第五章 五弁花の壁の前で 1.性愛の予感
地下の暗がりには多様な存在がいました。そこはまさに魑魅魍魎の棲む世界といっていいのですが、どうしてその者たちが棲むようになったかというと、大きく二つの事件によります。およそ三百年前に起こった狂乱の事件と、それよりも遡ること五十年、クロウルダという元々この港を建設した民族の滅亡です。前者は無限の苦痛と苛立ちを背負った亡者どもを生み出しましたが、一方後者は、それよりももっとたちの悪い暗黒の生物を放り投げたのです。オグという、この魔物は、人間の悪意そのものでした。人々の古代の悪意を一身に集めた、巨大な巨大な黒い闇でした。クロウルダという民族は言わば神官の民で、この魔物を封じ込めるために彼らの生涯をかけていました。
その民族が滅びたのであれば、無論、彼らの監視下にあった魔物は、自由の身となります。かの魔物は神殿の奥の洞窟にいました。時折霧の姿になって、地下の街を漂います。しかし別段これまで目立つ悪さをすることなく、落ち着いていました。というのも、かの魔物は、ある時を待っていたのです。三百五十年も、自由の身となって以来。
トアロとアズダルの二人の盗人は、この霧の魔物に触れたことに気がつきませんでした。ひんやりとした冷気は常に彼らの周りにまとわりついていたのに、彼女たちは、自分たちの目的はこの街の秘密だと勘違いをしていたのです。さっさと黄金を盗み出して後日何度もここを訪れればよいものを、彼らは欲張り、正気を失っていました。悪意の魔物は触れた人間の悪そのものを増大させます。彼らにとっては、わくわくする冒険と隣り合わせの窃盗が生業でしたのに、それ以上に、危険を増させる選択をしていたのです。街の秘密など、盗賊が望むのにこれほど不適切なものはありません。彼らの商売にかなっていないのです。勿論、この暗き都市の光景に圧倒されて、なおかつ壁や天井に人工らしき隠蔽の跡を発見して、好奇心がむらむらと昇ったのには違いありませんが、普段の彼らならそれほど関心を惹きつけるはずがありませんでした。彼らはあのようにピロットに頼み、直接都市のことを知る人物との接触を図りましたが、それがどれだけ、自分たちの身を危険に晒すかわからないような人間ではないのです。
彼らは焦っていました。というのは、黄金はある場所で発見をしたものの、そこは水の中で、引き上げるのに難儀したのです。確かに大量の塊でしたが、そんなところにあるなら、他の場所もよく調べてみればそこにある以上の量が見つけられたかもしれません。しかし彼らは、そんな金よりも都市の滅びたあらましの方が、価値高く思われていました…。奪い取るべき宝物は、彼らにとっての真の黄金は、それになっていたのです。なぜ、このようなことになったのでしょうか。たしかに彼らは「盗賊冒険家」です。盗みは手段で、冒険こそ目的でありました。ですがこれほど危険を冒す必要はまったくありません。というのは、彼らの生命を懸けての冒険は、拒否の項目にあったのです。彼らは着実な冒険家で、少しずつ成果を挙げていくようなやり方をこそ好みました。「蛇牙」と呼ばれる絶壁にチャレンジしたのも、いつ果てるとも知れない穴蔵に突っ込んだのも、トアロ一流の、勝算があるからでした。彼らは命を危険に晒しません。着実な冒険をこそ好きました。
彼らの身に及ぶ恐ろしさはこうしたことにあったのです。つまり、彼らはいつのまにか自分を見失って、己の欲望に、忠実になっていたのです。身を破滅しかねないところに、彼らは誘われていったのです。彼らはもう自己を失っていました…計算高い頭脳がかちかちと働いていましたが、それは、結果破滅へと結びつく計算でした。
一方、ピロット少年は、これもまた彼一流の頭脳を働かせていました。彼の目的は、テオルドを助け出して彼に屈辱を味わわせたこの闇に対して抵抗することでしたが、もう一つ、大事な目標ができあがりました。盗賊どもをやっつけてやる…!しかしどうしたらそれができるでしょうか。彼は、イアリオの泣きそうな顔を見た時に、急に閃きました。あの盗賊が言っていた、彼らの奪った宝物と交換で街の情報を求めたこと、そこに付け入る隙を見つけました。彼は、盗賊たちが本当にそんなことを考えているならば、相手が誰であってもいいだろうと思いました。そしてこちらが、彼らの欲しい情報を小出しにすれば、きっと連中は下手に出るだろうと考えられました。何より、彼らは自分たちが奪った黄金より、こちらの「情報」の方が、価値の高いもののように言っていましたから!
