9・ 妄想劇場にオペラグラス
私はお仕着せに着替えて髪をまとめ、オペラグラスを手に早速談話室へと引き返しました。
旦那様はまだ着替えがお済みじゃないみたいですね。お二人の様子を眺める事ができるよう、私は玄関ホールが見える二階廊下の柱の影に移動します。
着替えの済んだ旦那様が談話室に入って行くのが見えます。うん、乗馬用の一式も新しく作りましょう。ジュール様が着るには色合いが渋すぎます。
そんな事を考えていると、二人は揃って玄関から出て行きました。
あッ、しまった。ドアが閉まって見失いました。あ、別にしまったと閉まったを掛けたわけじゃありませんよ?
んもー、玄関扉を開けて外に出ると旦那様たちに気づかれちゃいますね。
仕方なく私は走って使用人用の出入り口から外へ出て、馬が係留されている場所が見える木の影に隠れます。
はぁ、はぁ、はぁ、ちょっと焦りました。そして意外に体力を使いました。
息を整えながらオペラグラスを使ってお二人の様子を観察します。
アラン様がジュール様に何か耳打ちしていますね。
この距離だと声が聞こえないから何を話しているのか全くわかりません。
わかりませんが、そこは私妄想力でカバーしてみせます。
以下フロリアの妄想実況でお届けいたします。
「なぁ、ジュールつかぬ事を聞くが。フロリア夫人は実は男って事はないよな?」
アラン様の言葉に、ジュール様はビクリ、と肩を震わせました。
ジュール様は気まずさから、ごまかすように視線を彷徨わせます。
「あれ、どう見ても女性じゃないよな」
「いや……」
肩を落として盛大にため息をつくジュール様。
「どうして妻のふりをしているんだ」
「それはお前の勘違いだ……。結婚式の当日に、お前を愛さないとフロリアには言ったから」
「お前、それはさすがに」
「分かっている。分かっているが、仕方がないだろう? 私はお前以外を愛す事はできないんだから。お前だって分かっているだろう」
「それはそうだが。それならどうしてお前の妻として紹介されなければならない」
「あまりにも気にせずふてぶてしい顔をしているものだから、つい意地になってしまったんだ。そうすれば、諦めてくれるかと思ってな。名ばかりの妻として扱えば婚姻の事実を他所に漏らしたくはないだろうと。お前に紹介してあの地味な容姿を見せれば納得してもらえるかと。邸で大切な人と会わせたいとセバスティアンに望んで顔合わせの準備をさせた。私も経済的な事に方をつけられたら、フェンネルト家には持参金と慰謝料つきでフロリアを返すつもりでいたし、それならば私たちにとっての関係は今まで通り変わらないだろうと。まさかあんなにもうす塩顔な女だとは思わなかったんだ」
そう言ってがっくりとうなだれたジュール様に、アラン様は愛しげな視線を向けます。
「あれは俺との仲を裂こうとしているんじゃないのか? いやらしいというか腹立たしいというか……まぁ、色々と策はあるが」
返して、アラン様は受けて立つと言わんばかりにクツクツと笑われました。
「笑うなよ。なんというか、フロリアは少し病んでいるんだ。私の心は望まないと言ったから、フロリアもてっきりそういう腹積もりなのだと思って居たのに」
「さすがに大商家の御令嬢だけあって下手に取り乱しはしなかったが、気品とは無縁の美しさに欠ける身なりをしていたし、俺の敵にはならんだろう。新興成金と耳にしていたからもっと派手な女性なのかと思っていたがな」
「いや、それがそうでもない。顔は地味だが、私に媚を売ろうとテーラーを呼んで散財している」
「なんだ、お前の気を引きたいのか。それもまた闘志が沸くな。競いがいのある奥方をもらったなお前」
「だから、そういうのは望んでない。今は猫をかぶっているだけだ。今に厄介な存在になるに決まっている」
「お前の側には俺がいる。今日は逢瀬を楽しもう」
そう言ってアラン様は男臭い相貌に白い歯を見せて笑いました。
アラン様を見つめながら、ジュール様は「そうだな」と蕩けるような笑みを零されました。
はぁ~、尊し。お戻りになったらデートの事聞かせてくれないかしら。