました。それは、測り知れない母性に包まれて、うそがつけなくなる様子によく似ていました。
「あーあ、こいつ、またやっちまったんですか。前にも自分でグループ作っておいて、自分でそれを壊すようなことをしているんですよ」
レーゼが横から口を出しました。その時、イアリオは初めてその少年を知りました。
「ふうん」
「自業自得だよ。気にもかけないで反省もしない」
ハリトがきっと彼を睨みました。えっと少年は驚き、真っ赤に恥ずかしくなってしまっている少女を見知らぬ相手を見るように見ました。少女はイアリオに言われて、急に自分のしたことの意味を理解したのです。それまでは、何も間違ったことはしていないと思い込んでいたのですが。
二人とそうした話をしてから、イアリオは長い夢から覚めた心地がしました。戻ってきた自己は、いまだに、空中をふらふらとしている感じがしました。さっき見たものを、思い出すものの、それが実際に見たものかどうかわからなくなっています。あの不思議な現象を前にして抱いた、これは確かなものだという感覚も、てんで霧散し、もういない光のごとくなっていました。
「先生、さっきの光は、何だったの?」
そのレーゼの言葉は聞きたくないものでした。イアリオは眉をしかめ、唇を閉じました。
「最後にあの女は、俺に、『あなたも一蓮托生だ』と言ったけれど、あの…『ハルタ=ヴォーゼ』っていうのは、たぶん名前だと思うけれど…あいつは、幽霊か?それとも怪物か?」
ハルタ=ヴォーゼ…?アラル、ア、ラル…。二つの名前が交錯します。彼女の頭の中で、番い合う二匹のオシドリがふいに誕生しました。そのイメージは伸びて、彼女を包み、えも言えない、粟粒の歌を届けました。黄色い歌でした。歌が旗を振っています。おおい、おおいと呼んでいます。
その瞬間、イアリオはまた息苦しくなりました。ぜいぜいと息継ぎ、下を向いて、何か吐き出す仕草をしました。二人の子供たちは、心配して彼女を介抱しようとしました。ですが、イアリオはその手を振り切って言いました。
「あれだけ不思議なものを、堂々と見せられたんじゃ、こちらも認めるしかないわね。あなたたちも見たんだもの。私は、あれが夢だったらいいなと思うけれど」
彼女はまた顔色を青くして、わなわなと震えました。
「先生、無理しないで」
「ええ、一緒に戻りましょう。あ、でも、あなたたちがなぜこの場所にいるのか、聞いてからでもいい?」
そうする必要がありました。イアリオは、二人の子供から話を聞いて、心を落ち着けてみたいと考えたのです。
「いいけれど、本当に大丈夫?」
「夜風に少し当たってからの方がいいのよ」
「なら、話すけれど…俺は、願い事しに来たんです。先生は聞いたことがある?新月の晩に、丁度そこの丘で、星空に向かって祈れば御先祖たちが聞いてくれるって…」
イアリオは目を真っ赤にして頷きました。丁度、十年前彼女も同じことをこの場所で試みていたのです。
「何をお願いするつもりだったの?」
「あの町に、噴水を造ることです。俺の力で造りたいんです。評議会に案件を出したり、議員に立候補したりしないで」
「へえ、そんなことができるの!」
「俺の計画ではね…」
彼は口を噤み、ハリトの方を向きました。ハリトは、ゆっくり頷いて、ここで言ってもいいのだろうという合図を送りました。
「俺は、商人になりたいと思ってるんですよ。親父のやってることがそうさ。ただ石を石切り場から運搬するだけじゃなく、石の切り方も、発注の仕方も、建物の組み立ても、全部一手に引き受けた総合商をしているんです。そうすると、利益が生まれるんです。差額が出て、蓄えができます。親父はそれで、何か芸術的なことをしたいと思っているようですが、俺は、そいつで噴水を造ろうかと思って」
「なかなか、立派な夢だね」
イアリオはにっこりと彼に笑いかけました。彼は今までそうした表情を向けられたことがなくて、この女性に、どきりとしました。
「俺は夢とは思わない」
彼は言い切りました。
「夢なんて、追っかけるものでしょ?俺は違う。はっきりした目的なんだ!俺は、自分に叶えられない願い事なんかしない。願った時は、約束した時だ。俺は、ここに宣言しに来たんです。どうせなら大勢の前の方がいいでしょ?その相手が、星になったかどうか知らない御先祖だとしても、知り合いには言えないもの」