そんなにうまくいくとは思いませんが、こちらがじらして、相手の行動を制御することはできそうな気がしました。彼は、罠仕掛けが得意な少年でした。彼らと約束したところは見通しが悪く人目につかない、岩場の隙間でした。彼が仕掛けを施すのにわけない場所がいっぱいあります。勿論、相手の盗賊もそうしたことに精通しているでしょうから、これは、純粋な頭脳戦になりそうでした。ですが、彼には自信がありました。相手が大人であればこそ、彼の勘は、鋭く働くことがありました。彼は好敵手を得られたような気持ちにもなっていました。今までの彼が行ってきた悪事にも、最近飽きだしてきたのですから。
早速彼は仕掛け作りに赴きました。この間、彼の頭にテオルドの名前は出てきませんでした。彼にとってテオルドが生きているかどうかはあまり関係がありませんでした。そのようなことを気にした時間はなく、自分の欲求の方が最優先でした。彼は、計画の結果はあまり顧慮せず、純粋に自分の気持ちだけで動いていました。
仕掛け作りが終わり、彼はようやくテオルド捜索を開始しました。その頃はもうすっかり夜が明けていました。彼は一晩中罠作りに没頭したのです。
テオルドの行き先にあてはありません。彼は、イアリオとあんな約束をしましたが、それは、彼の事情を最優先していたからでした。ただ心のどこかに引っかかるものはありました…まるでテオルドを見殺しにするかのように自分が行動しているのを彼はよく知っていました。彼女の涙目を思い出しながら、彼は再び暗闇へと入り込みました。
彼は火を点けました。入り口から、崩れた土蔵の前まで、道の上にテオルドらしき足跡は見つからないかと探しました。大屋敷の正面から迷走してほとんど出口に向かっていない足跡を、彼は丹念に調べてみました。けれど、皆ちゃんと最後には出口へと向かって、何の心配もいらない結果となりました。一つだけ、あまり長い道のりを辿ったものもありましたが、それもやがて無事エントランスに到着していました。
彼は苛立ちを覚えました。全員が結局これ無事ならば、自分がわざわざ出向いた意味がありません。テオルドも、この場所ではなくどこか知らないところで行方不明になっているのだとすれば、およそその責任は、テラ・ト・ガルにはありません。彼はがっかりして、壁に背をもたせかけました。
世界に昇った太陽は、かの暗闇の街に鋭い日差しを投げ掛けられません。そこに蠢いている魑魅魍魎の存在を、感じ取ることができるのはただ人間だけです。それらは人間だからです。人にだけ、影響を与える者たちなのです。カルロス=テオルドはこの中にいました。彼は、まるで魍魎たちの仲間になったかのごとく、その闇と同化して、火も点けず街を歩いていました。
彼を見つけ出せなかったピロットは、この地下街にテオルドがいないとすれば、では一体どこにいるのだろうと思いました。もしそうならば彼とすればどうにもしようがなくなるのですが、イアリオとの約束を守れないことになります。彼は、暗闇を歩きながら考え続けました。どうしたらいいだろう…?その時、風が和やかに空間を行き渡って、彼の足を右へ進めました。細い路地へと入ったピロットは、その側に、得体の知れない植物が絡みつく不思議な壁を見つけました。そこには緑色の蔦が蔓延り、松明の灯火に毒々しい色を閃かせ、蔦の上部には、ほとんど等間隔で花が咲いていました。五弁に分かれた花で、色は鮮やかな赤で、女性の熟れた唇を思わせました。
植物はその空間にあるまじき生命を主張していました。少年はびくびくとした意識をこの不可思議な壁に感じて、そこに近づきました。手を当てると、とくんとくんと植物の内部を軽やかに流れる水の行進を感じました。花びらは割と大きくて、目を寄せると、芳しい危険な匂いと共に豊潤な生命力がそこから立ち昇り、彼の頭脳を刺激して混乱させようとしました。ピロットは慌ててその場から離れようとしました。少年にとって、まるでそこは初めて成熟した女性の裸に出会ったような、異常な興奮を目覚ませるエロチックな現場をなしていました。彼はしかめっ面をしてこの命の壁を眺めました。ここにも彼自身を支配しようとする、気に喰わない狂気の力を覚えたのです。
