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破滅の町 (分割版)  作者: keisenyo
第二部 後
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第二十章 夢の中 3.黄金を司る者

「お前たちはもうかの魔物の住処に下って盗みを働いたか」

 希少な金属ゴルデスクは、本物の黄金とは似て非なる成分からできている(まばゆ)い鉱物でしたが、無論海賊には垂涎のお宝でした。しかし、それはオグの人欲しい唾液からなるものでした。

「お前のその傷痕は何だ」

 距離を取りながら、クロウルダは質問しました。

「ゴルデスクの奪い合いだ。俺は殺しはしなかった。死んだ人間の懐から頂戴したまでさ」

 海賊はぬけぬけと言いました。それが彼の誇りであるかのように。神官は病的に痩せ細った指先を見せて、手の平を上に挙げました。

「我らを知らないか。偉大な悪魔を封じし神官なるぞ。我らの神殿の奥に這入り、悪魔の宝物を奪ったところで、我らに金の代わりになるか。諦めろ。そしてお前の仲間たちの命運は尽きた。

 ゴルデスクは、かの魔物と同じだ。人間の意識を狂わせ、破滅させる」

 彼らは、そう言いながらも誰かが海の外へゴルデスクを運べば、つらい命運が他にも波及するだろうと思いました。本物の黄金より蠱惑的で人心を狂わそうとするその金属は、オグから離れ、そのオグに準じる災いを持ち主たちに悉くもたらすものでした。しかしオグを囲う彼らにしても、そこまで保護する気になりませんでした。自業自得の災いは、ただ自分だけを襲うのかといえば、そうではないのです。

 海賊の男は事切れました。彼らは男を埋葬してあげました。ですが男の仲間まで皆、土に埋める気は彼らにはありませんでした。一人でも土の中で温かみにくるまれて安らげば、あるいはその集団はいつか、人欲の支配から逃れて成仏をすると、彼らは信じていました。オグが、一人でも集落の人間を導いてしまえばそこは滅びてしまうのなら。そのうちの誰かが、安らぐことは必要でした。それに弔いがなければ人間は、あの世で方向を見失ってしまうものですから。

 さて、揺り籠の中で、今、悪魔は睡眠中でしょうか。クロウルダなどという、神官を自称する者たちに、彼は寝心地の良い空間を与えられていました。神官たちは歌を歌いました。彼のそばで。あの世でも、この世でも。その歌はずっと、子守唄でした。あやすような、布団に包まれたような。良い匂いの香料が焚かれて、まどろみの中、彼は何もかも忘れていました。

 しかし海賊たちは、彼の住処まで足を踏み入れました。かの魔物がそれでも昏々と眠り続けることを、陰気な神官たちは願いました。クロウルダたちは緊張しながら港の町中の様子を窺いに行きました。助けを求めてきた海賊の言葉通り、港には彼の仲間たちがたくさん倒れていました。息をしている者もいましたが、クロウルダは情け容赦なくその命を絶ちました。人命を救わんとすることは決して是ではなく、その信仰の都合上除くべき障害が人間にあれば、彼らはまったくためらいませんでした。

 彼らは徐々に、港町の奥に入り、その地下に近づいていきました。町は、ほとんど人気がありませんでした。瀕死の人間のする呼吸以外は、不気味な沈黙が支配していて、海賊の乗ってきた船ももやわれたままでした。

 彼らは崖を下りて横穴に入り、先代らが空けた地下道をくぐり、慎重に神殿に近づきました。地下に築いた二本柱からなる門と、祈りの歌がほどよく響くように岩盤を削った丸い空間へと。テオルドとピロットが対面したあの盗賊たちが、最初に訪れたクロウルダの遺構に。すると、ぼろぼろに衣服を切り裂かれた、少年のような影が、柱の門の向こうからぬっと現れました。よく見ると、その背丈は子供ですが顔はいかつく、筋肉は隆々とこぶをつくっていました。しかし顔には乾いた血糊がべっとりとこびりつき、その片腕は失われていました。

 クロウルダは問いました。「ここで何をしているか?」

 小男は答えました。「オグだ。オグがいる。あ?伝説の?そうさ、俺たちは奴に食われたんだ。すっかり、全身が、あいつにやられた。後は殺し合いさ。ぬくもりを欲しがっての死合さ。俺たちは血が欲しかった。相手の血を体中に浴びたかった!そうすれば、誰よりも強くなるからな。ほら、見ろ!」