彼はハリトの他はこの野望を秘匿していました。商人になるとは、彼の父親の跡を受け継ぐか、さもなければ自分で需要を掘り起こすことになるからです。同じようなことを考える連中が出てしまっては大変ですから、彼は密かに、自分の夢を形に定めていこうと慎重に動いていたのです。…宣誓して、自分の目標を、心の中で動かぬものにするために。
「素敵ね」
イアリオは呟きました。彼女はしっかりとレーゼを見ました。この少年にどことなくピロットに近い面影を見つけたような気分になりました。切れ長の目をしていて、顔の形は四角くて、少し額が出っ張っていて、およそ彼とは似ていませんでしたが、その瞳には、彼以上に熱い生への情熱が輝いていました。
「大好きだよ、そういう気持ち」
彼女としては、ピロットに対する想いの延長上に、そう言ったのかもしれません。レーゼが目を丸くして彼女を見ました。そんなにも素直に相手から心情を吐露されたのは、これが初めてでした。
「ハリトは?あなたも、願い事?」
ハリトは頷きました。えっとした表情をまたレーゼは見せました。
「でも、いろいろうやむやになっちゃったね。あの光のせいで」
「あれは何だい?亡霊?俺たちの御先祖なのか?そういえば、先生はここで何をしていたの?」
イアリオは、燃えさしの蝋燭と黒表紙の本を見ました。私の希望が叶ったのかしら?あの時も、そう感じたのだけれど…彼女はそう思いましたが、それにしてもあの圧迫される光景は、彼女の望んだものではありません。それに、彼らからのメッセージは、まだ心に残っている感触を確かめれば、大変な事実を突きつけられている気がしました。「この国は滅びる。滅びなければいけない。なぜなら、行き過ぎたがゆえに、取り戻す必要があるからだ。悪は変わる。変わらなければならない。」…何をもってその言葉をあの天女は残していったのでしょうか。これが夢であれば、彼女はそんな文言を信じる必要はありませんでした。いいえ、今だって、気にすることはありませんでした。ただの幻を見たにすぎないと思えば、万事、今までのままでいいのです。
けれど、彼女は、ハルロスの本を持って先祖たちの霊を慰めようとしていました。それに応じて彼らはやって来たのでしょうか。だったら…彼女の願いを聞き届ける代わりに、あちらからのメッセージを寄越したのだと、考えられないでしょうか。
「そうなのかな」
彼女は呟いて、ハリトとレーゼを見比べました。二人はじっとイアリオが言い出すのを待っています。「我々は、一蓮托生だ。」亡霊の女の言葉が蘇ります。
「まあ、いいか」
目の前の少年少女を信じるには、手掛かりがまだありません。それでも彼女は、十年前あの経験をしていました。この十五歳と十六歳の子供らに、どこまで伝えられるものでしょうか。でも彼女は、二人に話してもいいと思いました。(教師としては、どうだろう)とも思いましたが、その教師である当人が、教える立場の人間が、その教えに背くようなことをしているのですから。
「きっと私だけでは判断することが難しいわ。しかるべき人に打ち明けるべきかもしれないけど、私がしようとしたことは、安直には明かせないから。あなたたちには教えてあげる。でも、それは、私の意志を知ることになるよ。難しいことなの、これは。だって、あの現象は、その延長にあるのかもしれないわ」
イアリオの真面目な話し振りに、二人の子供は、神妙になりました。彼らは、ここで彼女の話を聞いてもいいかどうか、疑いました。互いに目を合わせ、そうして話し合うものの、レーゼは、自分を打ち明けていましたし、ハリトは、自分が生徒になったことがある先生の物語に興味津々でした。話を聞く条件は彼らの中に整っていたのでした。
「じゃあ言うわ。でも、覚悟が必要よ?どこかで私は語るのを止めるかもしれない。大変なことなの。すごい昔から続く話で、私の経験も、そこに関わってくるから。ハリト、大丈夫?女の子が、こんなところで、夜を過ごしているなんてよくないことよ?」
「それは、でも、先生も同じでしょ?」
ハリトは、持ち前の突っぱねた調子で唇を尖らせて言いました。ぱっちり開いた眼がきらきらとしていました。イアリオは、ふと、テラ・ト・ガルの十五人の人々のことを思い出しました。それぞれが、今は別の道を歩いているのですが、互いに共通の経験をしたという点は、マットや、テオルドといったかつての仲間と話していて全く変わらないことを、彼女は知りました。
彼女は、二人の子供にこのことを話しても後悔はしないだろうと思いました。なぜなら、すでに多くの願いが叶えられている気がしたからです。
