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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第一部
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第一章 白き町と破滅した街 2.ひと芝居

(ピロット、私を守って)

 イアリオは胸の前で手を握り、鳥の彫像に祈りました。彼女は強い気持ちを持とうとしました。およそ十年ぶりに向かう暗がりの地下は、おぞましいものたちを思い出させるところだったからです。彼女たちが見たもの、それは累々とかさばる人の死骸でした。ある蔵の扉を打ち壊したときに、それは出てきたのです。子供たちは、ちりぢりになり泣き叫びながら、地下を逃げていきました。その後、彼女の親友は行方不明になったのです。暗黒の、悪しき力にあてられて、可哀そうな少年は、その姿を消してしまったのです。もう二度とあのような目に誰かを遭わせてはいけない…その気持ちは誰もが同じでしたが、当事者たる彼女がその当時の気持ちに整理をつけることは、十年たった今でも難しそうでした。

 彼女は胸がぐっと潰されるくらいに苦しくなりました。空を渡る風が、彼女の方に降り、そのほつれた前髪を、前後に揺すらせました。突然、イアリオは面を上げ、はっとした面持ちで愛した少年の生家を見つめました。まるで、今そこに彼が存在するかのように…。彼女は、少年の声を聞いた気がしたのです。「思うことをするといい。自信をもって、大丈夫だから」そのように…。

 かの言葉に導かれ、女は、邸宅をあとにしました。


 最初に、地下に通じる穴を発見したのは、友達の落とし物を探していた、ピロットともう一人の少年でした。彼らは野外授業に出掛け、野草の観察をしている最中でした。近くにいた少年少女たちを、二人は集めました。思った以上にその穴は深く、先があり、好奇心がなんともそそられるたたずまいをしていたのです。十五人の子供たちが集まり、さて、このぽっかりと口を開けた未知の通路をどのようにして探索しようかと話し合いました。そこにイアリオもいました。彼らは授業のあと、もう一度つどい、いよいよと暗い穴蔵に次々と頭を入れ始めたのでした。

 それから十年の月日がたちました。彼女は、当時入った穴とは違う所から、大岩をどけて中に入りました。先導の灯を頼りにうねうねと下がっていく狭い道幅の通路を行くと、途端に広々とした巨大な空間に出くわしました。ああ、と彼女は嘆息しました。また来てしまった、この場所へ。忌まわしい思い出のある、この暗がりに。彼女は胸が締め付けられ、気分が悪くなりました。しかし前へ歩かなければなりません。彼女は強い気持ちをもって、この闇の圧迫感のある暗黒の場所へと、調査隊とともに分け入りました。まず彼らが向かったのは、侵入者と思しき者の付けた跡のある所でした。そこは、にわかに地上とつながっている坂道の角でした。地上への出口はすっかり塞いでいましたが、隊員が少し天井を横にずらすと、まぶしい光がその一角を照らし、問題の跡をくっきりと囲みました。隊員は彼女に壊された入り口の扉のかけらを見せました。大変強い力で砕かねばここまで破砕しえないはずの石扉の残骸でした。その石扉を砕いたであろう人物の足跡と思しき跡を、光は囲んでいました。どうやら犯人は一人のようですが、明らかに扉は内側から砕け、犯人はどこかからこの地下都市に紛れ無理矢理扉を壊し、上の町に潜んで今も隠れているはずだろうと検証されました。

 ところで、これで地下への入り口を全部確かめたことになり、その一つ一つが閉ざされているのがわかって、あとは町の外側に陣を張って建物の隙間などをくまなく探せば侵入者は見つかるであろうとされました。大人たちは緊密に連絡を取り合い、蟻一匹も見逃さぬ注意深き眼を皿のようにしていました。こうしたことは、珍しくなく、いわばこの町の伝統にもなっている警戒の技で、これまで一度も侵入者を逃したことはありません。なぜなら、彼らは地下にいまだ残されている黄金の流出を恐れていたからです。黄金は、人を惹きつけ、心を蝕み、三百年前のような惨事を引き起こします。また、もし海賊どもの失われた財宝がまだこの地にあると外の世界に知れたら、この町は一巻の終わりです。以前は外側の勢力と伍して戦うこともできましたが、いまや時代は変遷し、町に蓄えられた武力のみでは立ち打ちできないことを知っていました。彼らは、自分たちの美しい町の地下にある金銀財宝の類を、恐々としながら守らなければいけない立場だったのです。ですから、当然警戒の目はまったく怠りなく町中を見張っていました。

 さて、イアリオの目の前で隊員はわずかに開けた(そこからはとても人一人入ることのできない小さな穴である)採光窓を閉じ、再び彼女を案内して先を行きました。その場所からほんのわずか離れたところで、彼らは屈み込み地面を灯で照らしました。あちこちにたくさんの足跡があります。どれも大人のサイズより小さく、ここを子供たちが遊び場にしていたまったくの証拠たる足跡でした。どうすればいいものか、と隊員らもイアリオも考えました。彼らはイアリオの言葉を待ちました。彼女の中にあるアイデアが閃きました。そのアイデアに、隊員は全員賛同しました。

