第十四夜
私は消えてしまったヒカルを追って泉まで走った。
泉のほとりに腰掛ける彼が目に入る。それはまさに彼がその命を断った時と同じシチュエーションそのものだった。その光景を目にした瞬間、身の毛がよだち思わず声を荒らげる。
「待ってヒカル!!」
私は彼の二の腕をぐいっと引っ掴んだ。自分でも信じられないくらいの大きな声と、強い力だった。
いや、冷静に考えてみれば彼はすでに亡くなっているのだから、この行動に意味はないのかもしれない。
けれども、ヒカルを再び泉の底に行かせるわけにはいかなかった。二度も彼を死なせるなんて、絶対に嫌だった。
「ぼくは……この泉に、冷たい闇に囚われてる」
ヒカルの薄い唇が静かに言葉を紡ぎ出す。
「冷たい闇はぼくがここから離れていかないように、呪いをかけたんだ」
赤く泣き腫らした瞳は、遠くを見つめているように虚ろで焦点が合わない。
「でも、もう疲れた。寂しいよ、灯里」
そう言うとヒカルは私の身体を抱き寄せた。
――体温がない。冷え切ったコンクリートのような抱擁に、やはり彼がこの世の存在でないことを思い知らされる。
彼の白く細い左腕が、私の腰に回された。右手で私の首元を撫でると、絞め上げるような形で指を喉元にあてがう。突然のことに何が起きているのかわからなかったが、それが男女のロマンチックな行為でないことはすぐに理解した。
「ねえ灯里。ぼくと一緒に来て。もう独りは嫌なんだ……寂しいのは嫌なんだ」
ヒカルの腕と指に徐々に力がこもる。こんなに華奢な身体のどこにそんな強い力があるのだろう。まるで獲物を逃さないように絡みつき絞め上げる蛇のようだ。
「灯里、お願い」
耳もとで囁く彼の吐息に、私の背筋は震えた。ぞわぞわと力が抜けるような感覚。生まれて初めてのその感覚は首から背骨を伝って、腰のあたりまでむず痒くさせた。
「灯里……」
「だ……っ、だめ!」
どうにか理性を働かせ、ヒカルを突き放した。反動で尻もちをつく。
――しまった、これでは彼を拒絶したみたいじゃないか。そう思った私はすぐに身体を立て直すと、凍えるように小さく震える彼の手を握りしめた。
「だめだよ、私は一緒には行けない。……でも、絶対にヒカルを独りにもしない。信じて、私があなたの道しるべになる。明日、あの百日紅の側で待ってて。ね?」
子どもに言い聞かせるみたいな言い方になってしまった。相手は随分と歳上なのに。
けれど、泣きべそ顔の彼は小さな子どもそのものだった。目と鼻を赤くさせ、下唇をきゅっと噛み締めると、彼は素直にこくりと頷いた。




