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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 前
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第八章 ハルロスの日記 1.悪との語らい

 イアリオは黒表紙の日記帳を持って、カルロス=テオルドの勤めている、小さな図書館へ向かいました。この町にはいくつか図書館があって、人々は自由に本を借りることができます。しかし、紙は貴重な資源ですから、貸し出しには厳重な注意が必要でした。書物がある家はほとんどなく、町人の大体が紙面上の知恵を得るためには図書室に向かわなくてはなりません。

 イアリオが見知らぬ本を持っていることで、一騒動起こる可能性もあるということです。彼女はそうしたわけもあって、まずテオルドに事態を報告する必要があったのです。彼女は、道中かつての仲間である、二歳年上のマルセロ=テオラと出会いました。彼女は小さな女の子を連れて、買い物の帰りでした。二人は目を合わせましたが、会釈するのみで、言葉を交わしませんでした。

 テオラの夫は、彼女が憧れていたあの少年ではありませんでした。あの少年は、事件のあった三年後に死んでいました。自殺でした。マルセロ=テオラは後ろを振り返って、イアリオの背中をじっと見ました。子供が、母親の様子を窺いましたが、そのかたくなな表情は厳しく、何を語るものか女の子にはわかりませんでした。

 北地区の中ごろにある一階建ての四角い建物は、地下に書庫を持つ手狭な図書館でした。それでも六つある部屋の椅子には人々が座って、それぞれ思い思いに本を読みふけっていました。館には物語もあれば、地質学や農学を伝える本、言語の辞典、歴史書などバラエティー豊富な書物が取り揃えられていました。子供は、ここに入ることは許されません。また書架から自由に本を取り出すことも禁じられています。イアリオは三段ばかりの石段を上り、厚くしつらえた木製の扉を開いて中に入りました。からんからんと鐘が鳴り、側の受付の人間が顔を上げました。テオルドが、厚い額をこちらに向けて、ぼんやりとした目を上げましたが、その視線は決して人懐っこくはありません。彼女は彼が苦手でした。十五人の仲間であれば、一緒に行動することもできましたが、常に懐中に一案を持っていそうなこうした人間を心の底で信頼できなかったのです。

 しかし、今は懐かしさが勝りました。彼もそうした表情に変わりました。目の光は一向に青白くて何を考えているかわかりませんが。

「やあ、久しぶり。何の本を探しているの?」

 ここでは客人の代わりに司書がいつも本を探すようになっています。先にも述べたように、紙の製品は取り扱いが厳重なのです。イアリオはどもりながら、黒表紙の日記帳を彼の前に差し出しました。

「私がまだあの地下を探索していることは、多分知っている?そこで、ちょっと見つけたの。あそこから何か持ち出すのはもちろんいけないとはわかっているのだけど、ほら、表紙の銘を見て!テオルド、て書いてあるでしょ。ひょっとしたら、あなたに関係もある本じゃないかって思ったの」

「へえ!」

 テオルドは非常に感心した声を挙げましたが、イアリオはそれが彼と同じ姓が銘打たれていたからだと思いました。

「よく見つけたね。たしかに本は貴重だからなあ、こっちで管理した方がいいとも言えるかもしれないね」

「そのつもりで、持ってきたんじゃないけれどね」

 テオルドは目を上げて、「ん?」と訊いてきました。

「私に、貸し出しを許してほしいの」

「なぜ?」

「もし、その本が三百年前に書かれていたならば、詳しいことがわかると思うの。私たちの町の地下に、どんな恐ろしいことが起きたのか。勿論、それは成人の儀の時に聞かされたわ。でもね、それだけじゃ足りない気がするの。自分が、知っておかなければならない量ほど多分、成人の儀で聞かされてはいないんだわ。今ね、私の勘で、まだ下に侵入者がいるんじゃないかということで捜索を許してもらっているわ。でも、実はその勘もだんだん薄まってきちゃってね。その代わり、新しい目的が芽生え始めているんだ」

「目的?まだ地下に潜り続ける理由かい?」

 テオルドは妖しげな目をこちらへ向けました。

「あの事件、きっとまだ覚えているよね?そう簡単に忘れられないわ。また、思い出したくもないことだもの…。ねえ、私たち、とんでもないことをしたと思う?あの土蔵を壊して、中のものを外に出して、一体それが、何を起こしたと思う?」

 イアリオは相手の顔色を窺いました。テオルドはまったく変わらず、その心も読めない表情をしています。

「何も起こしてはないかもしれない…だから、これは完全に私の主観ね。きっと。私、あの人たちを、供養しなきゃならないと思うの。私、あの人たちに抱きつかれて、こんな声を聞いた気がするの。『我々をここから出してくれ。地面の下ではない、光ある地上へ』、て。私たち、三百年間、彼らに何をしてあげたかしら。私たち、いたずらにずっと、彼らを恐れていたんじゃないかしら。彼らのしでかしたこと、ずっと隠し通そうとしてきて、今まで来たんじゃないのかな?そんな風に考えると、いてもたってもいられなくなっちゃってね。はは、恥ずかしいや、こんなこと、私だけが思うことだものね…」

