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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 前
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第九章 北の墓丘 1.遭遇

 ルイーズ=イアリオの同級生のほとんどは、もうすでに結婚していて、その多くは子供をもうけています。彼女は今までそのことを気に留めたりしませんでしたが、ひとりで墓地を訪ね歩くようになってから、そうしたことが気になりだしました。まるで自分を覆っていた幻が解かれるような体験をしたからでしょうか。彼女は世間を騒がせた過去の事件の当事者の一人として、その罪滅ぼしのために侵入者退治に借り出されていました。子供であった時分こそ地下都市にて遊んでいたことは責められませんでしたが、成人になって、()()を聞かされて、彼女たちは改めて責任を問われたのです。勿論、それは彼らがまた暗黒に希望や憧れを持つことのないようにという、マインド・コントロールが目的でした。彼女たちが追い払った、彼女たちのように滅びの街で遊んでいた子供たちも、成人の儀を迎えれば同じように厳密に注意されるでしょう。ところで彼女は、子供たちを無事追い返し、罪滅ぼしは完遂されたと判断されて、今も地下の探索の自由を承認されています。そこに、評議会の議員であった彼女の父親の威力が関係していたかどうかはわかりませんが、町人たちが、皆その件を知っているのだから、子供たちの教師もしている彼女がこれからよっぽど誤ったことはすまいと信用されたのです。信用…信認…人々は互いに監視し合っている間柄でもありますから、本当にその言葉が文字通りの意味かどうか。彼らが、地下に先祖の過ちを封印して、そこから遠く遠ざかろうとしているのでなく黄金を管理していたのですから、まさに畏れて立ち退くことのできない墓守か神官のごとき振舞いです。ですが、それを民族単位でやることは、果たして能率的でしょうか。彼らがこぞって黄金を守り続けるのは、良いことでしょうか。

 人は様々です。たまに、道理からはずれる者も出てきます。それは、町からはねつけてしまえばいいのでしょうか。社会とは、残酷にも社会そのものを守ればよいのでしょうか。

 満天の星が、彼女を出迎えました。その日は新月の晩でした。町の北側には農地が広がり、小麦の採れる穀物畑と、トマトや瓜、茄子、豆などを植えている町預かりの荘園がどこまでも続いていました。平野はずっと先の山脈の麓まで伸びていて、彼らは農園をそこまで広げていました。しかし原野は途中平らな岩場あり、森あり、丘陵ありで、田園は曲がりくねり、所々は切れ切れに細まる箇所もありました。彼女は丘陵の周りを取り囲む草深い湿地の中を進んでいました。大人になった今こそ背丈は草よりも伸びて、正面の丘地がはっきりと望めますが、十年前は、そうではありませんでした。彼女は立ち止まって、しばらく空と星とを眺めました。湿地の地面は濡れていてわずかにへこみましたが、遠くに見える白色の星々が、まっすぐにそこまでかすかな光を届けていました。

 先日のマットとのやり取りを彼女は思い出していました。シャム爺とともに西区の墓地に行ってから、彼女は何度か彼と会い、話し合っていました。彼は、概ねイアリオのやろうとしていることに理解を示しましたが、これは時間をかけてやらなければいけないことだと釘を刺しました。町中の人間に判ってもらうことは、もしかしたら十年たってもむつかしいかもしれない。我々はこの町で生きているのであり、この町は、あの大勢の犠牲を払って、打ち立てられたものだから。イアリオの望むことは、もしかしたら自分たちの克己心や、誇りを砕くものと受け取られかねない。なぜなら、我々は大いなる自省が必要だし、当然、ずっと当たり前と思われたことまでも反省の盆の上に乗せなくてはならなくなるのだ。たくさんの人間が、それを望むとは思われないぞ。それでも…と、イアリオは反論しました。私は別に、自分の考えへの賛同者を求めているのではない。それで自分がグループをつくろうとは考えていない。私は、ただピロットの霊を慰めたいだけ。でも彼は、あの事件に遭遇してしまって、死人たちに魂を持ってかれてしまったような気がするから。

 マットは言いました。それは君の思い込みだ。いくら地面の下で幽霊を見たからって、自分の身を危険にさらすような真似を、死んだ彼も望んでいるわけじゃないと思う。しかし彼女はこう言い返しました。これは私の覚悟なの。決して私のせいで、彼がいなくなったのではなかったとしても。ずっと私は、彼と、地下の亡霊たちを供養し続けたいわ。マットはため息をつき、もう諦めました…。

「それなら賛同者を募らずに、隠れたままやっていくほかはないな。例えば僕や、他のテラ・ト・ガルのメンバーが、君についていって一緒に供養するなんてことはできない相談だ。ほかに方法があればいいけど。僕たちの考えを、徐々に徐々に、変えていく何か方策がね。やっぱり僕だって納得はいかないからなあ。あの骸骨たちにのしかかられて、その時の恐怖は今も拭い去ることはできないから。危険はずっと地下にあり続けるんだ。前だって子供たちがまたそこで遊んでいたじゃないか。だから…そうだな…君が、地下の亡霊たちを慰めることには意味があるんだ。でもおおっぴらにはできないんだな。残念だ。残念だ…」

 イアリオは彼にそれ以上何も言いませんでした。それで十分でした。少なくともマットは、彼女の味方でしたし、地下供養をやり始めてまだ間もない時期に、随分強力な支持者を獲得できたと満足したのです。

