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ハッピーエンド

 最後の日。


 アスランは机に突っ伏しながら、私に手を振ってきた。


「よお」


 寝不足なのか、顔をあげたアスランの顔には疲労がたまっているように見えた。


「よおじゃないわよ、顔のクマひどいわよ」


「誰のためだと思ってるんだ……昨日から今日までずっとオレは段取りして忙しかったんだぞ」


 何の段取りかわからないけど、アスランは一生懸命頑張っていたらしい。


「あ、じゃあ。

 リンゴ食べる?」


 カバンからりんごを取ってアスランの机の上に置いた。


「なんでリンゴ持ってるんだ」


「うちで取れたの、おやつに持ってきた」


 私、りんごとミカンが好き。


 公爵家の庭に大きな木があるから、ずっと食べごろを待ってた。

 

 庭師のおじさんが今日が食べごろって言ってくれたんだよね。


「誰がむくんだ?」


「私がむくわよ」


「そういうのこそ、メイドの仕事じゃないのか?」


「他の令嬢はそうかもしれないけど、私は自分の分は自分でしたいの」


 しゅるしゅるとリンゴをむいていく。


 こういう何も考えない作業は好きだ。


 今の私は何かしていないと、数時間後にやってくる断罪のことを考えて気が気じゃなくなってしまいそうだから。


「どうぞ」


「……そういえば、昨日の夜から何も食べてないな」


「じゃあ、いっぱい食べていいわよ」


「助かる」


 アスランと私は教室でしゃりしゃり言わせながらりんごを食べた。

 

 周りでゴクリとつばを飲み込む音が聞こえたから、とってもおいしそうに見えたはず。

 

 せっかくだから、教室のみんなにも分けてあげたいけど、そう思った頃にはアスランがぺろりと平らげていた。


「ちょっと、体力が復活したぞ。

 ありがとな」


「うん、私がいなくなってもアスランに届けるようメイドさんに言っておくね」


 今日断罪されたとしても、アスランに届けるよう、手配しておこう。

 美味しいものは、美味しいと感じる人が食べた方がいいから。


「……いらない」


「遠慮しないでよ、公爵家では私しか食べないみたいだから」


「……どうして諦めるんだよ」


「え?」


 アスランはちょっと怒ってるように見えた。


「一晩中アンタのことだけ考えてたせいで……助かる方法が一つだけ見えた」


「……私はどうすればいいの?」


「目をつぶって」


「え?」


 アスランに私は目隠しをされて、どこかに連れていかれているようだ。


 もしかして……アスランは実は王子側の人間で、断罪を確実に行うために雇われたエージェントなのでは……

 

 私を有無を言わさず連れて行き、目隠しを取った時にはしっかり断頭台に頭がセットされているのね!


 ああ……さようなら、エイル―ク王国。


 私は座らせられ、目隠しが取り払われた。


「さよなら、断頭台で私は死ぬのね。

 庭のミカン、食べたかったな……」


「おい、なに気の抜けるようなこと言ってるんだ」


「あれ?

 断頭台が動いてる?

 車輪の音が聞こえるんだけど」


「ないよ、そんな断頭台は。

 動く断頭台なんてあったら怖いだろ」


「え……どこなのよ、ここは!」


 辺りを見回す。


 大きな街道を馬車は走っていた。


「立派な街道ね。

 えっと、この道もうすぐ隣の国に行くんじゃない?」


「この国で、アンタを生かしておく方法がなかったんだよな」


「えっと……本当に隣国に行ってるの?」


 アスランはうなずいた。


「アユルト王国。

 エイルークよりは少し暖かくて緑が多いんだ。

 リンゴもみかんも取れる。

 後な、海に近いから魚が美味しいんだ」


「魚?

 そうそう、エイルーク王国は海に面してないから魚があまりなかったのよね」


「アユルトは良い国だぞ、もっとオレがいい国にするから、アンタが気に入ってくれるなら嬉しい」


「……え?

 オレがいい国にするって……アスラン、あなた何者?」


「オレは……」


 突如、矢が馬車に射かけられた。


「きゃあああ」


 馬が驚いて暴れ出した。


「馬車より騎兵の方が早い……仕方がないことだが、追いつかれてしまったようだな」


 アスランは重心を低くして外の様子を見ていた。


「アスラアアアアアン!

 エリザベス!

 お前ら、許さんぞ!」


 後ろから、ものすごい勢いでライアン王子が迫っていた。

 馬に乗っていて、血走った眼をしていた。


「どうして、ライアン王子が追ってくるの?」


「そりゃあね。

 婚約者が他国の王子に奪われようとしてたら、必死で追っかけてくるってもんだろ」


「えっと……他国の王子って……」


「オレの名前はアスラン・エイナル。

 オレとライアンは小さいころからの知り合いなんだよ」


「えええ!」


「驚くのはわかるけど、ちょっと馬車の中でしゃがんでてくれ。

 ライアンに追いつかれそうだ」


 アスランは剣を背負い、弓を取って馬車から飛び出した。


「ちょっと、アスラン!