「ピロットかい?」
そこへ、突然後ろから声がかかりました。振り向くとテオルドが立っていました。彼は、手に一冊の図書を持っていました。
「どうしたの?偶然だね。こんなところで出会うなんてさ」
テオルドは松明を持っていませんでした。闇の中からぬっと突き出した彼の頭は、どこか骸骨を思わせました。ピロットはとても奇妙な感じがして、足がすくみました。テオルドは、本の虫でしたので常に屈みがちな姿勢で立っていました。目を上げると、それが人を睨みつけるような視線となって、あまり評判はよくありませんでした。彼がよく父親の手伝いをしているのを知っている人たちは彼のことを褒めるのですが、同級生からすれば、とっつきにくい根の暗い奴と思われていました。彼は額が大きく、両側に分けたさらさらの黒髪の間からそれは岩のように突き出ていました。目尻は下がり、黒々と瞳は大きく、顔かたちは善良で比較的相貌も良いのですが、普段の風貌がおどおどした様子でしたので、彼に近づく子供はいません。彼も、誰かと仲良くなろうなどという様子を見せませんでした。
彼は、暗闇の中でぱちぱちと目をしばたたきました。まるでピロットの掲げる灯りがさもまぶしいといった風です。ピロットは奇妙な風を感じました…それは、先ほどにも吹いた気がする風でした。
「ピロット…」
ピロットは、闇からでも響いてくるような、不気味な音声を聞きました。それは人の声で、テオルドの口もそう動いていたのですが。テオルドの目はらんらんと燃え、期待と希望に満ちて見えました。彼は、黒々とした目に見えぬ縄を握っているようでした。その縄の目が、四方を向いているのです。一つ一つのそこにある襞が、口を開けて蠢くかのように。縄は、三百年間蓄えられた長さを持ち、それぞれの目が周りを凝視しています。
縄目の先が、ピロットを向きました。
「なんだ、お前。生きていたじゃないかよ」
ピロットはわざとつっけんどんに言いました。
「つまらないな」
「つまらないってなんだい?折角ここで会えたのに、さ。お前も、調べに来たんだろ?この街、すごいよ。どこからどこまで、本の通りなんだか知らないけれど、ここを歩いているとね、歴史が動き出すよ。僕の胸で」
テオルドは抑揚のない調子でしゃべりました。
「お前、一人で勝手に調べていたのか?」
「ああ、そうだよ。一人の方が面白くてね、みんなには悪いと思っているけれど…」
ピロットは、いきなりテオルドに掴みかからんほど近づきました。
「お前さ、お前の親父が血眼でお前のことを捜していたぞ?皆に訊いて回ってる。いい迷惑だから、早く戻れ」
「ああ、何日もそういえば顔を見せていなかったからなあ…でも洗濯も掃除もしていたんだけど」
テオルドは不気味に笑みながら彼に顔を向けました。テオルドの口元がひびわれたように歪み、ぐるぐると回転しました。
「そうかよ…」
ピロットは人間を相手にしている気がしなくて、まごつきました。額の突き出した少年は根の生えた植物のようにじっと立ち、鬼のような目でこちらを見ていました。すると、いきなりピロットは踵を返して同級生に背中を向けました。
「帰る」
「ちょっと待ってよ!ピロット、ああお前は、僕のことを探しにきてくれたのか!そうなんだ、それは悪いよ。謝るからさ」
テオルドはピロットの松明を握り、強引に近づけました。彼に、こんなにも強い力があるものだとは知らなかったピロットはまたも面食らいました。
テオルドは持っていた本を広げてみせました。しかし、悪たれの少年はミミズのようにちろちろとした字を見て嫌いました。「あはは、ピロットのその反応、面白いな。」ぐっと眉をひそめて唇を噛み締めた彼の表情を覗いて、テオルドが笑いました。
「寝息立てる魔物が巣立つ、合間に空飛ぶ布の幕が上がる」
「何?」
