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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第一部
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第五章 五弁花の壁の前で 3.さらなる闇に

 イアリオはずっと約束の場所で待っていました。もうすぐ、太陽が背後の建物の尖塔をよぎる時間です。彼女は、草深い窪地の中にいました。初めて、ピロットと出会い、彼に腕を噛まれた思い出の場所でした。

 彼女はずっと不安でした。彼女の不安を、吹き払う何かも、和らげる兆しも、待てども待てども現れませんでした。イアリオは覚悟していました。このまま彼が姿を見せなかったその時は…きっと、素早く議事堂へ赴こうと。

 そして彼は現れませんでした。彼女は草木の中を立ち上がりました。彼女は一心不乱に走りました。もう待てません。もうこれ以上、彼女を脅かす何ものも、許せません。


 首を絞められて、息も絶え絶えになったテオルドは、なんとか相手を振り切ることに成功しました。彼は怯えた眼差しで相手を見ました。今しがた、彼が脅かしていた仲間を、同い年の少年を。相手の目はぎらぎらと焔を立ち昇らせていました。目の前の敵が、どんなことにもなっていいような激情に苛まれています。

 その時テオルドはゆっくりと笑いました。彼の中に眠っていた、古の血が、再び目を覚ましたのです。

 しかし今しがた発された激情が、相手の中で、あっというまに冷めていきました。ピロットは不安げな心地になりました。

「お前は、俺とは違って…」心配そうに彼は言いました。「くだらないことを、随分考えるんだな」

「…なんだって?」

「唆し方が俺とは違う。お前、俺に食ってかかって、何か満足か?俺だったらこんなことはしない。平等じゃないから。俺とお前は」

「何を言っているんだい、ピロット?」

「言ったとおりさ。疲れたよ。俺とお前は違う」

 ピロットはその理由を最後まで言いませんでしたが、本当に目は疲れ切って、憔悴していました。捩じて熱くなった心の臓器が、休息を求め、彼の気をテオルドから逸らしました。彼は、もう帰るつもりでいました。

「がっかりだよ、ピロット」

 もう一度、テオルドは、彼を激しようとしました。

「そんな調子で、今まで生きてきたの?お前はもっと、もっと暴れん坊で、いつも誰かを脅かしながらいることが、大事じゃなかったの?ああ、僕は推測しているだけさ。お前がこんな風に思っていたんじゃなかったか、てね。あれ、あれあれ、どうして僕はお前のことを理解してきたぞ!ああ、ピロットはこんな風に事を考えていたんだ!」

 彼は嬉しそうに笑いました。

「やあ、僕はお前と、似ているのかもしれないね!ただ僕は誰かの前で暴れなかっただけで、お前はいつも、気持ちに体を任せていたんだ!そうか、やっとわかった。僕はいつからか、お前のことが好きだったもの!ピロットが憎くてたまらなかったよ。なぜなら、お前、僕の本当にやりたいことを率先してやっているんだからさ!」

 ピロットは後ろを振り向き、目を大きくして、彼を見据えました。

「でしょ?でしょ?本当だ。僕だって誰かに自分を見てほしかったんだからな!ただ僕は非力で、何もなくて、お前のように、周りに訴えることができなかっただけだ。それが羨ましかった!いい加減、こんな自分やめてしまおうと思ったものだけど、今ね、自分にもお前のような力がついたんじゃないかって思うんだ。この街にいると、そんな風に思えてきている!僕はねピロット、上の町に復讐したくて仕方がないんだ。お前も今聞いたろ、僕から?上の町の連中が犯した罪業をさ、彼らが守ったとんでもない秘密をさあ!いいかいピロット、僕らは同じ穴の狢だ。喜んでいいよ!だってこれは、すごくめでたいことじゃないか!」

 彼は興奮してまくし立てました。ですが、ピロットはそれを、冷めた目で見つめました。「お前は…」ピロットはゆっくりと言いました。

「お前は今までそんな風に生きてきたの?」

「だってさあ!」

「俺はお前が嫌いだよ?」

 一瞬、テオルドの動きが止まりました。そして、吐く息が荒くなり、徐々に徐々に、焦り出しました。

「何言ってるんだよ、ピロット?」

「もういい。俺は帰る。ああ、イアリオに、間に合わなかったな。どうせ、この街はもう探検できなくなるんだ」

 彼は少し寂しそうに言いました。彼なりに、冷たく言い放ったつもりでしたが。

 突然、テオルドが彼の後ろからのしかかり、両手で首をぎゅっとつかみました。息ができないほどの力の強さで、ピロットはめまいがしました。地面に倒れ込み、背中に取りついた相手を振りほどこうと懸命にもがいても、その力は猛烈で、本気で彼を殺しにかかるくらいでした。テオルドの目が、冷たく閃いています。折角手に入れたように感じた仲間を、取りこぼすまいとして必死で、あるまじきやり方で彼のところにつなぎとめようと…。

