37・ 敵は本能寺にあり
客間で自分の荷物を解き、就寝するために必要なものを取り出しておりましたら、お父様と話を終えたジュール様も戻ってこられました。
部屋に戻ってこられたその顔を見ている限り、父との交渉は上手く行かなかったのかもしれません。なんだか表情が少し険しい気がします。
「お帰りなさい。父との話はいかがでしたか」
そう問いかけると、旦那様は私がいる事も目に入っていなかったのか、一瞬驚いたような表情浮かべた後苦笑されました。
「ああ……少し考えたいとおっしゃったよ。まぁ、私は商いに関しては素人だし、男爵には思うところがおありなのだろう。せっかくあなたが良い資料を作ってくれたというのに、説得しきれなかったのは私の力不足だ」
落ち込んだようにそうおっしゃる姿を見ていると、なんだか胸が痛みます。
どんな表情をしていても旦那様は麗しいのですけど、やはり笑っていらっしゃるのが一番です。
「そうなのですね。考えると言っているのでしたら、まだ望みはございますし、父に色よい返事をもらえなかったとしても、また何か良い案を一緒に考えましょう、旦那様」
元気づけるようにそう伝えると、旦那様はようやくいつも通りの柔らかい笑顔を向けられました。
「そうだな。あなたの言う通りだ。ありがとう、フロリア」
「はい」
少し元気になられたようで良かったです。
ともあれ、ここまで来て手ぶらでは帰れません。
私も商売人の娘! 商売人のがめつさを侮ってはいけないのです。
こんな事もあろうかと、旦那様には内緒の奥の手を考えて来ました。
ジュール様に説明すれば、絶対良い顔をしないと分かっていたので敢えてお伝えしませんでしたけど。テヘペロ。
とりあえず敵情視察です。今度はこちらが奇襲をかける番です。
待っていなさいスフォル! いつの世もお姉ちゃんの方が心理的な立場は強いのです! 当社比。
旦那様がお風呂に入っている間、私はこっそり部屋を抜け出して弟の部屋を襲撃しました。
まさに気分は果し合い。たのもーう!
スフォルの部屋の扉をノックすると、内側から返事が返ってきました。
「スフォル、私よ」
そう告げると、内側から扉が開かれました。
「姉さん……義兄上と父さんの話の件を聞きに来たんでしょ?」
分かってるなら早く部屋の中に入れてちょうだいよ。
スフォルが苦笑いしている間に、私はやや強引に部屋に押し入りました。
弟相手に遠慮なんかしないんだから。
「義兄上が持ってきたあの書類、姉さんが作ったんだって? 義兄上が出て行った後、父さんが関心してたよ。今まで姉さんは経営の事に興味を示した事はなかったのにって」
「嫡男はあなただし、女の私がお父様に口出しできたと思う? 私が口出ししなくたってうちの経営は上手く行っていたのだからなおさらでしょう」
と、私はもっともらしい事を言いましたが、単に前世の記憶がなかっただけです。ええ。
「それもそうか……で、僕の所に何を聞きに来たの? 僕があの事業案の後押しでもすれば良いのかな?」
「金勘定に関して抜け目のないお父様が、あなたの後押しで出資を決めるくらいなら、ジュール様と話した直後に色よい返事をしているはずよ」
私は腕を組んで、自分より高い場所にある塩顔を見上げてそう告げました。
お姉ちゃんだってこの家の子なんだから、お父様の考えくらい分かりますー。馬鹿にしないでこの塩顔イケメンが! モブ顔の姉を舐めてると痛い目を見るんだから!
やっぱり服剥いてやろうかな……自主規制。
「お父様が投資に乗り切れない理由は何? どうせ、このままヒュリック家が落ち目のままの方が、フェンネルト家にとって都合がいいとか思っているのでしょ?」
「まぁ、そんな所かな。下位男爵家は所詮男爵家でしかないからね。この先父さんが元気なうちに陞爵されるにしても目いっぱい頑張って子爵止まりだからね。伯以上に陞には壁がある。それなら姉さんを通して小銭を支援して、思うように操った方が労力も金も少なくて済む」
ほんと、我が父ながら商人らしい考え方で嫌になりますね。
まぁ、予想通りでした。それなら想定内だからどうにかなるでしょう。結局、唸るほどの財を築いたお父様にとって、ヒュリック家の支領から得られる儲け話など、はした金に過ぎないって事です。お金じゃお父様の気持ちは動かせないって事ね。
お金が要らないなら、多少損をする事になっても娘婿を助けてやれば良いじゃないかって普通なら思う所だけど、そこがお父様の商売人たる所以ってところかしら。
「分かった。聞きたかったのはそれだけよ。休んでいるところに悪かったわね」
そう謝って、部屋を出ようと組んだ腕を解いたところで、スフォルはニヤニヤと笑いました。
「ほんと、姉さん変わったよね。僕、姉さんがこんなに情熱的な人だとは思わなかった」
そりゃそうでしょうよ、中身がアップグレードされてんだから。
以前の私は楽しい事なんて何にもなかった。お金だけあってもダメなのよね、使う事に楽しみを見出せなければ。
乾いた心に新鮮な水が届けば、それを吸収するのはあっという間だったって事。
「人はきっかけがあれば変わるのよ」
じゃあね、と私は首をかしげて苦笑してからスフォルの部屋を出ました。
さあ、次は本丸に討ち入りじゃぁぁぁーーーー!!!




