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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第一部
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第四章 盗賊と少年 1.誕生

 誰が、その暗がりから最初に抜け出せたかはわかりません。ただ、誰もが、悪夢から遠ざかろうとして無闇に動き、その都度暗闇のいばらにからまってしまって、のたうちまわったのは事実です。

 彼らのうち、十四人が脱出に成功しましたが、その夜ある者は一晩中うめき、ある者は全身をかきむしっていました。またある者は、無理矢理母親を枕元に引きつけ自分を抱くよう指示したり、トイレの個室に閉じこもったまま朝まで明かしたりしました。少なくとも夜は、各人の家で闇をやりすごすことができました。

 ただ一人、できなかった者がいます。カルロス=テオルドです。彼は亡者たちの骸の間をむっくりと起き上がり、亡霊のように立ち上がりました。びくびくとした恐怖に苛まれていましたが、それ以上に、言い知れぬ歓喜に彼は包まれていました。言葉が事実だと知ったのです。彼の推理が証明されたのだと思ったのです。彼は、書物から海賊がこの港を乗っ取り、彼らの思うように改造して洞穴の街を作ったことは知っていましたが、何が彼らの滅びに通じたのかはわかりませんでした。そこで、テオルドは秘密裏に評議会あずかりの書庫に赴き、そこで禁断の本を読みました。彼はこの国のあらましをほぼ知りました。ほぼ、というのは、それでもすべての様子を詳細に記していたのではなく、たとえば彼の祖先が日記帳に書いたような、戦場の事細かな内容や、どんな物事が直接破滅に働きかけたかということは記述になかったのです。彼は、それを想像で補うしかありませんでした…。

 ところが、この想像にすぎぬ推理が、思うほど脳に停滞しませんでした。推測は確かな導線をもって、次々と幻想の素材を彼に提供しました。それらを頭の中で組み立ててみれば、詳細な地図ができあがるのです。はたして事実がその地図どおりだったかというと、十五人の仲間たちと地下に臨んでも、これは確かめようもないものだと思われました。宝石と豪奢な彫刻などを追いかけている間は。しかし、彼は夥しい数の死体に触れて、確信を持ちました。人間は、直感が働くとき、それをこそ正しいものだと思ってしまいます。

 闇の中、彼は目覚めました。その確信を、しっかりと握り締め、我が懐中としたのです。彼にはすべてがわかりました。上の町のあらまし、この地下都市の驕り、亡者たちの叫び、成仏できぬ者たちの理由が。彼はまだ十二歳でした。ピロットとイアリオと同じ歳でした。彼にあってその他にないものは、三百年前、生き延びた人々の手で殺されたハルロス=テオルドと、そのために町人に恨みを持ったイラという女性の、子孫だということでした。イラの亡霊はまだこの街にいます。彼女の怨嗟は、かの町に脈々と受け継がれてきました。その子へ、その子孫へと、不可思議な昔話と一緒に、あやまたず伝えられてきました。彼はその血を継承しているのです。町は、ほとんど三百年前と等しい体勢を維持しておりますが、彼に伝承された暗き心も、そのほとんどを変わらず継続されていたのです。

 その暗心が、それまでついぞ表に表れたことはありません。それはひた隠しにしてきたのではなく、たまたま実行の時分がなかったのです。この時、彼の中で確信となったのは、彼の血の中に存続してきた生きる理由の全部が立ち昇ってきたからでした。それまでそうして育てられてきたということが、血を通して理解されたからでした。


 彼は、本に書かれてあったことと、自分の推理が正しいことを感じ取りました。彼は、十五人の中で一番遅く立ち上がりました。体の上に零れた骨の屑をからからと落として、脇に転がった目のない頭骨を眺めて、ぼんやり笑いました。彼にとって事実が何よりの慰めになることを知ったのです。彼にとっての実在が、この日この場所に現れ、今までの日夜はまるで残酷に人生の背景と化したようです。

 彼は上の町へ戻ろうとしました。少なくとも起き上がったばかりのときは。まだ天井にはうっすらと陽が望めます。彼が松明も持たず暗闇の大通りを歩いていた時、向こう側から、ひたひたと人間の歩く音が聞こえました。テオルドはゆっくりとこうべを廻らせ、辺りを窺いました。向こうから来るのが何者か知りませんが、どこかに身を隠してみたくなったのです。

「ああ、そうだな。まさか、これが伝説の都だったとはな」

「だろう?マチアルド市の書庫にあった記述は、うそをついてなかったわけさ。お前にも言ったろ?白き町の真下には、上の町と対をなす滅びの都市が存在するって。あの没落した海賊が言っていた場所とそことがどうも一致しなかったが、この目で見て、それを確信したよ。上の町の連中は、この大都市を覆い隠すために町を築いたのさ。それでいてやはりここは監視されているだろう。我々が見つからなかったのも、もしかしたら大変運がいいことだったかもしれない」

