44・ フロリア危機一髪
逃げ出したまでは良かったのですが、ジュール様を探して彷徨う先々で【なぞのしんし】とエンドレスエンカウントに突入してしまいました。
意味不明なモテ期が到来しております。
それを丁重にお断りして【にげる】コマンドを繰り返しておりましたら、ダンスホールの近くで人にぶつかってしまいました。
肩がぶつかっただけでしたけど、不意の事でしたし、ハイヒールという事もあってバランスを崩してしまいました。
倒れるほどではありませんでしたが、よろめいたところをどなたかが支えてくださいました。
「申し訳ございません。助けていただいてありがとうございます」
そう言いながら、助けて下さった方を見上げますと、そこには見目麗しい青年がいました。
うちの旦那様も美形ですけど、この方もかなりの美形ですね。
オレンジ掛かった金髪に、綺麗な緑色の瞳をお持ちです。
年のころはスフォルと同じくらいでしょうか。ジュール様と二人お揃いになると、すごく映えるだろうなぁー。
「いいえ、あなたのようなお美しい方の助けになれて僕もうれしいです、マダム」
くっ、心にもないお世辞がうまい! この表面的には綺麗な言葉にコロっと騙されてはいけないのです! 顔にも出さず本心とは真逆の事を平然と言ってのけるのが上位貴族という人種です。
あなた方上位貴族は生まれた時から世辞が標準装備されてるって私知ってます。
「まぁ、お上手ですこと」
でもまぁ、旦那様の好みに合いそうな方ではありますね。
問題は、この方の好みがどうかですけど。基本はストレートだって思って間違いないですからね。
「話題のマダムとお近づきになれて、僕も光栄です」
美青年の言葉に、思わず首を傾げました。話題のマダムって、この姿で夜会に参加したのは今日が初めてなんですけど……。誰かと間違えてませんか?
「それはどなたかと間違えていらっしゃるのではありませんか?」
「ご謙遜を……先々で良家の方を袖にしているらしいじゃないですか。あなたと縁を持ちたいと思っても、お名前すら交換することはできないと、今宵はその話で持ち切りですよ? 麗しきマダムは一体どこの誰なのか。人妻なのか未亡人なのか。質の良い衣装を事も無げに身に着け、古式ゆかしい宮廷仕様の付け髪をしたそのお姿は、いっそ奥ゆかしさすら感じさせる、と。噂が噂を呼び、噓か実か分からない尾ひれがついていましてね、興味をそそられて傍にやって来た僕も不躾な男の一人、という訳です」
そう言って、彼は美しい顔で企むように笑いました。
まじかー、そんなに噂になってるんですか私。いやだって、丁寧にお断りしてるんだから既婚者だと察してくれると思うじゃないですか。
この形状記憶縦ロール、古式ゆかしいのか……。トレンド一周回って戻ってきて新鮮みたいな感じですかね?
「誤解ですわ、袖にしたなんて……。人を探していただけですの。実物をご覧になられて、さぞがっかりなさいましたでしょう」
「いいえ、噂に違わずお美しくていらっしゃいます。失礼、まだ名乗ってすらいませんでしたね。僕はヨハン・リオネルと申します。お名前を頂戴しても? マダム」
ああー、名前どうしようかなぁ。旦那様の為にも名前の交換くらいしておくべきかしら。
でも、フロリア・ヒュリックです、なんて言えるわけがありません。
やっぱあれしかないかな、うん、あれだな。
「レイラと申します、ヨハン様。今日は忍んで参りましたので、家名はお聞きにならないで下さいませ」
嘘は言ってませんよー。前世はホワイトムスク・レイラと言うペンネームで活動していましたからね!
「そのお姿にぴったりのお名前ですね、レイラ様」
また口から砂糖でも吐き出しているんじゃないかってくらい甘い台詞が飛び出たその時です。
「こんなところにいたんですね、レイラ様」
どっきーん!!
背後から掛かった声に、心臓が爆発しそうになりました。
その声ものすごく聞き覚えがあります。だってほぼ毎日聞いてますもの。
ソロリ、と後ろを振り返ると、そこには見紛うことなく旦那様が立っておりました。
なんか笑顔がものすごく引き攣ってる!
ていうか、もしかしてバレたのでしょうか?!
「ジュ……ジュール様……」
そして隣にはアラン様もいらっしゃいます。何故だかニヤニヤ笑っておられますが。
「なるほど、お探しになっていたのはジュール殿だったのですね!」
「え…ええ、その……はい」
もうなんて言って良いかわからず、しどろもどろになります。
こんなの目も泳いじゃいますって!
「ヨハン殿、私とレイラ様は内密の話がありましてね。せっかくの歓談中悪いが、彼女を連れて行く」
ヨハン様にそうおっしゃったジュール様は、泡を食っている私に、視線で「いいね?」ってお伝えになりました。
くっ! 我が命もここまでか! 無念!
いやもう、断る事なんて無理ぃいいい!
「失礼」
有無を言わさずそう告げて、旦那様は私の手をお引きになりました。
周囲の人々の視線を感じつつも、人気のない場所へと連行されて行きます。
アラン様は気を遣われたのでしょうか、付いてくる気配は感じられません。
しばらく手を引かれるままにホールを移動して、ダンスホールの死角にある柱の前の壁際でようやく解放されました。
背を押し込まれる形になって、ジュール様は私が逃げられないよう覆いかぶさるように壁に手をつかれました。
キターーーーーー!!! 壁ドン? これが噂の壁ドンですね?
て、喜んでる場合じゃなかった。
「あなたがこんな趣味を持っているとは知らなかったなぁ……フロリア? いや、今はレイラ、だったね?」
バレてるー!!! いやあああああああ!
詐欺メイク詐欺ぱいで飛ぶのは私かもしれません!
旦那様、キレてますか? キレてないですよ? って言って下さい……。
同人作家、故ホワイトムスク・レイラ先生の幻の新刊『僕のパンツ履いて帰っちゃダメ』が異世界で近日発売されるとかされないとか。




