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49・ アップルドリーム

 そして夜です。使用人達は有能なので、一日で服や小物の移動が終わってしまいました。まぁ、わたしの荷物はほとんど衣類に偏っているのですけどね。

 今日、日中旦那様はリンゴの収穫を確認するために出ておられましたので、アフタヌーンティはご一緒できませんでした。

 そのせいなのでしょうか、今までは別々に食べていた夕食を一緒にとおっしゃいまして、今日は同席する事になりました。


 夕食を楽しみながら、今日の領内での出来事を話して下さいました。今年はリンゴの出来が良く、たくさん収穫出来ている事ですとか、動き出した新規事業に乗り気なのは村の男性達よりも女性の方だとか、だから仕事自慢の女性達がシードル作りを張り切っていると言った事ですとか、そんな様々な事を伺いました。

「村で名人と言われている女性がね、土産にと昨年仕込んだシードルを何本か持たせてくれたんだ。そんなにキツイ酒じゃないから、寝酒代わりに後で一緒に飲もう」

 そう言って旦那様は穏やかな笑みを浮かべました。

 いやだ旦那様ってば私を酔わせてどうするつもり? ……ええ、言った自分でも虚しくなりました。良いじゃないですか、ちょっと言ってみたかっただけです。(遠い目)


 旦那様と私は食事を終えて入浴を済ませ、寝間着であるシャツワンピの上にガウンを羽織って、居室の長椅子の上でくつろいでおります。

 今までは椅子の両端が定位置だったのに、馬車での一件があったからでしょうか、ジュール様は隙間を塞ぐようにぴったり隣にお座りになりました。

 お顔は見慣れたのですが、これはこれで変に意識しちゃって緊張するぅー!

 お茶の時間であればともかく、この時間帯を一緒に過ごすのは初めてで、何を話せば良いのかわかりません。話題選びに迷っておりましたが、隣に座る旦那様がクスリと笑ったのが聞こえました。


「普段のあなたは、素顔になってもあまり変わらないんだね」

 まぁ、こちらの化粧品ってあまりカバー力はないですからねぇ。薄付き風で実は盛ってるみたいな前世風メイクは基本的にはできないので、どうしても日常メイクは薄くなりがちです。

「恥ずかしいからあまり見ないで下さい」

 あまり変わらなくてもすっぴんを見られるのは恥ずかしい……。

 複雑な心境でそう返しましたら、旦那様は「ははは」と笑ってから、ごめんとおっしゃいました。

 くっ、その顔を見たら許しちゃうじゃないですか。その笑顔、反則技です。


 そんな事を話していた時です。扉を叩く音がして、旦那様が夕飯の時に話してくれたシードルをセバスさんが持ってきてくれました。

 気を遣ってくれたのでしょう。セバスさんはトレイごとローテーブルの上に置いて「失礼致します」と頭だけ下げて出て行きました。

 お茶を運んでくれる時には、茶葉の説明をしてくれたり、もう少し会話があるのですけどね。


 セバスさんが運んでくれたシードルは、井戸で冷やされていたようです。

 手を伸ばしたシードルのボトルは、手で触れるとひんやりとしています。

 こちらには冷蔵庫なんて便利なものはありませんからね、冷えていると言ってもキンキンではないですけど、朝夕冷え込む季節になってきましたし、お風呂上りにはこれくらいで良いのかもしれません。


 あらかじめ栓が抜かれた瓶から、ゴブレットに中身を注ぎ入れ旦那様に差し出します。

 表面にほんの少し白い泡が立って、果汁に含まれるパルプでほんのりと濁った黄色をしています。

「どうぞ」

「ありがとう。では、これからの私たちに乾杯」

 そう言って、旦那様は私が手にしたゴブレットに軽く自分のそれを合わせました。

 キン、と軽い音を立てたゴブレットの中の微発泡が、しゅわしゅわと弾けます。

 何だ、この完璧な生き物は! キザすぎるのに全然嫌味にみえない!!!

 

 先にシードルを口に含んだ旦那様は、また穏やかに微笑まれました。

 きっと名人のシードルがおいしいのですね。

 私も自分のゴブレットに口をつけます。うん、やっぱり美味しいですね。これは女性が好きな味だと思います。

 少し酸味はありますけれど、それが爽やかで甘くて、柔らかいガスが程よい喉越しになって消えて行きます。

「美味しいですね」

「気に入ったみたいだね。蒸留に掛ける前に、この状態で保存するのも良さそうだ」

 そう、旦那様はおっしゃいました。新規事業の話が進み始めても、領民達との関係は今まで通り上手く行っているようですし、良かったです。

 私も美味しいシードルを味わう事が出来ましたし、旦那様と名人に感謝です。


 アフタヌーンティの時のように他愛もない雑談をしながらシードルを楽しんだあと、歯を磨いたりといった就寝準備を終えました。

 二人揃って寝室に移動します。もしかして、もしかしちゃったりするぅー? 

 ドキドキ……ドキドキ……。あー、これ心臓こわれるぅー。

 旦那様が寝台脇の燭台の火を噴き消す音が聞こえました。ボッと蝋燭が一鳴きして、寝台の上で座ったままだった私の方に旦那様の顔が近づいてくる気配を感じました。

 まだ目が慣れない暗闇の中、そっと唇が合わさってから離れて行きます。

「おやすみ、フロリア」

 そう言って、旦那様は横になられました。

 ホッ。とりあえずいきなりどうこうと言った事は避けられた模様です。

 でも、隣にいらっしゃるのよね。緊張して眠れるかしら……。

「おやすみなさい、旦那様」

 

 1、2、3……すやぁー。目を閉じて開けばもう朝でした。うん、緊張とか私には関係なかった!!

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