第八夜
8時15分。全てを奪う光が炸裂した。
ぼくたちのいた場所からもきのこ雲が見えた。その時それが何なのかはわからなかったけれど、何かとてつもなく恐ろしい気持ちになったぼくは暁を連れて母さんを探しにすぐさま街へ向かった。
母さんを探す間、ぼくたちは想像を絶する凄惨な景色を目の当たりにすることになる。
街は街の形を成しておらず、倒壊した建物とひしゃげた鉄骨、煤けた瓦礫しかなかった。
その中を全身の皮膚が零れ落ちそうになりながら、それでも何かを求めて歩く人々。川に織り成すおびただしい数の焼死体や、手足が炭のように白く焦げ、曲がったまま動けずにいる人。喉が乾いた、とうめく人に水を飲ませると「ありがとう」と小さな声でつぶやきそのまま絶命してしまった。
この世の全ての苦しみと絶望をぐるぐると混ぜてキャンバスにめちゃくちゃに塗りたくったような光景に、ぼくは絶句した。
これを一言で例えるなら、地獄以外の何物でもないだろう。正直に言うと、この地獄の前では母さんが生きているなんて到底思えなかった。
母さんも父さんもみんな戦争の犠牲になってしまった。一体ぼくたちが何をしたって言うんだろう?
そんな憎しみにも似た感情と、とにかく暁を守らなくてはという焦燥感でぼくは頭がおかしくなりそうだった。
地獄をさらなる地獄に塗り替えようとするように、空から黒い雨が降り出す。
粘性を帯び肌にべたりと張り付くその黒い雨は、子どもの目から見ても異常だった。
それでも目の前の、全身に火傷を負った人、手や足を失いもう動くことの出来ない人たちが皆、どうしようもない喉の乾きを癒やすために黒い雨に向かって口を開けた。
その光景に、ついに暁が泣き出してしまった。
「もうやだ、こわい。いやだ。帰りたい」
大粒の涙をこぼす暁を抱きしめ、ぼくは震える声で言った。
「ごめん。ごめん、暁。帰ろう、ぼくたちの家に」
泣きじゃくる暁を連れて帰宅し、風呂に入れ、寝かしつける。
そうして落ち着くと、これからのことを考え始めた。不安が闇夜に溶けてぼくに襲いかかってくる。このまま死んだ方がましなんじゃないか……。こんな地獄を子供ふたりでどう生きて行けというのか。どうやって死のうか。ぼくはともかく、暁が苦しまずに死ねる方法は?
ぼくだけじゃ抱えきれない。
心の深いところにどんどん引きずり込まれ悪い考えばかりが頭を巡る。それと同時にぼくの瞳からぽたぽたと何かが落ちた。
――涙だ。
そこでようやくぼくは気付いた。
そうだ、ずっと泣いていなかった、泣けていなかった。父さんがいなくなった時も、母さんがいなくなってからも、目の前のことに必死で涙を流すことさえ忘れていた。そのことに気付いた瞬間、ぼくの瞳から堰を切ったように涙があふれ出してきた。
ああ、父さん。一体どんな最期を遂げたのだろう。殺されるかもしれない恐怖と人を殺さなくてはいけない恐怖に晒されながら、たったひとりで、異国の地で、どんなに孤独だったろう。
ああ、母さん。母さんも街にいた人たちのように、熱くて痛くて動くこともできず、乾きに飢えながら逝ってしまったのだろうか。家に残してきたぼくたちのことを思いながら、どんなに無念だったろう。
ぼくはひたすらに泣いた。寝ている暁を起こさないように、声を押し殺しながら、それでもすべての悲しみを押し流すように泣き尽くした。
そして体中の水分と感情を一緒に吐き出した頃、泣き腫らしたぼくの瞳が捉えたのは、同じく泣き腫らした目ですうすうと眠る暁の寝顔だった。かわいい暁。父さんと母さんとぼくの宝物だ。
そうだ、死ぬなんてだめだ。ぼくひとりならまだしも、まだ小さい暁がいる。まだ希望はある――。