「厄介だな」

「ああ、そうだな。…何を目的にするか次第だな。こちらにとって、発見が第一だったとしても、この有り余る金銀はどうしようもない。それよりも気になることがある。どうしてこの街は滅びてしまったのか…そちらが今私の関心事になっているのだ」

 向こうを歩いてくるのは盗賊のトアロとアズダルでした。彼らは既に一度洞窟を抜けて外世界に還っていました。食料を補充し、資料を再度点検して再びかの亡びの都市にやってきたのです。そして、上の白き町にも足を伸ばしていました。

「宝物はどうでもいいのか」

「いいやあ、必要な分はもらっていくさ。けれどな、もしかしたら、ここが今生の最後の仕事場所にもなるかもしれないよ。私は大分前から思っていたんだ。お前と、そろそろ余生を過ごしてもいい頃だってな。いい機会だと思うのだが」

 トアロは横目に熱っぽく彼を見上げました。

「…俺は、トアロについていくよ」

「盗賊稼業は、これで廃止でいいのか?」

「俺にとっては、あんたと二人でいることが一番の満足だからな。そう言っただろ、前にも?」

「そうだったな」

 彼女は嬉しそうに微笑み、そのままテオルドの目の前を立ち去っていってしまいました。少年は、どこにも逃げ場のない通りに、まったく微動だにせず、隅の壁際にいただけでした。それで、夜目の効く気配に敏感な二人組をやすやすとやりすごしてしまったのです。

「私はな、アズダル、奪った宝物とこの都の秘密とを、上の町の人間たちと交換しようと思っているんだ。盗賊冒険家としてこれ以上の取引はないものだろう。一世一代の大きな賭けさ。これが済んだら…ゆっくりしよう」

 テオルドはらんらんと光る目で彼らの後ろ姿を見送りました。今聞いた、盗賊たちのほんの少しの話だけで、彼は大分いろんなことがわかりました。二人がどういった人間なのか、何を目的に現れたのか、彼らをうまくあしらうにはどうしたらいいのか…彼は懐に忍ばせておいた小さな眼鏡を取り出して、目の前に掲げました。以前、ピロットが霊に取り憑かれたあの屋敷で、子供たちはガラスを知らないと述べましたが、それがかの町にないわけではありませんでした。閉ざされた町に、唯一交流の許された国がありました。そこから輸入されたもので、とても貴重品でしたが、司書に携わる者として小さな文字も読み取れないと困ることがあるので、町から彼の父親に贈られていたのです。そのうち古いものが、父から彼にプレゼントされていました。そこには早くに亡くなった母親の愛情に代わるものをなんとかあげようという気遣いがあったのですが…。

 彼はその眼鏡でもって、暗黒を見つめました。

(この街は、なぜ暗い)

 彼は考えました。

(そして、上の町はなぜ白い?)


 イアリオは夢を見ました。それはこんな夢でした。湿原に彼女はいました。柔らかい湿った土が、足の裏を多少沈ませました。薄い霧がかかり、ゆったりと流れていますが、切なく空しい情景でした。霧の中、呪文を唱える老いた人がいます。意味のわからないことをぶつぶつ呟いて、老人は、手と腕とを挙げました。向こうから何かが近づいてきます。それは薄霧に紛れて見にくいものでしたが、白いもやもやした塊で、ふわりふわりと空中を動きました。それは老人へ近づき、そのまま彼を喰らいました。

 その途端、霧がさああと引いてゆきました。

 目を開けると、いつものベッドの上に、彼女はいました。まるで昨日の悪夢などなかったかのような目覚めでした。けれど、体がぶるぶると震えていて、おかしいな、と思いました。見た夢は決して恐ろしいものではなく、むしろ吉兆だと予感したのです。

 体の震えは先日の地下街での出来事が原因だと、ぼんやりした頭がはっきりしてきて、彼女は気づきました。彼女は家に帰った時から、布団を被り、そうしてずっと夜眠るまで震えていたのです。思い出して、イアリオは自分の肩をつかみました。どうして、どうしてこんなことになったのだろう…思い出したくない…彼女の網膜に無数の夥しい死者たちが映り込んでいました。あの暗黒の地下街で、彼女たちが怖い思いをしなかったのはつかの間だけだということを、思い知りました。いつでもあの冷たい死の群集は、闇のどこかで子供らをつかまえようとしていたのです。カムサロスが最初に人の死体を発見した時に、そうしたことに気づくべきだったと、彼女は思いました。

 イアリオは激しく歯軋りしました。そうして耐えねば、耐えることをせねば、あの骨たちと同じような冷たい石のごとき体温になりそうでした。その日は幸い、授業のない日でした。十五人のメンバーたちは、人知れず暗黒の恐怖に怯え団子のように大人しく固まっていることができました。