 男は残った腕をぶんぶんと振り回しました。その仕草はまるで透明な剣を見せびらすようでした。彼の手には何もないのに、何か持っているように手を半開きにしていたのです。クロウルダたちはぎょっとして彼を見つめました。彼は不自然な荒い息をついていました。

「ここは、どこだ?」

 彼は唐突に大人しく口調を変えました。

「地下だ。オグの棲家たる」

 神職の祈祷師が言いました。

「そうか」

 彼はばったりとその場に倒れました。その背中からいきなり血が噴き出しました。男はびくびくと体を引きつらせ、弱々しい声で言いました。

「オグだ。オグが来る。ああ、あいつは俺を呑み込んだ。あいつの腹に詰まった記憶が俺に流れ込んできた。あいつは一人だ。一人の人間だ。俺もあいつの一部になった。あいつの手足になって、仲間たちと殺し合いを始めた。ああ、光が見える。何の光だ?希望だ、希望の灯り、俺たちの、俺とオグの、求める、ああ…光が見える…しかし、黄金のように、毒々しい…」


 イアリオが夢の中で見た彼は、そうして死にました。それは夢でした。ですが、まったくの過去に起きた、出来事でした。アラルはここにいませんでしたが、彼女はアラルから離れて、彼女の生きた時間の別の場所の出来事を、このように見ていました。

 クロウルダは、侵略者たちは皆オグやゴルデスクの虜となったのだろうと考えました。賊共が欲しかったものは、この港湾であり、その奥に棲む魔物が生み出す危険な代物を、最初から狙っていたとは考えられませんでしたが、欲深な彼らがそれに触れればたちまちに誘惑されることは易く想像ができたのです。もはや、港からも脱出が不可能なほど、彼らに取り憑いた魔物はその意識を滞らせたでしょう。ただし、それならば気にするべきは魔物の動きで、もし彼が人間をいくらか食べたとしたら、もう動き出して、この地を後にしつつあるかもしれませんでした。緊急に調査が必要でした。彼は食べると飢えることを覚えます。次の食事ができる所に、身を移動させようとするのです。まどろみの中にいれば、彼は空腹を感じません。だからクロウルダたちは彼を眠りに就かせていたのです。移動した彼は、その足跡を辿ることができても、人間のそれと同じ速度ではないですから、再度見つけるのに、骨が折れました。クロウルダはもはやこの町は捨てねばならないことを覚悟しました。

 彼らは人を集めて準備を万端にし偵察隊を送りました。二柱の門の向こう側は、かび臭い洞窟が続き、丸い空間に満たした歌声を届かせるだけの距離を延ばしました。彼は湖にいました。水の傍に棲み、水を通じて彼は身体を保つのです。その湖に通じる道中に、生き生きとした生命の気配はまったくなく、ただ人間のすすり泣きは、どこからも聞こえました。怖い目に遭い、怖い目に遭い(おお)せた賊たちの。それでいて、自身も自らの欲望の暴発する、くだらない遊びに手を貸した。その遊びはただの黄金の取り合いでした。しかしそれに何を懸けていたかといえば、それは命ではなく、オグの懐に満ちている、恐慌に近い苛立ちでした。

 彼らは懸けているものに気づきませんでした。それが命と勘違いしてしまったのです。確かに退けられるのは命でした。ですが退けても退けられても得たものは、新しい不安と、突き上げる激しい憎しみの感情でした。

 子供の頃の、子供同士の宝物の取り合いは、文字通りの命懸けになることがありました。はじめての喧嘩はそのようにして経験されることがありました。まして海賊たちは故郷の政争に敗れた者たち、子供の頃から、自由に欲しいものを持つことができなかった者たちでした。ゴルデスクは、まさにこの頃の感覚を逆撫でにしました。すぐに奪われる宝物。自分のものにし続けられない、価値あるもの。たとえそれを手に入れたとして、それは一時の満足を与えるどころか、その持ち主を不安にさせました。なぜならそれは、永遠でないといけない代物、永遠の価値を持ち、(とこ)とわに自分の下になくてはならないものと感じさせるものだったからです。

 ですが、ものの価値とは、それを見出す人自身と、表裏一体です。人から離れた価値は存在せず、何かに価値や尊ばれるものを見出すことこそ、人の世における大事な人生の志向でした。それは人生に深い指針を与えて、その人の生き方に無二の意味をもたらすものです。いたずらに、奪われるもの、侵されるものではないのです。

