4・ そんな衣装で大丈夫か? 一番良い衣装を頼む
「邸の者に怪しまれないよう、これを着た私の事はフェンネルト家から連れてきた侍女リズと言う事にしておいて下さい。引きこもっているフロリアにつきっきりだと」
翌日、宣言通りお仕着せを手配して持ってきたセバスさんにそう告げると、セバスさんはまた何か勝手に解釈して寂しそうに微笑んだあと、労わるように「他にも何かご要望があればなんなりとお申し付け下さい」と言い残して部屋を出て行きました。
なんかこう、不遇の奥様認定されてしまいましたね。不遇どころか至って快適なんですけどね。ジュール様には歓迎されていませんが、使用人に虐められたり食事を用意してもらえなかったり、窓のない部屋に監禁されていたりするわけでもないし。
でもまぁ、私もそれを積極的に訂正しませんよ。同情でもなんでも味方が多いに越したことはありません。しょっぱい前世で貴腐レベルまで熟成したガチ勢ですよ? したたかにもなろうというものです。
さて、早速手に入れたお仕着せに着替えましょう。
今日から私は引きこもり奥様の部屋付き侍女リズです。
何だか某有名侍女と一文字違いじゃないか? ですって?
仕方ありませんね、何も気づかれないまま終わってもらえるのが一番だったのですが……。ここから始めましょう。イチから……いいえ、ゼロから! 言ってる場合かッ。
あまりにも楽しくてなりきっちゃいましたね。
40秒で支度をしなくては。
お仕着せに着替えて髪をまとめた私は、鏡台の前に立って自分の姿がおかしくないか確認します。
厚めに前髪を下ろして、壊滅的に似合わないブリムは不採用です。
うん、地味な色合いがしっくりきて落ち着きますね。
さすがに靴までは調達してもらえなかったので、乗馬用のショートブーツを衣装部屋から持ってきました。履き慣れない靴は靴擦れすると言って、無理矢理荷物に紛れ込ませておいて正解でした。程よく使い古されているのでお仕着せに合わせても浮きません。
ヒュリック家の通行手形を手に入れた私は、これまたセバスさんからせしめておいた鍵を使って自室を施錠してから、何食わぬ顔で邸の中を探索します。
いきなりジュール様には近づけないので、隠し通路とか発見したいところですね。
高位貴族のお屋敷には隠し通路とか隠し部屋とかが存在することも珍しくないみたいなんですよね、こっちの世界だと。
流石にね、建造物の構造上も力学的にも天井裏とかはないみたいですよ。よく隠密的なのが隠れてたりするじゃないですか。いいな、こっちの世界にも天井裏あれば良かったのに。
そうなったら真上からライブ観賞ですよ。滾りますね。物理的に無理ですけどね。残念!
隠し通路とか良いですよね。なんかワクワクするっていうか、ドキドキするっていうか。
そっと旦那様の逢瀬を観察じゃなくて、見守れそうじゃないですか。まさに家政婦は見た、ポジションですよ。まぁ、侍女なんですけど。
ジュール様のお部屋の場所はリサーチ済みですけど、さすがにいきなりそこに忍び込む勇気はありません。今日は自室でお仕事をされていらっしゃるようですし。
という事で、旦那様のお部屋に近い場所の扉を叩いてみます。
誰からも返事は返ってきませんね、しめしめ。早速手元の鍵を使ってみます。
カチャリ、と何の抵抗もなく鍵が開きました。
現代日本と違って、この文化レベルの世界の鍵なんて単純なんですよ。
さすがにこの鍵で全室開けられはしないのでしょうけど、私に与えられた部屋はそれなりに良いお部屋でしたから、他にも同じ鍵で開く部屋があると睨んでいました。
では、さっそくお邪魔致します。奥さん、今日の晩御飯は何ですか? なんてね。ふふ。
内側に入ってみると、そこは衣装部屋でした。
ハンガーに掛けられたコート類がズラリと並んでいます。ハンガーの下にはローボードがびっしり。おそらく小物やアンダー類を収納するためでしょう。靴類もきちんと専用の場所がもうけてあって、等間隔で並んでいます。この家の使用人がきちんと管理している証拠ですね。整然と並んだその光景は、壮観で美しいです。
だけど、結婚式の時も思ったのですけど、なんかこう古臭いんですよねぇ。服のデザインといい形といい、いわゆるトレンドから外れています。
こちらでは布地はまだまだ高価なものですからね。王族や新興成金ならいざ知らず、そう新品ばかり誂えられないのが現状です。ヒュリック家は経済的にも困窮してますしね。
ジュール様のために新しく作ったものもあるのだろうけど、おそらくそのほとんどが先代や先々代のものでしょう。丈を直したり、サイズを詰めたり、お抱えの裁縫師にお直しをさせて引き継いで行くものなんです。
あの容姿のお陰で何を着ていらしてもそれなりにかっこいいですが、ざっと確認した限りですがこれはいただけない。
そんな衣装で大丈夫か? 問題ない。て、そんな訳あるか。
私の推しがダサい服を着ているなんて耐えられない。体型にあった流行の服を着れば、もっとあの美貌が輝くはず!
というわけで、私は無駄に豪華な自分のドレスを有効活用する事に決めました。
貴族令嬢とはいえ下位男爵家です。実家は商家ですからどうしても浮き沈みがあります。ずっとお金があるとも限らないし、容姿にも恵まれていません。お嫁に行けないかもしれない、という懸念は幼少期から漠然とあったので、いざという時には一人でも生きていけるように、お裁縫の腕を磨いてきました。
そして前世、二十代前半はレイヤーとして衣装作りに精を出したものです。
つまり何が言いたいかと申しますと。
そんな衣装で大丈夫か? 一番良い衣装を頼む。とジュール様に言われましたので、今日からコスプレもとい、旦那様の衣装魔改造計画スタートです。
え? そんな事言われてないだろうって? もちろん妄想ですが、何か?