第二十章 夢の中 6.受容
その夢はまだオルドピスにいた頃に見たものでした。服飾品の豪華なお屋敷に住んでいる姉弟の夢でしたが、姉は、病弱で表に出られず、弟にいびつな愛を向けました。イアリオはその姉の身になって姉弟の顛末を見届けました。彼女は今見ている夢のように、姉弟をその幼少期からずっと見続けたわけではありませんが、二人の心理はつぶさに観察できました。姉が弟に抱いた気持ちはその血のつながり相当のものが、暴走したように感じられました。本当は貞淑に家の長男として生まれついた彼を立てる心持ちでしたのが、弟のあまりの可愛さに手放すことを拒もうとしたのです。彼女は体こそ弱いものの、訪問者は後を絶たず、彼女にも相当の器量があったために嫁入り話も多数あるほどでした。イアリオにも分かるほど、姉は頭がよく、箱入りでいながら世の中の事情を分析できました。それだけ家で人と会話する機会が多かったのですが、これは、アラルの恋人ヴォーゼとも重なる背景でした。
ヴォーゼと異なることがあるとすれば、それは彼女が歌好きということでした。キャロセル嬢は自分が歌うと自分も周りも元気になるのを嬉しがりました。まるで、それは幼少期のアラルのようでした。しかし、彼女は性の興味をまず弟に向けてしまいました。弟は恥ずかしがらず自分の肉体を姉に披露しました。初めて見る年頃の異性の裸に、キャロセルは欲情してしまいました。それが、確かに血のつながった弟のものであると分かりながら。
彼女は「これは大人になるための実験だ」と称しながら、彼の身体を触りまくりました。弟の絶頂もそれで確認しました。彼女はもう彼は自分のものだと勘違いをしました。あらゆる性の出会いの中で、このようなことも、とても起きる可能性が低いとはいえ、起きたことでしょう。そして修正がなされるでしょうが、彼女には命の危険がありました。
その健康についても、どこかで回復されることがあったかもしれません。不治の病とされるものではなかったのです。としても、治ることなく、衰弱に向かっていくこともあるものでしたが。ついに、キャロセルの容態は悪くなる兆ししか見せなくなるのです。折りしも弟の縁談が、その将来のための留学が、次々に決まっていきました。キャロセルは、どんどん容態を悪化させていきました。心理的にも、絶望を味わう最中でした。
弟に、その身を殺させることはごく自然な成り行きにも見えました。ですがイアリオは、この夢を見た時に恐ろしいものが蠢くのを感じました。オグを巡る旅の途上で、この夢を見たことが、何か恐ろしく宿命染みて意識されたのです。そして今、アラルを巡る宿命を夢に見る中、あの時の夢の続きが、ここに現出していることを、どう受け止めればいいか、夢見手はすっかり混乱しました。ああ、ああ、なんてこと!あの時の弟が!そうだ、あの時よりも幾分か若返った弟が…!そう、彼女と通じ合ったばかりの年頃の…!
イアリオは、ぞくりとしました。これは、前世…?私の、前世…?私は、アラル?そして、キャロセル…??禁忌だ。これは、多分、禁忌だ。見てはならないものを見ている。彼女はそう思いました。彼女は気が遠くなりました。生々しい実感は、しかし、決して夢の中の前世ではなく、本当にあった、とてつもなく大事な過去でした。
しかし彼女は思いました。そこにあるのは、自分の生まれる前の記憶とでもいうのかと。前世?前世など本当にあるものか?と。
夢の続きを、見ることを、彼女は拒みました。この後どのような展開があるのでしょうか。恐ろしいことになる以外ないことを、彼女はわかりました。そう、この夢は、あの大悪に通じる物語なのですから。ですが、一度見た夢は、話を中断せずに、そのまま動き続けました。前世の記憶など見たいものでしょうか。ましてや、それが巨大な恐怖を生み出すものならば!しかし彼女は、どんな幻も見る覚悟を持っていました。それこそあのヴォーゼの亡霊の、放った言葉も受け入れていったのです。
それこそイアリオは、この夢を見るためにこそ、彼女の町を出て行ったのです。
…遠い、記憶の呼び掛けに、ちゃんと、応えるために。
…どんな過去であっても、それを、受け入れるために。