「ここに書いてあるのさ。この魔物は、世界中で悪さする奴で、なんでも人間の悪意が渦を巻いているらしいんだ。こいつに触れると、人間だとたちまちに気をやってしまって、魔物の言いなりになっちまうんだとさ」
こんなに饒舌なテオルドは見たことがありません。いつもなら、ぼそぼそと口を動かすだけで、まともに誰かと会話などしたことがなかったのです。ピロットは奇異の怪物を見ている気がしました。
「その前はこうだ…ラエルの地に封じし魔物は出てくることを拒んだが、これを仕留めにやって来る若者がいた。しかし魔物は巨大で、若者はこれに喰われてしまった」
彼はぱたんっと本を閉じました。
「わからない?今の文は、黄金を食べる例の魔物のことを言っている。つまり、この地下のさらに地下に、棲んでいる奴のことを言っているんだよ」
彼は目を輝かせて、頬を紅潮させました。しかしピロットには何のことかさっぱりわかりません。
「待てって。どうしてお前はそんなことしゃべってんの?魔物?魔物って、そんな奴いるのかよ」
「いるんだよ」
テオルドが間髪入れずに言いました。
「この閉ざされた地下のさらに奥にね」
この時、ピロットはぐるんっと揺さぶられるような心地がしました。テオルドの話は彼の興味を呼び、さらに未知へのチャレンジが、彼のことを待っているかのようにも感じさせました。
ですが、今の彼は大変がっかりしていました。ぴんぴんしたテオルドを見てどこか彼の目論見は破綻して、ほっとした心にもなっていたのです。非常な緊張の中に彼はいたはずでした。その緊張が、少し解けて、彼に休息を欲させました。
「今はいい」ピロットはぼそりと言いました。
「どうしてさ」
「お前、帰れよ。探索はまたでいいだろう?それに、この街に盗賊たちが来ているんだ。あいつらに捕まったら何されるかわかんないぜ?」
「へええ…それは大変だな」
テオルドはわざとらしく相槌しました。勿論、彼は盗賊たちのことを知っています。
その時、命の花の壁の前で談話する彼らの元へ、近づく輩がいました。テオルドは耳ざとくその気配を感じ、気にしないふりをして、話を続けました。
「でもさあ、わくわくしないか?滅んでしまった街のさらに下にさ、そんな奴がいるなんて!」
ピロットは鬱陶しげに首を振りましたが、テオルドの言うとおりではあったので、耳を貸しました。
「その怪物のことを説明するには、この地下都市のあらましとか、それよりも前の港の様子とか、そこから話さなきゃならない。奴は、三百五十年も前からずっと眠りっぱなしだったんだ。ずっと深い洞窟の湖の側にいて、ずっと目覚めの時を待っている。今、奴が目を覚ましているかどうかはわからない。けれど、クロウルダという民族が、長年こいつと闘い続けていたんだ…」
ピロットがぎくりと体を揺すりました。灯火の向こう側に、おぼろに影が二つほど見えたからです。それは間違いなく、先日の盗賊二人組でした。右がトアロ、左がアズダルです。
アズダルは、興奮した面持ちでした。暗闇の中で顔が紅潮し、鼻息もやや荒く、力こぶを何度も作っていました。
「ピロット」
トアロが、鳶色の目で少年を見据えました。
「約束は守ったか?まさかそれがお前の親だとでも言うのではあるまい…」
闇の中で、彼女の瞳は暗黒の穴のように鋭く圧倒的に沈んでいます。
「まだだ」
「では、ここでそいつと一体何をしているんだ?」
ピロットは自分が命の危険に晒されているのに気付きました。それは、実は相手も同じで、彼らの運命を、まさに彼が握っているからでした。彼らには、友人と何やら相談するピロットが自分たちに身の破滅をもたらす者のように見えていたのです。
「お前をどうやら人質にするしかないな」
トアロは冷徹な口調で言いました。
「そうでなければ危険が広がるからな」
「いや、待ってくれないか?」
彼は、この盗賊たちをいかにして罠に掛けるかを考えていたはずでした。けれど、今彼は、この場をなんとしても切り抜けてやろうとする気持ちを失っていました。なんとなく投げやりになっていたのです。
「あんたたちが欲しいのは、この街の由来や、情報だろ?だったら、こいつが詳しいよ。司書の息子なんだ、どんな本も読んでるぜ。下手な大人以上に、詳しいんじゃないの?」