 馬車が倒れる!」


 矢を体に受けたのか、馬が暴れ出して御者が抑えられそうにない。


「エリザベス、飛び降りろ!」


「わ、わかったわ!」


 よいしょっと……アイタタタ。


 尻もちをついた私が立ち上がった時には、ライアン王子とアスランが互いに抜刀してにらみ合っていた。

 

「ちょ、ちょっとやめてよ二人とも!」


 いや、こうやって男二人が私を取り合う図ってのは、憧れではあるよ?

 

 けど、本気で命がかかってるなら、喜んでる場合じゃないよね。


「ライアン王子、どうせあなたは婚約破棄するのにどうして私を追って来たの?」


 アスランが笑いながら答えた。


「ただのメンツだよ。

 婚約した令嬢を他国の王子に奪われたなんて、格好がつかないもんな」

「アスラン、お前……」

「なあ、ライアン。

 お前、エリザベス殺そうとしてただろ」

「何のことだ」

「自分が殺すのは良くても、他国の王子に渡すわけにはいかない……か」

「……明日、断頭台へ送るとしても、今日まではオレの婚約者だ。

 奪うって言うのなら、お前を殺すしかないな。

 剣を抜け」

「望むところだ!」

「ちょ、ちょっと待ってってば!」


 私の声を無視して、ライアン王子が斬りかかる。

 アスランは回避して、返す刀で連撃を加えた。

 ライアン王子は防戦一方、剣をはじかれ尻もちをついた。


「く、くそ……」

「じゃあな」


 アスランがライアン王子の首筋に剣を当てたその時、騎兵たちが現れた。


 あれ?

 一気に多勢に無勢じゃない?


「アスラン!」


「ちょっとまずいかもな……お前だけは守りたいから、逃げろ」


「何言ってるのよ!」


 周りにはたくさんの騎兵、生き残りを第一に考えるなら、逃げた方がいいのかもしれないけど……


「そんなのできないよ……」


 私はアスランの近くに駆け寄った。


「く……」


 アスランはライアン王子を蹴っ飛ばし、私を守りに駆け付けてきた。


「ははははは、形成逆転だな」


 ライアン王子は高らかに笑った。


「断頭台に送るつもりだったが、私は寛大だ。

 愛するアスランと共に、地獄へ送ってあげよう」


「ちょっと待ってよ。

 私とアスランはそんな関係じゃない……でも、ライアン王子よりは百倍いい男だよ!」


「な、何だと!

 クソ、二人とも地獄に送ってやれ!」


 ライアン王子の合図で騎兵の槍が私たちに迫ってくる。


「ど、どうしよう……」


 その時、胸に魔法力がわいてくるのを感じた。

 あ、そういえば、私魔法が使えるんだった。


「やめて!」


 私が突き出した両手から氷魔法がほとばしる。

 その威力はすさまじく、騎兵とライアン王子をあっという間に凍りづけにした。


「……強かったんだな、私」


 公爵令嬢エリザベスは氷魔法最強の使い手、だから氷血令嬢だなんて呼ばれてるんだけど。


「ははは、まったくとんでもない令嬢だな」


 魔法を使った反動でふらつく私をアスランは支えてくれた。


「ありがと」


「今のうちに、出発するか。

 ライアンの野郎をぶっ殺したいとこだけど、まだアユルト王国はエイル―クと戦争したくない。

 ま、ライアンがまたお前をさらうって言うんなら別だけどな」


 アスランは私に微笑みかけた。


「ちょっと待ってて」


「どうした?」


「聞こえてないかもしれないけど、ライアン王子にお別れを言っておくよ」


 ……ライアン王子、結局あなたが私を見てくれることはなかったわね。


「私、あなたと婚約破棄します。

 リディアさんと末永くお幸せにね」


 ああ、せいせいした。

 言われる前に言ってやった。


 二人で馬車に乗り込み、隣国アユルトを目指していく。

 とりとめもない話をアスランと続けていると、地平線が見えた。


 私とアスランは、恋人同士ではないけど……

 こんな風に何でもない話を楽しくできる人はあまりいないんじゃないかな。


「そういえば、初めてアンタじゃなくてエリザベスって呼んでくれたね」

「……ホントは、あだ名で呼びたいけどな」

「え?

 ああ、そうなんだ……

 最近はお父様にもあだ名で何て呼ばれてないけど……リズって呼んでもいいよ?」


 私、この世界に来て、ほんとは誰かにあだ名で呼んでほしかったんだ。


「リズ」

「えっと……アッシュ」


 あだ名で呼びあうだけで、私たちは互いに真っ赤になった。

 ここから、始まる恋物語があったって別にいいと思う。


 私たちは手をつなぎたくてもつなげないまま、馬車はアユルト王国目指して走り続けていた

お読みいただきありがとうございます。


感想なんていただくと飛び上がって喜びます。

では、良い聖夜を。

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