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36・ うれしはずかし里帰り

 義父の許可を取った旦那様は、早速私の父に手紙を書かれたようです。

 近隣の大きな領に出店しているフェンネルト商会の支店から手紙を出したのが一週間前のこと。

 ジュール様は優先すべき自領の仕事を一週間かけて片付け、今は私と二人馬車に揺られています。

 アフタヌーンティの時間を一緒に過ごしていたからでしょうか、こうして二人きりでいても最初の頃と比べて気まずさは感じなくなりました。

 そして、人間って恐ろしいって思いました。今でもお顔を見れば、ああ、やっぱりイケメンだな、と思う気持ちに嘘はないのに! 見慣れてドキドキしなくなっています……。

 まずいですね、生活の質を上げるとそれが維持できなくなったときに下げられなくなるって前世でよく耳にしました。

 どうしましょう、旦那様が運命の相手に巡り合ったら、本当に私そっと身を引けるのかしら。これが一度上げた生活の質は下げられないってやつですね! え? 違いますか?


 ともあれ、街道沿いの街に立ち寄りながらのんびり移動して、ようやくフェンネルト家の悪の本拠地であるノマーノ領バザーカンに到着したのは夕刻を過ぎて夜の帳が降りた頃でした。

 ここは、ノマーノ伯爵の治める商業都市です。商人上がりの男爵家であるフェンネルト家には、所領は与えられていません。

 その分ノマーノ領には多額の税を納めているので、フェンネルト家は商いに関する便宜を図ってもらっています。

 ヒュリック家に嫁いでかれこれ五か月が経とうとしていますが、久しぶりに帰って来たなって実感が湧いてきます。


 実家の敷地に乗り入れた馬車が降車場で停止すると、馭者を務めていたアンディが扉を開けてくれました。

 ヒュリック家別邸には、ケンとアンディが馬丁として雇われています。彼らが、所有する馬と馬車の管理をして、出かける際には馭者として馬車を操縦してくれるのです。

 先に馬車を降りたジュール様が、外から手を差し出して下さいました。

 ジェントルですね、旦那様。こんな機会、前世でも今世でも滅多にないので、ありがたく堪能させていただきましょう。私は今、お姫様気分! お姫様っていうには厚かましい年齢なのは大目に見て下さい。


 馬車を降りた頃、ようやく邸の中から家令のフィロスが出てきました。

「ジュール様、お待たせして申し訳ございません。家令フィロスでございます。長旅さぞお疲れでございましょう。お部屋とお食事をご用意しておりますので、まずはそちらへ。当家主人は食後にご面会させていただきます」

「ああ、こちらこそこんな時間になってしまって済まないね。世話になる」

「お気遣いには及びません」

 フィロスはそう言って軽く頭を下げたあと、旦那様の後ろにいた私に視線を向けました。


「お嬢様もお帰りなさいませ。お帰りになると聞いて、マリアがお嬢様のお好きなミートローフを仕込んでおりましたよ」

 マリアは長年フェンネルト家の調理場を切り盛りしている料理人です。

 ヒュリック家の料理より労働階級寄りの家庭料理を得意としていますが、マリアの料理は母の味って感じがしてとっても美味しいんです。

 中でもマリアのミートローフは絶品で、私の好物でした。これは純粋に嬉しい!

「ただいまフィロス。食事がたのしみね」

 そう返すと、初老の家令は穏やかに笑って口を開きました。

「それではご案内致します」


 持ってきた衣類などの荷物は、使用人が馬車から下ろして部屋に運んでくれるでしょう。

 私たちは先に食堂へと案内されて、そこでマリアお手製のミートローフと全粒粉のパンとミネストローネを食べました。食後にはやっぱり定番のプディングが出てきました。

 マリアってば私が子供の時好きだったものばかり作ったのね……。

 こちらの世界の母は幼い頃に亡くなっていますから、私とスフォルは使用人達に育てられたようなものです。仮にまだ母が存命だったとしても、使用人のいるような家で女主人が料理をする事はないので、そういう部分でもマリアの料理が母の味ですね。

 旦那様もおいしいと言って召し上がられました。たまには食べ慣れた自家の料理以外も新鮮で良いとおっしゃいました。

 褒められましたよ、マリア。私も自分が褒められたようでうれしいです。


 食事を終えた旦那様は、お父様と話をするために、フィロスに案内されて食堂を出て行きました。

 本当は私も同席したいのはやまやまなのですけど、女性はそう言った席には同席できないものなのです。

 まぁ、後でスフォルに探りを入れてみましょう。どうせあの子も同席しているでしょうしね。


 そしてそんな事よりも! 問題が発生してしまいました。

 私は当然のごとく結婚するまで使っていた自室に引っ込む予定だったのですが、あろうことか私の荷物も客間に運び入れられておりました。

 よく考えてみれば、私と旦那様は公的に夫婦!

 ヒュリック家では別々の部屋で過ごしていても、フェンネルト家の使用人たちにはそんな事はわかるはずもありません。

 いや、スフォルよ。あんたはこの間偵察に来たんだからわかりそうなもんでしょうよ。

 ……て、そんな事弟であっても言えないか。

 どうしましょう。寝台は一つしかないんですよねー。ちょっと沸騰しそうな頭を右手で抑えます。

 うれしはずかし里帰り……旦那様がお部屋に戻られるまでに考えなくちゃ。

 上手い感じに乗り切らなくては。私はソファでも眠れるし、旦那様に寝台でゆっくり寝てもらいましょう。うん、そうしましょう。

 

 愛する旦那様と朝チュンシュチュとか憧れはありますけど、私と旦那様の関係はそういう感じじゃないんですよねー。私の夢が現実になるのは来世になりそうです。

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