彼は、どうでもいいように言いました。テオルドは、顔を上げて二人組を見遣りました。松明の火に浮かんだ彼の顔は、どことなく、その背後の赤い五弁の花を思わせました。
まったく微動だにしない、生命の、硬い様相でした。
二人組はこの少年を何だか不気味に思いました。何より、初めて出会ったにもかかわらず、彼の目には外側の人間に会った驚きがありません。ピロットでさえ、警戒する態度を取ったのに、彼は堂々として落ち着いていました。ですが、トアロたちはこうも思いました…もしピロットの言うとおりだとすれば、本当に彼は、この街に詳しいのではないか?そして、ピロットは確かに約束を守っていたのかもしれないぞ?なぜなら、自分の親の代わりに彼を連れて、彼を紹介してくれたのだから…。
このロジックは、いったい正しくありません。ピロットは事前に彼らに連絡もしていませんし、こんな場所で出会うこと自体、不自然です。彼らの言うとおりにしなければ、どんな目に遭うのかわからない頭の持ち主ではないのです。一体なぜ、トアロたちはこんな勘違いをしてしまったのでしょう…?彼らに焦りがあると言いました。彼らはいつもどおりの冒険を今や繰り広げていないとも言いました。彼らは、オグにも触れたと言いました。…
つまり、彼らの中の、真実歪んだ、立派な悪の欲望につながる器官が刺激されていたのです。しかしその正体が知られるのはこれからです。
ぼんやりとした冷気が付近を漂い出します。その冷たい空気は、テオルドと、トアロと、アズダルの足元から吹き出ています。操られる者が出す、えもいわれぬ悪気です。
「よかった。話が早い。いくつか質問したいことがあるのだが」
トアロは、テオルドに近づきつつ言いました。
「ちょっと待って!僕は、確かにこの街のことを上の大人たちより知っているはずだけれど、すべてじゃないんだ。まだ調べている最中でね。答えられる質問と、そうでない質問があると思うよ」
テオルドが両手を突き出して彼女の突進を制しながら言いました。
「それでかまわない。が、報酬はやはりそちらからどれほど情報を聞き出せるかだぞ。我々の奪った黄金は、この街のおよそ半分近くもあるのだ…」
「黄金?へええ、ピロット、そういうことか…」
テオルドは歪んだ微笑みを彼に見せました。彼は変な寒気を覚えましたが、それがどこから来るのか、無視しようとしました。
「では、早速訊こう。この都は、どうやら滅びた後からなのか、天井のあちこちに補修された跡があって、壁も増設されている。つまり、誰の目にも触れないように封印したように思えるのだが、それはなぜだ?」
「ああ、なるほど。封印か、それは思いつかなかったな…」
こちらの質問に答えない少年を、トアロは睨みつけました。
「一番初めに聞きたいのはそれ?じゃあ、二番目がいいな」
彼はまこと善良な笑顔を見せました。トアロもアズダルも、どこかこの笑顔に圧倒されました。相手がどんな人間で何を考えているかまるでわからなかったのです。彼の姿勢は、正しくこの都市も上の町も理解している者の様子でしたし、落ち着き払って彼女の質問に答える姿は誠実であるようにも見えますが、すべて仮面をかぶって、別の存在がそれになりすましているような、不可思議な畏れを知覚させました。彼女たちは、隣に立っているピロット少年の方を見遣りました。すると、そこには正しく人の少年がいました。彼らはまたテオルドに目を移しました。何者かわかりませんでした。
アズダルのリビドーが刺激されました。彼は今にも、トアロを襲い、この場で行為をし始めたい気分になりました。
トアロは急に重くなった唇を引きつるように開きました。
「じゃあ訊くが、この街がかつてクロウルダといわれる民族に支配され、後に海賊たちがやってきて、奪い取ったというのは本当か…?」
これにはテオルドは答えられました。そのようにして、問答が繰り返され、命の壁の前で、三百五十年以上にも及ぶ歴史の講座が始められたのでした。




