第2話 レイド・ファン・オルティス
まずは状況確認だ。ここは洗面所で、俺は鏡に向かって立っていた。
洗面所を出ると漫画で見る様に巨大な天蓋付きのベッドや馬鹿みたいに大量の服が入っているクローゼットがあった。
やはり、ここは帝国の城にある、レイドの自室の様だ。
おそらくだが俺は今、15か16歳だ。何故なら俺は16歳になると中立連合国フィリーアルトにある学園に入学するからだ。今着ている服装から考えても俺はまだ帝国に入学する前で、入学試験の前くらいだろう。
キャロルとの婚約が正式に決まるのもこの頃だ。キャロルの回想では、俺は公の場でのレイドは猫を被っていて、人目が無くなると「ブス」とか「馬鹿」などと言われ続けた様だ。全く、最悪だな。俺なんだけどさ。
窓の外を見るとディバルト帝国の帝都が一望出来た。人が米粒くらいにか見えないが、よく賑わっている。しかしもう日が暮れる、夕暮れ時だ。
コンコン、と部屋の扉がノックされた。「し、失礼します!」という元気な声と共に誰かが入って来た。
まあ、わざわざ俺の部屋に来る相手は、一人しか知らないがな。
「レ、レレレイド様っ、ご、ご食事の用意が出来ております」
「ああ、ありがとう」
レイドの専属メイド、ウィンリーだった。少しごわごやした髪質の小栗色の髪を左右に束ね、使用人の服に身を包んでいる。ゲームの中のレイドはウィンリーを「ブス」と称していたが、めっちゃ可愛い。動物で例えるならリスみたいだ。
今は夕食の時間帯だろう。レイドの我儘で皆と同じ食事は食べたくないとウィンリーに作らせていたんだ。悪いと思いながらも、夢にまで見たウィンリーの手料理を楽しみにしている俺もいた。
「良し行こうか」と立ち上がる。
しかし、何故かウィンリーは「へ?」と呆けていた。
「? どうしたんだ?」
「い、いえ、すみません! こちらです!」
漫画ならカチンコチンと効果音が出そうな、カクカクの動きをして食堂まで案内してくれた。
食堂に到着すると当たり前のように誰もおらず、広過ぎるテーブルには俺の為だけの食事が用意されていた。
俺がそこに座るとウィンリーが料理にかぶせていた銀色のクローシュを取った。その瞬間に香ばしい香りが漂って来て、味覚を刺激された。
メインの肉料理、スープ、パンが並ぶ。
「ほ、本日はメインの肉料理に『コカトリスのワイン煮』です。デザートには『サファイアフルーツ』を用意しています」
ウィンリーの説明を聞いている間も料理が香ばしく、涎が止まらない状態だった。ウィンリーが喋り終えた瞬間に我慢できずに「いただきます」と手を合わせ、料理に飛びついた。
一口、スプーンで掬って食べた。何度か咀嚼してから飲み込むと、俺の身体は自然と震え出していた。「何なんだ、この料理は……!」と震えた声で言う。
「……ウィンリー、これはお前が作ったのか?」
「は、はい……。申し訳……」
「凄く旨いぞ!!」
「えっ?」
またいつもの様に怒鳴られると思ったウィンリーが、顔を庇ったまま固まっているのに気付かずにレイドは喋り続けた。
「このスープ、喉越しが良くて凄く飲みやすい。肉だって凄く柔らかいし、ワイン煮なのに肉本来の味もしっかりと感じるぞ。凄い、凄いぞ、ウィンリー!」
今までこんな料理を食べた事が無かったので、語彙力がなくて申し訳ないが、とりあえず出来る限り誉めた。勿論これは本心だ。
ウィンリーの料理は、俺がこれまで食べた中で一番旨かった。
「なあ、こっちのデザー……ト、も?」
「ぅ、ううっ……!」
「な、何で泣いてる!?」
後ろに振り返るとウィンリーが泣いていた。
え、マジで何で!?
「レイド様が、初めて褒めてくれたぁ……っ!!」
両手で顔を覆うが、ぽろぽろと涙を溢しているのが分かった。
俺はこれまでウィンリーに何をした?
俺はどれだけウィンリーに酷い事をして来たんだ。
ウィンリーはどんなに辛かったんだろう。
俺にはそんな事、想像もできなかった。
それが悔しくて悲しくて、思わず溢れそうになる涙を堪えて、席を立って蹲るウィンリーを優しく抱き込んだ。
「凄く美味しいよ、ウィンリー」
「うええええんっ!!!」
それから十分ほど、ウィンリーが泣き止む事は無かった。
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