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8・ 何を話しているのかしら 萌えますね

 結婚したばかりの友人を訪ねる事を前もって約束していても、当日の天候まではわからない。狩りに行くにしても、天候が崩れれば予定は変更になる。

 だから付き合いの長いジュールも心得たもので、訪れるまでは普段着姿だった。そして今は狩り用の服に着替えて来ると言って、邸の奥に引っ込んでいる。

 アランはジュールを待つ間、奥方を紹介された談話室の椅子に座って茶を飲んでいた。

 程なくして、着替え終わったジュールがやって来る。

「待たせた。行こうか」

「おう」

 玄関ホールへと向かうと、どこからか奇妙な気配を感じる。

 日頃騎士団の訓練や敵との戦闘等で人の気にさらされているアランは、離れた場所からのものであっても殺気を含んだ気配を察知する事ができた。

 だが、殺気というには肌を刺すような鋭さがない。強いて言うならば、日頃隣を歩く親友に向けられるものと似ている気がする。

 男の自分から見ても美形だと思えるこの親友は、昔から女性の熱視線を集める存在だ。

 だが、それが今は自分に向けられている。否、それは少し違う。より正確に言うならば自分にも向けられていると言った方が正しい。

 ジュールに会うために何度もこの邸を訪れているが、こんな気配を感じたのは初めてだ。

 玄関ホールを出て待たせた馬のところまで歩いて行く間にも、距離を取って付いてくる。

 一瞬途切れて、少ししてからまたそれが始まったので気になってそれとなく探って見ると、遠くの木の影で見覚えのない侍女が劇場鏡(オペラグラス)を目に当てている。

 あんな使用人居ただろうか。いや、そもそも侍女が劇場鏡などという高価な物を持っている方がおかしい、と思い至った所で得心した。前髪を厚く下ろして侍女のお仕着せを纏って擬態しているが、あの華奢な体格といい、良くも悪くも印象に残りにくい相貌といい、紛れもなくジュールの妻フロリアだった。

 セバスティアンが持って来た狩り用のクロスボウを背に担ぎながら、同じく隣で狩りの装備を準備しているジュールに小声で話しかける。

「なぁ、ジュールつかぬ事を聞くが。フロリア夫人は実は侍女って事はないよな?」

 アランの言葉に、ジュールはビクリ、と肩を震わせた。

 親友はそのまま、何気なく視線を流すようにして周囲を確認している。

「あれ、フロリア夫人だよな」

「ああ……」

 はぁー、と肩を落として大きくため息をついている。

「どうして侍女の格好をしているんだ」

「おそらく私のせいだ……。結婚式の当日に、お前を愛さないとフロリアに言ったから」

「お前、それはさすがに」

「分かっている。分かっているが、仕方がないだろう? 私は女性を愛す事はできないんだから。お前だって知っているだろう」

「それはそうだが。それがどうして侍女のお仕着せを着る事になる」

「あまりにも豪奢な婚礼衣装を着ているものだから、ついキツい物言いをしてしまったんだ。そうしたら、勘違いさせたらしくてな。望まぬ妻ならば婚姻の事実を他所に漏らしたくはないだろうと。街に行くにもあの派手なドレスで行けば広まってしまうから、邸からお仕着せで買い物に行きたいとセバスティアンに望んだというから用意させた。私も経済的な事に方をつけられたら、フェンネルト家には持参金と慰謝料つきでフロリアを返すつもりでいたから、それならば彼女にとっても婚姻を結んだ事実は広まらない方が良いだろうと。まさか邸の中で着るとは思わなかったんだ」

 そう言ってがっくりとうなだれた親友に、アランは生ぬるい視線を向ける。

「あれは俺との仲を疑っているんじゃないのか? いじらしいというか可愛らしいというか……まぁ、色々と粗があるが」

 返して、アランは愉快だというようにクツクツと笑った。

「笑うなよ。なんというか、フロリアは少し変わっているんだ。私の心は望まないと言ったから、フロリアもてっきりそういう腹積もりなのだと思って居たのに」

「さすがに大商家の御令嬢だけあって下手なものは着ていなかったが、派手さとは無縁の品の良い身なりをしていたし、お母上のようにはならんだろう。新興成金と耳にしていたからもっと派手な女性なのかと思っていたがな」

「いや、それがそうでもない。自身は派手ではないが、私にはみすぼらしい格好をするなとテーラーを呼んで散財している」

「なんだ、お前の服をか。それもまたいじらしいじゃないか。良い奥方をもらったなお前」

「だから、そういう事じゃない。今は猫をかぶっているだけだ。今に母のように奢侈に傾くんだ」

 ヒュリック家より上位の侯爵家から嫁いで来たジュールの母は、あまりにも世間知らずだった。潤沢な資産に恵まれた生家で蝶よ花よと甘やかされて育ったお陰で、ヒュリック家の資産状況など考えず無自覚に贅沢をしまくる。

 若かりし頃の父が夜会で出会って一目ぼれし、侯爵家よりも下位であるにも関わらず、苦労はさせないと求婚して婚姻してしまったがために、父は今でも母にはあまり強く言えない。お陰でヒュリック家は傾いて、このまま行けば家を断絶するしかないというところまで落ちた。

 嫡男である兄が母のお目付け役として無駄遣いを管理している都合上、本領を離れる事ができなくなっている。本当に、少しでも目を離せば隙を付いて湯水のように金を使うのだ。

 だから兄もジュールも、本来なら恵まれた環境にあるはずなのに、昔から苦労が絶えなかった。主に、金銭面で。

 母への反発心もあったのだろう。結婚適齢期に入る頃には、女性にも贅沢にも嫌悪感を抱くようになっていた。

「お前も気苦労が絶えんな。今日は良い獲物を狩ろう」

 そう言ってジュールの気の良い親友は、男臭い相貌に白い歯を見せて笑った。

 アランの気遣いを心地よく思いながら、ジュールは「そうだな」と笑い返した。

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