 どの子が地下を遊び場にしているのか、目星はついていました。このようなことになってから、侵入者監視の連絡は全町民に向けて発信されていましたし、と同時に、子供たちの監督も注意されていたからです。侵入者は厳罰をもって臨むとしても、子供たちへの対処はその時結論は出ずに、持ち越されていました。イアリオは、その時に彼女が知っている子供が遊び場に来ているのを知り、このこともどうしても彼女を再び暗黒の都市へ赴かせる要因になっていました。彼女は、ひと芝居うつことで、皆を地下から追い出そうと考えました。そのあとで、彼らの発見した入り口を塞ぎ、まるで何事もなかったかのようにしてしまえばいいのではないかという案は、一番よさそうに隊員たちの耳には届きました。子供たちに教え込む必要があるのは、この場所はとても恐ろしいところだということです。それを、三百年前の事件を詳しく教え込むことではなく、印象深き体験を施して身を引かせることで、植えつけてしまおうというのです。

 準備は整い、役者が勢ぞろいしたのは、その後三日たった日でした。人々は白装束と太鼓と化粧道具をとり揃え、イアリオの到着を待っていました。彼女はそこで、恐ろしき女戦士の亡霊に化けるのです。こんな話が、町には伝わっています。それは昔話で、炉辺で誰もが幼い頃聞いていた物語でした…。ある理由で地下室に閉じ込められた女戦士が、村中の人間たちを呪いながら死んでいくという話です。その女性は男などかなわないくらいに力が強く、勇壮で、豪胆でした。戦場へ行っては必ず功績を立てて帰ってきます。得物は黒い剣で、どんな相手をも打ち負かしてしまう研ぎ澄まされた刃を持っていました。彼女はその剣でもって武勲をたてて、村に富をもたらし、それがために村中は、彼女をほめそやします。

 ここまでなら、突飛な女性戦士の勇猛談なのですが、その女は、自分の力を過信して、ある時恐るべき魔物と対峙してしまうのです。ここで、女は魔物に喰われてしまいます。その魔物は、人の心を読み取り、人間の悪意を否応なく増大させる、魔の力を持っていました。女はその力を受け継いでしまいます。人は、彼女を前にして、誰もかなわなくなってしまうのです。女は、その村に一つとてつもない悪を働きました。誰かの恨みをその女が代わりに果たしてしまったのです。彼女をしてその誰かの恨みは人一人殺害することはわけがありませんでした。ところが、その女はこう宣言したのです。「私は、この者の命令によって罪を犯したのだ!」と。その者は狼狽し、いいや、そうではないと否定しますが、彼女の言うとおりひどい悪意を相手に対して抱いていたものですから、はたしてその行いは、自分の命令だったかどうか、わからなくなってしまいました。

 しかし、村人たちはその人の言うことを信用し、女を地下室へ閉じ込めてしまいます。女は、かの魔物の力を受けていましたから、人々の心の語る悪意にまみれ、それ以外の心を読み取ることがなく、人々を呪いつつ蔑みつつ滅びたのでした。

 化粧をされ、死人を思わせる白い装束を着せてもらったイアリオは、なんともお話の中の女戦士にそっくりでした。ちぢれた髪など迫力満点で、いかにもいそうな風貌の幽霊です。この姿で子供たちの前に現れれば、彼らは十中八九先の物語を思い出し、てんでに逃げおおせることは想像がつきました。演出もばっちりです。ところで、もう一つこんなお話があります。祭囃子に乗せられて、悪い妖精が現れるというものです、この妖精も、なかなかあくどく、子供たちの心理に鋭い影を落とす魔物でした。ここでその詳細は避けますが、彼らはきっと、これから打ち鳴らされる不気味な音楽に対して、それと同じ恐怖を体感するでしょう。

 そろりそろり、一団は足音を立てず、例の穴から中に入りました。耳を澄ますと遠くから、子供たちの歓声がどことなく聞こえてくるようです。というのも、この地下では時々得体知れない音が鳴ることがあり、それかもしれなかったからです。しかし、やがてそれは本物の彼らの足音だとわかりました。一団は打ち合わせどおり打ち物と数珠と(これは式典の飾り物に使われるもので、決してこのような試みに使われるものではなかった)を用意して、そろそろと、太鼓を打ち始めました。とんとんとん。とんとんとん。始めはほとんど聞こえないほどの大きさから、次第に音量を上げていきます。とんとん、どんどん。子供たちが物音に気づき出します。遊びはやめて、遠くの方を何事かと振り向きます。とんとんとん。どんどん。音は、だんだん不規則になっていきます。祭囃子のあのリズムに乗せて、焦燥と喧騒をうまく表現した土俗の音楽を奏でるのです。子供たちは不安になりました。いったい、突然この暗がりの中で、誰がこんな手の込んだいたずらをするでしょうか。もしかしたら、これは…自分たちの知らない、悪意ある存在が鳴らしているかもしれないぞ…!