 彼女は寂しそうに、ちょっと首をかしげました。けれどテオルドは真剣に聞いている様子です。

「だから私、もっと詳しく彼らのことを、知りたいと思ったのよ。その本ならわかると思う。だから、言ったのよ」

 イアリオは言い切って、濡れたような眼差しを彼に向けました。彼の目の奥底は濁っていましたが、閃く光がありました。

「いいことだ。そりゃいいことだ。でもねイアリオ、やっても無駄なことがこの世にはあるよ。君のしようとしていることは、ひょっとしたらそうかもしれない」

「無駄かな?」

 彼は頷きました。

「そうは言ってもやるんだろうが、君なら…」

 彼女はにっと笑いました。

「もう一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なんだい?」

「それは、ここでは言えないかな。そっちの仕事が終わったら、ちょっと私に付き合ってくれない?」

 テオルドは時間を空けてくれました。図書館には彼の他に父親が働いていました。ハルロスの日記を記帳に登録するにはおそらく議会の承認が必要でしたが、あとですべてその作業は自分がやるとテオルドは言い、貸し出しの手続きをさっさと済ませました。父親に半刻ほどで戻ると言って、彼は彼女についていきました。太陽は高く天を昇ってきらきらしい日差しを送っていました。気持ちのいい日です。鳥の声も近くに聞こえます。町の建物が白く光を反射して、波立つように輝いています。この美しい町並みを、町人なら誰もが好きでしたが、イアリオもまた愛していました。「そうね、高台がいいわ」町は南側が海ですからそちらが地下の都市を飲み込んで、まるく盛り上がっていましたが、北地区のこの辺りで北方の平野を望める高さの広場に二人は行きました。そこは鐘突き塔の傍らで、北に向かった景色は野菜畑が延々と広がり、左方には小さな森林が生い茂り、右方には湿原を足元にした丘陵がなだらかに続きました。

「ここからの眺めはいいね。僕も気に入っているよ」

「ねえ…私があの盗賊たちのことを通報したのは、間違いだったのかな?」

 テオルドは彼女を見てその心理を見て取ろうとしましたが、失敗しました。

「あれでピロットがいなくなったと思っているの。だって私は、あいつと約束したんだ。必ずテオルドを連れてくるから、そして盗賊たちともかたをつけるからって…。私…。待ちきれなくなったわ。とてもじゃなかった、だって、あんな目に遭った場所で、違った問題が二つも持ち上がっていたんだもの。またあいつが同じ目に出会うんじゃないかって…!でも私、あいつを信用しきれなかったんだと思う。同じ子供だったから。私は最初から自分には何もできないって諦めていたから」

「ふうん」

 テオルドは気があるのかないのかわからない相槌をしました。

「あいつは結局いなくなっちゃった…その原因もよくわからないわ。私、まだ、迷ってるの。混乱してるの。もしかしたら、私の行動次第で、違った運命が訪れたのかもと思ってね…考えてもしょうがないわね!もう過ぎたことだもの。絶対にあいつ、生きていないし、私がいくら後悔しても、何も変化しないんだから」

「イアリオは…」テオルドがぬっと額を突き出して言いました。「あいつのことが、好きだったの?」

 彼女は少女のような目を彼に向けました。「ええ、きっと」そして、とても寂しそうに笑いました。

「そうなんだわ」

「僕は、イアリオの選択が間違っているとは思わないよ。まあ、あの時僕も地下にいたんだ、偉そうなことは言えないな。ピロットが君のせいでいなくなったとしても、君にはどうしようもなかったことでしょ?イアリオは自分に必要なことを必死でしたんだ。だったらそれでいいじゃないか」

 彼の言葉は慰みにはなりませんでした。その言葉には毒が多分に含まれていました。イアリオはひやりとした空気を吸いました。

「きっと湿原の墓丘に行ったのも無駄だったろう。そうそう願い事など叶うもんじゃないからね。でも、願わずにはいられなかった。ハハ、精一杯やったんだ。何も後悔する必要はない…」

 彼は眠たげな目を開けました。どんよりと沈んだ色の鉛の眼球は、人の後悔と破滅の未来を予言していました。

「そうか。それでよかったんだね。ああ…」イアリオは嘆息しました。テオルドはじっと変わらない視線を彼女に注ぎ続けました。探るように、ということは、彼の毒のある言葉が、いかなる効果をこの女性にもたらしたのか、測れなかったのです。

「ありがとう。そうにちがいない。私にはできるだけのことをした!それでいいんだ。なんだかすっきりしたよ」

 イアリオは一歩前に進んで、思い切り心地よい風を吸い込みました。豊かな胸が膨らみ、しぼみ、大量の息を吐き出しました。今までの悔しさと愛情と、恐怖と痛みをその一息で一気に回転させようとしたのです。彼女はそれが必要でした。

「誰かに話すことが大事だったんだね。私、あんたと話せてよかったよ。ありがとう。もう一度、言わせてよ」

 それは悪の好みではありませんでした。彼女の不思議なほど前向きな姿勢にその毒の息吹はかえってワクチンとなったのでした。

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