 白い光が無数に空に昇っています。地上から見上げればあの小さな一つ一つの明かりは、まるで小数点の照明です。全部を併せても、私たちの体にもならないような。あの星々に先祖たちの威霊を臨むのは果たして正しいことでしょうか。そのように言われたからとて…そうあってほしいと望んだからとて…。しかしイアリオは、あの星々に自分の望みを託していました。

 彼女と同じ時、同じ場所に、行こうとしている人間が二人いました。二人はそこで、落ち合うことに決めていました。二人とも、あの願い事の話を聞いたのです。新月の晩、星が明るい晴れの夜に、星たちにお祈りをすれば、きっと聞いてくれるはずだということを。ハリトとレーゼ、二人の若者です。その時ハリトは十五歳、レーゼは十六歳でした。

 もう一人、遠くから丘の墓地を眺めている人間がいました。しかしかの丘は、そうそう眺めて気分の良くなる景色ではありませんでした。

 人は、同じ過ちを繰り返すまいとして、言葉に記憶を留めます。それは、繰り返される悔しさから、絶望から、逃れるためです。かの丘は、そのために死者どもの魂を封印する目的で巨大な墓地にさせられていました。彼らがこの墓丘を造ったのは…体と魂が離れてしまう死という現象を、まるごと包み込むためのものでした。彼らは死への冒涜を働いていました。彼らの恐怖は、死んだ人々へも向けられたのでした。自分たちでは供養しきれないと最初から諦めていたのでした。いいえ、違います。彼らは、最初は無限の時間をかけても、死んだ人々を守り、癒し、自分たちこそ墓守に勤めていこうと思っておりました。町の下にも、大きな墓を打ち立てた彼らは、そのことを決して無視はしてきませんでした。墓標こそないものの、神官こそいないものの、彼ら自身が犯した罪を、民族全体で抱えていこうという宣言でした。一人一人の死人たちを、お祈りによって天国へと帰すことは不可能(その罪によっても)でしたから、墓丘の入り口に立てられている看板の言葉のように「長い時をかけて、彼らは望みのすがたになろう。あとはすべて時が解く。」としたのです。

 ところが、看板は意地になって地面に噛み付くも、丘は荒れて、今や訪れる者はいませんでした。彼らも侵入者には敏感になるものの、黄金をいまだ内包する広大な洞窟都市は、彼らの心と伝統に楔を打ち込む、荒ぶる霊魂を彷徨わせる不変の驚異なのでした。その意味において、地下都市は生き続けており、彼らは伝統を損なうことなく、粛々と生活を続けていたのです。

 各所の人間の生活は、とくに信仰の厚い人々のいるところでは、こうした形式は珍しいものではありません。

 しかし彼らには仏もなく、神もいませんでした。

 神様という概念はあるのですが、そこへの祈り方や、信仰の仕方を知りませんでした。

 しかしあの二人組の盗賊を、捕らえて闇につなげたのはかの街の暗闇だけではありませんでした。そこにはもう一つの驚異がありました。オグという、魔物。いつから彼は、存在していたのか。一説に拠ればこの世界が誕生した時からとも、また海が陸地を呑み込んだ大海嘯以後とも、言われます。しかし町の先祖たち、兵士たちと平民たちと奴隷たちが、広大な自殺行為を行ったのはその魔物のせいではありませんでした。

 イアリオは墓丘の向こう側のゆるやかな斜面を登りました。古の人々の魂を閉じ込めた(と、過去の人々は信じた)半円球の土の山を正面に据えて、町の西区の墓地でしたように、蝋燭を立て、本を開き、あのハルロスの文言をここで謡おうとしました。彼女の声という、調べに乗せて、うたが始まると、それは響きよく、小山の面を彼女の目の色の風が吹きました。いただきを撫でて、沈み、湿原を乗り越え、はるかあちらの白き町へ、びわびわとおとなしい波が広がっていきました。まるで一所懸命によしよしと撫でる、赤子へ伸ばしたかいなのように。もしくは、膨らんだ自分の腹を、さするように。

 あっと彼女は叫びました。ミルクのような白い光が、頭上を飛び過ぎていったのです。それは、星屑のごとき光でした。残光が線として残り、明かりは、目の前に飛び降りてきました。それは蠢いて、やがて人のかたちをとりました。イアリオは立ち上がりました。手には本を持っていました。また、明るい光が、頭の上を流れました。次々とそれは降り注ぎ、彼女の前で、光る人々の連なりになりました。彼女は息を呑みました。

「あなたは、そう、あなたは…」

 光たちの中央にいる人型のミルクが、声を出しました。

「ア、ラ、ル…」

(そう、私は、アラルだった…)

 なぜか、イアリオの中に、そのような言葉が浮かび上がりました。人型のミルクが、はっきりとした形を取りました。美しい女性で、なまめかしいのどもとを露わにした、白い衣装を着ています。以前、テオルドは、盗賊たちとこんな会話を交わしました。「上の町の北には難攻不落の山脈が横たわっているんだけど、その山脈の北と南では伝説が違うというんだ。ハルロスの日記帳に書かれているんだけどね。北側にはその山脈は畏れ多い神の山々として伝わっている。月に一度、空から白い光が山頂に集って、北方に広がる森を照らすなんて言われているらしい。けれど、南側ではその光は神様の慶兆ではなくて、死んだ先祖の霊たちだとされている。まるでシルクのような光沢で地面まで落ちてきて、生きた人間に警告をするっていうんだよ」…。恐ろしいことは、この時、彼女の身に起こりました。霊魂の結び付きといえるすさまじい過去の忘却された記憶から、忘れられし歴史の国の影から、現れてきました。

 彼女の悪が、形を持って現れたのです。

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