47・ ちょろすぎヒロイン
私が断るとは思っていなかったのでしょう、ジュール様は驚愕の表情を浮かべてまた一瞬システムダウンされました。
でもそこはさすが旦那様です。すぐ自動復旧して叫ばれました。
「なぜだ! 話を聞いている限りでは、あなたは私の事を嫌いではないのだろう?」
もちろんです。嫌いどころかむしろ大好きです! ジュール様は推しという名の私の神ですもの。
「私にとって、偶像とは崇拝するものなのです。宗教に当てはめるとジュール様は神……信徒が神と対等になろうなどとは思いませんでしょう?」
「なるほど……」
うんうん、わかっていただけましたか旦那様?
「私にはあなたの言わんとすることが全く分からないと言う事だけは分かった」
ズコー……まさか異世界で「なるほど……サッパリわからない」を耳にする日が来るとは!
「あなたは私を偶像扱いしたいようだけど、所詮生身の人間だよ? あなたがこれからもそういう立ち位置でいるというのなら、私にも考えがある」
ぐっ……とうとうこの日がやってきましたか! 恐れていた実家への強制送還……。
それもこれも、拙者の不徳の致すところ! 無念だが受け入れようではないか!
そう思って俯きましたら、気が付けば旦那様は私の隣に座っておられました。
至近距離で下から覗き込んでくる顔が!
近い近い近い! まてまてまてまて! おぬし拙者に何をする気だ!
て、テンパりすぎわたしぃいいいい。いやだってこんな事、前世でも経験した事ないですもの!
「あなたが何を言ったって、私たちは夫婦だよ? 私はもうあなたを手放す気はないから。私が偶像なんかではなく生身の男だって知ってもらえば良いね?」
ひいいいい、何でこうなるのー?
そもそも前世と今世合わせても恋愛経験値がゼロの私にはいきなりハードルが高すぎますって!
大体、本当の夫婦になるって事は、あーんなことやこーんな事もするんでしょう?!
やだぁ、私は自分の生身を知ってもらう事なんかできないーーーー!
「旦那様はそのままで完璧な容姿でいらっしゃいますけどッ! 私は化粧を取ったら旦那様に釣り合う顔ではありませんし、体だって貧弱でっ!」
馬車の壁際ギリギリまで背を逃がしながら、苦し紛れにそう叫ぶと、ジュール様はきょとんとした顔をされました。そしてすぐに、肩を震わせて笑いをこらえるように口元を手で覆われました。
「あんな煽情的な絵を描いておきながら、随分初心なんだねフロリア」
う゛ッ……それは永遠に忘れておいて欲しかった!!
「今思えば、あれも前衛芸術っていうのは方便だったわけだよね」
はい、ごめんなさいスミマセン。おっしゃる通りです。反省しております。(早口)
ジュール様の手が伸びてきて、私の両手を掴みます。そのまま手を引かれ、旦那様は私の手の甲に唇を押し当てました。思考停止。緊急シャットダウン。
「じゃあ、こうしようフロリア。私とあなたが歩み寄れるにはどうすれば良いのか考えてみたんだ。あなたは青色族愛好家なのだから、以前みた従僕姿のように男装すればいい」
はい? え? ちょっと理解が追い付きません旦那様。
「残念ながら私は青色族ではないからね、その部分においてはあなたの期待には応えられない。それに、あなたを差し置いてよそに恋人を作るような、そんな不誠実な事をするのもお断りだ。あなたは変装していれば、私の隣に立つ事はできるんだろう? だから、あなたが男装して私と心を通わせる事ができれば問題はないわけだ。 なに、人の数だけ性癖はある。自邸の中にとどめて置く限り他人にとやかく言われる事もない。ね、問題は解決する」
そう言って旦那様は良い顔をしてニッコリと笑われました。
何その謎理論。そう言えばうちの旦那様も上位貴族でしたね。圧が強い! ぐいぐいきてます!
いやいやいやだけど! そんなシステムバグデリート完了みたいな事言われましても……。
私が男装するって、それもうボーイズラブじゃないじゃないですか。
そんなシュチュエーション設定してコスプレを楽しむヲタみたいなノリ……。
ああ……いやまぁ確かにあながち間違えてはいないのかもしれません。よく考えてみれば、私ガチヲタでしたね。
情報を処理する事だけに集中していて頭以外はダウン状態の私の顔を覗き込むように、首を傾げた旦那様の顔が近づいてきます。
「返事は?」
だから、その尊みの深い笑顔はやめて下さい! うっかり絆されそうになっちゃうじゃないですか!
「答えてくれないなら、ここであなたの口をふさいじゃおうかな」
まさかの口封じですか! ジュール様私を殺しに掛かってる!
茫然としておりましたら、そっと唇が触れました。
あっ……そっち? ヤメテ、本当に私を殺す気ですか! 異世界キュン死事件発生ですよ。
「返事は? あなたが答えてくれないなら何度でもするつもりなんだけど」
「……ッ、ハイ……ではその方向で、弊社の見積もりをよろしくお願い致します」
もう自分でも何を言っているのかわかりません。
あれ? 私今何を口走ったんだろう。
軽く前後不覚に陥っておりましたら、そんな私を見ていた旦那様はブハッて噴き出しました。
「どうしよう、私はあなたがすごく愛しい」
!!!!! まじか。
全然理解できないけど、とりあえず推しの望む幸せは私の幸せでもあるんだから、結果良かったのかもしれません。
て、綺麗な建前は置いといて、推しに圧されて拒絶できる人間なんているー? ちょろすぎる自分が情けない……。
「ありがとうございます、旦那様」
うん、と言って旦那様は私をそっと抱き寄せました。
楽しそうだし、ま、いっか。




