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46・ あなたの為に私がいるのではない。私の為にあなたがいるのだ。

「ど…どなたかと勘違いしていらっしゃるのでは……」

 わかってます、わかってますよ、悪あがきだって事くらい!

 でも、逃げられるなら逃げたいのが人間ってものじゃないですか……うう……。

「ここ数か月、私たちはほぼ毎日一緒に過ごす時間を作って来たよね? 私は良い夫じゃないけれど、自分の妻の声を聞き間違えたりはしないよ?」

 旦那様はそう言って、美しい顔で凄絶に微笑まれました。はい試合終了―!!

 あきらめたらそこで試合終了ですよ? って言われても、これ以上無理ぃ! ガクブル。

 いやだジュール様ったら……なまじ美形なだけにその笑顔ものすごく怖い!


「こんなところで積もる話などできないし、邸に帰ろうか? 帰りは同じ馬車でいいね?」

 うぐっ。疑問形だけど拒否権が発動できないご命令……。

 いやま、悪いのは旦那様ではないので、大人しく言うことを聞きます。

 そんな訳で私は黙ってコクコクと頷きました。もう頭の中がぐるぐるしちゃって、声にならないってだけなんですけどね。

 うん、とりあえずヨハン様と知り合いになっておこうなんて考えた私が悪かったのはわかります。

 だって、本当に旦那様が狙ってるとか思わないじゃないですか。まぁでも、ジュール様の好みは把握しましたから、次はもっと上手にできるはずです。

 ……その前に実家に強制送還されてなければの話ですけど。


 会場の受付で外套を引き取り、それをすっぽりかぶって旦那様と二人で降車場まで移動します。

 上位貴族の邸は正門のある正面玄関だけではなく、使用人も出入りする裏門があります。通常馬車はそちら側に待機しているので、受付で手荷物を受け取っている間に使用人が馭者まで連絡に走ってくれるのです。邸の裏へと抜ける効率の良い抜け道があるとはいえ、使用人たちはなかなか大変ですね。


 戦々恐々として気まずい気分のまま馬車を待っておりましたら、旦那様がお尋ねになられました。

「あなたは今日も辻馬車で帰るつもりだったの? アンディは邸に戻してしまったのかな?」

 ああ、アンディでしたら近くに待機させていますよ。さすがに今日は辻馬車を拾う気はありませんでしたもの。

「近くの道で待機してもらっています」

 ……ん? ちょっと待って。今日もっておっしゃいましたか旦那様。まずい、これはまずいですね。前回の事も知ってらっしゃる? え、どこまで? どこまでですか?


「そう、じゃあアンディを捕まえて帰らなければね……フロリア?」

 あっ。ズルッ! ズルいです旦那様! 誘導尋問はズルいと思います!

 内心で泡を食べまくる私の心中をよそに、ケンが操る馬車が降車場へ戻って来ました。

 情報量が多すぎて、全然頭の中が整理できません。

 旦那様は馬車に乗り込む前に、ケンに道で待機しているはずのアンディを拾って帰るようお伝えになりました。

 先に車内に入った旦那さまのエスコートを受けて、私も馬車へ乗り込みます。

 旦那様と向かい合う形に腰を下ろすと、ケンが馬車の扉を閉めてくれました。

 そしてゆっくりと馬車は動き出しました。


「で、そろそろそのフードを下ろしてもらえないかな? どういう事か説明して欲しいのだけど」

 車窓にはカーテンが掛かっているので、フードを下ろしても他の人には見られません。

 私は観念して、恐る恐るフードを下ろしました。

「しかし改めてこうして目の当たりにしてみると、凄い変装技術だね。あなたがヨハン殿と会話している後ろ姿を見なければ、先入観が勝って声が似ているだけの別人だと思ったかもしれないよ。……それに、私はもう一つ思い出した事があるんだよね。夜会であなたと出会ったのは、今夜が初めてじゃないよね? 前回あなたは従僕姿だったように思う」

 あああああ、全部バレたああああ。どうしてー?!

「従僕姿……一体何の事だ……か…」

 あ、これアカンやつです。旦那様のお顔が超ー怖い!! 美形の真顔こっわ!

「付け髪に高品質の布地を使った仕立ての良い服、おまけに美しい顔……前回も今回も、いくらなんでもそんな偶然が二度も起こるはずがない。性別を変えていても共通点が多すぎる」

 まじかー、そんなところが共通点になってバレるなんて思ってませんでした。


 口を開きかけたその時です。ゆっくり馬車が停車しました。

 ハイネン家の邸外で待機させていたアンディに、自邸へ戻るよう伝えるケンの声が聞こえて来ます。

 また動き出した馬車の車輪の音が、重なって聞こえて来ます。

 追従する形でアンディの操る空の馬車が連なっているのでしょう。

 程よい騒音のおかげで、内密の話をするにはおあつらえ向きの状態になりました。

 推しを愛でる楽しい日々とはお別れする事になるかもしれませんが、いい加減私も覚悟を決めなくてはいけませんね。


「ジュール様……私実は、青色族愛好家なのです。ごめんなさい、私ヨハン様の事はなんとも思っていませんから! 本当にジュール様の恋路を邪魔するつもりはなかったんです」

 意を決してそうお伝えしましたら、旦那様は真顔のまま一瞬フリーズされました。

 うん、まぁ、わかりますよ。この世界で妻がBL愛好家とかドン引きですよね。転生前でもパートナーには言えないって人も多かったもんね。

「あなたはもしかして、私の事を青色族だと思っている? ああ、そうか、それはそうか……」

 茫然とした表情をした旦那様はそうおっしゃったあと、利き手で顔を覆って俯き、深いため息を吐かれました。

 あれ? もしかして何か間違えているのでしょうか?