「十年前にね、一人の男の子がいなくなる事件が起こったの。私の友達でね。名渡しの儀式をやるほど、仲が良かったわ。と、私は思っているのだけど、相手はどうだったかな。すごくぶっきらぼうな男の子でね。誰かをいじめるのがすごく好きなの。そして誰からも好かれようとしなかった。彼を慕う人間はいたけれど、それは、彼の仕組んだ上下関係に基づいていた。彼はね、とある場所で、行方不明になったの。大人たち全員で彼を探したけれど、結局見つからなかった。死んだのかどうなのかもよくわからなかった。私お祈りしたわ。この丘で、あなたたちと、同じように」
彼女は遠くを見つめました。子供たちは黙って話を聞いています。
「運命ね。私は今、彼がいなくなった場所を調べている。そこは、秘密の場所なの。大人たちは全員知っている。けれど、子供たちだけに隠されたところなのよ。町の下にね、大きな大きな穴があるわ。そこで、たくさんの人間が死んだことがあったの。昔の人たちは、その場所を忌み嫌って、地下に封じ込めてしまった。だから、その話は子供たちは聞いてはならない。成人式の時に、ちゃんと、知らされるけどね。正面の丘は、昔たくさん死んだ人たちを慰めるお墓だった。見てごらん、新月の夜は、星空が明るいわ。星になったと思われる御先祖たちが、この丘に呼びかけて、時間をかけて、彼らが成仏されるように、昔の人はここを造った。自分たちじゃ慰め難いから、祖先にお願いしたわけだ。そうしても仕方のないほどの、激烈な体験をしたから…。彼も、そうなるのだろうかと私は思った。彼はあの場所でいなくなったから。彼のお墓はちゃんとあるわ。でもね、私は、もう一度あの暗い広大な都に入って、こう感じたわ。彼は私の傍にいる。死んでしまっただろうけど、生きていると、思ってもいいような気がする。…私の祈りは届けられたと思った。だったら私は、生きている人間の代表として、死んでもまだあの場所に囚われている亡霊たちを、慰めなくてはいけないのではないか。彼との思い出はその場所で絶たれて、今もなお、そこには浮かばれない人々の魂が彷徨っているから…」
彼女は言葉を切り、子供たちを見ました。彼らはじっと、イアリオの目を見ていました。ハリトが今にも泣き出しそうな瞳で見つめています。
「この本は、そこで見つけたの。当時の人間が書いた日記よ。ここにはね、私たちの町に伝えられている物語の、別の側面が書いてあるの。三百年前に本当に起こった、恐ろしい話。だけど本の著者は、そのことを、愛情をもって書いている。それが恐ろしいばかりに、まるで自分たちを嫌うように、人間の本性の側面を地下に封じ込めたのが、生き残った、私たちのご先祖なんだけれど、彼らとは違う立場に著者はいた。彼は言っているわ、滅びた国が、どれだけ魅力的で光に満ちていたか。活気に溢れ、近隣諸国の盟主となるべく、兵士たちは血気盛んだったか。私は今この本を死んだ人々に読んであげている。手応えはあったと思ったわ。生きている人間の意識が変わらなければ、死んだ人間も浮かばれることなんてあるだろうかと私は思う。私たちは、三百年もずっとあの街を忌み嫌い、封じ込めて、黄金が外に漏れることを恐れてばかりいたけれど、それは、間違いなんじゃないかって私は思っている。でもこれは、私だけが一人で考えていること」
ここまで話し終えて、彼女はちょっとだけ後悔しました。やはり話すべきではなかった、と今更思ったのです。しかしそれはもう遅いことでした。少年と少女は、彼女の話を正面から受け止めていました。その目には、今までにない、特別な光が瞬き出しました。
いくつかの質問を、二人は彼女にしました。それぞれは地下にある恐ろしい暗闇についてでした。彼女は丁寧に答えていきました。彼女から大体、大筋のすべてを語られて、二人とも黙り込んでしまいました。
「あのさあ」ハリトが口を開きました。「平気なの?その、先生は、そんなことが町の下であったことについて…」
「ええ、今はね」
ハリトが首を傾げました。鳩のように愛くるしくイアリオには見えました。
