第十夜
そこまで話すとヒカルは深く息をついた。
「ぼくばかりたくさん話しちゃったね、ごめん」
眉を下げて申し訳なさそうに笑う彼の顔を薄緑の光が照らす。
ふと周りを見やると、いつのまにか昨晩と同じようにたくさんのホタルが飛び交っていた。
私はホタルの明滅を見ながら次の言葉を探す。この話が本当なのか、作り話なのか、どんな返答をするのが正解なのか。本当なのだとしたら、今目の前にいるヒカルは一体何なのだろうか。
「信じなくてもいいよ」
そんな私の考えを見抜くようにヒカルが言葉を続けた。
「みんなね、一晩経つとぼくのこと忘れちゃうんだ。だから灯里がぼくのことを覚えていてくれただけで、十分だから。信じなくても大丈夫」
そういえば沙夜はヒカルのことを覚えていなかった。そんな冗談を言うような子じゃないのに。
私だけが彼のことを覚えていられる――?
どうしてそんな不思議なことが起きているのかわからない。けれども、その特別な事実にほんの少しだけ優越感を感じる自分がいた。
それに、彼の話が本当だとして、彼が幽霊とかそういった類のものだったとして。それでも彼に怖いだとか気持ち悪いだとか負の感情を全く抱かない。むしろ正反対の穏やかさや安らかさをまとった雰囲気に、私は――。
「さ、そろそろ帰らないと」
ヒカルがぽんぽん、と私の肩を叩いた。
「(あ、触れるんだ……)」
「今、触れるんだって思ったでしょ?」
驚いた表情をしていたのだろう、ヒカルはそれを見逃さなかった。
「ふふっ、わかりやすいなあ」
耳が熱くじわじわと音を立てる。体中の血液が耳と顔に集中していくのがわかる。
これ以上見透かされてはだめだ。おそらくだけれど、今感じている気持ちはヒカルに知られてはいけないものだ。私は顔を腕で覆うとすばやく立ち上がり、帰路につくことにした。
「ヒカル、またね」
顔を隠しながらひらりと手を振る私の何気ない一言に彼はとびきり驚いた。
「『また』ね?」
「そう、またね」
ヒカルの表情がみるみると喜びに満ちていく。そして頬を紅潮させ、ほろほろと幸せがこぼれ落ちるような笑顔で言った。
「またね」




