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52・ 乙女だったと懐かしく思う日がくるのさ

 ピンポーン。チャイムが鳴った玄関先に、頑固オヤジが顔を出し、そこにたっていた客の男を怒鳴りつけます。

「うちのムスメはお前などにはやらん! 帰れ!」

「いえ、お父さん待って下さい! そこを何とか……せめてご挨拶だけでも」

「いいや、どこの馬の骨ともわからん君なぞに、うちの大事なムスメを任せられるか」

 玄関先で帰れ帰らない、せめて話だけでもいいや聞かぬなどという押し問答を小一時間ばかり。

 それを見かねた母が奥から顔を出し、父に向って声を掛けました。

「もう、お父さんてば。こんなにおっしゃってるんだから、せめて上がっていただいたら? ずっと玄関先で繰り返していても仕方がないでしょう」

 全く困った人ね、と母が呆れたように苦笑しながらそう呟きます。

 父はむすっとした表情のまま、母の言葉にこたえもせず、渋々と言った様子で玄関の引き戸を開けました。

 サンダルを乱雑に脱ぎ捨て、どすどすと足音を響かせながら、父はスリッパも出さずに客間へと消えて行きます。

 その様子に母は申し訳なさそうに柔らかく笑んで、来客用のスリッパを玄関マットの上に出しました。そして父の脱ぎ捨てたサンダルをそろえて脇に寄せました。

「お邪魔します」

 そう言って彼はようやく愛しい人の家へと足を踏み入れたのです。

 ようやく客間に通されると、そこにはこれから結ばれようという彼女が、先ほど見た母親とそっくりな申し訳なさそうな表情をして座っています。

「ごめんね、うちのお父さんてばすごくガンコで」

「いや、いいんだよ。気にしないで……今日初めて会うんだから仕方がないよ」

 そこでまた、お嬢さんを僕に下さい、いいや許さんといったやり取りを繰り返し、どうにかこうにか「ムスメを不幸にしてみろ、許さんからな!」との言質を取れたのはさらにその一時間後でした。

 父と彼が話始め、ぎこちなくも「君はどんな仕事をしてるんだ」ですとか「ご両親は健在か」なんて普通の会話が成立するようになった頃です。

 ずっと緊張して正座していた彼が、つらそうな表情をして言い出しにくそうに口を開きました。

「申し訳ありません、足を崩してもよろしいですか」

「ああ、すまん。遠慮なく胡坐で構わんよ」

 彼女は、父からそんな言葉が出るようになったのでホッと胸を撫でおろしました。

 帰り際に、彼が「次はもっとうまく会話して見せるよ」と言って恥ずかしそうに笑いました。

 彼女も「うん」と笑い返しました。


 ……何の話だ? ですって?

 もちろん私が大人の階段を昇った話ですよ?

 二次で仕入れた知識なんて全く意味がありませんでした! オーマイガッ!

 良いとか良くないとか以前に、そもそも迎え入れられないって言うんですよ!!!

 あんな……あんな風に皆すんなり事に及んでますけど、あんなの嘘だー!!!


 初対面なのに家内総出でお出迎え、なんなら大歓迎で楽しくて幸せで、みたいなの! ちょっとズキンて痛むけど、それさえ乗り越えれば! なんて考えていた私は甘かったです。

 お迎えできるようになるまでまな板の上の何とか状態だし、昼下がりに応じてしまったものだから無駄に明るくて、恥ずか死ぬかと思いました、本当に。


 紙の上ってどんなにピンク色に書いていても汚くないけど、リアルは綺麗なばかりじゃないんですね……。当たり前の事ですけど。

 旦那様の旦那様は旦那様だし、脱いだら色々繁ってるし……いやまぁ、旦那様はそれでもカッコイイんですけど。

 お互い初めての事で勝手がわからず、結局アフタヌーンティの時間もすっ飛ばして、やっと体も夫婦になれたと思ったらとっぷり陽は沈んでおります。

 時間かかったー……。そしてやっぱり痛い……う゛う゛。


 でもまぁ、ちょっと安心したのも事実です。正直旦那様のお気持ちを疑い始めていたので、求められて嫌な気はしませんでした。

 そして慣れなくてアタフタしてる旦那様が少し可愛いかったです。

 最中はともかく、こうして素肌を寄せ合っているのは心地よくて幸せな気分ですね。旦那様の腕の中、あったかいです。

 だけどもう、いろいろ疲れてしまって私はぐったりです。旦那様の顔を至近距離で眺めたいけど、目を開けるのすら億劫です。


 瞼を閉じたまま、旦那様の胸元に額を預けていましたら、クルクルと私の茶色い髪を旦那様の手が弄びます。

「無理をさせてしまったね……痛む?」

 ぼんやりと目を開けて、上から覗き込んでくる旦那様の顔を見上げます。

「痛くない、と言えば嘘になりますけど、幾分か治まってきましたし大丈夫です」

「そうか……頑張ってくれてありがとう」

「はい」

「私は今、すごく幸せな気分だフロリア」

 私もです、旦那様。そう返事をしたつもりですが、もしかしたらきちんと言えていないかも。

 途切れかけた思考の隙間に、おやすみって旦那様の声が聞こえた気がしました。

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