「私は何度もあの街へ入っているからね。でも、私は、十五人の仲間たちとあの経験をした。大勢の骸骨に抱きつかれてしまって、我をなくした。あの街の恐怖を多分私たちは誰よりも知っていると思う。そこでね、みんなで、一度集まって、あの頃の記憶を整理したいと考えているの。数人にはもう会って、私の考えていることを伝えたわ。彼らは、私を支持してくれた。でも町中の人間によく理解してもらうことは、おそらく無理だろうとも言われた。…実をいえば、平気ではないわ。なんていったって私たちの住む家のすぐそばにそんな所があるんだから!でも、三百年間、私たちはここに住み続けた。いろいろなことを考えたわ。そして、いろいろなことをしてみようとも思ったわ。そうしているうちにね、十年前の記憶が私の中で整理されてきたの。怖くなくなったわ。そして、今の、今晩私がしようとしたことにつながっているのよ」
彼女はまっすぐハリトを見つめました。彼女が何を言いたいのか、ハリトにはわからないようでしたが、少女もまっすぐに、イアリオの視線を受け止めました。二人はよく似ていました。あまり他人に頼らず、一人きりで生きているようなところが。レーゼは見つめ合う二人を見て、どこか羨ましく感じました。
「さて、と。私の話は大方終わったわ。君たちが、どうしようとこれからの勝手。私の話を聞いて、二年後か三年後、同じ話を聞くことになるけれど、やっぱり話していて多少の後悔が私にはあるわ。少し早かった。だってもう、逃れられない気分じゃない?」
イアリオの言うとおりでした。二人の子供は、今しがた聞いた物語を、ずっと頭の中で反芻し、衝撃に胸を打たれていました。いいえそれ以上に、ここにいるイアリオという女性が、何を抱えているのか、どういった生き方をしていたかということを、直接聞いたことへの感慨がずっと深く広がっていました。
イアリオは、深く考える様子の二人を残して、ここから立ち去ろうとしました。自分がしてしまったことは、もうどうにも取り返しがつきません。自分の思想を、まだものの考えも定まっていない彼らに言ってしまったことは、大きな代償を未来に用意するかもしれませんが、その責任を、いずれ自分が負うのだとしたら、その覚悟は持っておこうと思ったのでした。…こうしたことを考えるのは、彼女が歴史の教師だからでした。かの町にとって歴史は、無限の欲望の成れの果てを教えるための教材でした。それはどきどきする授業ではなく、人間がいかに愚かで、つつましく生活することこそがどれだけ正しいかを、倫理として教え込む恰好の機会でした。彼女は人気のある教師でしたが、授業がこの路線からはずれることはありませんでした。ですが、イアリオは日常の一つ一つの出来事を、人間の歴史にうまく組み込んで話すことが得意でした。彼女の授業に出ると、子供たちは得した気分になるのでした。
子供たちは同時に顔を上げました。立ち去ろうとして背を向けたイアリオを、彼らは呼び止めました。
「先生は、まだ俺たちの質問に全部答えていないよ。だって、あの白い光の正体は何なの?知ってるの?」
イアリオは振り返って、肩をすくめました。
「私にもわからないわ。今から帰って、そのことを考えてみるつもり。でも、もし星々についての話がその通りなら、あれは、私たちの御先祖でしょうね」
「でも変なことを言っていたよね。あの幽霊たちは。この町が、滅びるとか何とかってさ」
ハリトが撥ね付けるように言いました。
「言ったね。私は本気にしていない。いくら先祖が忠告しに来たからって、いきなりそれは、信じられないわよ」
「でも先生は気絶したね。あの光に遭ったから?それとも、言葉が、何かあるって思ったから?」
イアリオは首を振りました。わかりません、何も。ですが、妙な感触が残っていました。あの言葉は真実だと思われる言い知れない事実が、どこかに潜んでいるような。彼女はハルロスの日記の中身を思い出しました。そこには確か、「オグ」という魔物について書いた部分がありました。「人間の悪の集合体、遥か昔からいた存在!」そう、彼らは言っていました。もし、光たちの言葉に意味があるなら…手掛かりになるものは、その「オグ」という何某かなのかもしれません。
(オグ…オグ?日記のほかにもどこかで聞いたことがあるわ。どこでだろう)
彼女は今は帰ることにしました。圧倒的な物事が、目の前に現われて、体中が疼痛のように痛んでいました。疲れもありました。彼女は、なぜこうした話を二人にしてしまったのだろうと、後悔もしていました。
「今、先生は、全部自分で抱え込もうとしていない?」
ハリトが突き刺すような口調で言いました。えっとイアリオは振り向きました。
「私たちも、出会ったんだよ?あの光に」
