35・ 甘いお菓子としょっぱい現実
旦那様がヒュリック家の本邸に行っている間、私はまたキャシーさんに旦那様の冬物をいくつか注文し、そのついでに次のコスプレ衣装の制作を依頼しておきました。
当初はコルセットを魔改造してわがままボディ計画を立てておりましたが、くびれよりも豊かなバストを下さい、という事で、ビスチェに肩紐をつけてもらい、カップ部分の上げ底もお願いしておきました。
キャシーさんに詐欺メイクならぬ詐欺ぱいの説明した時も、一瞬驚いたような顔をされましたけど、すぐに「なるほど」って表情をされましたね。
何がどう繋がって納得されているのかは分かりませんが、それは聞かない方が良い気がするので今回も敢えて訊ねたりしませんでした。
言葉なんかなくても通じあえる。さすがジュール様を愛でる会の同志です。
……嘘ですごめんなさい。怖くて聞けなかっただけです。
それ以外は、普段通りハイヒールを履いて歩行訓練をしたり、旦那様の冬物の手直しをしたりして過ごしておりました。
数日で帰宅されたジュール様は、アラン様にお会いになるために王都まで足を延ばされたとかで、なんとお土産を買ってきて下さいました。
庭先でアフタヌーンティをご一緒しているその席で、かわいらしくラッピングされた小さな紙箱を恥ずかしそうに差し出された時はキュン死するかと思いました。
「お仕事で王都まで出向かれたのに、ありがとうございます」
旦那様がアラン様にお会いになったのは、私が提案した領地経営の改革案の為でしょう。
ワイン醸造の技術を応用するのに、ガレスタ家に協力をお願いしてみてはどうかと言ったので、おそらくその事で王都まで行かれたのだと思います。
「あなたがどんなものが好きなのかわからなかったから……今、王都で流行っているとアランに聞いてね」
そう言ってジュール様ははにかんだように笑われました。
三日ぶりの生の推しスマイルはたまりません。不足したエネルギーも補充されるってものです。
「開けてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん。あなたにと思って求めたものだから」
ジュール様の優しさに頬が緩みます。箱に掛けられたリボンをほどいて蓋を開けてみると、内側には油紙に包まれたお菓子が入っていました。
旦那様が買い求めて下さったのは、前世風に言うとキャラメリゼされたナッツと、ショートブレッドのようなお菓子の詰め合わせでした。
「おいしそう……」
この世界では砂糖はまだまだ貴重品ですから、甘いお菓子は貴族階級が口にする嗜好品の扱いです。
前世のカラフルな色をしたお菓子を覚えている私から見れば色合いは地味ですが、これだけでもそれなりの値段がしたことでしょう。奮発して下さったんだなぁ……。
イメージ的には、バレンタインチョコの詰め合わせを、デパートで買ったくらいの感覚でしょうか。これ一箱で五千円もするの?! みたいな高級感です。
「いただきます」
そう断ると、旦那様は優しい笑みを浮かべて頷かれました。
キャラメリゼされたナッツを口に含んで嚙み砕くと、蜂蜜の匂いが鼻腔を通り抜けていきます。コーティングの甘さとナッツの香ばしさが溶け合って、そのおいしさに頬がキュッとします。
さすがは王都で流行っているというだけはありますね、凄く美味しい!
「とても美味しいです」
「そう? 良かった」
私の感想に満足されたのか、旦那様は嬉しそうな表情をなさいました。
ああ、何て贅沢なの! その麗しい表情、後光すら射して見えます!
生家の資産的に高級なお菓子を毎日食べるくらいの事は出来ますが、案外成金の普段の生活は質素です。お金に関してシビアなので、労働階級に近い分食べ物で贅沢をしたりはしないのです。
なので、私が実家にいる時のおやつと言えば、ドライフルーツとか、果物とか、固くなったパンを使ったパンプディングとか、そんなものが多かったですね。
チョコとかポテチとかプレッツェルとかグミとか食べたいですね。
まぁ、ポテチくらいしか実現しそうにありませんけど。カカオ豆もコーヒー豆もまだ発見されていないはず。グミを作るにはゼラチンが必要ですしね。
異世界転生モノにお約束のチョコレートが作れたら、ヒュリック家の立て直しももう少し短期間で可能だったかもしれません。
こういうところが、私がモブだって実感するところなのよね。
チョコレートとかマカロンとか生クリームの製造方法は、正統派主人公に与えられる三種の神器って気がします。
転生の神から私に与えられたモノ……モブ顔、ちっぱい、腐属性。前世での行いが悪かったんだと思って、今世で頑張りたいと思います。はい。




