第七章 星空への祈り 2.願い事
闇の中、交わり合った二人の男女は、案の定、軽率な行動から町人たちに見つかりました。彼らは逃げましたが、その判断の朦朧とする中で逃げおおせることはできませんでした。彼らは捕まり、追い詰められましたが、まだピンチをチャンスに変えようとする意気込みは顕在でした。
「これはこれは、上の町の皆さん、ごきげんよう」
トアロは慇懃にお辞儀しました。
「我々に一体何の用でしょう?こちらはしがない盗賊、盗んだものはお返ししますので」
「お前たちは二人だけか?他に仲間がいるとすれば、ただではおかない」
人々が槍を突き出し脅しをかけています。しかし、二人は屈することなくまったくの平静で受け答えをしました。
「いません。いませんよ。誓って申し上げますが、私たち二人だけですから」
「なぜこの街へ来た」
「黄金を求めにですよ。かつて滅びた古の黄金都市の噂は、今や世界中に散らばっています。勿論大体の人間が半信半疑ですが、我々は盗賊でありながら冒険家でもあります。挑戦しないわけにはいかない、魅力的な噂ではないですか。噂に導かれここに来たのですよ」
トアロとアズダルは両手を上げ、人々を宥めるようにアピールしました。
「しかし今こうなってはどうしようもありません。盗んだものはすべてお返ししますから、どうか見逃してはくれませんか?」
「盗んだものはどこにある」
「あなた方がずっと警戒された神殿の奥の、洞窟の内部ですよ。案内して差し上げましょうか?」
「よし、行け」
トアロは人々を連れて、歩き出しました。彼女は洞窟の中へ入ってしまえば脱出のチャンスはあると目論みました。狭い岩壁に挟まれた場所ならいくらでも目くらましが効くのです。たとえ手錠が渡されても、くつわや目隠しを嵌められても…ところが、人々は何も彼らにせずに彼らのあとをついていきました。いいえ、いつのまにか、彼らの前と横側に回って、二人を誘導していきました。その方向は神殿に向かわず、どこへ連れて行かれるのか、さすがに二人組の盗賊は不安になりました。
大分歩いたでしょうか。街のほぼ半分の距離を進んで、彼らは人々が人工的にこしらえた港湾の岩壁の前まで来ました。その努力の影は、無数の足跡と脚組みの跡とに見出されますが、壁は完璧に組み上げられ、隙間のない岸壁は外から見ればまったく自然の外壁でした。ただ近くでちゃぷちゃぷと波打つ音がします。海の底までは岩を組み上げてはおらず、その気になれば、侵入者は海の中から泳いで入ることができました。二人は絶壁に圧倒されました。ずっと頭上の天井までそれは高く伸びて、天井もしっかりした梁と柱が渡されて、岩壁と一体になり、柔らかな土がその上を覆う見事な土手になっているのです。これが人間業とはとても彼らには思えませんでした。昔の人間をこれほどの大事業に駆り立てたものとは一体何だったのか、今はもはや、二人組の盗賊には考える時間もわずかでした。
人々はここで彼らを殺しました。無言で次々と槍を突き、彼らを串刺しにして、果てさせたのでした。死骸をすぐにでも海の中へ転がそうとしたその時、鋭い警笛の音が、真っ暗闇をつんざきました。
「いるぞ!いるぞ!盗人だ!まだここにいやがった!」
見つけられたのはピロットでした。逃げるその身のこなしが盗賊に似ていたので、見間違われたのでした。しかし、彼はもはや盗賊でした。胸の中にはあの金色の絨毯から盗んだ、こがねの粒があるのです。彼はそれに魅入られました。町の人間が、こぞって恐れる欲望に、彼らの先祖たちの命をなくした忌避するべき魔法の力に、唆されました。
彼はもはや越えてはならない柵を越えたのです。町の人間の棲まう、欲望に対するいびつな恐れを、彼は飛び越えて、その先にいました。彼はもし捕まれば何をされるかわかりました。しかし、もしこの時素直に捕らわれて、自分のしたことを正直に明かせば、これから彼に臨む、ひどい運命に出会わなくてすんだかもしれません。ですが、それでも多分、彼は永久の檻の中に閉じ込められて、自分の犯した罪を、死ぬまで追及されたでしょう。一度、その魅惑と快楽を手に入れた者は、人々から恐れられるからです。かつて、この町ではこうした人間が少なからず現れてきました。その都度、人々は彼にひどい仕打ちを施してきました。
やむをえなかったのでしょう。彼らを滅ぼした、純粋な悪の力は、打ち消さなければならないのです。誰がそれに異を唱えられるでしょうか。下の街には事実がまざまざと残されているのです。