「あなたを誤解させる結果になったのは私の自業自得だが、私は青色族ではない」

 えええええええーーーー!!! 何ですってぇ!

 がーん! ここに来てまさかの旦那様ストレート発覚! ああ……私は明日から何を楽しみに生活すれば良いのか……。

 て、そんな事より強制送還を心配しろよって感じですよね。

「縁あってあなたと結婚したけれど、それまで私は伴侶を得る気はなかったんだ。我が家には問題が山積していたから、嫁してきた女性を幸せにしてやれる気はしなかったし、まして子ができても私と同じ苦労を子に背負わせる事になるのではないかと思った。幸か不幸か私に好意を寄せてくれる女性はたくさんいたけれど、身を固めずにいれば女性からのアプローチがエスカレートしてしまって」

 なるほど、旦那様程の容姿なら、たくさんの女性に言い寄られたんでしょうね。それこそ本当にうんざりするくらいに。

「そんな時だ、私が青色族だという噂が立ったのは。女性への対応に苦慮していた頃だったから、私はそれを積極的に否定しなかった。どうせ生涯独身なのだから、何も困る事はない。むしろ好都合だと……」


 そんな理由があったのですね。そして私はまんまとそれを信じ込んでしまったと。

 くっ! 不覚!

「だから、私がヨハン殿を狙っているなんてことはないよ。……むしろ今想像しただけでちょっと肌が総毛立った」

 そう言って旦那様はコート(ロングジャケット)の上から両腕をさする仕草をなさいました。

 ああ、正真正銘のストレートどノーマル!!


「それで、あなたが青色族愛好家というのも無視できないところだけど、今そこは脇に置いて話を進めようか。どうしてこんな巧妙な変装をして夜会に参加する必要があったのかな?」

「以前にも申し上げましたけど、私ジュール様の事が好きです……その、偶像崇拝的な意味で。遠くからでも良いからジュール様のお姿が見られないかしらって。あわよくば恋の応援なんかして、それを近くで鑑賞できたら良いな、なんて……その……申し訳ありません」

 ヲタの習性でしょうか、思わず胸の前で両手を組んで夢見るように言い募ってしまった私をみて、旦那様の顔がチベットスナギツネ顔になったのは気のせいではありません。

 うわぁ、こんな綺麗なチベスナ顔初めて見たぁ。ハッ……危ない、集中してフロリア!


「私の恋を応援って……あなたは私の妻だろう? それじゃ、あなたは自分の事を犠牲にするつもりだったのか? 自分の夫が自分以外の者と恋仲になる事に嫌悪感はなかったの」

「政略結婚でしたから、お心を望むつもりは最初からありませんでした。むしろ青色族愛好家にとっては幸せな事かもしれないと思っておりました。旦那様も邸の使用人達も良くして下さいましたから、不自由のない生活が出来ていましたし。ジュール様と男女の仲になれずとも、友達というか……いえ、もっとわかりやすく言うなら同志とでもいえば良いのでしょうか。そのような関係になれれば良いと」

 そうお伝えして笑って見せると、旦那様は緊張から解放されるように大きく息を吐き出してから脱力されました。


「お互い色々と勘違いをしていたんだね」

「そうみたいです」

 なんだかおかしいですね。私は旦那様のその姿を見て、思わずクスリと笑ってしまいました。


「そんなに美しく変身できるんだから、最初からそう言ってくれたら良かったのに。私の隣に立ちたくないとか言わずに」

「私の美醜については社交界には広まっておりましたし、いきなりこの姿をお見せするのも騙すような気がして。ドレスと化粧を取り去ってしまえば、中身はジュール様もよくご存知の普段の私ですもの」

 そう答えると、旦那様は腕を組んで考え込むように首を捻りました。

「うーん……どうなのかな。あなたの立場になればそう考えても仕方がないのかもしれないが。私は見た目なんかより、中身の方が大事だと思っているし」

 こんなに美形でいらっしゃるのに、中身の方が大事だなんて、やっぱり旦那様は素晴らしいですね!


「さて、お互いの事情も想いも分かったし、これからの話をしようフロリア。 勘違いをしていたにせよ、あなたは婚家であるヒュリック家の為に、親身になって力を尽くしてくれた。私や邸の使用人達や、領民の事に心を砕いてくれた事は偽りではないはずだ。少しずつで構わない、本当の夫婦になろうフロリア」

 そう言って旦那様は薔薇を背負って笑われました(概念可視化)。何これキラキラしてる……。

 いや、私はモブなんだってば! 主人公(ヒロイン)みたいになってどうする!


「申し訳ありません、ジュール様。それはお断り致します」

 んーーーー、無理ッ!

読んでくれてありがとーございます。今月中には完結しまーす。

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