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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 後
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第二十章 夢の中 9.生むもの

 一つ、このお話を読む時に、気をつけねばならないことがあります。それは、なにより主人公であるルイーズ=イアリオという女性が、今物語の主体となっているのですが、勿論彼女以外の人物も各々が意志を持っているということです。一人の人間の視線を借りて、お話は動くのですが、その他大勢の人々もまた、同時にその時動いているのです。

 彼女の夢とてそうでした。夢として、見る時に、彼女は複数の人間に入り込むことができて、しかとあった過去において、自分のみではない視点を獲得しながら、彼女はこの夢を見続けていましたが、それとて実際気づかないことは色々とあったのでした。彼女は、過去の自分自身であるアラルになりながら、その恋人ヴォーゼの心理も獲得しながら、この夢の世界を歩んでいました。そう、自分自身が過去の自分に気づかなかった心、本当の感覚に開かれなかったように、彼女は恋人の心理のすべてにその時開かれていたのではないのです。

 彼女は、自分の恋人の心が自分を襲おうとしていたことに気づきませんでした。ですが、彼女の身体は、言い知れぬ怒りにほだされ、暴れるように市外へと繰り出していきました。それは、なぜか。ついぞこの夢の中でもそれは明らかにされないことでした。しかし、たくさんのヒントが夢には、いいえ、しかとあったはずの過去には、隠れていました。最も重要な手がかりはその夢の大きな転換に、彼女の死に、残されていました。

 つまり夢は、それで終わりではありませんでした。長いお話はまだ続きました。くぐつは動きました。オグに呑まれたあとの、それが誰だか分からなくなったような、自己を滅した者の体は。その体はテオルドのように、溶かされて舐め尽くされて、新たに土で捏ねられました。その体は誰のものか。いいえ、最初から、エスピリオ=アラルという人間の本質はどこにあったか。当然、恋愛にほだされた人間の体は、元来の動きをせずにおかしな行動を取ることが往々にあります。彼女にとってそのおかしな動きはどこからどこまでがそうだったか。アラルはその行いの到達地にオグの棲家を選びました。否、選ばずにいられなかった。

 そしてその身体は新しい姿を借りてなお人間におもねろうとしました。魔物は人間の欲望からできていて、その欲望を後押しするために、存在するのです。その体は町に戻りました。誰にも知られず、暗闇の内に。

 その体は戻るや否や一組の男女の子供を殺しました。町は騒ぎ立ちました。子供の死体は、縄で喉を絞められていて、かつ短刀でずたずたに腹を切り裂かれていたのです。この犯行を見て、人々はただ一人の容疑者を思い起こせませんでした。彼らは、子供の親と、もう一組のカップルのひどい性交渉のあらましをよく知っていました。商慣習を大事にする町文化において、それはあまりに不謹慎な体たらくでした。町は外に開かれており、襟を正し、信頼に応え、節制も十分であることがここでは求められていたのです。彼らは強く淫らに耽る男女四人に節度を頼みましたが、二組の男女はまったく言うことを聞きませんでした。

 四人は淫蕩たる儀式をお互いの家で行い、そこに他人を呼ぶこともありました。人を呼び、行為に耽る自分たちを見てもらうのです。また大声で騒ぎ、最中の色声も隠さず盛大に上げました。しかし、厳しい慣習に則ろうとする町政に真っ向から反抗するような、あたかも檻を破る行為を試みる者も、そこまでのことはしなかったでしょう。それは、彼らが自由の謳歌だったかもしれません。でも、それを見る子供の目があったのでした。その子供には、さながら地獄のような苦痛しかない光景でした。自分の親が他者と交わり、自分に、その享楽を見せつける光景は。

 その子が生まれ変わったアラルの手で殺されたのです。いいえ、アラルと呼ぶべきか、暗闇から放たれた魔物によると言うべきか。彼女が殺したのはこのうちただ一人でした。ですがそのうち、殺害された子供の親の女性が、別の町の人間に殺されました。その犯人は子供の親と不道徳な付き合いのある、もう一組のカップルの女性だとわかりました。

 そしてさらに、その復讐なのか、子供の親の男性が、彼の妻を殺した女性ではなく、そのカップルの男を殺しました。

 立て続く殺人に人々は色めき立ちました。ついには人々は、子供の親の男性と、もう一組のカップルの女を、処刑することに決めました。そして、町から淫らな声が消え、あるべき町の姿が、取り戻されたのです。…

 四人は町の倉庫番でした。管理人などではなく、下働きの者でした。そして、彼らを管理する蔵の持ち主は町外にいました。としても、四人ともこの町で生まれ育った者で、各々が出自も丁稚奉公の働き手でした。四人はその業種ゆえ物流の方法も心得ていました。町の外へ出て行くことも度々あったのです。そして、町の外の文化にたくさん触れてきました。しかし、それなら他の町人も同じことで、商人たちは皆他の世界のことを知っていて、ために商習慣というものがしっかりしているほど信頼が得られやすく、己の商売にプラスになることを重く承知していました。出し抜き、騙し合い、そうしたことが自分の人生を翻弄し狂わせることも勿論受け入れていましたが、彼らは町ぐるみでそうした不正に対抗しようとしました。