ピロットも町の人間の一人でした。彼は、町を裏切ったとは思っていなかったでしょうが、その時は、人々が避けていた欲望が熱く体中を駆け巡り、その目で追っ手を見ると、追っ手は取り憑かれたような恐怖に顔面を歪めていました。黄金は、まるで彼らのものだと思いました。彼らほど黄金に執着している人間はいないのではないかと思われました。ピロットはそれを醜いと感じました。彼らはただ人々の欲の根源であるこがねから身を離して、神官ぶった顔つきをしながら、一途にそれに焦がれていたのです。ピロットはにやりと笑いました。また、とても悲しくなりました。彼はもう逃げるのをやめて彼らの言うとおりにしようかと考えました。手に入れた黄金も、どうでもよくなってしまったのです。
すると、彼は地面に転がる二人の死体に足を取られました。柔らかい嫌な感触に立ち止まって振り向くと、そこには見覚えのある二人組の盗賊の、穴の開いた死骸がありました。彼の目は見開かれ、巨大な恐慌が少年を襲いました。自分もこうなるのでは?自分もこうなるのでは?彼は盗人だったのです。もはや言い逃れはできません。
その時は人々はもうすでに目の前を逃げているのが町の少年だとわかり、彼を知る者が名前を皆に教えていましたから、ピロットはその名前を呼ばれて追いかけられていたのですが、もはや、彼にとって自分の氏名は盗賊と同義でした。少年は、生か死か二つの道のみを選ばされました。手を出して、どちらか握ろうとすれば、明確に、伸びた手の行方はこちらを指すでしょう。
決まっています。
彼は、平常心を崩してすっかり慌てて逃げに逃げました。恐ろしい恐怖が少年の心臓を突き破り、今にも、体中を破壊してしまいそうでした。町の人間に殺されるという…もしかしたら、三百年前にこの都で人々が経験したことが再現されると。土蔵から現れたのも含め、彼は無数の遺骸を見ていました。彼らはまだ無言でこの街に居続けていました。彼らは少年にのしかかり、ここから出してくれと言いました。
悪童の名をほしいままにした少年は、とある入江を見つけて、そこに滑り込みました。入江には一艘の舟がありました。小型の帆船で、オールもマストもありました。彼は川遊びで舟の扱い方には多少の心得がありました。彼は勢いよく舟に乗り、オールを突き出し、明け方の、うっすらとした明るさの光の中へ漕ぎ出していきました。追っ手たちが来てみると、少年の舟はもう、彼らの手の届かない、水の上を滑っていました。天井の低いアーチをくぐって、彼は鬱蒼と揺らぐ海の波間に出て行きました。それきり、彼の舟は帰って来ず、おそらく暗礁に行く手を遮られて、沈没したものと思われて、外に出てその残骸や彼の姿を探すも、何も見つかりませんでした。
木っ端に砕けたであろう彼の舟は、その昔、ハルロスが使っていたものでした。果たしてそこにピロットを導いたのは、ハルロスの霊でしょうか、それとも、人々にとこしえの恨みを抱くイラの霊でしょうか。どちらにしても、少年の命を運び去ったのは、以前町の人間に殺された者が使った遺品だったのでした。
二人の少年の運命は、このようにいちどきに大変な変革をもたらされます。可哀そうなのは残された少女でした。やっと懇意になれたと思った少年が、今朝、事件に巻き込まれて死んでしまったかもしれないと聞かされたのです。少女には意味がわかりませんでした。しかし、彼の性格と、まだ盗賊たちが捕まっていなかったことを思い出せば、何が起きたのか、彼女には推測ができました。彼らしいプライドと動機が覗いたのかもしれません。少女は頷きました。そして、人々の言葉が真実なのかどうか、必死で尋ね歩きました。その時はまだ誰も事件の詳細をよくは知りませんでした。彼女は泣きながら彼らに訊きました。誰でもいいからピロットは無事だと話してほしくて縋りました。人々は首を振るばかりでした。彼女は、この事件が自分に責任があるのではないかと疑いました。なぜなら、彼女が町に盗賊たちを通報したことから、生じたことのように思われたからです。イアリオは我を失って、どうしてどうしてと自分を虐めました。がんがんと割れんばかりに痛む頭を、彼女は抱えました。そして、これまでの出来事のすべてを、彼女は母親に打ち明けました。
母親は何も言わず、ただ彼女を抱き締めました。少女はそれだけで、止めどなく溢れる涙を流すままにできました。彼女は自分がどうするべきか、ちゃんと判断するために違う場所へ行こうとしました。家にいるままでは、ずっと泣き続けるでしょうから。玄関を押して出て行こうとした時、彼女はテオルドに外で待ち構えられていました。あの、生まれ変わりの悪となった、オグと融合したテオルドです。
「イアリオ、ちょっといい?」
十五人の仲間である彼の姿を認めて、彼女はまた泣き出しそうになりました。後悔は先に立たずも、涙のように後を絶たないのです。しかし、それこそが悪の好物でした。