 それは、普段の彼では考えられないことでした。この闇の中だから、暗がりと同化した彼だから、できることでした。そうでなければ、こんなことするはずもありません。ああいう言葉も口にしません。

 積年の苦しさが彼を破滅に向かわせるようなことをさせたとしても。いいえ、その積年の苦しさとは、彼の血が、彼の同族が、彼の女系の祖先が培ってきた、古くからの願いでした。ですが、実際は彼は彼である以外、ほかのものではなかったのです。

 ピロットは、そこまでテオルドのことを知ってはいません。ですが、彼は相手に深い哀愁を感じ、これまでにない言い知れぬ寂寥と絶望感とを、相手の目の深くに見ました。

 ようやくテオルドを振り切り、彼は立ち上がりました。はあはあと息をつき、彼は、天井の淡く差し込む光を見上げて、今の時間を計ろうと思いました。しかし、それも無駄だと知って、命ある花の咲く蔦の絡まる壁をあとにして、行ってしまいました。

「…つまんないよお、一人じゃ寂しいよお」

 テオルドは行ってしまった同級生の背後から、聞こえないほどの声で、呟いて、松明の灯りもなくなった暗闇で立ち上がりました。彼の唇は奇妙に歪んで、言葉にならない声を漏らしていました。

 地下都市への秘密の入り口を出た所で、少年ピロットは保護されました。イアリオの議会への報告後人々の行動は迅速で、早速地下に紛れ込んだテオルドと、侵入者である盗賊たちを捕らえようと組織を形成して動き出していました。まもなくテオルドも保護されましたが、彼はその時、手にある本を持っていました。彼が滅びの都市に入る前に持ち出した書物の他にもう一冊、黒い表紙の日記帳のようなものを、にたりと笑いながら、所持していました。


 光が望めれば、今まで混乱していた意識も、回復に向かうものです。圧倒的な恐怖も、温かいスープとほかほかの毛布にくるまって何日かたてば、徐々に収まっていくでしょう。子供たちは、皆このように保護されて後の日々を過ごしました。

 それでも軋むようなあの時の恐怖は、いつまでも忘れられませんでした。彼らはふとよく自分の背の後ろを見ます。誰もいないのに、誰かがそこにいるように、感じるからです。そして、ぶるぶると震える自分に気がついて、まだあの時の傷跡は癒されていないのだと思い知ります。相当の時間が必要でした。ふさわしいぬくもりが必須でした。人といる時間、誰かと笑い合える場所、暖かい日の光と、夕方の日の終わるほっとする黄昏こそ、彼らにとって最も大事で、不可欠の景色でした。

 さて、彼らは一様にあの暗い街で見たものを口外してはいけないと言われました。どうしてと訊くと、あの都の秘密は、成人してから明かされるのだと言われました。テオルドだけ一人にやにやしながらその申し渡しを聞きました。ラベルは無関心を装いつつ彼だけ不機嫌な顔をしました。他の者たちのほとんどは、ほっと胸をなでおろしました。あの街の由来を、無数の骸骨たちの出生を、大人たちは皆心得ているのだと思うことができたからです。それだけで随分子供たちの胸は軽くなりました。

 イアリオは、この説明に不可解なものを感じました。というのは、彼女は暗い地下に棲む魔物たちの声を聞いたように思えましたから、町の人々がそれを放っておくことが、どうしても理解できないからでした。それは、テオラも同じ気持ちでした。あの巨大な墓場をそのままにしておくことが、どれだけ自分たちの危険となるのか、自分たち以外の誰かもいつそれに巻き込まれるか、わからないではありませんか!ピロットは、テオルドからすべてを聞いていましたから、大人たちは、どのような意図で彼らに真実を隠すのか推測できました。そしてそれをくだらないと思いました。