 子供たちは一気にパニックになりました。そこに、音楽とは違う方向から、思いがけず正体不明の白い衣に身を包んだ女らしき影に向き合いました。もう、そこは驚異渦巻く混乱の極みに達しました。まるで蜘蛛の子を散らすように、一斉に子供らはその場から逃げ出しました。不思議なもので、大人たちはこの様子をひどくおもしろく思い、もっと驚かせてみたいと考えました。しかし、彼らがどこかへ潜ったり行方不明になっては本末転倒なので、これも打ち合わせどうりに、太鼓の音なり白装束なりで、うまい具合に誘導していきました。子供らの大部分はまっすぐ秘密の入り口と思われる方向へ逃げていましたから、そこへ向かって、包囲網を狭めていきました。イアリオはいささかほっとした気持ちになりました。ここまでくれば、計画は半分以上も成し遂げたことになるからです。けれど、彼女は今暗い街角から出てきた男の子を見て、ぎょっとする気分になりました。彼は、一見騒ぎに呑まれて方向を失ったあげく、袋小路に差しかかってしまったと思ったのでしょう、半泣きになって慌てて飛び出したようにも見えたのですが、彼女がしっかり見てとったその表情には、虚ろな、なまなましい驚きにあった気分を物語る色がありました。まるで、いましがた出会った驚異とは別の、何かに遭遇したあとのような…。彼女は彼のこの表情を忘れられませんでした。ふいに彼女は、街角の高い壁の上を仰ぎ見ました。真っ暗でその先は何も見えませんでしたが、そこから、人の視線を感じたのです。もしかしたら、侵入者ではないか…?そんな疑念が浮かびましたが、ここから追いかけようにもどうすることもできなく、彼女は周囲の大人たちと一緒になって子供たちを追いかける場に行きました。

 あちこちに散逸した少年少女たちは、どうやら皆同じ穴から外へ出ていったようでした。イアリオは、坂の上方にぽっかりと口を開く亀裂が見えました。それは、地下を覆い隠す目的で埋められた木組みの天井でした。脆くなっており、木材の一部が腐食しています。これで、彼らは閉ざすべきもう一つの扉を発見することができたのでした。


 とにかくこれで、一連の事件は収束したかにみえました。侵入者と思しき人物はまだ捕まっていませんでしたが、それも時間の問題と思われました。町人は監視の手を緩めず怠りなく互いに注意深き目を交わしていました。しかし、イアリオには一つの懸念がありました。子供たちを追いかけていたとき、感じた誰かの視線がその理由です。偶然か幻か、それはわかりませんが、とにかく彼女には尾を引くような感触を与えたのは事実です。彼女は、町の評議会に直談判して、自分だけでも再び地下の調査に当ててくれないかと直訴しました。

 これに、議会は承認を付与しました。というのは、彼女の感覚を信じたわけではなく、彼女自身が大きな信用を勝ち取ったからです。過去の罪滅ぼしを立派にやり遂げたのですから、その自由をいささか保障するのは当然の心理でした。こういうわけで、イアリオは単独で地下の暗闇都市の間を観察し徘徊する権利を獲得したのでした。ですが、それ以後、侵入者らしき人間はまったく発見できませんでした。しかし、半年と何日かたつと、人々はもしかしたら町人の誰かが下に落ちて、死に物狂いで地上を求めて脱出しただけかもしれぬと判断し始めました。こうした例は、過去にも幾度かあったからです。何度か地下都市の捜索を行っても、何人か入り込んだ形跡はまったくなく、この判断を後押しする形となりました。ただ、イアリオだけが、不気味に存在する自分を見たらしき人物の眼差しの感触を覚えただけでした。

 子供たちは、ある噂話が半年ほど持ち上がりました。震える暗闇の幻の都市に、お化けが出て、自分たちをこらしめにやってくるというものです。あのとき暗黒都市で遊んでいた彼らは入り口も忽然と閉ざされてしまいましたので、まるで夢のようだったと思わざるをえませんでした。ですから、大人たちがそんな子供らの噂を聞くと、うまいこといったなと、イアリオたちの計画を賞賛する心持になるだけでした。しかし、ことはそう単純で楽観できるものでは、実はありませんでした。暗黒が忍び寄っていることを、最も敏感な感性の持ち主がキャッチして、彼らにそうした話をしているのです。ですが、このことを述べるには大分あとになるでしょう。恐ろしい、驚異なる巨大な力が、今にも押し寄せんとしているのを、まだ誰も感づいてはいないのです。

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