「イアリオは、どうしたいの?願いたいんだろう、ピロットの無事を。じゃあ聞きなよ。町の西地区に、ゴミ街という区画があって、そこにシャム爺という人がいるんだ。彼ならどうすればいいかわかるんだって」
イアリオは半信半疑にそれを聞きました。ですが、何かに縋りつかなければならない気持ちの彼女は、彼の言葉通り、ゴミ街のシャム爺という人物を当たりに町の西へ赴きました。ゴミ街とはその名のとおり道が狭くて入り組んだ街並みの、空中に橋が架かるほどのごみごみした一帯でした。彼女はそこで、たった一人の人物を見出すために街中を駆けずり回り、夜になってやっとのことで相手を捜し当てました。
シャム爺は親切に彼女にアドバイスをしてあげました。今は願うことしかない。そうだろう、お前さん。自分にはどうしようもないことだ。だったら、その子が無事であるように、強力なまじないを一つ教えてやろうじゃないか。彼女はそのまじないを聴きました。
新月の日に、夜、北の山脈を望める墓丘のてっぺんに立ち、空のお星様に向けて、願い事を言うのだ。その墓丘というのは湿地のど真ん中にあって、行くのも難儀だが、帰るのも難儀だ。さらに、その墓に納められているのは昔たくさんの人間が死んだ際に慰めようとして閉じ込められた霊魂なのだ。今でも彼らのところに遥か昔に生きた人たちの死霊が呼び掛けに来るそうだ。おいでおいでと、空からな。
月の出ない夜は、星となった太古の亡霊が、墓の下の幽霊どもに呼び掛けやすい時間なのだ。その時に願い事をすれば、御先祖がこちらの願いを聞いてくれるかもしれない。そうしてみないか?さて、それがまじないかどうかは…イアリオは問いただしませんでしたが、少なくとも心は軽くなりそうでした。彼女は次の新月の晩、早速墓地に行って、彼の無事を祈ろうと思いました。そこへまた、テオルドがやって来て、自分もついていくよと言いました。彼女は一人では心許ないからと、彼を連れて行きました。
「願い事、か。もしそれが実現すれば、それは本当にすごいことだ」
彼はにやにやしながら、皮肉とも嘲りともとれる口調で冷ややかに言いましたが、彼女の耳に届きませんでした。湿地は道無き道で、月のない夜ですから星明りを頼りにぼんやりとした草原を分けていかなければならず、少女のイアリオは必死で草の海を泳いで渡りました。そして、荒れ果てたこんもりした丘に到着すると、歯のように突き出た岩を避けて、無造作に立てられた看板を目にしました。
「からだは闇に、たましいはここに。長い時をかけて、彼らは望みのすがたになろう。あとはすべて時が解く。彼らの罪も、その運命も」
風雨に三百年も晒されたその立て札は、しがみつくように地面に噛みつき、折れ曲がった矢印は真下を指差しぶら下がっていました。文字の部分だけが何度も重ねて塗られたようで、そのように読むことができたのです。イアリオは静かに目を閉じて、この墓の丘を登る次第を、胸の中で看板に言いました。丘の下ではテオルドが不気味な笑みを浮かべながら彼女の一挙手一投足を見ています。彼女は丘のてっぺんまで来て、遠い空に星を臨み、願い事をかけました。今にも、眠りに就こうとしていた辺りの茂みやイバラたちが目を覚まし、おもむろに首をかしげました。空から星明かりが降り注ぎ、神秘的な光が蒼白く少女の頬を撫でました。その時、少女は自分の願いが星空に聞き届けられた、と思いました。しかし、坂の下で少年があくびをしたのも耳にしました。彼女は構わず、母親に頼んでおいた弁当箱を広げて、星になったといわれる御先祖に奉納しました。
それで終わりでした。彼女は今も彼の消息を聞いていません。もはや死んだものと思われますが、彼女の中ではそれもまだ未整理のままでした。彼に預けた彼女の恋心は、今もその胸に残っています。二十二歳。イアリオは、地下から持ち出した黒表紙のハルロスの日記を大事に抱えて、青々とした空を見上げました。この天の下に、まだピロットが生きていると思っても、よいような気がしました。なぜなら彼は、彼女を導いて、十年後の現在、この貴重な書物にめぐり合わせてくれたからです。彼女は空に感謝しました。今は見えない、向こう側にある星々に、自分たちの、御先祖に。
皮肉なものです。彼女の先祖は星になった者たちの他に、地面の下にも埋まっていたのですから。いずれ復讐の時がやってきて、あらゆるものが灰燼に化しても、彼女はその事実に気づきませんでした。事件に巻き込まれてしまえば見えることはただ己の周囲だけなのです。あらゆる事柄がそこに関わり込み、人間は、その一部しか気づかないのです。人間である以上は。人と、人との間に棲まうのですから。