 いにしえの魔物から生まれた、ゴルデスクと呼ばれるその黄金は、その価値を根本から覆す力を持っていました。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。すなわち、誰の手にも収まりうる、誰の手からも奪い取ることが出来る、それを手にすること自体が栄冠であるもの。ゴルデスクは、人間をそのものに吸収してしまい、人を所在無く振り回し、無秩序を礼賛し、整合性ある行為を行わせないものでした。

 それは魔物由来の黄金でなくても、あらゆる宝石に、金品に、多数の人々が欲するものに、認められる()()()()でした。それらはいずれも永遠の価値など孕まず、人により、ありがたみが増減するものでした。それでいながら、恐ろしい事件を起こし、大抵、犯罪はこれらにまつわり生起しました。ですが生命に比べて、永遠(とわ)であるものとは、一体何でしょう。一体、人は何を本当は恐ろしく思うものでしょうか。

 クロウルダの偵察隊は、すすり嘆く人々を足蹴にし葬り去りながら、オグの棲む地下の湖へ近寄っていきました。彼らはオグに滅ぼされた歴史がありながら今魔物にこころを冒されている者たちにまったく共感しませんでした。黄金は賊たちを虜にしながら、ある声を聴かせ続けていました。それはそれを手にした者たちが抱く思い、激しく他者を攻撃し、やっかみ、不寛容な棘立つ心持ちになり、憎しみ、怒り、我を忘れる殺人を、繰り返す者たちが至った強烈な激情を叩きつけ続けていました。勿論彼らの手にはそれがありません。すすり泣く彼らは奪われた者たちで、激情に支配され、他人にその激情を叩きつけられ、こころが減耗した弱者たちでした。

 クロウルダは彼らに容赦しませんでした。神官共の信仰においてはその信仰を妨げるものが脅威でした。辛気臭い顔を暗がりの灯に覗かせて、返り血も気にしない者たちは、人よりも、その向こうの悪神の方にはるかに注意を向けていました。すると、ごうと風が唸って、空中にいくつもの顔面がのぞいた奇妙な霧の塊が飛び過ぎて行くのを見仰ぎました。それは、オグではないものでしたが、オグに準じた化け物のように、彼らは感じました。それは霊でもありませんでした。人から離れた、人の意識が、水の精を孕むと、同質のそれらが互いにくっつき、かたちを持ち宙に浮かぶことがあったのです。それらは死者どもから離れた恐怖でした。死者どもが強く叩きつけられた人間の欲望を、死後も忘れられぬものに彫り刻まれたために、誕生した生物でした。

 とにかくも危険が間近にあることを彼らは感じました。このまま進むか戻るか、彼らは考えましたが、もう少し先に進むことにしました。広大な空間が開けました。右手側に深い穴が空き、その向こうの高台から滴り落ちる細い滝と暗がりとを呑み込んでいました。滝壷に落とされる水の音は小さく、その穴の深さを物語っています。この空間のさらに奥が、オグの棲み家たる、湖でした。クロウルダたちはたいまつを掲げました。そこに何かいたのです。異様な気配は彼らのうなじを逆立てました。小さな滝の飛沫の音が彼らを守っているようでした。湖から出て、その寝床と隣り合った暗い部屋に現れたのは、大きな怪物でした。無限の顔と、無限の手足と、無限の内臓と、無限の心臓を、透明な体に持っていました。このような形のオグを彼らは初めて見ました。彼は霧の姿でない場合は、鯉や蛇、そして鳥など、何かの生き物の巨体を借りて出現していたのです。

 化け物は、まさにひとしきり過ぎた食事を終えたばかりでした。そこにはそれが食べたものが雑多に浮かんでいたのです。

 彼は巨体を揺すっていました。そこに飲み込んだのは外形だけでなく、恐怖や悪意や、憎しみなど、無数の感情もありました。地の底から、あるいはそれが反響した天井から、猛烈な太鼓の音が轟きました。どろどろどろと、どくん、どくんと、下腹を打つ巨大な叫び声が。クロウルダたちは見たことのないオグの異様な風体にすっかり怯えきりました。その巨体が彼らにかしぎました。彼らは一斉に逃げ出しました。オグは、今までこんなに短い間にたくさん食事したことがなかったので、体が重く、彼らにはまったく追いつけませんでした。

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