 これは町の歴史としてこの場に入植してきた者たちが、いかに元の国よりも優れた都づくりを志してきたかに反映されることでした。彼らの元の国よりも厳密な制度を敷き、その上でたわみを、緩みをつくることによって、人選と発展を両立しようとしたのです。彼らは頭のいい人間でした。思惑通りにエスタリアは育ち、しばらくなかったはずの小競り合い相当のいくさがちらほらと近隣に生じてきた他は、その成長を阻むものはないものと思われました。

 しかし、乱世は乱世を呼ぶのでしょうか。いつか海の方も荒れ始め、彼らは海賊に目を付けられることとなります。それでも海の荒くれ者たちは、その町ではなく、その町から南方の港を獲得しようと画策したのでしたが。このままではいけないという意志は、それでも彼らの中に宿りませんでした。…アラルの殺人によって動揺した四人は、まったく町はこのままであることに耽溺した人々でした。その苦渋の安心感から、彼らは束縛を好まぬ儀式を繰り広げたのです。

 それは甘えでした。町に対しての。迷惑をかけるとは、甘えることなのです。彼らの動揺はその甘えの終焉を意味しました。なぜなら大人たる四人は殺されたその子供に、多重に甘えていたからです。

 とはいえ彼らは、町に港からの避難民が押し寄せている時に、その淫らな儀式は抑えていました。本業で忙しくなり、その暇もなかったといえるでしょう。物流は活発になり、反撃の鬨を町は待ったのです。子供も手伝いに借り出されました。ある時その子はいくさから帰ってきたばかりのアラルと出会いました。彼女はくたくたに疲れていました。

 町の人々は彼女をよく知っていました。美人だし、何より男装の麗人としての人気は彼女が戦場に行くよりも前からずっと高くありました。彼女が港町の喧嘩などに手を出して、顔を傷だらけにしてもその魅力はまったく減るどころかむしろ増しました。そしてアラルが海賊共との命の獲り合いに赴き、敵の首を獲り生還すると、まさに彼女には戦神が憑いているなどと思う人々もいました。だからアラルが町を出て行き数々の戦地へと行っても、彼女は死なないだろうと不思議にも町の人々は思えました。

 彼らはアラルとヴォーゼの特別な関係に気がついていました。といってもそれは親友以上のものだとは知りませんでしたが、人々は無駄に彼女を褒めそやさず、アラルのことはヴォーゼになるべく任せ、二人から距離を取ってきました。ヴォーゼもまた人々にとって特別な存在で、彼女を嫌う人間はいなかったのです。

 アラルに殺されることになるその子供にとっても二人の存在は際立っていました。彼は彼女を目で追いました。そして憧れました。まさかその時から彼女が自分を注視し、観察していたなどとは思いもせずに。アラルはその子供をよく知っていたのです。その名も、ギルだと知っていました。ギルは、周りの子供たちから浮いた雰囲気を持っていました。なにやら聡明な顔立ちをしていて、いかにも頭が良く、物事を見聞きし知っているように見えました。成りは多少みすぼらしくとも、自己を持ち、噂に流されない強い意志を感じました。それは彼が親に頼れないから、自分でものを考える習慣を持ち、自己の振る舞いをどうすべきか日頃考えている態度に浮かび上がるものでした。彼女はかたくなな正義を彼に感じました。彼は醜いものを見ているなと思いました。彼の両親は噂に流れ、そのふしだらな生活は彼女の耳に届いていました。

 しかし、彼女は彼に何も言いませんでした。いいえ、彼女はそのような視線を、町の方々に送っており、特に、自分自身を愛せない人間に目を奪われてきました。それが自分のようだったからです。ヴォーゼに愛されていながらも、彼女は己を愛せないことに辛いものを感じていました。だから、たとえ自分と同じものを抱えているように見られたとしても、その人間に、一言も声を掛けることはできなかったのです。

 彼女は凱旋しエスタリアに戻ってきた時に、恋人よりも前に、その子に出会いました。その子はお使いの最中でした。その子は

 恋人よりも前にアラルを介抱しました。疲れ切った彼女の腕に、冷たい布をあてがい、水を汲みました。アラルは峠道から離れた河原沿いに、なげやりな体を運んでいました。恋人を守ることができるほどに強くなるために町を飛び出したはずが、その肉体は、何かに切り刻まれることを好んで戦場を駆けずり回ったのです。その激しい目的も知らない修業に、やっと区切りがついて帰ってくることができたとしても、その区切りとはこれ以上体は動かないと自覚した冷静さが、やっと言い知れぬ怒りに及んだためでした。


 ギルの生まれ変わりが、あのピロットとなることを、イアリオはこの夢を見終わった後も知りません。

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