「そうだよ。何だか知らないけれど、もう乗りかかった船なんだ。先生に地下都市のことを説明されて、俺はびびったけれど、でも嬉しいんだ。大人は子供に隠し事をするもんだぜ。でも先生は、それをしなかったから。わからないけど、なんだか嬉しい」
レーゼが頬を紅潮させて言いました。イアリオは、何と言っていいか分からず、その場に立ち尽くしました。
「先生の話が手掛かりになる。だって先生、亡霊を慰めようとして、ここに来たんでしょ?それに応えに来たことは明白じゃないか!先生のやっていることが奴らに届いたからでしょ?だったらそのメッセージ、すごく重要なことなんじゃないの?先生は逃げるの?うやむやにして、あれは夢だったって思うの?だったらさ、俺に言わせてよ。先生はなぜここで祈ろうとしたんだって!いなくなったピロットって奴が、生きていると信じるためでしょ?そうじゃないか。先生はそいつが死んでいるなんて思っていない。願い事は夢のためにするもんじゃない。ありえないことを信じるためにしない。自分への宣言だ!」
どうしてでしょう。彼女と、レーゼの間では、生きている時間が六年違います。無論、イアリオは自分の願い事は実現不可能だと知っています。大変自分勝手な希望を言ったものだと知っています。テオルドに言われるまでもないのです。「願い事、か。もしそれが実現すれば、それは本当にすごいことだ」そのとおりなのです。
彼女はレーゼを抱き締めたくなりました。ですがそれはしませんでした。彼の言葉だけで十分でした。どうして彼の言葉が、それほど強く胸に残ったか、彼女は考えませんでした。でもその通り、その言葉通り、あのきらびやかな光たちを前に、逃げる気もなく、その時の彼女が不可思議な現象を受け入れたのは、それゆえに気絶したのは…自分に誠実だったからでした。果たしてあれが、皆で見た幻覚なのか、本当に先祖たちが降りてきたのか、それはどちらでもいいことでした。人間は、驚異を前にして怖気づきます。イアリオは自分の頬をぱんぱんと叩きました。
「もう眠いわ。帰らなくちゃ」
そう言いながら、彼女は美しい微笑みを浮かべました。
「ありがとう」
「まだだよ!先生、どうするつもり?今までみたいに、ずっとお墓参りし続けるの?」
イアリオは頷きました。
「あの光のことは…どうするの?」
彼女は首をすくめました。
「俺は、黙っていられないぜ。だって、あいつらの言う通り、町がめちゃくちゃになってしまったら俺の目標はどうなるんだよ。あの町に、噴水を造ることが俺の生きがいなんだぜ。あいつらの言ったことを、俺は確かめたい」
「それは、どういうこと?」
イアリオが訊きました。
「俺も、先生のやっていることをする」
彼は、宣言しました。
「自分の目標はどうなるの?」
「関係あるから、そう言ってるんだろ?」
「それでいいの?」
「何を言いたいかわかるつもりだけど、俺は、自分の目的を、ここで言うぜ。星空はもう明るい。先生の声が天井に届いたんなら、俺の声だって届くはずでしょ?」
彼女は頷きました。六歳も年下の少年に、彼女はときめくものを感じました。
「その通りね」
「だったらあたしも、宣言するわ。レーゼと同じことと、違うことを」
ハリトが横からひょいと顔をのぞかせて、きらきらとした声で言いました。
「お前の願望ってなんだよ。俺は、聞いてないぞ」
「教えてあげない。いずれわかるわ」
ハリトはそう言い、突き返すように彼を見つめて、悔しそうに鼻を曲げてみせました。レーゼは不思議な表情をしました。ハリトが彼が思っていたような人間ではなかったことを、初めて知ったような顔でした。
イアリオは笑いました。どうしてどうして、同志をここで、二人も発見するとは思いもしませんでした。彼女は彼らの言うことを信じることにしました。なぜといえば、そうしなければ、たった今得られた信頼を、彼女らしく返してあげられないことになるからでした。彼女は二人を頼もしく思いました。どんなことにも立ち向かえる力を、二人から貰ったようでした。
このようにして、イアリオは、突如現前した光たちの合唱を事実として迎えたのでした。彼らが本当に自分たちの先祖で、その啓示が指すことがまこと現実であることを、三人は、いいえかの町の人々すべては知っていくのです。時間が流転しとてつもない過去が現れる、いにしえの人たちの想いの結果を、彼ら自身が知るのです。
それは、とてつもない冒険でした。しかし、それに対する膂力を、彼女は彼らから預けられたのでした。