 その翌日は、学校がありました。何人かは登校できましたが、できなかった者もいました。カムサロスなどはずっと母親につきっきりでしたし、何があったのと聞かれても、簡単には答えることができませんでした。ハムザスは、ロムンカとともに、布団に潜っていました。サカルダは、かわいそうに、言葉を失ってしまいました。アツタオロも深刻な失語症にかかっていました。その他の人間は、比較的早く回復し、受けた傷跡を周囲に露見しないようには振舞うことができました。しかし彼らは誰にも相談しませんでした。というのも…彼らは十五人の仲間以外にも困ったことを打ち明けられる、信頼のおける相手がいたはずですが…テラ・ト・ガルの絆は深かったのです。

 ピロットは、食事時いつものように離れで一人崩れた御飯を平らげていましたが、びくびくとしたものは、腕に、脚に、取り憑いていました。まるで大量の亡霊がその身代に入り込んだように彼は感じ、その目は震えてぎらぎらとしていましたが、体はうつろで、中身がないかのようでした。彼でさえ、一辺に登場した死者たちの群れは、計り知れない恐怖をもってその身をずたずたに引き裂いていったのです。独りに慣れた、彼でさえ。――彼の中に、鈴のように鳴って、響く名前がありました。ルイーズ=イアリオの、下の名前が。彼は危うく彼女の名前を呼び掛けるところでした。

 しかしそれは、彼のプライド上、まだ憚られることでした。


 運命はまこと奇妙なもので、そ知らぬ顔をして暮らしていても、何事か発覚すればずるずると芋づる式にばれてしまうものです。

「私の息子のことを、何か知らないかい?」

 あれから幾日かたって、イアリオはテオルドの父親にそう訊かれました。彼女はびっくりして、あああのことかもしれないな、と思いました。

「ひょっとして、この鍵のことですか?」

 彼女は小さな鍵を見せていいました。父親は怪訝な顔をして、その鍵を眺めました。

「どうぞ」

 イアリオはすっかり彼がこの鍵のために家を訪ねたものと思い込みました。ところがこれがいけませんでした。彼女はあの一件以来仲間たちとは会話をしていませんでした。お互いに被ったものが何であるか、知っていましたので、話すにも苦痛が勝ったのです。相当に時間をかけねば整理のつかないことであり、今思い出す必要はまったくないのです。彼女は幾人か学校を休んだままだということは知っていましたが、それもやむをえないことでしたから、テオルドを見かけないことに、不思議は感じていませんでした。

 彼の父親の用事は本来それについてでした。ですが、イアリオはそれとは別のことについて父親が訪ねてきたのだと思ったのです。地下探索を再開する少し前、テオルドが、「ない、ない」と言いながら町中を歩いているのを彼女は見ていました。あとで、彼がマットたちにおもちゃ箱を閉じる鍵をなくしたことを打ち明けているのを見ました。道端で、彼女はそれらしき小さな鍵を拾いました。すぐに考えればわかることですが、こんなことのためにわざわざ父親が訪ねてくるのは変です。彼女はこの鍵を渡したことで、彼に会話のきっかけを与えてしまったのです。

 その銀色の鍵棒は、テオルドが、父から貰った眼鏡を大事にしまっておく小箱のキーでした。

 彼の父親は、ここしばらく息子の姿を見ていないことに昨日の夜気づきました。父親は、ずっと仕事場に出張ってそこで寝食することも珍しくなかったので、息子の生活については息子自身に放任していたのです。それはテオルドもよくわかっていて、彼自身の生活力は普通の子供のそれに比べて鍛えられていました。父親が、息子の行方しらずを今の今まで気づかなかったのも無理はありません。しかし、彼にとって息子は唯一の家族です。彼はイアリオの家を訪れるまで先生や子供たちや保護者たちに聞いて回っていましたが、その順番が彼女に来たのでした。彼女が鍵の話をしたことで、彼は、イアリオが息子と懇意だと勘違いしました。いいえ、それまでで一番話しやすい感じをした相手が、実は彼女だったのです。父親は堰を切ったように話し出しました。その取りとめのない話し振りは、およそ司書の人間ではないようでした。彼らは書物の整理や目録のための編纂をするからです。きちんとした頭脳を持っているはずの持ち主は、息子への愛情に溢れており、それがためにきちんとした道筋を話につけられずにいました。テオルドが、いかに愛されていたか、彼女はその話しぶりで十分によくわかりました。

 そして、彼が行方不明だということを知ってしまったのです。彼女は父親の荒い鼻息を間近に受けながら、否が応でも彼に協力しなければならなくなりました。

「わかりました」彼女は溜息混じりに言いました。彼は顔を上げて、初めて協力者を得られたことに、深い喜びを露わにしました。自分の子供に最初の友達ができたような喜悦に、それは近かったかもしれません。

「私が探してみます。思い当たるところが、ありますから」

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