 アツタオロとサカルダは次第に声を取り戻していきました。普段から無口だったサカルダは、家畜を誘導するための掛け声のほかは、今までどおりやはりそれほど口を開きませんでしたが、顔つきは柔和になり、声をかけられればにこやかに返事しました。アツタオロはいつものぺちゃくちゃしゃべりが戻り、周囲も安心しました。彼女の友人も家族も一体彼女に何があったのか、聞こうとしませんでした。本当はアツタオロはそういったことも皆しゃべり出してしまいたかったのですが…周りの気遣いがそうさせてくれませんでした。

 元気を失っていたハムザスは、そのほかの子供たちと比べれば時間はかかりましたが、兄と共にすっかり良くなりました。彼らは家業の川漁を手伝いながら、授業にも戻りました。しかし深刻なのは…ピオテラでした。彼女は空想世界に逃げ込むことで、心理的に事件から距離を置いていましたが、否応にも、彼女を庇護しようとする親たちの動きが、かえって我に還らせようとしたのです。当然、ピオテラはそれを拒みました。彼女には恋人がいましたが、彼に噛み付くほど甘えと拒絶反応を示し、所在をなくしてしまいました。どうしていいかわからずピオテラは泉に飛び込んだりやけくそで普段の倍も食事を取るなど、自分自身を鞭打つことをまでして安心を得ようとしました。ところが、ある時ぐるぐると眩暈がして、彼女は倒れ込みました。目を開けると、すべての人間が怪物に見えました。目をしばたたいてこれはうそだと思い込もうとすると、今度は頭蓋骨を戴く骨だけの人間になりました。彼女は狂い、精神的に参りました。ですがそれも長くは続きませんでした。彼女は新しい想像の世界に入り込んだのです。彼女は骨だらけの世界が見えると言いました。でもそこは、無駄に面白くて、明るくて、こちらを笑わせる道化師の国の様らしいのです。


 盗賊たちはまだ捕まっていませんでした。大人たちの捜索は夜を徹して行われましたが、彼らの足跡を辿るも、どこにも見つからず、ただ、ピロットとイアリオが伝えた二人の人物の描写に従い、ぼんやりとしたその想像の姿を追い続けるだけでした。しかし、彼らの侵入経路は明確にされました。あの、二つの大きな柱の立つ神殿の入り口を押さえたのです。

 しかし、こう何日も見つからなくては、すでに連中は脱出したのではないかとも思われましたが、彼らの勘では、まだ、二人はこの場所に閉じ込められたままだと感じていました。

 確かにそのとおりで、トアロは、アズダルと共にわずかな食料を分け合いながら、脱出の機会をずっと窺っていました。彼らの舌を巻くところは、町人たちの徹底した動きでした。二人の見るところ、人々は何かに怯えたように火を持って回り続けています。単純に侵入者の排除のためというより、より大きな何かを奪われまいとするかのように、見回り、注意し、果ては、この街とさらに広がる洞窟の至る所を虱潰しに捜し出していたのです。まるで彼らが黄金を見つけ出そうとしているかのごとく…彼らはなくなった宝物の数を数えようとしませんでした。そんなことはどうでもいいのです。この街の秘密が外へと漏れることが何よりも恐ろしいのです。

 トアロはアズダルとこのことを議論しました。少年テオルドの話から推測するに、あの天井をずっと覆ったように、人々が三百年前の直面した恐怖にいまだ囚われているのだということはわかりました。ですが、そんなにも守らねばならないものとは一体なんでしょう。彼らの生活でしょうか。それとも彼らの先祖の暗い過ちでしょうか。いいえ違うようです。どうやらそれは、彼ら自身が、この暗黒に取り憑かれたのだという事実、彼ら自身の暗い現実をこそ、守ろうとしていたのではないか?二人はそう思いました。

 そのように思うと、彼らは吐き気を催して、いてもたってもいられなくなりました。彼らは再度交わりました。少ない食料でまだ何日も耐えねばならないというのに、無駄な体力を使うようになってしまったのです。

 一方…少年テオルドは、目をはっきりと開けて、地下街の中心部から持ってきた黒い表紙の日記帳を、穴が空くように見つめていました。彼が、図書館で参照した資料や、議会預かりの倉庫から黙って盗み見たあの大事件のあらましが語らない、当時の人の目で見た、彼の先祖の現実を見つけたのです。彼は、ごくりと唾を飲みながら、日記を読み進めていきました。そして、読み終わると、一つの確信ともいえる秘密の覚悟が、彼の脳裏によぎりました。

 僕は、この町を…潰さなくてはならないだろう。


 三百年前…ある青年と子女が出会い、恋に落ちて結ばれて、はかなく引き裂かれる運命の物語を、ここで語らねばなりません。

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